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5.入学と契約

 雲一つない快晴の下で、建物が壮麗な外観を周囲に見せびらかしている。

 ケティは馬車の窓から顔を出して、陽光に目を細めながら感嘆の溜息を吐いた。


「ここがトロイアナ騎士学校……」


 王国の名を冠されたこの学校は、王立私立含めて唯一の「妖精騎士育成機関」だ。


(色々とあいつには借りが出来たから、絶対御前試合で優勝してチャラにしてやる!)


 格上貴族のクルキースをもはや「あいつ」呼びである。普通の貴族なら蒼白ものだがケティは気にしなかったしクルキースも指摘しなかった。

 この騎士学校を入学するにあたって、ケティはアデスリヒト公爵家の援助を全面的に受けている。入学金から制服など諸々の学用品、寮費に至るまでほとんどすべて。カイトス男爵家が用意できたのは、娘のために丁寧に丁寧に拵えた刺繍の入ったリボンと家宝のひとつである古い短剣(ダガー)だけだった。


「貴女の部屋はこちらです。入学式の時間になったら鐘が鳴りますので遅れないように」

「は、はい。これからよろしくお願いします」


 寮母の案内で連れて来られた部屋は二人部屋だった。もうルームメイトは来ているらしく、ベッドの上に荷物が置かれていた。

 部屋の大きさとしては二人で使うことが前提なため余裕のある造りをしている。長方形の窓には清潔そうな白いカーテンがかかり、日差しを透かしてわずかに黄色を帯びていた。

 ケティが荷物を片付けようと荷解きを始めたそのとき、廊下からたんたん、と軽やかな足音が聞こえた。しかもその音は徐々に近づいてくる。


「おや?」


 ガチャリとドアを開けて入って来たのは、ケティと同じ年頃の少女だった。

 少女はケティを見るなり目を丸くして、その場で立ち尽くしている。


「えっと、おはよう。あたし、今日から入学するケティ=カイトス。よろしくね」

「ああ、そっか。私はユーハレーラ=ベアリンクス。長いからユラと呼んでほしいな。同じ新入生として、ルームメイトとして末永くよろしくね」


 ユーハレーラと名乗った少女は、女性にしては長身で目鼻立ちも可愛いというより凛々しい。騎士学校の女子制服を身につけているが、おそらく男子制服でも見事に――それこそ男子よりも――着こなしてしまうに違いない。

 彼女の雰囲気に呑まれたケティが口を閉ざしてしまうと、ユーハレーラは翡翠色の瞳を緩ませてケティの手にあるものを指で示した。


「それ、妖精具だね。ずいぶん古いが、とても趣がある」

「あ、これは違うんだ」


 上質な絹でくるまれたそれを開いて、ユーハレーラに見せる。はらりと眼下に晒されたのは、柄に隼の意匠が彫られた銀の短剣。宝石類の装飾が一切省かれた明らかに実用的な武器だ。

 妖精具は妖精騎士にしか使用することが出来ない、ある意味身分証明にもなる道具。主に武器の形をとり様々な形態があるが、その装飾には共通点がある。ケティの持つ短剣には妖精具の特徴である水晶が存在していなかった。


「じゃあケティは妖精具を持たずに入学してきたの?」

「ううん。この短剣はお守りだから。ちゃんと妖精具は」


 そこまでケティが言った瞬間、遮るように鐘の音が鳴った。

 慌てて二人で部屋を飛び出し、入学式が行われる大広間へと歩を進める。絢爛豪華な見た目に相応しい、いつかの王宮と比べても遜色ない煌びやかさだった。

 白いテーブルクロスのかかった丸いテーブルがいくつも並び、磨かれた燭台が中央で静かに火を揺らしている。

 ケティとユーハレーラは窓側のテーブルの席に着いた。ユーハレーラが腰を下ろした途端周囲がかすかにざわめいたが彼女は一切動じずじっと前を向いている。


「入学おめでとう、若き騎士見習いたちよ」


 白いひげを蓄えた老紳士が、その優しげな見た目に似合わぬ太い声で挨拶を始めた。

 彼の背後に並ぶ揃いの教官服を身につけた教師たちがこちらを観察しているようで、ケティはこっそり肩をすくめる。


「このトロイアナ騎士学校は、建国の祖であり最初の妖精騎士と謳われる聖フェリントンのご意思を継承する王国最古の学校である。この学校で諸君らが学び、感じ、得るものは生涯においてかけがえのないものになるだろう。教師たちは諸君らの努力に全力で応えることを約束する」


 力強い言葉に、生徒たちのやる気が強くなったことを肌で感じる。ケティも体の奥底から力が湧いてくるようだ。

 老紳士は不意にぐるりと大広間を見渡したかと思うと、すっと指を伸ばす。その先に、ユーハレーラがいた。


「そこの女子生徒。質問だ、妖精騎士とは何かね?」

「はい。妖精騎士とは妖精の宿った道具である妖精具を用いて、常人には為しえない現象を引き起こし、また人間に害をなす魔獣を討伐する戦士でもあります。そして目には見えない存在である妖精を感知し、対話することは先天的な才能が必要であり、その能力を有するものは希少です」


 いきなりの指名にも拘らず堂々と答えたユーハレーラに羨望の視線が集まる。

 彼女の答えに満足した老紳士が、にこりと笑みを浮かべて頷いた。


「ふむ、正解だ。彼女の言う通り妖精騎士の才能は希少であり、だからこそ我らは数を質で補わなければならない。昨今は魔獣の活動も活発になっており、民衆の生活にいつ影響が出るかも知れぬ。圧倒的に少ない妖精騎士が多くの民を守るためには強さが必要なのだ」


 真剣に語る老紳士に、他の生徒たちも真面目に聞いている。そんな中でケティだけが戸惑った表情を浮かべていた。


(魔獣かあ……。今まで見たことないけど)


 魔獣は妖精たちの突然変異で、人間を襲う化け物として恐れられている。今王国に仕える騎士団の妖精騎士たちは民衆の安全な日々を守るために戦っているのだ。ケティの領地にも一応派遣された妖精騎士が駐屯しているが、魔獣が出たという報告は聞いたことが無い。そのためケティは一度も魔獣を見たことが無かった。

 しかし生徒たちは魔獣を知っているのか、苦い顔をしている者もちらほらいた。

 そんなことを考えていたからだろうか。次の瞬間、一際大きな声で宣言された言葉にケティは大きく体をびくつかせた。


「――――それではこれより妖精具の契約の儀を執り行う!」



***



 契約の儀はひとりひとり個別にやるらしい。ケティはユーハレーラに説明を求める前に教師によって小部屋へ連行された。


「ケティ=カイトス。実家は……男爵家ですね。ならば妖精具を所持していますね? 出してください」


 教師の言葉におずおずとケティは持っていた布袋を解く。

 全ての貴族は爵位を与えられるときや勲章として妖精具を下賜される。しかしどれほど探しても父親に訊いても、家に妖精具らしきものは見つからなかった。

 そのため今ケティが持っているのはクルキースから渡された妖精具である。


――――これをやろう。俺にはもう体格が合わないし、お前ならぴったりだ。


 脳裏にクルキースの言葉がよみがえる。

 ケティが思う最大の借りがこれだ。妖精騎士として必須の妖精具すら持たないなど、貴族としてあり得ないのだから。

 意を決して布袋から妖精具を取り出す。


(綺麗……)


 思わず見とれてしまうほどに優美なレイピアだった。

 細い刃は輝かんばかりの赤色で、まるで刃そのものが炎を内包しているかのような温かい色合いをしている。鍔の部分は銀色で、炎を象った透かし彫りの細工は見事の一言に尽き、宝玉の力を借りずとも息を呑むほど魅力的だ。柄頭にはめ込まれた妖精具の証である水晶には王家の紋が入っており、よく見れば傷ひとつない宝石の中でかすかに赤い光が揺らめいている。


「では、契約の儀を始めます。ミス・カイトス。妖精具を掲げ、自らの魔力を注ぎ込んでください。妖精具は与えられた魔力を糧にこの世界で体を得るのです」

「魔力を……」


 そっとレイピアを握り、真っ直ぐに構えてみる。まだ朧げな感覚でしかケティには分からないが、この武器に何かが宿っていることは理解していた。どれだけ曖昧模糊でも妖精を感知できるのは才能なのだ。


(温かい。まるで、日光浴してるみたい。この剣に太陽みたいな妖精が住んでいるのかな。見てみたいな)


 握った指先からじわじわと熱が這い上がってくる。心地よい温もりに、ケティは思わず頬を緩めて幼いころを思い出していた。

 幼馴染みのカインや近所の子供たちと森の中の秘密の丘でお昼寝をした記憶。

 雪が解けて春の陽光に暖められた草原でピクニックをした記憶。

 レイピアから伝わるのは、激しく燃え盛る炎ではない。ケティの思い出を優しく引き出す暖炉の火だ。

 鼓動に合わせて腕を伝い、掌を介して、指先からレイピアに何かが流れ込んでいく。コントロールしようとは考えず、ただ求められるまま流れていく感覚に身を任せた。


「――――あ……っ!」


 どくん、と一際強く心臓が波打ち、レイピアから光が溢れだした。強烈な輝きに視界を奪われ目を閉じる。

 しかし次の瞬間軽い足音がしたかと思うと、空間に充満していた光が一気に収束した。

 おそるおそる目を開けたケティが最初に見たのは――――先程までいなかったはずの青年。

 赤みの強い茶色の髪は長く、左肩から零れ落ちている。長めの前髪の奥から覗く目元はケティよりもなお深い紅で、紅玉(ルビー)をそのままはめ込んだように無機質だ。年の頃はケティよりも上に見えるが、その独特の瞳のせいで正確な年齢を定めるのが難しい。

 彼はケティを視界に収めると、そのまま長身を折って跪いた。


「え、ええっ!?」

「……お待ちしておりました、我が所有者(マイマスター)。僕は貴女の剣となり、盾となることをここに証明いたします」


 すっとケティの右手を取った青年が唇を薬指に寄せる。




 顔を真っ赤にして呆然とするケティに、青年は穏やかに――どこか作り物じみているが――微笑んでみせた。

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