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プロローグ

「見つけたああああ!」


 ケティ=カイトスの朝は真っ白な羽にまみれることから始まる。


「いち、に、さん……よし、朝ご飯確保!」


 小さな手編みの籠を抱えて、戦利品を数えたケティはその結果ににんまりと頬を緩めた。

 茶色い籠の中で、純白の小さな卵が朝の太陽を浴びて艶やかな光を放つ。合計4つ、家にいるニワトリは今日もいい仕事をしてくれた。

 足元で自分の子供を横取りされたニワトリたちが怒り狂って襲ってくるが、それを難なく躱してケティは家に戻っていく。


 トロイアナ王国の南西、周囲を山に囲まれたその地域がカイトス男爵家の治める場所だ。

 気候も温暖、山が邪魔しているため戦禍に巻き込まれても被害が少ない良い地域。そのため領民も穏やかでのんびりとした気風を持ち、様々な作物を作って生活している。そこを統治してきたカイトス家は、豪遊が出来るほどの財産は無くてもそれなりに裕福に暮らしていた――――そう、祖父の代までは。

 ケティはその話を聞くたび、遠い眼をして知りもしない過去に現実逃避してしまう。


 今のカイトス家には夢のような話だった。

 人の良い父親は知り合いの貴族に騙されて、我が家の財産はすっかり消えた。相手の貴族が始めた事業に投資して、見事に失敗したらしい。

 それからというもの、カイトス家は貴族とは名ばかりの貧乏一家に成り下がった。一家総出で働きに出なくては、国の貴族税すら払えないほどに。


「お姉ちゃーん」

「ユシル! おはよう」

「おはようっ」


 屋敷――これは先祖代々の家だ――の扉から顔を覗かせた少年に、ケティは満面の笑みを浮かべて挨拶した。

 今年で6歳になる弟のユシルは家族中の天使だった。ケティももちろんメロメロである。


「どうしたの? 朝ご飯ならこれから作るけど、お腹すいちゃった?」

「う、ううん! 違うよ、あのね、お姉ちゃんにお客様が――――」


 ユシルが言い終わる前に、ケティの視界に見慣れた亜麻色が映った。そばかすが愛嬌になった少年でカイトス家の近所に住む幼馴染みだ。


「おはよケティ! 相変わらずニワトリと格闘してたのかよ!」

「カイン! おはよう、格闘とはなによ、あたしは朝ご飯の卵を取ってただけ! 断じてニワトリと戦っていたわけじゃない!」

「そんなこと言いつつ頭、羽だらけだぜ」

「嘘!?」


 ケティの夕焼けにも勝るとも劣らぬ立派な赤毛には、純白の羽がいくつもくっついていた。しかもニワトリにつつかれ蹴られてボサボサだ。邪魔にならないように一つに結わえていたので辛うじてまとまっている状態で、貴族の娘とはお世辞にも言い難い感じになっている。

 カインはケティの様子にひとしきり笑うと、持っていた大きなバスケットを手渡した。布が掛けられたそれは香ばしい香りをふんだんに撒き散らしている。

 ぐうう、と彼女の腹が悲鳴を上げた。


「でっけー音!」

「うるさい! ……でも、いつもありがとうカイン。今日も美味しそう」


 バスケットの中にあるのは黒パンだ。保存がきいて腹持ちもそれなりに良い。味は決していいとは言えず硬すぎて食べられないことも多々ある難儀な食材だったが、一週間に一回カインが届けてくれるパンは焼き立てで、今まで食べたパンの中で一番好きな味だった。

 ケティが素直に礼を言えば、当のカインは目を丸くして彼女を凝視している。稲穂を日に透かしたような淡い茶色の双眸に、ケティの赤が映りこんだ。黙って彼女に視線を注ぎ続けるカインは普段の悪ガキっぽさが消えて、意外なほど大人びて見える。

 仮にも貴族のケティに対して色々と遠慮のないカインだが、こうも無遠慮に眺めてきたことはなかった。いつもと違う彼の様子にケティも思わず動揺する。


「な、なによ」

「…………ケティが素直になった。……だ、だ、大丈夫かよ!? 今日なんか事件でも起きるんじゃねーの!?」

「な、このっカイン!!」

「あははははは! じゃじゃ馬姫が怒ったー!」


 拳を振り上げるケティに、先程までの大人しさを引っ込めてさっさと逃げるカイン。それをおろおろしながら見守るユシル。

 それはあまりにも騒がしくて平和な日常だった。



 ケティ=カイトス15歳。通称「じゃじゃ馬姫」の日常が崩壊する足音は、もうすぐそこまで近づいていた。

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