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033 発見

 その日、楠灯はいつも通りに家を出た。

 彼女は、徒歩通学だ。

 姿勢をしっかりとのばして、ハキハキと歩いていく。

 季節は、冬。

 北陸の冬は、東北や北海道ほど寒くはないのだが、防寒具が当然のことながら必須になる程度には寒い。


 寒さ対策のために、ネックウォーマーとマフラーを巻いており、尚かつ、セーラー服の上にジャケットを羽織り、さらに、スカートの下には学校指定のジャージを履いている。

 寒いのと、スカートがめくれることを気にしなくて良いからと、ずっとはいている。

 生活指導の先生は、最早あきらめている様子だった。

 もう、3学期が始まっている。

 彼女は高校の3年生で、既に希望の大学に受かっており、この時期となるとあまり学校に行く用事もないのだが、それでも休まずに通っている。

 理由は、特に無いが、強いて言うなら、無意識に学校生活が名残惜しいからだろうか。


「結局、もう、卒業か」


 誰に聞こえることもなく、マフラーに隠れた口が独り言を呟く。

 学校生活、部活動、行事と色々と思い返すことが多いが、一番の引っかかりは、幼なじみのことだ。


 二年生になったばかりの時期に、彼は突如として消えてしまった。

 彼の両親からも、夜遅くに心当たりが無いかと連絡が来たことを今でも覚えている。

 そして、自分も、どこか胸騒ぎがして部活の仲間に、クラスメイト、同級生、先輩に手当たり次第に連絡したことを覚えている。

 いや、それだけでなく、もしかしたらという思いで、あちこちをフラフラと歩いてみたこともある。

 当然のことながら、出くわすことはなかった。


 高校生なら家出くらいと言われそうなことであるが、彼のことをよく知る彼女としては、それは無いと断言できる。

 家出をするようなタイプでもないし、面倒でも、外泊するなら連絡だけはする。

 そういう事は、やや過保護気味の彼の両親のこともあり、彼はしっかりとしていた。


 そんな彼が失踪した。

 一日経っても、何も有力な情報はなかった。

 それから、数日経って、行方不明者として警察に連絡。

 それでも、彼は見つからなかった。


 それから、2年が経つ。

 目撃情報も遺留品も何も見つからなかった。

 まるで、煙のように消えてしまった。

 彼の両親も、もはやあきらめているようだった。

 時々、寂しそうな様子を見る度に、面と向かって言葉を交わすことさえ躊躇われた。

 きっと、自分も、二度と会えないと思っているからだろうか。

 励ましの言葉さえ、もはや、自分の口から出てくることはなかった。


 もう、誰も、彼の話題をすることはない。

 まるで、最初からいなかったみたいだ。

 本当に、最初からいなかったように思えてくるから、不思議だ。

 それとも、最初からいなかったことに、自分でも思い込もうとしているのだろうか。


 それでも、部活に来なくなったクラスの違う彼に会いに行って、説教したり、フリースの袖をつかんで連れて行こうとした感触は、未だに覚えている。

 きっと、ずっと昔から一緒にいたからだろう。

 自分の半身のように大事な存在だったのだろう。

 校門をくぐって、昇降口に向かおうとしたが、ふと、足を止めた。

 数少ない、彼の痕跡として、陸上部の部室には彼のロッカーが残されている。

 なんとなく撤去することも戸惑いがあったのか、誰も撤去していない。


「もう、撤去するのかな?」


 数少ない彼の痕跡が消える。

 何となく、それが面白くなくて、昇降口に向かおうとした足を部室棟へとむき直す。

 朝HRまで時間は十分あった。

 グラウンドには雪が残っているし、道路の路肩にも雪が残っている、それでも熱心な陸上部員は、学校周りをロードワークしているだろう。

 もしかしたら、後輩か誰かに会うかもしれない。

 しかし、予想外にも、部室棟の陸上部部室前には人だかりが出来ていた。

 大抵は制服だが、一部はジャージを着ている。


「なに?」


 なにか胸騒ぎがして、早足で部室前に行くと、見知った顔の生徒、鈴木開花(すずきかいか)がいた。

 小柄で眼鏡を掛けた同学年だ。

 それほど親しいわけでもないが、言葉を交わしたことはある。


「なにかあったの?」

「あ、楠さん」


 どこか、開花は驚いて、それでいて何か気にした様子で楠灯に振り返る。


「何かあったの? 陸上部の部室だけど?」

「なんだか、わからないけど、部室荒らしみたい」

「部室荒らし?」


 楠灯は、胸騒ぎがして、人をかきわけて部室へと入っていく。

 部室には、後輩の陸上部部員がいて、一つのロッカーを眺めている。

 それは、橘一生、彼女の幼なじみであり、失踪した人間、そのロッカーだった。

 よく見ると、こじ開けたのか鍵部分が歪んでいる。


「どうしたの? 先生は?」


 見知った女の後輩に声を掛けると。


「あ、先輩。今、先生は呼んでいます」


 とどこか不安そうに言う。


「なにがあったの? 部室荒らしがあったって聞いたけど」

「ええ。朝来たら、部室の扉は閉まっていたんですけど、橘先輩のロッカーだけこじ開けられていて」

「あいつのロッカーだけ?」


 ロッカーはこじ開けられていたのに、扉は閉まっていたと聞いて、何か妙な気もする。

 合い鍵か何かでも使ったのだろうか。


「はい。今、他に無くなった物が無いか見てますけど、私たちは大丈夫みたいです」

「そう」

「先輩。橘先輩のロッカーから、何が無くなっているかわかります?」


 後輩が、先輩だったら知っているでしょという感じで問いかける。

 別に、幼なじみで特別に親しかったと思うが、ロッカー中身まで把握していない。そもそも、性別も違うのだから、中をのぞくことなど無かったのだが。

 それでも、とりあえず、何なら入っているだろうかと考える。

 比較的シンプルな生き方をしていた人間であるから、それほどゴチャゴチャと物は入っていないだろうと思う。

 恐らく、部活に必要な物だけだ。


「多分。ウィンドブレーカーとジャージとスパイクだけだと思うけど」

「そうですか? だったら、無くなってます。スパイクしか入っていないんです」

「本当に?」


 自分でも、ロッカーの前に行き、中を覗き込む。

 そこはハンガーだけ3つかかって、少しだけ汚れたスパイクが残っている。

 確か、部活に来なくなったのは、一年生の二学期頃だから、それだけしか汚れていないはず。

 それでも、一番高価なのはスパイクだろう。

 だというのに、スパイクだけ残っているというのも妙な話だ。

 着る物でも欲しかったのだろうか。かといって、何故、橘一生のロッカーだけ開けたのだろうかと、不思議に思う。

 しかし、それ以上に、大切な何かを壊されたという思いがわき上がってくる。

 いつか戻ってくるときのために残された数少ない場所、それを壊された。


「せ、せんぱい?」

「何?」

「いえ、すごい怖い顔してますけど……」


 後輩がおずおずと言ったが、表情を緩める気は無かった。

 それはそうだ、怖い顔にもなる。

 自分の中で一番大事な人間の居場所を壊されたのだ、……そう、一番大切な人間だ。

 いなくなって初めて気がついたが、一番大切な人間は彼だった。

 そんなとき、突然、別の後輩が部室に入ってきた。息を切らしながらなにか慌てた様子である。


「おーい! グラウンドがすごいことになってる! こっちこっち」


 一体、何の騒ぎか判らないが、人だかりがその後輩について離れていった。残されたのは、一人の後輩と橘灯だけだった。


「なんだろう」

「さぁ」


 正直、彼女にとってはグラウンドで何か起こっていても気にならなかった。

 だが、後輩はどこか居心地悪そうにしている。

 一年生だから、実は橘一生のことを知らない人間である。

 ただ、通う学校に失踪者が出たとしか知らない。

 そんな彼女にとっては憧れの先輩が何故か固執しても、ピンとこないのだ。


「と、とりあえず、私がいますから、グラウンドを見てきませんか? 何が大変なのか判りませんけど、これに関係あるのかも?」

「……」

「あ、あの?」

「行ってみる」


 とりあえず、自分自身、頭に血が上っていることは自覚している。

 頭を冷やす意味も込めて部室から出た。

 グラウンドがすごいとは何のことか判らないが、部室荒らしに何か関係あるのだろうか。

 あるにしろ無いにしろ、それでも、誰にも漏らしていない想いで頭に血が上っているので、頭を冷やしたい。


「何なのだか」


 雪が積もるグラウンドの中央あたりに人が集まっている。

 その数は部室に集まっていた人数の倍はいるだろうか。

 キャーやウワァといった声が聞こえ、何人かの生徒は慌てた様子でその場から離れていく。


「何なわけ?」


 短く独り言を呟きつつ、ゆっくりと歩いていき、人垣をかきわけていくと、想像すらしていなかった光景が広がっていた。


 圧倒的な赤の風景。

 圧倒的な血の腐臭。

 血肉が散乱していた。


 ただ、それだけにとどまらず、血まみれの何かの胴体……大きさからして馬か何かだろうか、それとその隣に転がっているのは獅子の頭だ。

 その横には、犬の頭に山羊らしき胴体が離れていた。

 動物園にでも行かなければ見ることが出来ないような動物が、虐殺されている。それも何故か学校のグラウンドでだ。


「本当に、どういうことなの?」


 吐き気は無いが、気分は悪い。

 冷たい朝の空気が気分を和らげていくように感じていた。

 あまりにも不可解な現実が、そこに鎮座していたのだった。

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