18.発表と絶望
短いです
学校中が緊張している。
寮を出て教室へ向かう廊下を歩きながら、ケティは肌がざらついたような感覚を味わっていた。
己だけに向けられたものではない。行き交う生徒同士が、お互いに何かを見つけるように視線を向け合っては逸らす。
腹の内を探るような、とてもまだるっこしい視線のやり取りは、ケティのあまり好きなものではなかった。
「…………なにこれ」
「マスターも感じられますか」
「感じるも何もここまであからさまに警戒してたら誰でも気づくと思う」
「そうですか」
レキントスはうっすらと淡く微笑んでただそう答える。
入学するまで他者のそういった敵意や警戒を感知することなど出来なかっただろうに。自覚のない成長に気づけたのは、レキントスの特権だ。
「何か知ってる?」
「御前試合の内容が発表されたからでしょう。教室で口頭説明もありましたが、掲示板に情報が貼り出されたようですね」
足は勝手に掲示板のある中庭へ向かう。
巨大な掲示板に生徒が群がって、全く見えなかった。一応平均程度の身長はあるケティだが、目の前にいるのが屈強そうな男子生徒のため視界を塞がれている。
朝礼の鐘が鳴るまであと少し。後で見に来てもいいが、きっと休み時間のたびに大混雑だろう。
限界まで背伸びをしていたケティの爪先が、次の瞬間持ち上がった。
「のわっ!?」
「失礼いたします」
ぐん、と高くなる視界。周囲の生徒のつむじすら見えそうだ。
そして腹のあたりに感じる、温かく力強い腕。
まるで子供のように軽々と抱えられて、ケティの頬が熱を持つ。羞恥と動揺と、あとは。
「ちょ、待ってレキントスやめて!? あたし最近体重増えたから……っ」
最近ほんの少しだけ制服がきつくなった、ような気がするのだ。あまり考えると恐ろしくなるので考えないようにはしてるのだが。
しかし彼はケティの事情などまるで知らないかのように平然とした口調で言い放った。
「大丈夫ですよ。貴女がどれほど重くなろうと僕にはあまり関係ありませんから」
「それでも気にするからね!?」
レキントスは同性でも人目を引くほどの美男子だ。
そんな彼の隣にいては、今までそんなことを気にしなかったケティでも流石に意識せざるを得ない。
ばたばたと足をばたつかせるケティを全く意に介さず、レキントスはそのまま人をかき分けて掲示板の前まで進んだ。
じろじろと刺さる視線は先程とは色も温度も違う。なのにさっきより恥ずかしいし心に悪い。
最前列までたどり着いてやっと降ろされた。ほっと息を吐いたのも束の間、貼り紙の内容を目にしてケティの緋色の瞳が緊張を帯びる。
御前試合は誰でも参加可能なものではない。
各学級から、学校側の定める基準に達した者のみが選ばれるのだ。そして国王陛下の見る舞台の上で、彼らは自らの妖精具を用いて美しくも苛烈な戦いに身を投じる。
入賞者は次年度の参加資格を失うため、毎年顔ぶれは変わる。純粋な実力だけでのし上がることが可能なのだから、生徒たちのモチベーションは上がるばかりだ。
「一年生は……っ」
息を呑む。
貼り紙の端、一年生の欄。そこに記されているのは紛れもなく――――
「ユラ……と、クルキース……」
あまりにも見知った名前。それ以外の生徒の名前が無いことが、彼らの卓越した実力を示しているかのようだ。
周囲の音が遠くなる。視界以外の五感が切断されて、目の前の名前しか見えなくなった。
(あたしの、大馬鹿者)
心のどこかが、ケティを嘲笑う。
過信していた。己の実力など知っていたはずなのに、どこかで楽観視していた。選ばれると、大丈夫だと。
突き付けられた現実が痛みすら伴ってケティを襲う。ゆらりと視界の端が滲んで揺らいだ。
(泣く資格なんて、あたしには)
顔を上げる。脳裏にこびりついたような彼らの名前を吹っ切るように、ケティはその場から背を向けた。
現実から顔を背けるように、約束事を誤魔化すように。
レキントスの言葉すら耳に入らないまま、ケティは廊下を急いだ。
故に。
「…………」
彼が何を言っていたのか、彼女はまったく理解していなかった。