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003 訓練

街の宿近くの広場に、何人かの人間が集まっていた。

 まだ太陽が昇ったばかりだというのに、三人の人間が木剣を持って対峙していた。

 一人は、イーセイ。

 膝まで覆うチェーンメイルを身につけ、足も革の防具で覆われている。

 持っている木剣はやや短めのものだった。

 頭には紺色の厚手の布を巻いて、髪が邪魔にならないようにまとめている。


 その隣にいるのは、ダンと呼ばれる傭兵団の一員だ。

 年齢は、イーセイと同じぐらいだろうか。

 背はイーセイよりも高く、体格も良い。彼も同じようにチェーンメイルを身につけているが、両手には手甲を装備し、長剣程度の長さの木剣を持っている。


「さーて、どっちから? 同時に来ても良いぞ?」


 と言うのは、三人目の人物。

 イーセイ、ダンとは違い、ハーフアーマーを装備し、熊の毛皮をまとっている。

 歳は三十代程度といったところである。

 彼はガル。

 彼もまた、傭兵団の一員である。


「えっと、俺から……いや、やっぱり、イーセイ? いや、ここは」


 ダンがガルとイーセイを交互に見ながら迷うが、イーセイは無言のまま一歩前に出た。


「俺から行く」

「え、あ、その」

「よっしゃこい!」


 戸惑うダンを尻目に、イーセイは一歩目から最速で駆けだした。

 真正面からガルへと接近する。

 ガルが、タイミングを合わせて木剣を突き出すが、一瞬にしてイーセイの姿が消えた。

 気がついたときには、彼はスライディングしながらガルのスネを木剣で叩いていた。


「どわっ!?」


 ガルが痛みよりも不意打ちの驚きに声を上げて、木剣を振り払うが、イーセイは体勢を立て直して間合いの外へと逃げていた。


「いいねぇ。いきなりの不意打ちか」

「正攻法でかなわないし」


 そこから、再びイーセイは駆けだした。

 切り込み、ステップを踏むように間合いの外へ逃げる。

 迫り来る木剣は、力だけで受け止めず、受け流すように弾いていく。

 相手は頭一つは背が高く、それでいて筋肉も付いている、力と力で真正面からぶつかるのは得策では無い。


 眼と脚が良いと褒められたことがある。

 眼は悪くないと思っていたが、脚に関しては元々陸上部で短距離競技を中心にやっていたのもあるだろう。

 スピードだけなら、元々自信があったが、この異世界で鍛えられた結果として、より鋭く磨かれたと言って良い。


 地球に戻りたい気持ちを抱えながらも、生きていくために、戦い方を学んで、今もそれを磨いている。

 ガルの木剣が小刻みにたたき込まれてくる。

 イーセイは、片手で剣を持って、それを弾いていく。

 両者の間に、木剣同士がぶつかる乾いた音が響いていく。


「てい!」


 イーセイが、かけ声とともに、力を込めた一撃をガルの木剣の根元にたたき込む。

 さらに踏み込んで、左の拳をガルの顔面にたたき込み……。

 拳は、ガルの額で止められた。止めた瞬間に、腕を握られグルリと視界が回る。

 背中に強い衝撃が走ったときには、木剣が首元に向けられていた。


「もうちょっとフェイント混ぜるといい。幾らスピードがあっても、読まれたら駄目だっていつも言っているだろ?」

「む」


 ガルの言葉が背中の痛みとともに頭に響いていく。

 ガルの木剣が、今度はずっと見守っていたダンへと向けられる。


「さぁ、こい。お前の番だ」

「お、おう」


 ダンが上段の構えから切り込んでいき、ガルはそれをあっさりと受け止める。

 イーセイは、二人の邪魔にならないように体を起こして離れた。

 離れて座ったところで、エリカが駆け寄ってきた。


「大丈夫?」

「ああ」


 この程度の痛みや傷は、訓練なら日常茶飯事で慣れている。

 それを分かっているのに聞いてくるエリカは、どうしてこうも好意を持っているのか不思議になる。

 親しい人間はいたが、恋愛経験の無いイーセイにとっては、どうしても男女の関係とは不思議にしか見えない。

 何事も理屈では無いと言うことなのだろうか。


「にしても、ダンは、上達しないねぇ」


 エリカが言いように遊ばれているダンとガルを見ながら呟く。


「努力はしている」


 素振りや走り込み等努力をしていることは知っていた。

 ダンもまた、年齢が近いこともあって、よく話す人間の一人だ。

 一応、一時期は一緒にエリカに文字を教わっていた時期もあるが、あまりの覚えの悪さにさじを投げられている。

 イーセイは、あまり気にしていないのだが、恐らくあのダンはエリカに好意を持っているし、イーセイのことをライバルとして意識していることにも気がついている。

 それでも、なんとなくそこにまで踏み込むことも無く今に至っている。

 踏み込んで典型的な青春を送る余裕など無い。


「努力だけはね」


 エリカがため息交じりに呟く。


「人間、努力だけして、どうあがいても、駄目な物は駄目だよ?」

「厳しいね」


 それは分かっていることでもある。

 経験としては、部活動だろうか。

 どれだけ激しいトレーニングをしたとしても、記録が出ないなんて珍しい話では無い。

 よりシビアに向き合ってきた彼としても、結果が全てだ。


「だって、私たちはどう頑張っても、貴族として生まれ直すことも出来ないよ? 大商人のお金持ちになることもできない。自由に空を飛べることも出来ない」

「出来ることを選択するだけだろ」


 そうは言いながらも、果たして、今の生活をいつまで続けるのかという疑問は残る。

 そこまで考えている人間は、他にいるのだろうか。


「でもさ、前から思っていたけど、リンクアーマーに乗っているのに、生身の訓練って役に立つの?」

「リンクアーマーの動きは、リンカーのイメージがトレースされるみたいだから、リンカーが出来ないことはやりにくい」


 といっても、この知識自体、誰からかの受け売りであるが。

 乗っている身としては、実感としてそう思える点もあるが、本当にそうだとは確信できない。

 相も変わらず、何故、こんなに分からないことだらけの世界に来てしまったのか。

 それも誰も知らないことだ。

 ただ、基本的には考えるよりも体を動かすタイプであるイーセイにとって、こういった訓練一つとっても気晴らしにはなっていた。

 鍛える度に、業を自分のものにしている感覚も悪くない。

 人は進歩することに幸福を見いだしているのだろう。


「ふーん。でも、リンクアーマーの武器って長剣だけど?」


 イーセイの短い木剣と、腰に差している短い剣を指さされた。鋼鉄製で、剣と言うよりも鉈に形状は近い。


「こっちは、扱いやすさ重視。扱いやすい方が習得も早いから……。リンクアーマーだと、剣の重さは感じるけど、重いって感覚が無いって言うか。どう説明すれば良いかな」

「重いけど重くない?」

「うーん、重量感はあるけど、それを持つためのパワーがあるから平気って事なんだと思う。生身の俺だと、長剣使う体が出来てないから」

「ん? んん? うーん?」


 首をかしげているのは、リンカー独特の感覚が理解できないからだろうか。

 恐らく、リンクアーマーの操縦感覚を実体験しなければ分からない感覚だろう。

 それ以上の説明をあきらめて、立ち上がる。

 丁度、ダンが何度目かのダウンを奪われたところだった。


「もう一度頼む」


 イーセイが木剣を構えると、ガルは笑い顔で頷いた。

 このガルという男は、乞食のように薄汚れて街角で座り込んでいたイーセイを拾った張本人だ。

 彼がいたから、イーセイが生きていると言っても過言では無い。

 大雑把で細かいことを気にしないが、頼れる兄貴分であり、彼を慕っている人間はイーセイだけでは無い。

 そして、遠慮無く付き合える不思議な魅力のある男だ。

イーセイは、木剣を構えて彼に駆け寄った。

 再び、木剣同士の乾いた音が響く。

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