020 遭遇
鉄の剣や斧を構えた一団がフルプレートを着込んだ一人に斬りかかっていく。
それなりの鎧を着けてはいるが、全身を隙無く覆うようなフルプレートを身につけている者は居ない。
整っていない者になると革の鎧に毛皮の上着と言った様子だ。
それでも、そのフルプレートを着込んだ人間は焦った様子もなく、ハルバードを構えてあえて、その一団へと突っ込んでいった。
突っ込んでいくその速度は、鉄よりも軽いミスリル製とはいえ、まさに人間離れし弾丸のように思えた。
大降りに大雑把で豪快に振るわれると、剣や腕、頭部が宙に飛んでいった。
辺りの木々が血に染まっていく。
その光景を目の当たりにした瞬間に、生き残った一団はフルプレートを着込んだ人物から一目散に離れていく。
ある者は視線を外さないまま後ろへと、ある者は背を向けて。
金属音と空を切る音が響いた。
背を向けた人間の背に鋼鉄のボルトが突き刺さり、つんのめるようにして崩れ落ちた。
さらに別の人間の背中には、スローイングダガーが突き刺さり、さらにさらに別の人間には木製のボルトが突き刺さった。
目に見えて動いていた一団はそれで屍となっていった。
静かな街道で起きた小さな騒動はそれで幕を下ろす。
「どうだ? 」
木の陰でクロスボウを構えたクリストファーがフルプレートを来た人物、そうトゥエルブと呼ばれる女性に問いかける。
「視線も気配も無い。これで全部じゃないか? 」
そう言いながら、トゥエルブは兜のマスクを上げて、今まさに片付けたばかりの集団、野党の一団であるが、その死体から自ら投げたスローイングダガーを引き抜いていく。
軽く血をぬぐい、肩から斜めに掛けているベルトへと収めていく。
ベルトには同じスローイングダガーが十二個収められている。
このダガーもミスリル製であり、このトゥエルブと呼ばれる女性は、このあたりであれば、考え得る限り、最高の装備を身につけており、その身体能力と相まって、数人程度の山賊は問題にならない。
「ったく、ちょっと行けばいくらでも戦争やっているんだから、わざわざ賊をしなくてもいいだろうにな」
「この辺りの傭兵は、それなりの数と実績とコネがないとまともに取り合ってもらえないこともあるから」
クリストファーと同じく木に隠れ、愛用のクロスボウを構えているのはイーセイであり、説明を続ける。
クリストファーのクロスボウは木とミスリルで作られ、ライフルのようなストックと照準機がついているが、イーセイのものは基本的に木製で、細かな部分にだけ鉄のパーツで補強されているような代物だ。
それでも、ほぼ生身の人間相手なら十分な殺傷能力はあり、たった今、それを証明している。
「まぁ、傭兵と賊の区別もあってないようなものだけど」
「なるほどな。このあたりじゃそうなのか」
クリストファーは納得した様子で頷いた。
三人は村で一泊した後に、さらに北へと進んでいた。
進んだと言っても、徒歩で半日ほどで、つい先ほど盗賊の一団に出くわしたところだ。
その盗賊もあっさりと土に還ってしまったが。
「大陸中央だと、ソードギルドなんてものがあってな、ソードと名のつく割に戦士も魔術師もガンマンもリンクアーマー乗りなんかもごちゃ混ぜで属している組織でな。情報化が進んでいるせいか信用第一で賞金稼ぎやら傭兵やらやっているさ。賊でもしようなら、直ぐさまに同族のおこづかいになるって寸法だ」
そう言いながら、クリストファーは辺りを一通り見回していく。
「それに、リンクアーマーも無いとまともな戦果なんて出せないこともあるし」
「ふむ」
「この辺りの国で、リンクアーマーを持ってない国はない。持ってない国は滅んでいるから」
「商会としては、このあたりにリンクアーマーが出回っていること自体は認めていないのだがな」
クリストファーは少しだけ苦い顔をした。
既にイーセイには説明しているが、リンクアーマーは本来は大陸中央でしか生産されていない。
否、厳密には生産できない。
工房が大陸中央にしか無いのもあるし、戦局を一変させかねないリンクアーマーは貴重なカードでもあるため、キーパーズは大陸中央以外には輸出自体を禁じている。
だが、現状はそれでも様々なルートから流出してしまっているらしい。
とりあえずは、リンクアーマーが何なのかの説明はまだだが、乗り手として、あれが戦場で最も強いことは実感として知っている。
確かに、強い兵器が出回ること自体は治安や力の拮抗を崩しかねないのだろう。
「さて、先を急ぐか。この人数で、このあたりでの野営は勘弁願いたいのでな」
クリストファーはクロスボウを肩に担ぎながら促した。
イーセイもクロスボウを腰に差し込んで小さく頷いた。
下着と上着だけは村で新品を手に入れたが、チェーンメイルと武具類はそのまま使っている。
ただし、毛皮のマントと毛皮の帽子も調達していた。
クリストファー曰く、念のためだそうだ。
「ただの傭兵一人を追ってくるとは思えないけど」
「どちらかと言えば、俺達商会を追ってくる可能性だな。今のところ、つけられてもいないだろうが、用心に越したことはない」
それからは早足めに場を離れていく。
トゥエルブが数歩だけ二人の先を歩き、警戒を怠らない。
イーセイは、このトゥエルブについては、あまり詳しい話を聞いていない。
そして、聞いてもいいものかと迷ってもいる。
山賊を瞬時に引き裂き、リンクアーマーの攻撃を受け止めた。
その素早さと力はどう考えても人間に出来る業ではない。
だが、今のところ、彼に害をなすわけでもなく、今は心強い味方だ。
不可解な点が多すぎる味方であるが。
「聞いていいのか判らないし、答えられないならそれでもいいけど」
イーセイは、少し小声でクリストファーにささやく。気を遣っているつもりだが、トゥエルブが五感も鋭ければあまり意味はないかもしれない。
「トゥエルブさんって」
「俺はトゥエルブでいい」
案の定というべきか、前方から素っ気ない声が聞こえてくる。
さらに言うならば、どうやら一人称が俺であるらしい。
「トゥエルブがどうした? 」
「いや、一体、何者なのかと」
ここまで来たらとらと、勢いのままに質問を続けた。
クリストファーは少し黙って、考えるそぶりを見せて、
「俺に言えるのは、キーパーズの保有する魔術兵器だ。それ以上は本人に聞くと良い」
とだけ答える。
その言葉に、不可解な点が増えたのだが、あまり踏み込んでも良いようには思えず、イーセイはそれ以上の質問を続けなかった。
森の街道では、三人が足早に進んでいった。




