010 野営
大陸南部の未開発地域には、小高い丘が連なり丈の短い草が生い茂り、合間合間に曲がった木が生えていた。
所々にはかつて存在したという大都市の跡として、石の煉瓦の瓦礫が点在している。
数十年前までは、大陸でも屈指の大都市があったのだが、大陸中央の大国との戦争に敗れ没落し、今では見るも無惨な跡が残るだけだった。
天気はここ数日晴れているが、季節としても雨は少ない季節だ。
だが、あちこちから水が湧き出て小川を作っているため、水に困ることはあまりない土地柄でもある。
その丘の一つに、いくつもの天幕が張られ、幾人もの人影がいた。
小川では、若い少年達が山盛りの汚れた洗濯物を片付けていて、似たような年頃の少年が馬の世話と馬車の整備をしている。
天幕の合間に炊かれたたき火の前では青年から老年の人々がなにやら話し合っている。また、野営地の端の方では、近くの村の人々が天幕を張って、男達相手の商売をしていた。パンやエールの販売に、村娘の売春等である。
辺りには人の臭いと、酒と汗と食べ物の臭いが入り交じって、独特の生臭さが満ちていた。
思い思いに時間を過ごしているが、青年から老年までの人々は革の鎧であったり、鉄のチェーンメイルであったりと防具を身につけて、剣や槍、斧、弓といった武器も手近に置いていた。
さらに野営地の端、丘の上には四つの人影が見えた。
そのうちの一人はガルだ。
熊の頭が丁度男の頭にかじりついているように見えるのだが、これはこれで森林で身を隠すには丁度良い装備であるという。
ただし、身につけているガルの弁であり、誰も本気にしていない。
「で、そいつは商売女にはまってよ」
ガルがあきれたように言いながら、得物の斧を杖代わりにあごを乗せた。
「お前のところの若いのは、相変わらずそんなのばっかりだな」
それに答えたのは、膝まで守るチェーンメイルに金属製の兜を身につけた老年の男だ。
トマスと呼ばれるベテランの傭兵で、体は大柄で白いひげが口元を隠している。
装備と髭が相まって見るからに厳つい雰囲気である。
こちらは腰に大小の剣を差して、なおかつ背中にはこちらの地域では珍しいマスケットを背負っていた。
「まぁ、若いうちはそんなもんだろさ」
「だからって、銀貨20枚もつっこみなんてやり過ぎだとは思わないか。前の報酬のほとんどを突っ込みやがったんだぞ。なぁ? ほら、お前はどう思う」
と話している二人からやや離れた場所で丘を眺めているイーセイに問いかけた。イーセイは腰に愛用の小剣とは別に、さらにクロスボウとボルトの入った矢筒もつけていた。
イーセイは答えずに丘の先を眺めているばかりだ。
「なぁ。どうなんだ? 」
「……俺の金じゃないし、どっちでも」
そう興味なさげに答えた。特別に異性に興味がないというわけでもないのだが、金も稼いだ分は、貯金と装備への投資につぎ込んでいる。
金銭的にも余裕はないのだ。
そうして、丘の彼方から視線をそらさないままである。ここからは見えないが、見ている方向には三つの村がある。
ただし、途中の小川から別の国となる。
国と言っても、この地域では幾つもの小国が乱立して、国と国の文化的な違いもさほどないほどである。
この地域では、かつての大都市が没落してからは小国に分立し、以降戦乱が続いている。
「つれねぇな。ったく、共通語を覚えたんだ、もう少しは楽しいおしゃべりしようぜ? 」
ガルがおどけるように言う。
共通語は大陸全土で使われている人工言語である。
方言の違いこそあれ、大陸中で通じるものだ。
ガルは片手を口元にやって鳥のくちばしのように開いたり閉じたりしながら「ほら、こうやって、ペラペラペラってな?」と続けた。
「楽しいねぇ。女と酒と戦の話題しかないじゃないか? 」
「それ以外に楽しい話があるっているなら話せよ? 言い出しっぺが話題を出さないでどうする? 」
と言われても、とっさに思いつく話と言えばなんだろう。
かつての日々では、自分はどんな話を楽しいと思ってしていただろうか。
テレビゲームとテレビ番組、あとはクラスメイトと教師に関してのうわさ話にファッションに関してぐらいだろうか。
かつて持っていたスマホがあれば、これは遠くの人と話をしたり文章や写真をやりとりできて、ゲームも出来て小説も読めて、アラームも鳴るし、時間を知ることができる魔法の道具だとでも言えたが、それはすでに手元にはない。
最も、持っていたとしても電源が無いのだから、ただの板きれとでも取り扱われるだろうか。
「どんな服装なら格好いい? アクセサリーは? 」
「なんだそら? 男が女みたいに着飾ってどうすんでい」
どうやら、ファッションに関しては熊の毛皮を着ているような人間には通じるものではないようだ。
「いいじゃないか。あんたみたいに女にはまっている訳じゃないんだから」
とその場の四人目の人間、マリアが言った。
背は高く、同じように剣を腰に差しているが、大きな槍も持っている。
年は三十前後といったところか。
マリアと名乗っているし、そう呼ばれているが、本名なのかは知らない。
大陸中にありふれている名前でもあるので、どこか偽名のようにも思えると少年は感じていた。
異世界のはずだが、それなりに聞いたことのあるような名前があるのはどういう事か、未だに答えはない。
「おいおい、女にはまっているのは俺のところの若い奴だぜ。俺は、そんなに払うぐらいなら身請けしちまうさ」
「どうだかね。若い頃はお頭と派手に遊んでいたなんて聞いているけど? 」
マリアはあきれ半分、からかい半分に笑った。
「俺はつきあわされただけなの。お頭が金もないのに遊びまくったの。ったく、金も払えなくて一晩牢に入れられて、剣を質草にしたんだぞ。度が過ぎているだろが」
「ははっ! 商売道具を質草かい。なんて馬鹿なんだかね」
「これは俺が言ったって言うなよ。威厳がどうこうだって隠しているからな」
とガルとマリアが話し込み始める。それをよそに老年の男、トマスが少年の方向を向く。
「遊ぶなとも遊べとも言わないが、お前は俺たちと違って字も読めるし計算も出来る。頭を使って生きていけよ? 」
「……まぁ、うん」
トマスのしみじみとした言葉に、イーセイは素直に頷いた。
どちらかと言えば、考えるよりもまずは動くタイプであるが、よく考えることも大事だと思えた。
この傭兵団の出身は様々で、元々兵士をしていた者もいるし、農家の家を継げない次男、三男といったあたりが村を飛び出してきて参加しているし、他の傭兵や軍に村を焼き払われて行く当てのない者もいるし、表沙汰にはしてないが逃げた奴隷も混ざっている。
そんな彼らは大抵が字を読めないし、計算もできない。
せいぜい、自分の名前を書ければ良い方で、数も両手で数えられればいいほうだろうか。
この場にいる中でもトマスは読み書き計算は出来ないし、ガルは読み書きは出来るが、計算はあまり得意ではない。
マリアは読み書き計算が一通りはできて、彼の先生の一人でもある。
マリアとガルの、いつもの調子のやりとりを尻目に、イーセイは二、三歩前に出て丘の先を眺める。
その先には、曲がった木の陰から馬に乗った人影が見えた。離れているが、プレートメイルに茶色のサーコートは見覚えがあるものだ。
「見えた」
イーセイが短く言った。
その言葉にガルとマリアも話をやめ、トマスは立ち上がってイーセイの隣に歩いてきた。歩く度にチェーンメイルがカチャカチャと音を立てる。
隣に立つと、トマスはイーセイよりも頭一つ分以上は背が高い。
「お? お頭だな」
トマスも目を細めながら馬上の陰を確認する。
「さて、話がまとまったかな? いい話もってこなけりゃ、バックラーも質に入れたってばらしてやる」
そう言いながら、ガルも立ち上がった。そんなことを言いながらも、どこか嬉しそうな様子だった。




