016 救援
大陸南部の丘陵地帯にある小さな村は、丸太の柵に囲まれて、さらに広大な麦畑に覆われている。
土地柄、雨が少ないため水やりに手間取る点はあるが、それでも毎年多くの作物を収穫できる豊かな土地、だった。
毎年、収穫後には収穫祭が行われ、近隣の村人と領主も訪れて、年に数回だけあるお祭り騒ぎになる土地、だった。
収穫祭に合わせて、数組の若い男女が結婚をして、貧しいながらも幸せな家庭を築くはず、だった。
村と住人の未来はかき消されたのだ。丸太の柵は壊され、家という家は燃えて破壊され、倉庫と大量の麦には火の手が移って豊かな実りを灰にしていく。
槍を持ったまま胴体から真っ二つになった青年。
逃げ遅れて背中から斬られた老人。
犯された後に生きたまま火にくべられた村娘。
流れ矢に胸を射貫かれた母親。
キメラに食い殺された傭兵。
リンクアーマーのランスで押しつぶされたミスリルの鎧をまとった傭兵。
何本もの剣が突き刺さり動かなくなったキメラ。
多くの死体が転がっていた。
転がっている死体も、まだ生きているキメラに食い散らかされている。
もはや地獄だろう。
死ぬ前から地獄にいるのだろう。
だが、彼、イーセイは生きていた。
目の前には破壊された自身のリンクアーマーがあり、それを破壊した黒いリンクアーマーがいて、ランスをイーセイに向けていたが、そのランスは止められていた。
イーセイとランスの間には、銀色に輝くプレートアーマーを着込んだ人物がいた。
人物の手にはハルバードが握られ、リンクアーマーのランスを受け止めていた。
受け止めた衝撃からか、両足が深々と地面に埋まっている。
イーセイからは後ろ姿しか見えないが、決して大柄でもなく、どちらかと言えば細身に思えた。
それは本来ならあり得ない光景である。
人の力でリンクアーマーの力を止められる訳がないのだ。
だが、次の瞬間にはそれ以上の光景が目に飛び込んできた。
一度リンクアーマーがランスごと引いた瞬間に、ハルバードが振るわれ、ランスをバターのように断ち切ってしまう。
リンクアーマーがひるんだ瞬間に、さらにハルバードが振るわれて首を切ってしまった。
視界を失うだけでなく、四肢の制御もうまく効かなくなる。
間接部やコックピットと同様にリンクアーマーの弱点である。
今まで見たことがないほどの、あまりにも素早い太刀筋であったが、これ以上ないほどに美しかった。
「よくやったトゥエルブ! 」
呆然と眺めていると、後ろから声と足音が聞こえた。
クロスボウを構えたまま振り返ると、そこには新たな男が立っていた。
頭から膝下までを覆うチェーンメイルを着込み、真っ黒な外套を羽織って、両手にはやや大きめのクロスボウを持っている。
また、腰にはサーベルを携え、背中には大きな荷物を背負っていた。
「撃たないでくれるかい? こちらとしては助けたつもりだ。大丈夫か? 」
そう低い声で話しかけてた。
炎に照らされて見える顔は肌が白く、彫りが深く、鼻はややワシのように高い、真っ黒な口ひげを短く伸ばしている。
いや、あれはのばしていると言うよりも無精髭だろうか。
白人系の人間に見えた。
歳は三十代から四十代といったところだろうか。
「しかし、レベル3の装備で来たというのに、リンクアーマーがいやがるとはな」
男はイーセイには、意味がわからない事を言いながら、動かなくなったリンクアーマーを眺める。
「あんた……一体」
「君を捜していた。そして、保護するつもりだ。俺の名前はクリストファー。念のために聞くが、君の名前は『タチバナ・イッセイ』に間違いないか? 」
それは久々に本名を呼ばれた瞬間だった。
だが、本当に頷いて良いのかどうか迷い、イーセイは硬直したままだ。
「警戒しているか。無理もないか。そうだな『○○○○○』」
イーセイの様子を気にしてか、男は何か聞いた事があるようなないような発音の言葉をつぶやいた。
大陸共通語の発音では無いようだが、何を言ったのかは見当もつかない。
「『ロシア語』は判らないか残念。ではこれでどうだ?『Nice to meet you』わかるかな? 地球で最も有名な初対面の挨拶だと思うが? 」
「……!?」
それは久々に聞く英語だった。
イーセイはゆっくりとうなずいた。
「そうか。色々と聞きたいこともあるだろうが、後にしてくれ。そうだな、俺は広い意味では君と同じ場所から来た。意味はわかるな? 」
再び頷いた。
つまりは、このクリストファーを名乗る男は、イーセイと同じく地球からやってきたということだろうか。
それも判らないまま、そう、何も判らないままのイーセイをおいて、クリストファーは前に出た。
「トゥエルブ、離れろ」
そうクリストファーが言うと、これまでリンクアーマーにハルバードを構えたままのフルプレートの人物は、そっと離れる。
どうやら、この人物のことをトゥエルブと呼んでいるらしい。
「こちらはレッドマウンテン商会のクリストファーだ。話を聞いていただきたいがよろしいか? 」
そうリンクアーマーに言い、クリストファーはクロスボウの先を下ろした。
同時に、剣の鍔を見やすいように掲げる。
リンクアーマーの前方の装甲が開くと、中から真っ黒なプレートアーマーを身につけ、兜だけは外した男が出てきた。
やや厳ついが若い男だ。
黒い髪に黒い目をしていて、眼光の鋭さは意志の強さを感じ取らせる。
男は左手は剣の鞘を持ち右手は持ち手にかけており、警戒だけは解いていないようだ。
男もリンクアーマーの幻肢痛をこらえた様子で、額からは滝のように汗を流していた。
「……商会がどういうつもりだ」
クリストファーよりもやや高い声で、プレートアーマーの男は問いかけてくる。
「どうしたもこうしたも、こちらの男は我が商会の客人であり迎えに来ただけです、ここは引いていただきたい」
「そのような勝手が通るとでも? 」
「この場での戦闘も、そちらの勝手かと存じますが? 」
やや嫌み混じりにクリストファーが言った。
「こちらは依頼人の意向を受け、不埒な傭兵討伐にうってでたまで、不幸にも村人達は間に合わなかったがな」
先ほどから双方のやりとりの意味がイーセイにはわからないが、とりあえずクリストファーと名乗る男は助けてくれようとしているのは判るし、リンクアーマーに乗っていた男は、恐らくは傭兵か何かのようではある。
「キメラが村人と傭兵を区別しているようにも見えませんがね」
「我々が到着した時点では、村人は助からなかった」
それは大嘘であることは判るのだが、何かにつけて建前をつけているのだろうか。
「そうですか。ですが、ミスリルやマスケットはもとよりリンクアーマー、キメラも当商会ではこちらの地域では禁制品と考えています」
「それはそちらが勝手に言い出していることだろうが」
「ええ、勝手ではありますが、ですが、それを今この場で取り締まっても良いのですよ……。意味はおわかりですか? 」
「中々強引な手法をとるようだな」
「もとより力比べかと、出来れば客人の手前、穏便に済ませようと思っているだけですよ」
元から、これは交渉ではなく恫喝であったらしい。
それもそのはずだ、クリストファーがトゥエルブと呼ぶ戦士は、リンクアーマー相手に立ち回れるのだ。
いずれにしろ、あちらに勝因も優位性も無いのだ。
「……勝手にしろ」
忌々しそうに男が言い放つ。
クリストファーは小さくうなづいてから、決してその男から目を離さないまま後ずさりし、イーセイを持ち上げた。
そして、決して視線を外さないまま村の外へとゆっくりと出て行ったのだった。
当然のようにトゥエルブと呼ばれた人物も、武器を構えたまま警戒を解かずに付いてくる。
極度の疲労からイーセイはなされるがままで、いつしか夜の闇に溶け込んでいくように意識を失った。




