029 交戦
最初に気がついたのは、トゥエルブだった。
破壊したとはいえ、ドラゴンの死骸……元から死骸であったのだが、再び動き出さないかを警戒していた。
その警戒網が、その異変をとらえた。
ドラゴンは動き出さなかったが、目の端に写るケミカルライトスティックの青白い光が揺らいだ。
すぐさまにそこに顔を向ける。
その方向は、丁度、地上に通じる方角だ。
通路の壁に映し出される青白い光が揺らぎ、何かの影が見え隠れした。
「何かくる」
トゥエルブが小さな声で言い、左手でハンドサインを出す。
それに合わせて、皆が武器を構えなおす。
アンドルーが、黙ったまま大太刀を肩につけ直しながら、両手に腰に差していたブレードを構えた。
皆よりも前に静かに出た。
「来客の予定は? 」
イーセイが壁に隠れながら、クロスボウを通路へ向けながら言った。
恐らくは、無いだろうと予想はしている。
「ないはずだ」
クリストファーも、ショットガンを構えながら、イーセイの予想通りの答えを返した。
「散らかりほうだいで、明かりもケミカルライトだけだから、突然の来客は困るわね。お茶もお茶請けもなんにも出せないよ」
「安心するっす。俺のコーヒーがあるッス」
「まずいからだめ。あーでも、嫌な奴ならそれでいいか。早く帰ってくれるっしょ」
「カタリーナもひどいッス」
カタリーナは包丁のような剣を構え直しながら、左手には投擲ナイフを肩盾から取り出していた。
そして、今まで隠れていたペトルーキオも、今度はショットガンを構えている。
皆が通路の先を見ていると、その影が姿を現した。
その大きさに、イーセイは、最初、リンクアーマーかと思ったが、違った。
リンクアーマーほどの大きさであり、その手に持つのは大きな斧である。
しかし、頭は牛そのものであり、体は人に似た巨大ななにか。
「ミノタウロス? 」
イーセイが呟く。
そう、人間の体と牛の頭をもつ怪物そのものだ。
それはまるで、あの夜に襲撃してきたミノタウロスにそっくりであった。
「その、もどきだ。撃て! 」
クリストファーの言葉に従って、イーセイとペトルーキオが撃った。
イーセイが放ったボルトはミノタウロスもどきの額を捕らえて、深々と突き刺さった。
数秒、バランスを崩したが、持ち直して、イーセイ達を睨み付けて駆けだした。
その駆けだした瞬間に、さらに地上に続く通路から四本足の何かも広間に入ってきた。
獅子の頭に、山羊の体、蛇の尻尾、合成獣である。
それも、一匹や二匹ではなく、何匹も続いてきており、さらに、ミノタウロスもどきも次から次に入ってくる。
持っている得物は、斧、剣、メイス、鎖付きの鉄球とバラエティに富んでいる。
アンドルーが駆けだした。
まずは、侵入者の先頭を駆けるミノタウロスもどきに駆け抜けざまに一閃。
ミノタウロスもどきは、斧を突き出して守るが、アンドルーが駆る松風の刀剣は、ミスリルさえも切り裂くミスリル鋼製であり、鋼鉄の斧はバターのようにミノタウロスもどきごと両断された。
切り裂かれてから一刹那の間を置いて、大量の血が噴き出した。
アンドルーは、さらに立ち止まって低い姿勢のまま回転すると、キメラとミノタウロスもどきの足を次々に切断していく。
両刀を振るう度に、侵入者の悲鳴のような鳴き声が広間に響き、血肉へと変えていく。
それでも、広い広間に広がっていく侵入者の全てを切り裂くことは出来ず、イーセイ達に向かっていく。
「トゥエルブ! イーセイを守れ! 」
「わかった」
クリストファーの指示で、トゥエルブがイーセイの側に行き、迫ってくるキメラを睨み付ける。
イーセイが再度、狙いをつけてボルトを放った。
ボルトは丁度、牛の頭にイノシシの体を持つキメラの頭部に命中したが、その横を数十匹のキメラが駆けていく。
それなりにクロスボウには慣れているが、数が多すぎて、焼け石に水に近い。
トゥエルブに迫ってきたキメラ達は、あっさりとトゥエルブの大降りで一掃されたが、
それに続いてさらにキメラが襲ってくる。
どれもこれも、頭と体が異なるキメラばかりだ。
「ったく、出来損ないどもの処分か? 里親が居ないか? こっちは保健所じゃねーぞ」
クリストファーが再び手榴弾を投げつけて、さらに一掃しつつ、近づいてきたキメラの頭をショットガンで吹き飛ばした。
「通路側に避難しろ。扉で食い止めるぞ! 」
クリストファーの指示で、イーセイ達が直ぐさまに動き出す。
扉をふさぐようにしてカタリーナが仁王立ちして、動く者に飛びかかってくるキメラを切り刻んでいく。
それでも、その全てを捌ききれない。
剣から逃れたキメラが、生身の四人に向かっていく。
クリストファーはリボルバーも取り出して、次から次に撃ち抜いていく。
その撃ち漏らしをペトルーキオが撃ち抜いていくが、攻撃頻度は多くない。
実のところ、彼はあまり荒事は得意な方ではない。
昔、軍のリンクアーマーの整備員をしていた経歴を持ち、一応の戦闘訓練は受けているが、実戦経験は少ない。
今、この場では、実戦経験だけならイーセイの方が圧倒的に上であり、イーセイは、クロスボウをしまい込んで、鋼鉄製の小剣を取り出して、キメラを攻撃していた。
「はっ!」
イーセイが、剣を振り払い、再び構える。
剣は鉈の形状に近く、小振り。
リンクアーマーに乗るときと、普通に走るときに邪魔にならず、扱いやすさを考えて購入した剣である。
かつての傭兵生活では、同じ団員達に剣の腕も鍛えられた。
一番強かったのは団長だが、一番学ぶことが多いと思ったのはガルだろうか。
イーセイはそのことを思い起こしながら、体に染みつけた体裁きでキメラの爪をよけて、首筋を強引につかんで頭を剣でかち割った。
そう、剣だけに頼るのではなく、体術と組み合わせる。
体術だけでなく、砂を使っての目つぶしや、次を考えての行動、次の次を考えての行動、それを実践する。
「無理するな! 」
トゥエルブがイーセイをかばいながらハルバードを振り払い、さらに数匹のキメラが潰されていく。
「でも」
イーセイは、決して無理をしているつもりはない。
ただ、守られるだけが嫌なだけだ。
だからこそ、これまでの道中でも積極的に戦闘に参加している。
「俺はお前を守れって言われているんだよ! 」
そう良いながら、トゥエルブは、ナイフを同時に三本投擲し、その全てをキメラに命中させた。
「そうだ! 保護対象が死んだら、洒落にならん」
そう言いながら、クリストファーは手榴弾を投げつけてさらにキメラを一掃する。
イーセイ達を向きながら、見もせずに背後のキメラを撃ち抜いていく。
まるで、背中に目があるかのような手腕である。
「賭だが、二人だけ先に進め! 立てこもれる場所があれば、トゥエルブだけ戻ってこい。いいな!? 」
「了解」
イーセイは、でも、と口を挟みかけたが、その前にトゥエルブがあごで通路の先を指す。
このまま戦っても邪魔になるというなら、従った方が良いだろうとイーセイは駆けだした。
割と全力で走っていくが、重装備のトゥエルブはあっさりとついてきて、併走する。
背後からは、銃声とキメラの悲鳴、リンクアーマーの暴れる音がこだまして聞こえてくる。
「またか……また、なのか」
また、逃げるのか、また、自分だけ逃げて生き延びるのか、そうなってしまうのではないかと、駆けだしてから罪悪感が襲ってくる。
今更の事だ。この世界に来てしまってから、生き延びるために奪い、戦い、殺してきた。
散々してきた。きっと一線を越えてしまった自分は、元の自分には戻れない。
嫌なほど分かりきっていた事実を今更になってさらに突きつけられた気分だった。
通路には、イーセイとトゥエルブの駆ける音だけが響いてくるほどには離れた。
ケミカルライトスティックの明かりも届かなくなってきて、二人とも、懐中電灯を取り出した。
「……」
「……」
「……」
「大丈夫か? 」
イーセイは、漏らすように言葉を出した。
「リンクアーマーもいる。問題ねぇよ。あいつら全員、修羅場はくぐってきている」
トゥエルブが言った。
その顔は、兜で見えない。
恐らく、トゥエルブに、イーセイを安心させようという心配りはなく、ただ、事実だけを述べているのだろう。
「それでも、あのキメラ。村で襲ってきたのとそっくりだ。それだけじゃない、あのミノタウロスも前に襲ってきたんだ」
「そうだな」
「そうだなって」
「多分、余所の襲撃もあいつらかもしれない。あいつらは、レッドマウンテンに敵対している商会だ。嗅ぎつけられたのかもな」
「……つけられていた? 」
「それはない。多分、偶然だ」
本当にそうだろうかと、思えた時、前方の通路で何かが動いた。
二人とも立ち止まって、懐中電灯を向けた瞬間、四つ足の何かが大きな口を開けて飛びかかってくる。
瞬時にしてそれは、ハルバードの一降りで叩き落とされながら、首をへし折られた。
それの口から内容物と血がはき出される。
キメラだ。
獅子の頭に、イノシシの体をもつ、相変わらず不格好でバランスの悪い合成された生物。
「なんでこっちから来る? 」
トゥエルブが呟いたときには、さらに数匹のキメラとミノタウロスもどきが見えた。
トゥエルブは疑問をおいたまま、反射的に駆けだした。
まずはハルバードで大きく振り払い、迫ってきたキメラを吹き飛ばす。
突っ込んできたトゥエルブに対して、ミノタウロスもどきが上段からの斧を振り落とすが、トゥエルブはよけることもしない。
ハルバードの柄で受け止めた。
両足が石の通路にめり込むほどの衝撃が襲いかかるが、トゥエルブは片手で受け止めきった。
ハルバードを回し斧を振り払うと、返すハルバードでミノタウロスもどきの首を切断して落とした。
「ったく、アホくさ」
トゥエルブが呟くように言いながら、少し先を見ると、左側の壁が崩れ落ちて、穴が開いている。
「ここからか……」
穴の向こうには、キメラとミノタウロスもどきの影が見え隠れし、ミノタウロスもどきが穴から這い出るように姿を現した。
トゥエルブは、ハルバードで胸をえぐるように斬り込むと、ミノタウロスもどきは暴れだし、丁度穴をふさぐようになる。
「いくぞ! 」
「挟み撃ちにならないといいけど」
「そのぐらい気がつく」
そして、二人は再び駆けだした。
ひたすら、暗闇を切り裂いていくように駆け出す。
暗闇を進んでいく中、二人の視界が一瞬だけ揺らいだように見えた。
気のせいかと思いながらも、駆けていく。
背後からは、何かが迫ってくる足音が聞こえる。




