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011 依頼

 一番大きくて上質な天幕の中には、かの傭兵団の小隊長と、大隊長でもあり傭兵団の団長グレンがそろっていた。


 傭兵団の中では唯一のミスリル製のフルプレートを身につけており、腰に差された長剣も細工が施されている。

 長剣も魔法金属のミスリル製である。

 少なくとも材料代だけで鉄製の十倍の値段はして、本来なら5五十人にも満たない小さな傭兵団の団長が身につけられるものではない。

 聞く話によれば、敵との一騎打ちの末に奪ったとされている。

 どこまで本当のことなのかまでは知らない。

 イーセイも天幕の中の一団に紛れ込んでいた。


「よく聞けお前ら。話はこうだ」


 やや低いが凛々しい声で、団長は説明を始める。

 彼らの真ん中には大きな地図が二枚広げられている。

 彼らのいる場所にチェスの白いキングが置かれ、黒いポーンが三つ離れておかれている。黒いポーンは近隣にある村である。

 この世界にもチェスはあるが、駒の種類と盤が異なるようで、多少ルールも違う。


 さて、村の位置だが、地図の精度がさほど正確でもないので、あまり信用できる位置関係でもない。

 おおよその位置だけを確認して、あとは現地で確認するしかないだろう。


「対象の村だが、まずはここだ」


 ここから歩いて二日ほどの位置にある、三つの村の中で最も北側となる村を指さした。

 団長の話は以下にようなことだ。


 依頼主は彼らが現在いる国の領主であり、他と変わらずに近隣国と紛争中である。

 依頼内容は国境近辺の村への略奪である。

 秋の収穫は終わったばかりで、食料が多くため込まれている。

 情報によると、税としてはまだ納められる前である。

 その食料を奪う事、さらに村には火を付けて破壊することが依頼内容だった。

 行動の意味するところは、第一に敵軍が村から徴発するまえに奪う事で、敵軍の兵糧の余裕を減らすこと、第二に村に住めなくすることで難民を発生させ、敵軍の負担を増やすこと。


傭兵団の仕事には、色々とあるが、今回の仕事は山賊とほぼ変わらないように思えた。

 この世界に紛れ込んでから、言葉を覚える前に仕事はこなしてきた。

 これまでも、村を守ろうとする人々に斬りつけて、クロスボウを撃ち、火を付けて回ったこともある。


 ただ、純粋に村を守ろうとする人々を傷つけて、殺して、奪ってきた。

 自分が生きるためにだ。

 時には自分が怪我をすることもあったし、殺されかけたこともある。

 ついさっきまで生きていた仲間が死んだこともある。


 金だけで動く傭兵団に回ってくる仕事なんて、このような仕事ばかりなのだ。

 ゲームやアニメや小説のように、ヒーローのような活躍や感謝を受けるようなことなど無かった。


 現代日本からふとした拍子にこの異世界に紛れ込んだ時、なぜか言葉や字がわかるなんてご都合主義は無かった。

 だからこそ、必死で覚えた。

 異世界にくれば不思議な力が使えるわけでもなかった。

 だから、必死で戦い方も覚えた。

 こんな世界で生きているだけ、運が良いのだろうか。


「報酬は? 」


 今日からの一通りの動きを聞き終わってから、トマスが団長に向かって言った。


「前金は銀貨五百枚、それと奪った食料は相場の倍で買うそうだ。もう一度言うが、くれぐれも奪いきれる前に倉庫に火を付けるなよ? 」


 団長は念を押す。

 トマスは報酬にやや不満そうに眉をひそめたが、そんなものかとつぶやいて、それ以上は聞いてこなかった。


「奴隷も倍で買うのかい? 」


 今度はマリアが聞いてきた。

 若く健康なら労働に使えるので、良い値段で売れるのだ。


「いや、奴隷は買ってくれないそうだ。ただ、もしも敵の大将クラスなら買うそうだが、敵は近辺にはいないそうだ。今回は、奴隷は手間を考えると金にならないだろうな」

「わかったわ。小遣いに武器でも拾うことにするよ」

「そのへんはまかせるさ」


 そう言って、団長は小隊長達を見回す。そして、イーセイに視線が定まり口を開く。


「なにかあるか? 」

「特には……いや、納税の前なのに、近くに兵がいないのか? 」


 素朴に思った疑問を口にした。

 税の取り立てにくる兵士がいても不思議はないように思えるがどうなのだろうか。


「そのへんはな、いまは南のほうでにらみ合っているから問題なしだ。軍を出すにしても、徒歩で4日はかかるからな。戦力はあくまでも村だけだ。そのぐらいは、俺でも計算済みだ。任せておけよ」

「了解。あと、村の規模は? 」

「約五百人。半分が男として、戦えるのがその半分と見ても、問題になるのは百人ってところだろう。いつも通りに報酬は出す。お前もたまには女でも買いに行けよ」

「使い方は自由だろ。俺は剣もバックラーも質草にする気は無いし」


 小隊長達が、ケラっと笑い出す。

 古くからつきあっているのが多いので、その辺の事情も知っているのだ。

 団長はガルに視線を向ける、ガルは何食わない顔で天幕の外を向いていた。


「お前だろ。余計なことを教えるなって」

「何のことだかねぇ。俺は別に、女遊びで丸裸になっちまった奴のことなんて知らないぜ」


 ガルは白々しく言う。


「だから教えるなって! あーったく、嫌な昔なじみだな! ったくおい! 」


 威厳があるのかないのか、少なくとも親しみは持たれている団長だった。


「それ言うなら、お前はあれだろ。あれ。食い逃げで捕まったことあっただろ」

「あれはあんたが俺を転ばせて囮にして、逃げたんだろうが」


 そんな光景を見ながら、かつてはクラスメイトや友達と馬鹿騒ぎしていた頃を思い出していたのはイーセイだった。

 かつての日々。

 もう、取り戻すことなど出来ないのだろうと思う。

 今更ながら、そして何度もそう思う。

 現代日本で育った人間として、生きるためとはいえ、すでに越えられない一線を越えてしまった後となっては、もう戻れないのかも知れない。

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