023 手紙
大陸中央の人間から言わせれば、大陸中央から離れるほど文明は栄えていない。
離れるほどに歴史の成り立ちを見るような旅になると言う。
大陸中央以外に住んでいる者たちからすればずいぶんと勝手な言いぐさではあるのだが、未開発地域と称されるエリアの極北に位置するのが到着した街であった。
石が丁寧に切りそろえられた城壁に囲まれた港町だった。
入るのにも行列に並んで、持ち物検査を受けて、ようやく街の中に入った。
丁度東側がなだらかな丘になっていて、石造りの城が堂々と建っている。
街は石畳の道が途切れることなく続き、家々は隙間無く軒を並べている。
入ってすぐにメインストリートが港のある北側に伸びていて、多くの屋台が出ていた。カットフルーツからジュース、串焼き等々とメニューはバラエティに富んでいる。
『鴨が焼き上がったばかりだよ! 早い者勝ちだ! 』
『ソーセージはいかがですか! 』
『ママー、ジュースのみたい 』
『焼きたてブレッドだよ! 干しブドウ入りだよ! 』
『輸入品のオレンジだ! 今なら半額だ、もってけドロボー』
等々、エトセトラの賑わいを見せている。
イーセイは似たような規模の街に訪れて事はあったが、どこか一段と活気にあふれているように思えた。
普通に暮らしている人たちの普通の日常。
だが、傭兵として生きてきたため、そんな日常を壊してきたのも事実。
罪の意識は、無いと言えば嘘になるが、生きるために、弱肉強食の掟に従ったまで。
またなにか悩んでしまいそうになると、そんな事は忘れて喧噪の中に飛び込んでいきたかったが、クリストファーが案内したのは一つの商家だった。
看板にはレッドマウンテン商会と書かれている。
「キーパーズの活動をする上での表向きの肩書きだ」
「世を忍ぶ仮の姿ね」
「ほら、水戸黄門も表向きはちりめん問屋だろ」
「なんで知っているんだよロシア人」
「知ってて何が悪い日本人」
そんな会話をしてから中へと入った。
クリストファーが懐剣を見せると奥の部屋に通されて、さほど待つこともなく一人の女性が部屋に入ってきた。
歳は三十代半ばといったところで、日によく焼けていて眼鏡をしていた。
「クリストファー様、ご無事で何よりです」
「ああ、何よりだ全く。早速だが預けた荷物と船の手配を頼む。三人分だ」
「かしこまりました。それと、本部から連絡が来ています」
と女性は一通の封筒とペーパーナイフを差し出した。
クリストファーはナイフで封を切って手紙を取り出しその場で読み始める。
読んでいる内に、二つの木箱が運ばれてきたが、クリストファーは一別しただけで、手紙を何度か読み直していた。
「ふむ……まっすぐに帰れないか」
「なにかあったのか? 」
「何、すこし立ち寄るところができたってだけだ。すまんが、すこしだけ回り道をする」
「まぁ。それなら、そうで、仕方ないんじゃないのか」
「物わかりが良くて助かるさ」
そう言って、クリストファーは運ばれてきた木箱を開けた。
木箱の中には衣服や布に包まれたものがまず目についた。
クリストファーはまず布を取り出して、ほどいていくと、銃が現れる。
銀色に輝き、グリップは木製、どこか重々しく感じられる。
銃と言えば、輸入品のマスケットが主流だと思っていたが、見る限り、それは地球で使われている現代的な銃に見える。
「布の機械の話じゃないが、ガンスミスが転移してきたとして、工房があったら何を作ると思う? 」
「マスケット以外の実銃って初めて見たよ」
クリストファーは、リボルバーを取り出して丁寧にチェックしていく。
「さすがにこいつも禁制品になるんで、ここに預けるしかなくてな。ただ、相手がリンクアーマーだの持っている限り、銃があったところでどうにもならんのだがな。いや、リンクアーマーどころかミスリル製の鎧相手だと分が悪いが……」
銃を虚空に向けて構えた。それは、どこか手慣れていて似合っているように感じられた。
「やはりクロスボウよりもこちらのほうが落ち着くな」
そういってリボルバーを机の上に置くと、もう一つの布の包みをほどいていく。
今度は銀色の水平二連式のソードオフショットガンが出てきた。
「とはいえ、オートマチックやポンプアクションなんかは、まだまだ作りがいまいちで、信頼性に落ちる」
そういって、腕を伸ばしてショットガンを構える。
やはり、それはずいぶんと様になっている。
クロスボウよりも扱いに慣れているといった事なのだろうか。
だが、すこし気になる点はある。
「もしかして、その銃ってミスリル製? 」
「御名答。強度不足を補うためにミスリルで作ってある。中々わるくないもんだ。魔法金属万歳ってわけだ。全く、面白い世界だよ」
ミスリルは実際に貴重なものだ。
所属していた傭兵団でもミスリル製の武器を持っているのは団長だけだった。
だが、このところ、ミスリルを潤沢に使った武器や兵器の存在を知って、どうもミスリルの価値が下がってきている。
とてもありふれたものなのだろうか。
「ちなみに、銃はお前さんの分は無い。自前のクロスボウで頑張ってくれ」
「知ってた」
そりゃそうだろうとは思っていた。
当分は、自前のクロスボウを使い続けるしか無いらしい。
「代わりっていっては何だけど、ボルトがほしい」
「オーケェ。君にはボルト百本を自分で買う権利と名誉を進呈しよう」
「そりゃ、ありがたい話だ」
「ま、そんなけちくさい話ではなく、こっちをしばらく貸そう」
とクリストファーは自分のクロスボウを差し出した。
受け取って、試しに弦を引いてセットしてみる。
自分が使っていたものよりも大分重い。
「至近距離なら鋼鉄のプレートでも貫くぐらいには威力がある。ボルトは鋼鉄製と十本だけミスリル製がある。高いから使うときは慎重にな」
「わかった。ありがたく使わせてもらうよ」
「さて、用事も済んだことだ。出発は明日か明後日になる。飯でも食いに行こうか」
相も変わらずにどこか皮肉めいた様子でクリストファーは提案した。
港町だけあって、海産物のフルコースは絶品であった。




