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012 夜襲

 天幕の中で、イーセイは飛び起きた。

 辺りから、慌ただしい声と雑踏が聞こえ、緊急事態を伝える鐘の音が鳴り響いている。

 小剣を腰に差し込みながら立ち上がると、横で寝ていたダンも起き上がっていた。


「なんだ!?」


 ダンは一瞬で眠気を覚まし、長剣に手を伸ばす。

 そうしている間にも、外からは金属音や雄叫びが聞こえてくる。


「敵襲?」


 そう言ってイーセイは、クロスボウにボルトをセットした。

 天幕が、外側から明るく照らされている。

 体内時計しか基準は無いが、時刻は恐らく夜のはずだ。

 だというのにこれほど明るいのは火でもつけられたのだろうか。


「俺が先に出る」


 ダンが長剣を引き抜きながら言い、イーセイは大人しく頷いた。

 天幕の外にそっと様子をうかがって、出てみると、周囲にある天幕に火がついて、ゴウゴウと燃えて、辺りを真っ赤に染め上げている。

 パニックになった兵士達も、逃げる者、どこかに立ち向かっていく者と、行動も滅茶苦茶である。

 イーセイが横を見ると、そこに置いてあるはずのリンクアーマーに登っている人影が見えた。

 革の鎧を身につけているが、見たことも無い人間だ。

 つまりは、敵だと瞬時に判断する。


「止まれ!」


 イーセイがクロスボウを構えて怒鳴り付いた。

 だが、件の人物はさっと一瞥しただけで、リンクアーマーに乗り込もうとした。

 イーセイは、人差し指に力を込めた。

 瞬時に、クロスボウからボルトが射出され、件の人物の肩に当たる。

 そのままバランスを崩して、リンクアーマーの上から落っこちた。

 ダンが駆け寄って、首元を長剣で斬りつけると、血が噴き出して天幕とリンクアーマーを赤く染めた。

 

「早く乗ってくれ!」

「分かってる」


 イーセイはクロスボウを持ったまま身軽にリンクアーマーによじ登って、胴体の上部から操縦席に潜り込んだ。

 レバーを上げて操縦席を閉める。

 次のレバーは、機体を稼働させる。

 ほんのわずかな振動が背中から伝わってきて、操縦席に幾つもあるディスプレイに外の光景が映し出されていく。

 動力源についてもイーセイはよく分からないが、ただ魔石と呼ばれるものが胴体に組み込まれいるらしい。

 最早、何でもありとしか思えなかった。

 そして、三つ目のレバーを上げると、いつものように感覚が拡張され、脳がリンクアーマーの感覚まで処理していく。


「まだか!」

『もう動ける』


 せかすダンに対して、イーセイは立ち上がりながら応えた。

 右手にはいつものように無骨な長剣、左手には盾である。

 リンクアーマーからの視界から、左側により大きな炎が見えた。


『左手の方向、』

「ひ、左? どっち?」

『ダンの開いている方の手!』

「よし、行くぞ」


 と言った瞬間、天幕の一つが横へと吹き飛んだ。

 そして、そこには、異形の化け物が炎に照らし出されていた。

 牛の頭に人間の胴体を持った巨大な生物である。

 鎧とぼろ布をまとっていて、その大きさはリンクアーマーに匹敵するほどである。

 天幕をなぎ払ったのは、この生物が持っている巨大な斧である。


「ば、化け物!?」


 ダンがそう言って、一歩下がったが、イーセイは瞬間的に一歩踏み出していた。


『下がれ!』


 そう言って、長剣で斧を受け止めた。

 甲高い金属音と火花が散る。

 リンクアーマーが思った以上に力強く押されるが、負けじと押し返す。


『ミノタウロスまんまか』


 そう呼称していいのかも分からないが、とりあえずそう呼んだ。

 この世界には、地球と同じ動植物が存在するが、こういったモンスターも存在する。

 しかしながら、そう多くは目にすることは無く、何故このような草原で急に現れたのかは不可解だ。

 このような見晴らしの良い場所で奇襲を受けるとは、見張りは一体何をしていたのかと疑問に思える。


『はぁ!』


 しかし今は、目の前の敵を倒すべきだと本能が告げる。

 盾で体当たりして、姿勢を崩すと、長剣を素早く振るう。

 牛の頭がポロリと宙に舞って落ち、吹き出した血をリンクアーマーが浴びる。


「いいぞイーセイ! そのまま応戦してくれ! 俺は団長を探す!」

『了解』


 ダンの提案を聞いて、恐らくそれが最善だと判断し、イーセイは駆けだした。

 燃える天幕の合間を抜けて、足下の敵とも味方とも一見して区別の付かない人混みは、大きく跳躍して避けた。

 十メートル以上は飛び上がって、辺りを見渡す。リンクアーマーの頭部が右から左へと回った。


 人が集まっているのは、二カ所。

 その内一カ所には、マリアの乗るリンクアーマーが見えた。

 あのミノタウロスの化け物を槍で突き刺しているのが見える。

 そしてもう一方にもミノタウロスの化け物がいて、何人かの傭兵が弓やクロスボウで応戦している。

 その中に、熊の毛皮をまとった人物の姿も目に入ってきた。

 恐らくガルだろう。


 あの巨体に人間が扱える武器がそうそう通じているとも思えない。

 自分の行くべき箇所を判断し、空中でリンクアーマーの体をひねる。

 中が空になった天幕の一つを潰しながら着地して、三歩駆けだして、もう一度飛び上がった。

 再び十メートル以上飛び上がり、宙で長剣を上段に構え直し、そのままミノタウロスに向かって落ちていく。

 地上の化け物が何かを叫んだが、叫ぶ頭部に長剣を叩き込むと、長剣は深々と胴体まで埋もれていった。


「イーセイか!?」


 背後からガルの声が聞こえた。


『先にでかいのを倒す!』


 そう言いながら、ガルを見ると、彼は体のあちこちから出血し、真っ赤に染まっていた。両手で体を押さえながら、他の傭兵達に指示を出しているようだ。


「分かった。まだ、この先に二三匹いやがるんだ。援護する」


ガルの出血量に心配はするが、緊張感のある声に押されて、気遣う余裕は無かった。

 長剣を引き抜き、草原に目をやると、暗闇にうごめく大きな影が見える。


「火矢、撃て!」


 ガルの声で、草原に向かって十本足らずの火矢が飛んでいき、微かにうごめく影を照らし出す。

 ハッキリとは見えないが、シルエットからしてミノタウロスの化け物のようである。

 イーセイは、再び駆け出す。

 真正面から接近し、振り払われた斧は姿勢を低くして回避する。

 そのまま長剣を当てるようにして斬りつけた。

 イーセイは、最初のミノタウロスを倒して、おおよその力量を掴んでいた。

 巨体だけあって、身体能力そのものは高いが、リンクアーマーほどでは無い。

 そして、知能も高いとは思えず、ごり押しだけで勝てると踏んでいた。

 この程度の相手なら、いつものようにリンクアーマー相手よりも楽なほどである。


 長剣を構え直すと、さらに一体のミノタウロスが斧を振り上げて迫ってくる。

 盾で受け止め、同時に剣を頭部に突き出し、頭を潰す。

 あれほど暴れていたミノタウロスが、あっさりと地面に伏していく。

 

『他は?』


 警戒しながら周囲に目をやる。

 大きな影はうごめいている様子は無いが、それでも、草原に何が潜んでいるのか分からない。


「こっちにいろ! お前ら、探索してこい。何かあったら空に向かって火矢を撃て」


 ガルの指示の元、イーセイは警戒を解かないまま天幕のある側へと近寄る。

 傭兵達が、二人一組になって暗闇の草原に溶け込んでいくのが見える。

 まだ、何かあれば、彼等の元に急いで駆けつけなければならない。

 イーセイは、今更のように汗が噴き出していることに気がついて、服の肩の部分で額の汗をぬぐい去る。

 横のガルは、上半身の装備を脱いで、一人の傭兵に包帯を巻かれていた。

 包帯からは、血がにじみ続けており、出血量は多そうだ。


『ガル。大丈夫か?』

「俺の心配なんてするより、みんなの心配をしろ」


 そう言われると、そう従うしか無かった。

 結局、騒ぎが収束したのは、一時間ほどしたあとだった。

 天幕の大半は燃えたが、それは構わない。

 負傷者も出たが、それも十人にも満たない。


 問題は、野営地の中央に集められた死体だ。

 死体の数は四つ。

 その内の一つはガルだった。

 しばらくしてから意識を失い、そのまま息も絶えた。

 団長のグレンが、血まみれのガルの前で跪いている。

 その光景を、ただ、何も言わずにイーセイは眺めていた。

 どうしてこんな事が起きたのか、何故起きたのか、見張りをしていた傭兵は全部死んでいたという不可解な謎を残して、朝が来た。

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