013 葬儀
野営地からやや離れた場所に、傭兵団は円を描くように立っていた。
その中心には、墓穴が掘られ、四人の遺体が安置されている。
イーセイも、その集団の中に紛れ込むようにして、立っていた。
ガルという男は、良くも悪くも単純で細かいことを気にしないタイプだった。
大酒飲みの女好きで、戦い好き。
イーセイだけでなく、若い傭兵達に戦い方を仕込んでいたのは彼であり、それ以外にも何かと頼りにされる兄貴肌の人物であった。
その人物が、穴の中に横たえられた。
せめてものことなのか、体の血は拭かれて綺麗にされている。
しかし、当然ながら、顔に血の気は無い。
到底、生きているようには見えなかった。
やはり、あの出血量は命に関わるほどの致命傷であったらしい。
もう少し、早く起きて、敵に立ち向かったのなら、彼は助かったのだろうかと自問自答するが、過ぎ去ったことはどうしようも出来ない。
仲間の死に、これほど後悔したのは初めてのことだった。
その後悔に、自分自身で戸惑っている辺り、思っていた以上にガルを頼りにしていたのだろうか。
団長のグレンが、何も言わずにジッとガルを眺め下ろしていて、他の傭兵隊も黙ったままだった。
ガルというのは、グレンが傭兵団を立ち上げたときからの仲間であることは周知の事実であった。
恐らく、グレンにも人一倍の感傷があるのだろうと、イーセイは顔を見たが、無表情のままだ。
なにか、感情を抑え込んでいるようにも見えるが、声をかけるなんて出来そうにも無い。
「……そろそろ」
グレンの後ろにいたトマスが、そっと言うと、少し間が開いてからグレンが頷いた。
それを合図にしてか、ガルに土がかけられていく。
まるで、嘘のような光景に見えた。
まるで、悪い夢のようだ。
つい先日には、訓練の相手をしてくれた人間が死んだ。
地球でも、この異世界でも、人が死ぬことは珍しくも無い。
特に、傭兵をしていれば、人が死なないことなど無い。
それでも、言い表せない感情が渦巻いているのが分かる。
悲しみなのか、喪失感なのか、あるいは両方なのか。
「……この仕事が終わったら、募集をかけんとな」
「……」
トマスの独り言のような言葉に、誰も反応はしない。
それでも、理屈は分かるし理にかなっていることも分かっているのか反発する様子も無い。
そうして、とうとう、ガルは土の中に埋もれてしまった。
大きな石を墓標代わりに置き、グレンはさらにガルの愛用していた斧をそっと石に立てかけた。
しばらく、黙祷するように皆が黙っていたが、一人、また一人とその場を離れていく。
イーセイは、なんとなく離れずづらく、その場にいたが、トマスが肩を叩いて来た。
手の仕草で来いと言われ、黙ってついて行く。
途中で、エリカとマリアの肩も叩き、二人も黙ってトマスについて行く。
他の皆と同じように片付けにかり出されるかと思いきや、ついて行った先は小高い丘の上だった。
立ち止まって、あたりを見ると、焼けた野営地がはっきりと見える。
何のつもりか分からないが、何か話でもあるのだろうかと思っていると、トマスが口を開いた。
「イーセイ。お前が起きたとき、ダンはどこにいた?」
「どこって、同じ天幕にいた。俺よりも、後に起きた」
「そうか……マリア、お前は?」
口元を隠すようにトマスが頷きながら、マリアに話を振る。
「私も起きて、エリカを起こした。そのあとは、リンクアーマーで戦っていた。葬儀の前に話しただろ?」
マリアが、戸惑うように言い、エリカも異論は無いのか小さく頷いた。
「そうか」
そういって、トマスは小さな石に腰掛けた。
「俺が信用できると判断して、お前達を連れてきた。何の話かわかるか?」
「はぁ?」
マリアがどこか不機嫌そうに聞き返し、エリカも不思議そうにトマスを眺める。
だが、なんとなく話の内容が見えてきたイーセイは、口を開いた。
「内通者」
「ああ」
イーセイの一言に、トマスが小さく頷く。
「ちょっとまて、みんなを疑っているか!?」
「声を抑えろ」
マリアの大声に、トマスが手のひらを向けながら制する。
「暗殺者が忍び込んだ可能性もあるが、内通者の存在は否定できない。考えても見ろ、こんな開けた場所で夜襲は普通成立しない。接近前に見張りが気がつくからだ。だが、昨夜は、その見張りが全員死んでいて、発見が遅れた。地形と見張りがいれば問題ないし、そもそも奇襲してくる戦力が近くにはいそうに無いと踏んでいたのがアダになったわけだが」
トマスの説明に、イーセイも頷く。
そう、昨夜の奇襲には不自然な点が多すぎる。
そして、疑うべきは内通者の存在である。
信じたい気持ちも裏腹に、金で寝返る程度の人間がいないとも言い切れない。
だが、誰かまでは特定するにも材料が少なすぎる。
あの混乱状況だ、全員のアリバイを調べるのも不毛に近いだろう。
「トマス。見張りをしていた奴らの傷は?」
少し気になっていた事をイーセイが尋ねる。
「調べた。普通の刃物だろう。恐らく、ナイフか小剣程度の小さな得物だ。特殊な物を使っている形跡は無い」
「全員が?」
「ああ。逆を言うと、そういった刃物の傷を受けているのは見張りだけだ。それだけでもやはり不自然だ。だが、その程度の得物ならいくらでもあるからな。そいつで犯人はわからんだろう」
「ミノタウロスが目立っていたが、人間の侵入者のいたな。生きて確保するべきだったか」
マリアが、説明に納得してきたのか、今度は声を抑えて言った。
「わからん。動きと装備を見る限りは、そこらの山賊や傭兵とかわらんだろう。金で雇われただけかもしれん」
「そう見えるように偽装した可能性は?」
一人仕留めているが、イーセイの目から見ても、確かに特別に練度が良いわけでもなく、普通の傭兵かなにかに思えた。
「当然あるが、そういう玄人だったとしても、どのみち有益な何かを吐いたとは思えんな」
「わかった。それで、俺たちだけ呼び出した目的は?」
「警戒しておけ。としか言えんな。とにかく、今は依頼を片付けてから、街に戻って立て直すしか無い。だが、常に警戒してくれ。特に、イーセイとマリア、お前達のリンクアーマーが乗っ取られたら団の崩壊もありえる」
「わかったよ。……畜生、誰なんだ」
マリアが、苛立った様子で丘の下の野営地をにらみ付ける。
イーセイは、黙ったままトマスの言葉に頷いた。
「いいか。このことは他言無用だ。いらん混乱を招きたくない」
「ダンにも?」
トマスの念押しに、イーセイが聞き返す。
「アリバイはあるし、あいつがそういう器用なまねを出来るとは思えないが、あいつだと腹芸ができん。言うな」
「……ああ」
確かに、最もだと思えたので、ダンに伝えないことを決める。
「団長も気がついているだろうが、口にしていないし、ガルが死んだ以上、少し余裕が無いだろうな……」
トマスの言葉に、先ほどまでの団長の顔を思い起こす。
恐らく、悲しみは他の者達以上だろう。
だが、もしかすると、内通者の存在に疑惑と怒りが巻き起こっていたのかも知れない。
「団長は、大丈夫かい?」
「マリア、出来るだけ近くにいてやれ。こういうのは、時間が解決するしか無いが、今は依頼をこなすまで時間が無い……」
「わかった」
マリアが素直に頷く。
仲間が死んだばかりだが、団の行方について計算しているあたり、彼は彼なりに団の事を思っているのだろう。
それを冷徹だと非難する者がいないのは、それが必要で、誰かがしなければならないと分かっているからだ。
空は雲一つ無く晴れ渡っていたが、彼等の胸中には言いようのないほどの不安が立ちこめていた。




