028 開門
石の扉がゴゴゴッと重そうな音と振動しながら開け放たれる。
その振動のなかに、電気のバチバチとした音が微かに混じっていた。
全員が開きだした扉の先を慎重に見ている。
だが、決して扉の先だけでなく、背後や周囲にも警戒をする。
不思議とかび臭くなく、冷たく澄んだ空気が扉の先から漏れだしてくる。
クリストファーが動き停まった扉を盾にしつつ、扉の先をのぞき見る。
「明かりを」
言葉とともに、何をを放る仕草のハンドサインをカタリーナのリンクアーマーを見ずにした。
カタリーナは、右の肩盾からリンクアーマーの手で持つのも太い棒状のものを取り出した。
『いっきまーす』
棒状のものの、根本を折るとそれは青白く光り出した。
化学反応で光るケミカルスティックライトである。
ここに来るまでの間にも床に何本も落ちていた。
化学反応で光っているのだが、魔術も応用されて長時間に渡り光り続ける代物だ。
リンクアーマーはケミカルスティックライトを思いきりよく放り投げる。
床に落下すると、一度バウンドして、棒状のものが幾つにも分裂して散らばった。それに合わせて、懐中電灯で照らし出す。
続く通路は、幅が六メートル、高さも六メートル程はありそうである。
ただし、懐中電灯で照らしても、どうやら幾何学模様の壁と天井が続いていることが判るだけで、その先が何処まで続いているのか把握できない。
わかるのは、ただ、一直線に続いていそうであるというだけだ。
クリストファーが、再び、リンクアーマーを見ずに何も言わずに行けとハンドサインを出した。
二機のリンクアーマーが何よりも先に、通路に入った。
当然のことながら、リンクアーマーが生身の人間の盾にならなければならない。
二機の内、アンドルーが先行し、カタリーナは五メートルほど後ろをついて歩いていく。
二つのリンクアーマーは頭部にライトが取り付けられており、手にはそれぞれの得物を持っている。
歩き出した矢先に、アンドルーが立ち止まり、手でカタリーナを制した。
『何か、いますな』
いつも通りに穏やかそうではあるのだが、何処かに緊張感が伺われる。
『マジ? アンデッド?』
『まだ、そこまでは。もっと先にまで明かりを』
『了解』
カタリーナは、さらにケミカルライトスティックを取り出して、出来る限り遠くへと放り投げる。
再びリバウンドして幾本ものスティックに分裂する。
どうやら、数本のスティックを一本にまとめているらしい。
新たなスティックが、新たに通路の先を照らし出す。
だが、照らし出されたのは幾何学模様の天井と壁と床だけだ。
どうやら、通路はさらにまっすぐに続いているらしい。
アンドルーのリンクアーマーが膝をついて、手のひらを床に押しつける。
どうやら振動を感知しているらしい。
全員が、その様子を固唾をのんで見守る。
『来ますな』
アンドルーがそういいながら、入ってきた扉の近くまで下がってくる。
イーセイと全身鎧を着たトゥエルブも同じように壁や床に耳を押し当てる。
確かに、微かな振動が通路の先から響いてくる。
「扉しめられるか?」
『閉めるよりも迎え撃とう。どのみち、避けられないんだからさ』
「判った。仕込め損なうなよ」
クリストファーとカタリーナが短くやりとりをした約一分後、その姿が見えた。
ケミカルライトスティックに青白く照らし出されたのは、ドラゴンであった。
それも一匹だけではない。
堅そうな鱗に覆われ、小さな羽は所々穴が開き、生気のない濁った目は焦点があっていない。
ドラゴンが猛スピードで迫り来る。
まず、迫り来るドラゴンに対して、アンドルーは背中の太刀を構え、左へと振り払った。刀は鱗を弾き飛ばしながら深々とドラゴンの首に刺さり、そのまま壁へと押しつけられる。
そうして初めて、ドラゴンの詳細が辛うじてわかってくる。
全長十メートルを超えて、体の大きさの割に頭は大きく、濁った涎を垂れ流しながら鋭い牙を彼らに向けている。
さらに、両手も爪も大きく、それを大きく振り回していた。
だが、そのドラゴンがさらに迫ってくる。
今度は、カタリーナが長方形の包丁のような剣を振り払う。
鱗を弾き飛ばしただけで、そのまま押し当ててアンドルーとは反対側の壁に押しつけた。
押しつけられたドラゴンは大きな口を開けてカタリーナに迫る。
カタリーナは腕を交差させながら、ガトリングガンをドラゴンの口の中に向けて、けたたましい銃声と銃弾を遠慮無く放った。
うす暗い通路に、銃声と閃光がまき散らされる。
どす黒い血と肉が通路に飛び散っていく。
「こっちには絶対に押し出されるなよ! 」
クリストファーが右手にリボルバー、左手にソードオフショットガンを構えながら叫ぶ。
その声が届いているのかいないのか定かではないが、二機のリンクアーマーは、ドラゴンの首を必死になって壁に押しつけている。
だが、ドラゴンはさらにいた。
二匹のドラゴンの狭い隙間を抜けるようにして突き進んでくる。
そのプレッシャーに、二つのリンクアーマーがドラゴンとともに壁に押しつけられた。
一匹のドラゴンが扉から抜け出してきた。
「トゥエルブ!」
「わかってる!」
抜け出したところを、トゥエルブがハルバードを振りかざして、丁度ドラゴンの首へと一撃を加える。
鱗ごと、人頭大の肉をえぐり出す、それでも、ドラゴンは止まらずに進んでくる。
トゥエルブは、紙一重でドラゴンを躱していた。
そのドラゴンに、今度はクリストファーがリボルバーとソードオフショットガンを撃った。
だが、リボルバーの44マグナム弾は鱗を撃ち抜いたところで止まり、ショットガンのショットシェル弾は鱗に小さな傷をつけるに終わった。
「やっぱり、効かないか」
クリストファーは、リボルバーをしまい込み、同時に手榴弾を取り出す。
イーセイがギョッと驚いたのも無視して、クリストファーは口でピンを抜き、手榴弾をドラゴンへと投げつける。
手榴弾はドラゴンの頭部辺りで丁度爆発し、頭部の鱗と目玉を吹き飛ばした。
それでも、ドラゴンは、一度ホールの床に降り立つと、その場で方向転換し、クリストファー達に向かって飛んでくる。
羽はあるが、羽は使い物にならないらしく、その太い両足を使って飛び込んできた。
大口を開けて丁度、先ほどまでクリストファーとイーセイがいた場所にかみついた。
クリストファーもイーセイも瞬時に回避行動をとって、牙は空を切り裂くだけだった。
再びトゥエルブがハルバードを構えて、ドラゴンの背後に飛びかかった。
今度は、右側の羽を根元から切り裂いた。
頭を吹き飛ばされているというのに、イーセイ、クリストファー、トゥエルブを順々に眺めていく。
ペトルーキオは、ホールの瓦礫の裏に避難し、ショットガンを構えているが、撃つつもりは無いようだ。
「アンデッドか?」
イーセイが、クロスボウを構えたままつぶやく。
恐らく、クロスボウもあまり効果が無いだろうと思え、簡単に撃ってみる気になれなかった。
「だろうな。アンデッドドラゴンか。ご丁寧にも上等なプレゼントを置いていきやがって」
「頭潰すか? 」
「さーて、どうしたものかな。頭を潰して止まると良いが……」
そういいながら、クリストファーがソードオフショットガンに今度はスラッグ弾を込めながらつぶやく。
「手榴弾で、体の内部から吹き飛ばすか……的を大きいが、うまく口に入るといいが」
「なら、手榴弾をくれ。爆弾で似たようなことをしたことはある」
クリストファーは、イーセイを見ずに手榴弾を放り投げてきた。
イーセイが慌てた様子でキャッチする。
イーセイは神妙な面持ちで手榴弾を眺める。
当然のことながら、現代日本と中世ヨーロッパ紛いの世界で生きてきたイーセイは、手榴弾を初めて手に持った。
それほど重くないはずなのに、やけに重く感じるのは気のせいだろうか。
「ピンを抜いて五秒だ。すぐに投げろよ! 」
「わかった」
そういいながら、クリストファーは駆けだした。
ドラゴンは、最も近いトゥエルブに大きな口を開けて襲いかかってきていたが、そこにクリストファーがスラッグ弾を撃ち込む、衝撃で一瞬動きを止める。
そこに、トゥエルブが再度ハルバードを振り払うと、ドラゴンの長く血色の悪い舌が引きちぎれ、そこからどす黒い血が垂れ流される。
血が散らばる度に、腐敗臭と薬品臭が混ざって辺りに立ちこめていく。
ドラゴンは、大きく跳躍した。
天井近くまで飛び上がり、そのまま天井を蹴って急降下してくる。
急降下していく先には、走り回るイーセイがいた。
大きな牙にとらえられるかと思われた瞬間に、イーセイの姿が一瞬だけ消えて、1メートルもしないが、その先に姿を現す。
ドラゴンが、体を起こしてイーセイに飛びかかってくる。
イーセイは、後ろ向きに走るのをやめていったん立ち止まり、逆にドラゴンに向かって走り出した。
再び、牙がイーセイをとらえた瞬間に、イーセイの姿は消えてドラゴンの頭の上に姿を現す。
イーセイは、手榴弾のピンを抜いて、ドラゴンに投げつける。
そして、そのままドラゴンの首、背中の上を走っていき、飛び降りる。
飛び降りた瞬間に、ドゴンッと鈍い音がドラゴンから聞こえて、ドラゴンの頭部の丁度上部分が吹き飛んでいて、ひび割れた骨が残り、虚空になっている目からは煙が上っている。
ドラゴンの脳内に手榴弾を瞬間移動させ、爆破させたのだった。
「はぁはぁ」
イーセイが、肩で息をしながらも、次に何が起きるか判らないために習慣として、ボウガンを構え直していた。
「無事か? 」
クリストファーが、だめ押しにスラッグ弾をドラゴンのひび割れた頭部に撃ち込んだ。
さらに、トゥエルブが二度、三度とハルバードをふるって、徹底してドラゴンの頭を破壊していく。
「なんとか。死ぬかと思った」
そう、イーセイにしても、こんなドラゴンの相手は初めてで、緊張のしっぱなしであった。
震えで崩れ落ちていないのは、相応に修羅場をくぐり抜けてきた成果だろうか。
「頭で正解だったな。時々、頭部以外にも魔術式が施されているケースもあってな」
「マジか」
「それよりも、あっちはどうだ? 」
と扉の先を眺めると、アンドルーが取り押さえていたドラゴンは、頭部を十数等分のバラバラにされており、カタリーナが押さえていた方は、何度も切り刻まれ、潰されて挽肉のようにされていた。
ただし、持っていたはずのガトリングガンは、銃身が何カ所も曲がって足下に捨てられている。
『申し訳ありませんな。手間取ってしまいました』
『右に同じく』
アンドルーとカタリーナが続けざまに謝ってきた。
それでも、ドラゴンを通路に取り押さえていただけで、十分と言えば十分であるが。
それもクリストファーは判っているようである。
「構わん、厄介なのはいつも通りだ」
「キーパーズって厄介以外に何あるの? 」
「何があるだろうな。仕事も同僚も部下も上司も厄介だらけでね。言っておくが、調査官になるのはお勧めしないからな。ソードギルドで仕事をもらった方がまだましかもしれん」
そういいながら、クリストファーはショットガンに弾を込める。
「扉一つでこの騒ぎとなると、この先に何があるやらな……」
そうクリストファーが呟いたときに、地上に続く通路から何かの影が壁に写った。




