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036 失踪

 一生と灯は、学校から一生の家、正確には元々住んでいた家に戻り、トゥエルブを連れ出して、行き着く先は、すぐ近くにある灯の家だった。

 灯はシングルマザーの家庭で、母親は夜勤で今夜はいない。


 とりあえず、暖かい灯の部屋にまでトゥエルブを連れ込んでベッドに寝かせた。

 見たこともない外国人らしき女性を見たというのに、灯は何も言わずに手伝ってくれた。

 そして、灯が持ってきたのは冷凍食品のピラフとインスタントのコンソメスープを三人で食べた。


 幸いと言って良いのか、トゥエルブはとくに食事に抵抗もなく食べる。

 若干食欲が薄いように見えるが、体調を崩している以上、仕方ないだろう。

 問題は、この体調不良が治る物なのかどうか。

 肉体に魔術を付加されており、その魔術が成立しない地球に来てしまっている。

 恐らくは、それが原因であるが、対処が不明でしかないのだ。

 このまま休めば治るのか、それとも悪化するのか、そのままなのか、その予測さえつかない。


 一番良いのは、あの異世界に戻ることだろうか。

 だが、どうやってあの異世界に行くのか見当もつかない。

 気がついたらあの異世界にいたのだ、そして、気がついたら地球に戻ってきていた。

 もう、これは考えてもわからない事だろう。

 一生がそんなことを考えていると、食器を片付けてきた灯が、ポットとマグカップとティーパックを持ってきて、お茶を入れだした。


「とりあえずさ、そろそろ、説明はしてよ。部屋もベッドも貸しているんだから」

「ああ」


 灯の言葉に一生は短く答えた。

 この部屋に来るのは、約二年ぶりだ。

 部活に行かなくなっても、一緒に勉強したり、DVDをみるといった事は時々していた。

 逆に、灯の母親が夜勤の時は、よく一生の家で夕食を食べていることもあった。

 部活以外については、昔からこの関係が成り立っており、二人は兄弟のように育っている。


 部屋には、ベッドと学習机、小さな折りたたみのテーブルが質素なカーペットの上に置かれ、クッションがいくつか置かれている。

 女の子の部屋にあるようなぬいぐるみやアイドルのポスターは無いが、灯が趣味で作っているジグソーパズルが幾つも飾ってある。

 同じイラストレーターの作品らしく、極彩色のポップな絵柄は一生も嫌いではない絵柄だ。

 一生は、座り直して、紅茶を飲んでいる灯に向き直る。

 灯は、状況を理解している分けではないだろうに、両足を伸ばしてリラックスできる体勢だ。


「まず、何から説明すればいいのか」

「なんで、いなくなったの? 何処に行っていたの?」


 そう、それが当然だろう。

 だが、いくら何でもこの幼なじみは異世界のことを信じてくれるだろうか。

 剣と魔法と火薬とリンクアーマーと呼ばれる謎の兵器にキメラが存在し、共通語と呼ばれる未知の言語が使われている異世界。

 そして、行き方も判らず、気がついていたら行ってしまっていた異世界。


「居なくなりたくて、行ったわけじゃない。それだけは言っておく」


 念を押すように一生が言った。


「わかった。続けて」


 灯は、短期の家出でもしたかのような様子で接してくる。

 もしも、逆の立場だったら、ここまで平然と自然体で接することは出来ないだろうなと思いつつ、口を開く。


「場所は、遠い。多分、すごく遠い」

「海外?」


 灯がトゥエルブを見ながら言う。


『何だ? 俺がどうかしたか?』


 トゥエルブが、大陸共通語で一生を見るが、一生は、


『なんでもない』


 とだけ、共通語で返した。

 そのやりとり、否、日本語ではないが、かといって聞き慣れない言語でのやりとりに、灯は眉をしかめる。

 最初は英語かと思ったようだが、全く聞き取れないので、不思議で仕方ないようだ。


「さて、海外か。そうだと思う」

「全然、判らない言葉で喋っているけど、何語なわけ?」

「何語って言われても、現地の」


 文法は英語や中国語に似ていると思うし、それらしい発音もあるが、かといって、英語が通じるわけでもなかった。

 そう、異世界のことを切り出さない限りは、現地としか言いようがない。


「……わかったわ。で、今まで何をしていたの?」

「……傭兵団に入って戦争していたって言って、やっぱり信じるか?」


 一生は、少しづつ情報を出していくことに決めた。

 何処まで信じるか判らないが、どこまで信じるかを確認するようだ。


「戦争? うーん、何、アフリカにでも行って戦争していたってわけ?」


 おおよそ男子高校生にあるまじき経験だろうと思うが、どうやら流石に半信半疑、否、例えか何かだとでも思っているようだ。


「どちらかと言えば、ヨーロッパ……かな。戦争というよりも縄張り争いに近いかもしれない」


 あの大陸南部の未開発地域での戦争は、いわばそういうものだった。

 領主が乱立し、王家が無く、多くの領主が王を目指して日夜戦いを繰り広げていた。

 そこに、大陸中央部の思惑と利権が絡んでいたわけだが。


「ふーん。何の例えか判らないけどさ、いい加減にはっきり言ってよ!」


 灯は強いまなざしを一生に向けて、テーブルを軽く叩いた。

 特に、一生もトゥエルブもその行動には驚いた様子は無いが、その気の強さに思わず二人は顔を見合わせた。


『何だ? 俺が迷惑なのか?』


 トゥエルブが、流石に気を遣ったのか、体調が悪いのも手伝って、やや不安げに言った。


『いや。そういう話じゃない。俺達の状況を説明しろって』

『異邦人って言えば良いんじゃないか?』


 異世界における、地球からの来訪者を指し示す言葉、それが異邦人。あの異世界であれば、それで通じるかもしれない。

 だが、ここは地球で、地球で生まれ育って人間が相手だ。


『それが、こっちだと、異邦人は一般的じゃない。信じるかわからない』

『なにか見せればいいだろ』

『なにか……あっちの世界のものか』


 そこで、考え込む。あの異世界特有の物だ。

 通貨。

 銀貨や金貨も持っているが、それは地球にもある。

武器。

 それも、地球にある。

 魔術。

 それは、こちら側では使えない。

 異能。

 それは、こちら側でも使える。


「いや、お前が言っているのはそういうことじゃないか」


 灯を見つめながら、一生は何かを覚悟した様子だった。

 異能、それも見せるが、根本的に知っている全てを伝えよう。


「トモ、俺が持っている力を見せる、普通ならあり得ないことだ。それを見た上で、その先の話を聞いてくれ」

「……いいけど」


 そう言って、灯の手を取り、空のマグカップの上にのせた。

 マグカップの飲み口に隙間が生じないように手を乗せる。

 そして、取り出したのは異世界で使っている銀貨だ。

 綺麗な円ではなくやや歪んでいるが、それでも、問題なく使えるものだ。


「よく見て入れくれ、手品じゃないからな」

「うん」


 一生は、灯の手の上から銀貨を落とした。

 銀貨が灯の手に当たる瞬間に、銀貨の姿が消えて、代わりに甲高い音がマグカップの中々聞こえてきた。

 灯は、不思議そうな顔をしつつも手を挙げると、マグカップの中に、銀貨が落ちていた。


「どーみても、手品にしか見えないけど。どうやったの? 種明かししてよ」

「……手品じゃない。少し待っていてくれ。その場から動かないでくれ」


 一生は、立ち上がって、廊下へと出た。もっとわかりやすく説明をした方が良さそうだと判断してのことだ。

 そして、灯の隣にある部屋、あまり入ったことはないが、灯の母親の寝室にそっと入り込む。

 ベッドと化粧台とクローゼットだけで灯の部屋同様にあまり小物類は目立たない。

 軽く助走をつけて、灯の部屋のある方向の壁に飛び込むと、一瞬視界が暗くなってから、目の前のは灯とベッドで横になっているトゥエルブがいた。

 灯は、あっけに取られた様子で、一生の姿を見る。


「今、出て行って、どうやって入ってきたの?」

「瞬間移動だと思う。俺は、それが使える。そして、多分、昔のあの異様な記録も無意識に能力を使った所為だ」

「はい?」


 一生は落ち着いた様子で座り直してから、灯を見つめる。対照的に、灯は、これまでの出来事に流石に戸惑いを隠せない様子だ。


「いいか。トモ。信じられないかもしれないけど、出来る限り、説明はする。信じるかどうかはお前次第だ」


 当然のことながら、未だに落ち着かない灯に、一生は、異世界のことについて口を開いた。

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