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015 戦死

 いつの間にか鳴り出していた半鐘も、リンクアーマーに見張り塔ごと切り崩されて鳴らなくなった。

 傭兵達は家を一通り荒らし回ると、躊躇いもなく火をつけて回る。

 幾つかの家では、生きた村人が残っていたが、そんなことは気にもとめない。

 そういった村人は逃げても良いし死んでも良い。どちらでも構わないのだ。


 男達が手頃な女を取り押さえて、劣情を晴らしていく。

 恐怖と嫌悪の叫び声は、業火の音に混ざって燃えるように消えていく。

 村の倉庫には、傭兵団の馬車が乗り付けられて、次から次へと麦の入った麻袋を奪っていく。

 すでに立ち向かってくる村人は居なかった。

 何人もの村人の死体が転がって、幾つかは崩れ落ちる家の下敷きとなって燃えていった。


 地獄絵図と見るか祝勝会と見るか。見る者が違うだけで大違いである。

 イーセイは血まみれになったリンクアーマーで井戸の近くに居た。

 剣を突き立てて、リンクアーマーとの同調を切断し、扉を開け放つ。


「あっち……」


 サウナのような暑さから解放はされたが、今度は生暖かく血と焦げ臭さの混ざった空気にさらされる。

 それでも、リンクアーマーの中よりは幾分かはましに感じられた。


 井戸から水をくみ、それを頭の上からかぶった。バシャリと水が飛び散り、今までの暑さが嘘のように消えていく。

 ふと視線を井戸から横にすると燃える家の横で、小さな女の子が泥と煤にまみれたまま呆然と炎を眺めている。

 逃げ遅れたのだろうか。

 自分たちが一夜にして村を地獄絵図に変えた、イーセイはその女の子から目をそらした。

 自分の他は気にしてすらいない。

 あの女の子がこの後どうなるかなんて、誰も気にしない。


『イーセイ、終わったらあたしが浴びるから』

「わかってる」


 涼んでいるイーセイを尻目に、血まみれのリンクアーマーが井戸にまで歩いてくる。

 マリアの乗るリンクアーマーだ。

 イーセイは自身が駆るリンクアーマーを見上げた。

 血と泥に汚れているが、傷はほとんどついていない。

 人間の力では、おそらくミスリル製の武器を使っても止めることなど出来ないだろう。これに乗っていたから今まで生きてこれた。


 今回の戦いでは死傷者はほとんどいない。

 だが、過去の戦いでは別の傭兵や軍と戦ったこともあり、傭兵団にも死者は出ている。それでも、イーセイは生きてこれた。

 この分厚い鋼鉄の塊が守ってくれたからだ。

 しかし、まともな整備も出来ない彼等では、たいしたことは出来ない。

 その内には動かなくなるかもしれないのだ。

 魔石と呼ばれる動力源もいつまでもつものなのかわからない。

 その時に、リンクアーマーを失った自分は生きていけるのだろうか。

 生き続けられるのだろうか。

 そんな不安が脳裏をよぎった。


『しかし、村の規模の割に大量みたいだね』

「そうだな」

『豊作はいいもんだ』


 マリアのリンクアーマーは倉庫の方を見ていないが、リンクアーマーの目では見えているのだろう。

 確かに麦は大量に確保できているようだ。

 もしかすると馬車と馬だけでは運びきれないかもしれないが、そのときはリンクアーマーを使ってでも運べるだけ運ぶのだろう。

 イーセイも、そしてマリアも、一応の警戒をしてはいるが、実質的に戦いが終わった気分でいた。

 昨夜の奇襲がまるで、悪い夢程度に思える程度に、ここまで順調に進んでいる。

 このまま順調に終わるだろうと思っていた。


 その声が聞こえるまでは。

 一つの大きなうめき声だった。

今の今になって誰のうめき声か判らないが、尋常ではない様子であることは判った。

 反射的にリンクアーマーに乗り込んで、その方向を確認する。

 村はずれの囲いの近くだ。

 何か人影がいる事は判るが、それに何か巨大な陰が覆い被さっている。


『先に出る! 』


 マリアが先行して駆けだしていき、イーセイも再度リンクアーマーと同調を済ませて追いかけていく。

 炎の明かりに照らされた先には、巨大な獣がダンの腕にかみついてた。

 そのそばにはトマスが居て剣を獣へと向けていた。

 獣はライオンと犬の頭、山羊の胴体、蛇の尻尾、鷲の翼を併せ持ったもの。

 魔法合成獣キメラだ。

 トマスが剣を獣の腹に深々と突き刺さすが、同時にライオンの頭は押さえつけていたダンの顔面を削るように食いちぎった。


「てめぇ、この野郎! 」


 トマスが叫びながら、予備の剣を取り出して、今度はライオンの首へと突き刺す。

 ライオンのと犬の頭の口からどす黒い血があふれ出て、横に倒れていった。


『何があった!? 』


 マリアが念のためと言った様子でライオンの頭を槍で潰しながら問いかける。


「わからん! 急に柵の向こうから飛びだして来やがった」


 トマスはそういいながら、剣を抜いた。

 そして、イーセイも追いついて、剣から滴る血が黒い地面に垂れたとき、背後に立つ獣に気がつく。


『後ろ!? 』


 そういいながら振り返ると同時に、その獣は大きく跳躍してくる。

 今度は豹の頭が二つあり、牛の胴体とトカゲのような尻尾を持った獣だ。

 豹の頭の一つは、人をくわえ込んでいた。

 くわえ込まれた人は、力なくダランとしている。

 イーセイの目には、リンクアーマーの目には、その人が誰なのかを見た。

 エリカだ。

 エリカの無残な姿を目の当たりにして一瞬だけ動きが止まった。

 その間にも、さらに背後には新たなキメラが現れてトマスへと飛びかかっていく。

 だが、跳躍してくる獣に対して、長剣で頭をたたき落とす。

 エリカに頭がついたまま地面に落ちる。

 落ちても尚、ぴくりとも動かない。

 それでも、キメラは動き続けるが、もう一度剣を振り落としてもう一つの頭を叩きつぶす。


『ダン、エリカ!?』


 唐突だった。

 あまりにも唐突な仲間の死だ。

 昨夜もあったのに、あったからこそ、しばらくは無いとでも思い込んでいたのだろうか。

 ダンは、顔を潰され、エリカは動かない。


『エリカ!』

「イーセイあきらめろ! 死んでる!」


 トマスが、駆け寄ろうとしたイーセイを制した。

 本当に、まるで悪い夢のようだ。

 人があっさりと、おろそしくあっけなく、死んでしまった。


『どっから出てきているんだ!』


 マリアの訳のわからないままに叫ぶが、誰も答えなど知らなかった。

 気がつけば、あちこちから悲鳴と戦闘音が響き渡っている。

 遠目にも、炎の照らされたキメラと傭兵団の姿があちこちに見える。


『トマス!? 』


 マリアの声が聞こえ、イーセイは状況を見ながらも振り返ると、トマスの左腕にしっかりと牙が食い込んでいた。

 今度のキメラはワニの頭とサイか何かの大柄な動物の胴体をしたものだった。

 それに対してマリアの槍がワニの頭を切り落としていた。

 トマスが左腕を血まみれにして、だらりと下げながら、剣を杖代わりに起き上がる。


「俺もやきが回ってきたか……。糞! 」


その声に、余裕はなく、息も荒々しい。

 だが、キメラの襲撃は止まらない。

 新たに三体のキメラが二つのリンクアーマーとトマスを囲んだ。イーセイの剣が一体を、マリアの槍がもう一体を、そしてトマスの剣は、一体に届かなかった。

 今度は、大降りの鋭い牙がふるわれて、トマスの兜を顔面ごと吹き飛ばした。


『トマス! 』


 マリアが叫びながら、槍をなぎ払い、キメラを燃える家へと吹き飛ばした。

 わずかに間に合わなかった故に、トマスの顔のない体は地に伏してしまった。

 マリアがトマスの亡骸を見下ろしながら、リンクアーマーの膝をついた。

 それが、命取りだった。

 新たに柵の向こうから大きな陰が現れて、鋭く長い得物がリンクアーマーの胸へと突き刺さる。


『なっ、て』


 マリアの言葉にならない声を遮るように、長い得物はさらに深々と突き刺さってリンクアーマーを貫通した。

 それは丁度、搭乗者の胴体があるはずの箇所になる。

 得物の正体はランスであり、それを握っているのは見知らぬリンクアーマーだった。

 イーセイやマリアのリンクアーマーと同じく重厚な作りとなっており、左腕には小型の盾がつけられ、真っ黒なサーコートも身につけられていた。


 マリアのリンクアーマーを蹴ってランスを引き抜くと、今度はそれをイーセイに向けて構える。ランスからはマリアの血が滴り落ちていく。

 目の前で、短い時間に四人が死んだが、イーセイは三人の名前を呼ぶ余裕すらなく、盾と長剣を構えた。考える以前に体が勝手に、そう動いた。


「あのランスは、まさか……ミスリルってことか……」


 恐らくは、リンクアーマーとしての性能にほとんど差は無いはずだ。

 そう信じておきたい。

 ただの鋼鉄の武器なら、あれほど簡単にリンクアーマーを貫通しないはずであり、貫通できるとすればランスがミスリル製である可能性が高い。

 先端だけなのか、それとも全体なのかまでは判らないが、イーセイの持つ武器とリンクアーマーの装甲はいずれも鋼鉄製、受け方を間違えれば、即、死につながることは間違いない。


 ジリジリと後ろに脚を伸ばして距離を開けていくが、相手も同じようにランスを構えたままにじり寄ってくる。


 一閃。


 真正面からの胴体を狙うランスが迫ってくる。

 イーセイはそれを盾で横へとなぎ払う。

 さらに続けざまに長剣の袈裟切りを放つ。

 だが、それを予知していたかのように、盾から飛び出した二つの爪が長剣を断ち切った。

 完全なる読み負けだ。

 相手は十分に戦い慣れている。


『隠し武器!? 』


 思わずつぶやく。

 鋼鉄の長剣を断ち切ったと言うことは、あの爪も恐らくはミスリル製であろう。


 それでも、引き下がらずに、中程から断ち切られた長剣を再度振りかざすが、その前に二つの爪がイーセイのリンクアーマーの腕をとらえた。

 二の腕に一つの爪が深々と突き刺さる。

 リンクアーマーの感覚とイーセイは同調しているが、イーセイの体ではなくリンクアーマーの腕に激痛が走る。

 その痛みに引き込まれ、イーセイもリンクアーマーも動きがこわばる。


 相手は、その隙を逃さない。

 ランスを振り払うと、イーセイは尻餅をつく形で崩れた。

 さらに、ランスを両手で構えて突き通してくる。こわばる体を強引に動かして盾を前方にかざすが、それが決して意味があるとは思っていない。

 このまま盾ごと貫かれる。


「だったら」


 イーセイは操縦席で前のめりになって、バネをきかせて自身の体を後ろへと飛ばす。

 瞬間に盾と腕と胸が貫かれ、操縦席にまでランスの先端が見える。

 本来であれば座席に体を打ち付けるようなものだ。

 だが、一瞬だけイーセイの姿が消えた。


 一つ奇妙なことが起きた。


 次の瞬間にはイーセイは自身が乗っていたリンクアーマーの背後に倒れ込んでいた。

 サウナのような熱気から解放された。

 周囲は炎にくるまれているというのに、極度の緊張と恐怖からか、背筋まで凍り付くほど寒々しく感じられる。

 目の前には操縦席まで貫かれたリンクアーマーがいる。リンクアーマーの同調は強引に断ち切られたのだが、リンクアーマーの体として両腕と腹部に激痛が走る。

 本来なら存在しない器官への幻のような痛みだ。


 敵のリンクアーマーは、目の前で存在しない出来事が起きたことにわずかに戸惑うが、それでもランスをあっさりと抜いてイーセイへと向ける。

 イーセイは、リンクアーマーの幻肢痛と極度の疲労と脱水症状、そして目の前に死が迫る恐怖に体がこわばり、自分の体とは思えないほどに自由がきかなかった。


 そう、目の前に死が迫る。

 自分自身の死が迫る。


 今まで殺して、殺した相手の未来と過去を奪い去ってきた自分自身に、死が迫る。

 地球から唐突にやってきて、今だけ都合の良い力でわずかに延命したが、それでも、自身の人生の先が見えない恐怖が見える。

 未来を奪われる恐怖が目の当たりに迫る。


「……ったく、今度は俺が……奪われる、その順番が来たって事か……」


 意志で強引に体を動かし、尻餅をついたまま後ろへと這いずっていく。

 それは子供の徒歩よりも遅く、何からも逃れることが出来るスピードではない。

 それでも、腰のクロスボウを構えて、訓練通りにリンクアーマーへと狙いを定める。

 チェーンメイル相手がせいぜいの小さく引きの軽いクロスボウだ、何の効果もないだろう。

 それでも、見えない痛みと見えない恐怖でも撃ち抜こうとして構える。

 意志以上に生存本能が体を動かしていた。

 引き金を引いた。その瞬間にランスが迫る。

 だが、ランスが届く前に一陣の風が吹いた。

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