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11.レキントスの「定義」

難産でした。


 一気に体温が下がったような気がした。


「え……じょ、冗談ですよね……? 今、なんて」

「聞こえなかったかい? 君には妖精騎士としての才能は無い。だから見合いの話を進めてクルキースと結婚してもらう」

「なんでですか!? そんなの横暴です!」


 テーブルを叩いて立ち上がるケティに公爵は顔色ひとつ変えない。

 傍らに置いてあったワゴンから自分で紅茶を淹れると、彼は真っ直ぐにケティを見据えた。藍色の瞳は心を見透かすような不思議な力を持っていて、ケティの内部を暴いていくような不快感と恐怖が彼女を襲う。

 今にも飛び出しそうだった罵詈雑言がケティの喉の奥で詰まった。

 代わりに出たのは、あまりにも弱々しい声だけだ。


「……理由を教えていただけますか。何が、駄目なのか……」

「君には道具と人間の区別がついていない。妖精具は、道具だ。それを忘れてしまえば、妖精騎士としてやっていけなくなる」

「どういうことですか?」

「道具を大切にすることは重要だ。ただしそれは人間に向ける感情と異なっていなければいけない。道具としての愛着と人間に対する執着が混同してしまえば、妖精具を扱うことは出来なくなる」

「あたしは、レキントスを大切にしているだけです!」

「違う。君は道具に名前をつけた。それは普通の道具ならまだ良いが、妖精具ならば話は別だ。道具の形をしていないものに名前をつければ、人間は簡単にそれを道具として見れなくなる。実際、君はその道具を人間のように見ていないか?」


 言葉に詰まる。

 何を言えば良い? ケティの中で、公爵の言葉は重さを持って腹の底に沈んでいく。

 彼女がレキントスに名前をつけたのは彼と「仲良く」なりたかったからだ。思えば、最初からケティは彼を道具として見ていない。元のレイピアの姿が人の形をとったその瞬間に、それは「道具」から「相棒」に変わってしまった。

 それがいけないことだと公爵は言う。

 ならば、これから一緒に戦っていく彼を「何」と定義すれば良い?

 思わずレキントスを見上げてしまったのは、彼が何を感じているのか知りたくなったからだ。


「…………っ?」


 ばちりと視線がかち合う。

 表情筋が消滅してしまったかのようなレキントスだが、感情まで消えているわけではないことは理解していた。

 短い時間だがずっと彼と一緒に過ごしていたケティにはわずかだが感じられる。その眼に宿っているのは、彼女の勘違いでなければ――――疑問と期待だ。

 試している。レキントスは、ケティがどう答えるのかを待っているのだ。


「妖精騎士は魔獣を相手に戦う。殉職率だって他の騎士に比べて高く、道具が壊れる可能性はもっと高い。愚かな話だが、一つの妖精具に執着しすぎた妖精騎士が次の妖精具と契約出来ずに辞めていくことが後を絶たない。そんな中途半端なものに君にはなってほしくないんだ、分かるかい?」


 口調こそ優しいが込められた威圧感に尻込みしてしまいそうになる。


(ここで負けたら、あたしは何もかも失う)


 それだけはごめんだ。今の生活を失うことは絶対に避けたい。

 ぐっと震えそうな手を握って、ケティは公爵を睨みつけた。


「公爵様の言い分は分かりました。確かにあたしはレキントスを人間と同じように見ています。だって人と同じ姿をしていますから。でも、妖精具が道具の形のままじゃないのは、何か意味があると思うんです」


 道具として扱うだけなら、妖精具が他の形をとる必要はない。しかし契約を交わした妖精具に宿る妖精たちは、主人の傍に生き物の形で寄り添っている。

 それに意味があるのだと、ケティは思いたかった。

 ただの「道具」としてではなく、それ以上の大切なものを持って共に歩んでいけるように。

 そんな存在に名前をつけるというのなら、それは。


「レキントスはあたしの道具ですけどそれ以上にこれから一緒に戦っていく戦友なんです。カイトス家をもう一度豊かにするために、あたしは妖精騎士にならなくちゃならない。それには絶対レキントスの力が必要で、道具と持ち主っていう関係だけで信じる道を進めるほど、あたしは強くないんです」

「…………君を支援しているのは私だ。君はこの意味をちゃんと理解しているのか?」

「理解してます。でも、妖精騎士の一番大切な妖精具に対する考え方を譲ったら、あたしは妖精騎士になれない気がするんです……!」


 頭の中がぐちゃぐちゃで、支離滅裂で、何を口走っているのかも既に分からなくなっている。

 右手薬指が、妙に熱い。火傷しそうなほどの熱なのに、それはケティの心を優しく支えていた。その熱が、ケティから少しずつ恐怖を取り除いてくれる。

 公爵の顔が隠れた。目を伏せて思考の渦に沈み込んでいるのは、彼女の言葉が己の理解を越えたからか。

 唇を噛みしめるケティの耳に飛び込んできたのは、深い嘆息だった。


「…………やはり理解できないな」

「公爵様……」

「ただ、我が家で長く過ごしていたその妖精具が君の言葉を聞いて、今まで見たことのない顔をしている。その珍しさに免じて、私も君の言葉をもう少し考えてみるよ」


 穏やかに凪ぐ瞳には先程までの迫力は見当たらない。

 公爵の言葉にケティはレキントスを見上げるが、ふっと彼は顔を背けてしまった。ただ、わずかに覗く耳が桃色に染まっているのをケティはばっちり見てしまう。

 つられるようにぶわっと頬が熱を持ち始め、誤魔化すようにソファに座り直してカップに口をつけた。

 まるで初々しい恋人たちのような様子の彼らに、公爵は一瞬だけ目を丸くすると可笑しそうに破顔する。


(……君が望むものは、他からは何も祝福されていないのに。眩しいほど、真っ直ぐだね)


 口に出すことなく、公爵は目の前の少女を眺める。

 炎を体現したような色彩を持った娘。貴族というより庶民のような感性の令嬢。

 稀有な存在だと公爵は感じている。だからこそ援助を快諾した。それが正解かどうか、答えは先延ばしだ。


「公爵様?」

「…………いや、すまない。そういえば」


 あくまでもにこやかに、公爵はおっとりと切り出した。

 ケティにとって最大の爆弾を、それはもう警戒させることなく。






「カイトス嬢は息子をどう思っているんだい?」

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