031 殲滅
遺跡の広間は、キメラとミノタウロスの死骸の山が築かれていた。
辺りにはかび臭さと死臭が立ちこめている。
しかし、キメラとミノタウロスはとどまることを知らずに遺跡に入り込んできていた。
アンドルーは、件の通路の前で立ちふさがっており、相変わらず両手で二振りのミスリル鋼製の刀を振るっている。
キメラが飛び出していけば、一撃で両断され、ミノタウロスが斧を振りかざしてくれば、これもまた、一撃を首を落とされる。
幾たびの攻撃で、銀色のリンクアーマーは返り血に染まり、鎧と剣から血が滴り落ちながらも、肩盾についた血は、一部が乾いていた。
一方カタリーナは、通路側に入り込んで、通路の奥からやってくる化け物達の相手をしていた。
広間側から入ってこようとするよりも多くはないが、それでも、絶え間なく襲いかかってくる。
『どっせーい!』
ミノタウロスが突っ込んでくると、カタリーナは荒々しく叫びながら、右手に持った剣で武器を切り裂く。
長方形の刃は切れ味は鋭く、そして刃の側面はまるでヤスリのように荒々しい。
本来なら、肉を切り、その後切り口をズタズタに切り裂いてしまうという挽肉包丁である。
さらに、左手に持った他のミノタウロスから奪った斧を振り落とすと、ミノタウロスの胸に深々と突き刺さり、倒れ込む。
『おっりゃー!』
倒れ込んだミノタウロスの頭を、荒々しく踏みつける。
踏みつけながらも、やってくるキメラを斧と剣で捌いていく。
そして、さらに踏みつける足に力を込めると、ミノタウロスの頭が砕けて、つぶれた。
『もー、数ばっかり!』
「いいから仕事しろ」
クリストファーはショットガンの弾丸が尽きたために、リボルバーで応戦しつつ、カタリーナに言う。
彼は、通路側の横で蹲っているペトルーキオを守るように銃を撃っていた。
ペトルーキオは、ひざまついて、壁の一部をはがしてコードを繋いでいた。
クリストファー指示により、扉を閉める作業をしている。
「まだか! 」
「まってくれっす! 」
クリストファーが、ペトルーキオを急かすが、作業はなかなか進んでいなかった。
「あーもー。なんで、配線が全然違うッスか! 」
「俺が知るか。いいから、お前も仕事をしろ」
キメラが飛びかかってくるが、クリストファーは、横一線にミスリル製のナイフを振るい、キメラを仕留めていた。
だが、さらに、キメラの頭部に銃弾を撃ち込んで破壊する。
敵の獣に、死霊術がかかっていることが判明したのはつい先ほどのことだ。
死ぬと死霊術が自動的に発動し、不死者として再び襲ってくる。
対策は、簡単にも、頭部を破壊しておくことだ。
その指示はリンクアーマーの二人にも伝えられてあり、二人とも頭部を確実に破壊するように戦っている。
「あの村で襲ってきたのと、ほぼ同一だろうな」
クリストファーが、警戒しつつも、イーセイを保護した村での出来事を思い返している。
あのときのキメラによく似ている。
いや、ほぼ同一のものだろう。
ただし、脈絡のない合成は、恐らく、戦闘用に作られた物ではない。
あくまでも実験用に作られた物を、処分として戦闘に使っているだけだろうと推測する。
キーパーズもとい、レッドマウンテン商会に敵対していて、なおかつ、キメラを使ってくるとなると、ウィリアム商会のことが頭に浮かぶ。
港町で受け取った手紙にも、襲撃者はリンクアーマーとキメラを使ってきたと書いてあった。
そして、このタイミングだ。
恐らく、件の襲撃者と、いまここで襲ってきているのもウィリアム商会だろう。
クリストファーの頭の中では、その図式がすでに解かれていた。
ウィリアム商会は、大陸中央に拠点を持つ商会だ
。扱っている商品は、主に武器弾薬リンクアーマーに生物兵器。
生物兵器と言っても、キメラのようなものであるが。
正直言って、大陸中央ではキメラの需要は低い。
リンクアーマーに比べれば安いが、戦闘力、確実性に欠けるため、リンクアーマーのほうが好まれるからだ。
しかし、大陸南部の戦争で使うなら、キメラは需要がある。
そういった事もあって、ウィリアム商会は、大陸南部に大量のリンクアーマーとキメラと武器を売り込んでいる。
しかしながら、リンクアーマーは輸出禁止にされているため、密輸になる。
その他、戦乱を拡大しかけない行動から、レッドマウンテン商会、事実上は、キーパーズと対立している。
そのウィリアム商会が、他のキーパーズを襲ったのも、いまここで襲ってきているなら、話はわかる。
だが、謎も残る。
この襲撃が、どの程度偶然であり必然なのか。
イーセイを連れた旅では、追跡者がいたとは考えにくい。自分とトゥエルブの二人して気がつかないことは考えにくいからだ。
何より、襲いかかるなら、他の調査官と合流前にするだろう。
では、遺跡まで案内させるために、あえて襲わなかったとしたら?
これも考えにくい。
夜に、寝ている人間がいる間に襲いかかる方が利にかなっている。
だとしたら、目的は?
キーパーズの排除が目的としても、襲撃のタイミングがおかしい気がする。
「追跡者はいないとしよう。俺達は追跡されていなかったと仮定し、遺跡を調べていることは嗅ぎつけたとしよう。極秘行動をしているわけでもないからな……」
今から思えば、少々うかつだっただろうか。
だが、これほどまでにウィリアム商会が積極的に攻勢に転じてくるのは予想外である。
こちらもあちらも、出来る限りは直接的に対立を避けてきている。
イーセイを助ける際は、不可抗力でリンクアーマーを破壊したが……。
「今更、礼を支払いに来た……?」
思わず呟く、その間にも、襲ってくるキメラはナイフで斬りつけて、リボルバーで頭を撃ち抜いていく。
そして、今更、それもないと否定する。
ならば、目的は、キーパーズそのものではなく、遺跡そのものだろうか。
他に襲われたキーパーズも、キーパーズを狙ったのではなく、キーパーズが持つ何かを狙った物だとしたら?
「遺跡そのものに用があり、何故か、急いでいる。いや、あせっているのか?」
疑問符が沸くが、今この場で答えが出るとは思えない。
「ペトルーキオ! まだか! 」
「コードがつながったッス! あとは動かすだけッス」
「アンドルー! 扉の死体をどかせ! 」
『了解でございます』
アンドルーが指示に従って、扉に挟まれる位置にある死体を蹴り出した。
そして、扉がゆっくりと、ゆっくりと、動き出す。
その間にも敵はさらに入り込んでくる。
そのとき、一体のキメラがクリストファーの後ろから飛びかかってきた。
だが、クリストファーは振り返ることもなく、まるで背後が見えているかのようにリボルバーを真後ろに撃ち、キメラの頭部を破壊した。
事実、クリストファーには、見えていた。
それが彼の異能である。
カテゴリは視覚系異能ケース10。
それは、一度に上下前後左右全てが一度に見える別名オールビジョンと称される異能である。
頭中に目がくっついているかのような感覚になり、全ての光景が一度に見える。
彼の異能は、それだけだ。
死角が一切存在しないだけである。
彼もまた、地球にいた頃から能力が発現していた。
兵士にもってこいの異能故に、兵士になったが、今となっては、キーパーズの調査官をしている。
扉が、閉まり、ペトルーキオが深くため息をついた。
だが、正面からキメラの残党を眺める。
全てを一度にとらえる視覚が、キメラの数を数えていく。
「油断するな、まだいるぞ」
扉が丁度閉まりかけたときに、ミノタウロスが扉の間に挟まれたが、それはあっさりとアンドルーが首を落として残った体を蹴って始末してしまう。
これで、ひとまずは、キメラとミノタウロスが片付き、全員が一斉に一安心する。
最も、経験深いクリストファーとアンドルーは、気までは抜いていないが。
『クリストファー。二人が心配だから、私が先行する』
カタリーナが言う。
「やめろ。落ち着け」
『だって、こんなに、反対方向からも来るなんて』
「落ち着けと言っている。アンドルー、先行を頼む」
『了解でございます』
そうして、アンドルーのリンクアーマーが先行して通路を駆けていく。
『ちょっと! アンドルーの方が体力の消耗も激しいじゃん!?』
「お前よりも、アンドルーのほうが的確だ」
こういった時にも、むしろ、こういう時だからこそ、クリストファーは冷徹に判断を下す。
「まずは、扉だ。ペトルーキオ、外からは開けられることは開けられるか? 」
「機械に詳しくて、バッテリーと工具があれば」
ペトルーキオの言葉に、クロスとファーは小さく頷く。
「ふむ。こちら側から、二度と開けられないようにできるか? 」
「少し時間を貰えれば、多分出来るッス。物理的に壊されない限りは、簡単に開かないッス」
「やってくれ。また、挟み内にされたらかなわん」
「でも、俺達出られなくなるッス? 」
「ミノタウロスが後ろからも来ていたんだ、通路はあるはずだ。それより、マッピングデータを見せてくれ」
カタリーナのリンクアーマーの胸部装甲が開き、不満げで汗だくのカタリーナが出てくる。
タブレットをクリストファーに突きつけるように見せる。
「この先は、崩落して危険だと判断して探索できなかった箇所につながっていると思う。入り込めるなんて迂闊だった」
「そうか」
クリストファーが短く答えながら、タブレットの地図を眺める。
「責めないの? 私のミスだよ」
「遺跡に関してのお前の判断なら、俺達の中で一番的確だ」
クリストファーが、タブレットを見たまま言った。
「二人とも大丈夫ッスか? 」
ペトルーキオが、作業しつつ心配そうに言った。
「何かあれば戻ってくる。トゥエルブの腕と装備で負けることもそうそうに考えられない」
「ミスリル製のリンクアーマーがいたら? さすがのトゥエルブでも」
「戻ってくる。戻らないなら、問題なしだ」
その公算が大きいだけで、確実ではないが、クリストファーは二人に言いつけるように強く言う。
「カタリーナ。この先のさらに先が最深部と推定しているな? どのぐらいの自信がある?」
「九割。似た形式と構造の遺跡は山とあるし」
「判った。それで、最深部は外とつながっているか? 」
「うーん。可能性はある。あるけど、見てみないとわからない」
カタリーナが指で口元を押さえながら言った。
少しばかり、頭に登った血が下がり始めたらしい。
彼女は、熱しやすく冷めやすいのが短所でもあり長所でもある。
「なら、やはり、ここを塞いで先に行こう。連中の狙いがわからんが、一度外に出て撤収し、体勢を立て直すべきだ。カタリーナ、リンクアーマー戦で消耗しているだろう? 休め」
「……わかったわよ」
そう言って、カタリーナは、リンクアーマーの座席に座り込んで、水を飲み始める。
クリストファーとして、静かな怒りがあるが、それは、自身への怒りだ。
探索を切り上げて、中央に撤収するべきだった。
その判断を下せなかったことを後悔している。
最も、保護対象がいるからと言って、調査途中の遺跡を放棄する判断をできる調査官はなかなかいないだろうが。
クリストファーは、後悔よりも先のことを考えるべきだと切り替え、煙草に火をつけた。
 




