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021 開戦

 ややなだらかな傾斜がある草原での出来事だった。

 鋼鉄製の鎧をまとった巨大な影が槍と盾を構えて進んでいく。

 カチャカチャと金属音と行進の地響きがあたりに響き渡る。


 その一団とまた別に鋼鉄の鎧を身にまとった兵団が雄叫びを上げながら進んでいき、接触した。

 互いの得物が盾や鎧にぶつかって火花を散らしていく。

 そんな兵団の一つはまだ敵に接触前であったが、それは一瞬のことで、巨大な金属の塊が突っ込んできて、剣を一振り二振りすると、一つの兵団は血まみれになって動かなくなった。

 巨大な金属の塊は、リンクアーマーであり、バックラーと曲刀を持っていた。

 そのリンクアーマーに対して、新たな金属の塊が迫り、二つのリンクアーマーはぶつかった。


 さらに視線をずらしていくと、要塞の門に何度もハンマーを振り下ろすリンクアーマーが存在し、かと思えば、城壁をよじ登って、弓兵を蹂躙するリンクアーマーもいた。

 後方からは、投石機に混ざって巨大な金属製の弓を引き、巨大な金属の矢を射るリンクアーマーも存在する。


 かと思えば、押し倒され、甲冑をはがされたリンクアーマーが、鎧を着た兵士達に串刺しにされながら、中に乗っていた操縦士に何度も斬りかかって、見せしめのように殺している。

 双方のリンクアーマーが十数機以上、兵士は五百を超える戦争が草原で起きていた。


 石造りの要塞を守る側と攻める側。

 さらにそれを丘の上から眺める第三者達。

 第三者の中には近隣の村人達が大半であったが、その中にイーセイ達も混ざっていた。

 念のためにと、村人達からは距離をとり木々に身を隠している。


「前に通ったときは膠着状態だったのだがな。始まっていたか」


 クリストファーがややつまらなそうに言う。

 どうやら、膠着状態の内に街道を抜けたかったようである。

 しかし、眼前に広がる戦場を眺める限り、流れ矢の危険も考えるとかなり遠回りに迂回する必要がある。

 かといって、強引に突き進める者などいない。

 戦争が一段落するまでは待機するべきだろうかと考えていた。


「こんなにリンクアーマーがいる戦場は珍しいな」


 そんなクリストファーの心中を知って知らずか、イーセイは双方のリンクアーマーの数を数えていた。

 この大陸南部における戦争の肝は、リンクアーマーの数にあると言って良い。

 リンクアーマーが戦争の最大戦力であり、十や二十の兵士が束になったところで、一瞬にして蹂躙されるのだから。


 だが、老朽化や摩耗が進んだリンクアーマーに何本もの矢が刺さったとすれば、あるいは大砲の玉が直撃したならば、あるいは乗り手が未熟であれば、あるいは罠に掛けて身動きを封じることに成功したならば、リンクアーマーといえどもリンクアーマーなしに倒すことは不可能ではない。

 不可能ではないだけで、限りなく難しいのではあるが。


「どっちが優勢だ? 判るか? 」


 どこか試すようにクリストファーが尋ねてきた。


「守り側」


 クリストファーの問いに、イーセイがすぐに答えた。


「その根拠は? 」

「要塞の上に、まだ三機のリンクアーマーを温存しているし、兵士の数も含めて数が同等なら守り側の方が現状だと優位だと思うけど。兵士の質と装備もさほど差はないと思うし」

「なるほどな。俺の判断は逆だ」

「というと? 」

「攻め手の陣地を見てみろ、よーく見てみろ」


 クリストファーの視線の先を追うと、丸太を組み合わせた塀で囲まれた攻め側の陣地が見え、何人もの兵士と一体だけやけに豪勢な飾りが施されたリンクアーマーがいた。

 鎧の表面には幾何学模様で飾られ、サーコートは金色の刺繍が施されている。

 あれは騎士でも模しているのだろうか。

 兜には四本の角が鋭く伸びている。

 また、両肩には胴体をスッポリと覆うほどの大きな盾がついている。

 イーセイの目でははっきりとしないが、恐らくは、どうやら、そのリンクアーマーの前には全身を鎧で包んだ騎士がいる。

 あの人物が操手だろうか。


「一機だけいるけど、あのリンクアーマーがなにか? 」

「ミスリル製だ。一部分だけでなく、全部がだ。確か、大陸中央から流出したミスリル製リンクアーマーの業物のリストに載っていたものだ。それなりに有力な工房の作品だな」

「……そんなリストがあるんだ」

「あるさ。うちの組織としては、あまりにリンクアーマーが出回ることをよしとしない方針なものでね」


組織というのは、商会のことなのか、キーパーズのことなのか、あるいはどちらも同じなのか、イーセイは考えながら口を開く。


「……つまり」

「あのリンクアーマーが出るだけで戦況が覆る。今はまだ様子見と温存を兼ねているのか知らんが、俺としては早々に終わらせてほしいもんだ。とにかく、一日待つ、待って沈静化したらすぐに抜けるからな」


 クリストファーはどうやら、遠回りしても待機してもロスが変わらないと判断したのか、消耗の少ない選択をしたようだ。

 そう判断して、近場の石の上に座り込んだ。

 ただし、いつでも動けるようにと背中の荷物は背負ったままだ。


「ミスリル製……」


 イーセイはつぶやく。武器だけでもミスリル製のリンクアーマー相手に敗北した身としては、その戦力としての違いがよくわかる。

 勝つとしたら、まずは攻撃すら受けてはいけない。

 だが、ミスリル製の装甲相手にどうやって勝つかまでは想像できない。

 それほどまでに、圧倒的に違うのだ。

 

「ちなみに、リンクアーマーはミスリル製が標準だ」

「え? 」


 思わず、間抜けな声を出してしまった。確かにミスリルもリンクアーマーも大陸中央でしか作られないと聞いていたが、それはどうやらセットでの意味らしい。


「本来の定義として、リンクアーマーは、人工筋肉をミスリル製の装甲で覆ったものになるからな。お前さんが使っていたのも含め、鋼鉄製のものはな劣化版になるんだ。確かに、ミスリルは大陸中央から離れるほど価格が高騰するが、それでも、ミスリルより重い鋼鉄を使うのは、設計思想から言えば無理をしている話になる。なんせ、重い分、人工筋肉の負荷も増えて発熱も多くなる。熱伝導も鋼鉄の方が悪いから熱がこもりがちになるしな」

「確かに暑かったけど」

「さらに、そもそもと言えば、本来のミスリル製リンクアーマーも操手はクーリング機能をもった装備が必要になると言うのに、ここいらじゃ、ひたすらサウナを我慢しているんだから、我慢強いというか何というか」

「……やっぱり、あれ、暑すぎたのか」

「ったく、二年もサウナに我慢していたか。本当はフィンランドの生まれか? 軍の新兵の訓練でも、そんな無茶なことさせんぞ」


 炎天下の中で全力で走るよりも辛いあの熱気こもる操縦席は、確かに、今となっては無理のあることだった。

 我慢できずにちょくちょく戦闘中でも水を浴びていたが、よくもあれに自分は我慢したものだ。


「……なんであんなに汗をかいていたのだろう。汗、返せよ」

「臭いだけだからやめとけ」


 なだめるようにクリストファーが言う。


「ちなみに、何が原因で起きた戦争かまでは知っているか? 」

「いや。知らないけど。水場とか領土とか、名誉とかそんなのじゃないの? 」

「違う、布だ」


 布? とイーセイは小さく聞き返す。

 傭兵と言えど、この辺りで起きる戦争の理由ぐらいはおおよそ把握しているが、布が原因だというのは初耳だった。

 クリストファーはやや厳しい表情になる。


「表面的な原因は、そうかもしれないが、根本的な原因は布だ。どっかの飲んだくれた異邦人が、織物の機械を開発してな、安くて品質の良い布で、ろくな産業のない村を盛り上げようとした……までは良かったが、結果として他の産地は荒廃し、大量の失業者が出るわ、失業者が山賊や難民になって治安が荒れてな。結果として、今やっている戦争につながった。この戦争の最初の原因は、何も考えなかった飲んだくれだ」

「そんなことが」


 前に処刑された異邦人を見たが、あれと同じように新しいことを異世界にもたらして、それが騒乱の種になった。

 異世界で、何かをすることに、リスクが伴うことを実感する。


「ちなみに、その飲んだくれた馬鹿はキーパーズで保護済みだ。いいか? 技術にはそれにともなう変化が必ずある。その変化を無視して、やれ産業だの兵器だのを変化させればその結果が現れる。その結果として、世界が滅びることがあるかもしれない。キーパーズは、それを抑制しようとする意志の持ち主達によって結成され、運営されている。だから、ひとまずは俺達を信用してほしい。こんな言葉で信用なんて軽々しいものだがな」

「信用も何も、助けてくれた相手だろ」

「そう言ってくれるなら好ましいさ」


 クリストファーは何処か皮肉めいた微笑を浮かべつつ、頷く。

 自分たちの存在意義、存在理由を理解されないこともあることを理解しての頷きのようだった。

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