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001 戦争

 薄暗く狭い空間に彼、イーセイと呼ばれる少年はいた。

 やや茶色混じりの黒髪に、日に焼けた皮膚。

 体は引き締まっているが、戦士の屈強な体というよりはスポーツマンのような引き締まり方で、ずいぶん身軽そうである。

 髪は長く伸ばしていると言うより伸ばし放題といった様子だが、紺色の布を巻き付けて束ねていた。

 彼の目の前には、幾つものディスプレイが存在し外の光景を映し出していた。

 外では、草原で敵も味方も入り乱れて激しく戦っている。

 見た目は白人と思われるような人々が多いだろうか。

 身につけているものは、プレートアーマー、チェーンメイル、レザーアーマーと多種多様である。

 その人だけが見えて、争っている様子は、地球で言えば中世欧州の光景を思わせるだろう。


 外の音も入ってくるが、声にならない声と戦闘音がノイズのように聞こえてくるだけだ。

 彼は、両手は操縦桿を握りしめ、両足はペダルを踏んでいる。

 それでいて、頭の中にはもう一つの巨大な体の感覚が入り込んできている。

 その感覚は、冷たい外気を感じ取っているので、不思議で膨大な感覚の情報に酔いそうになってくる。


「はっ!」


 イーセイが、かけ声とともに剣を振り払う。

 巨大で無骨な剣と剣がぶつかり合う。

 甲高い金属音が鳴り響き、大きく真っ赤な火花が散る。

 剣を握っているのは、全身を装甲で覆われ人型をしたものだ。

 しかしながら、双方ともにその大きさは人のそれではなない。


 高さは約五メートルを超え、全体的に随分とごつい造りになり、頭にある二つの目が時折光の反射で光って見える。

 現代に実在はしないのだが、現代的な兵器を思わせる外見である。

 魔術外骨格(リンクアーマー)と称される人が搭乗する二足歩行人型兵器。

 ロボットと称するのが最もわかりやすいだろうか。

 魔術によって作られ、魔術によって駆動する。

 搭乗者と感覚を共有し、思う通りに動く。

 そんな兵器が存在した。

 二体のリンクアーマーは、その意匠が異なっている。


 一体は、全体的に西洋甲冑のような丸みを帯びてゴツさが目立つ。

 もう一体は、現代的な戦車のように角張った装甲に覆われて、若干スリムな見た目をしている。

 イーセイが乗っているのは、細く角張った方である。

 そう、彼はリンクアーマーの操縦席に乗っていた。

 ディスプレイに映っているのは、機体の目が捕らえた映像である。

 リンクアーマーのパイロットの事はリンカーと呼ばれ、リンクアーマーの胴体部分にある操縦席に乗るのだが、ここがあまり広くは無い。

 やや小柄でやせ気味のイーセイが乗る分には、それは大きな問題では無いが、別の一番の問題は暑さだ。

 リンクアーマーは動く度に、異様に発熱する。

 操縦席はまるで、サウナのような状況になる。

 イーセイは、汗だくになりながらも目の前の敵に集中する。

 リンクアーマーは、その名の通り、搭乗者と感覚を共有する。

 イーセイは、生身での感覚に加えて、リンクアーマーの感覚も脳に入ってきていた。

 ディスプレイに外の光景は映し出されているが、イーセイの脳にも直接、外の光景は入り込んできている。

 音も臭いも空気の冷たさも握りしめる長剣と盾の重さも、全てイーセイも同時に感覚として共有している。

 まるで、リンクアーマーそのものにでもなったような不可解な感覚である。


「この!」


 左手に持った盾で敵に体当たりし、距離を離す。

 剣と盾を構え直すと、敵のリンクアーマーも同じように構え直してきた。

 顔も名前も知らない相手だが、恐らく戦い慣れて、リンクアーマーの操縦も悪くない。


 場所は草原だった。  

 時刻は真昼だった。


 周囲では、生身の兵士達がリンクアーマーから離れて戦っている。

 剣、斧、槍、弓、マスケットと多種多様な武器を使いながら、敵と味方が入り交じり、絶叫と悲鳴が空高くまで響き渡っている。

 黙っていても、血と死体が山のように増えていく。

 敵の味方のどちらがどれだけ死んでいるのかも分からない。


 戦いが始まって、どれほどの時間が過ぎただろう。

 目の前のリンクアーマーの相手を始めて、どれだけの時間が過ぎただろう。


 何度剣を交えただろう。

 何度剣を構え直しただろう。

 今まで、どれだけ戦ってきただろう。

 これから、どれだけ戦うのだろう。

 いつか、戦い終わるのだろうか。

 脱水と疲労が集中力を削り、視界を狭める。


 戦いの動きが単調になってきているのではないかと思うが、その記憶をうまく呼び起こせない。


 敵が迫ってきた。

 盾から体当たりしてきて、それを横に飛んで躱す。

 着地から強引に、剣を真っ直ぐに横腹へと突き立てた。

 正面よりも装甲が薄くなっているのか、わずかな抵抗があったが、一度刺さった剣は面白いように深々と突き刺さっていく。

 そして、とうとう、反対側の腹まで貫通してしまった。

 貫通した剣に操縦者の真っ赤な血が垂れてくる。

 敵対するリンクアーマーは、ピキピキと痙攣のように震え、その震えもすぐに収まった。

 震えが収まったのは、搭乗者が死んで感覚の共有が断ち切られたからだろう。

 盾を装甲に当てて、剣を引き抜く。

 敵の血で汚れ、草原へと垂れていく。

 

 そして、周囲を改めて眺める。

 乱戦としか言いようのない混沌ぶりだ。

 あれほど綺麗で長閑そうに見えた、草原が真っ赤に染まっている。


 だが、そんな中で、前列が大きな盾を構え、後列にマスケットを構えた集団が近づいてくる。

 何を言っているのか聞こえないが、指揮官らしき人物が剣を下ろすと、銃声が響き渡り、マスケットから弾丸が飛び出してきて、リンクアーマーに当たっていく。

 だが、分厚い鋼鉄の鎧相手では、表面に傷をつける程度の効果しか無かった。


 イーセイは、その一団に向き直る。

 腰を落として、駆けだした。

 一団は、マスケットに再装填しているが、巨大な鋼鉄の塊が来るやいなや、恐怖の表情をして、逃げ出す者が現れ、陣形は崩れる。

 崩れた陣形に突撃し、何人かの兵士が紙切れのように吹き飛ばされた。

 さらに、剣を横になぎ払うと、一瞬で、何人もの兵士が真っ二つになって、血と臓物が宙に舞う。

 さらにさらに剣を振るい、恐怖に満たされた彼等を切り刻んでいく。

 

「敵わないのに、向かってくるなよ……」


 敵である以上は倒さなければならないのに、立ち向かってきた以上、倒すしかないのに、どうして彼等は生身でリンクアーマーに立ち向かってきたのか。

 生身の人間に勝ち目など到底無いというのに。

 人を傷つけることに、殺すことに、イーセイには傭兵だというのに躊躇いが未だにある。

 それでも、情けをかけることは無かった。

 数少ない生き残りまで、剣で仕留め、次の目標を探し出す。

 そう、戦いが終わるまで、戦い続けなければならない。


 戦え。

 戦え。

 戦え。


自分に言い聞かせて、動きを止めないように集中する。

 敵の一団を見つける度に、突っ込んで蹂躙して、殺戮を繰り返して、リンクアーマーを真っ赤に染めていく。

 一体どれほど殺しただろう、それすらも忘れるほどに、戦い続ける。

 カラカラの喉が、少ない唾液を飲み込んだ。

 別のリンクアーマーが、目の前に現れる。

 またもや、大物だ。

 今度は、どうやって倒そう。

 思考が勝手に戦いのためだけに動き出す。

 とっくに切れていたと思った集中力が戻ってくる。


「……やってやる」


 再び、イーセイは突撃していった。




 あれからどれだけの時間が過ぎただろうか、戦いは終わっていた。

 近くの川に兵士達が集まって、汚れを落とし、川は真っ赤に染まっていた。

 その一番下流に、イーセイはリンクアーマーにのったままいた。

 リンクアーマーに付いた血が、真っ赤な水に流されていく。

 結論から言えば、彼と彼の仲間が勝った。

 味方の被害も少なくないが、勝った。

 勝ってしまった。

 生き残ってしまった。


 つまり、次の戦いがある。

 だが、なんであれ次がある。

 それならば、続けることが出来る。

 イーセイは、そう、どうしてこんな世界に紛れ込んでしまったのかさえも未だに分からないが、それでも生きていくために、次につなげるために、次を得ることが出来たなら、それで仕方ないと思えた。


 幾ら洗っても、血まみれのリンクアーマーと剣は真っ赤なままだった。

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