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第三十一話 神崎家の兄妹(中編)(その2)

/3.ただ今、膝枕中(神崎良)

「ねえ、兄さん」

「ん?」

「足、痺れない?」

「大丈夫だよ」

 気遣う言葉に軽く頷きを返してから、俺は綾の頭をゆっくりと撫で付ける。膝枕を開始してから、どのぐらい経っただろうか。最初の照れは、ようやくどこかへ行ってくれたので、こうして頭を撫でるぐらいの余裕はできていた。

「それより、綾の方こそ大丈夫か? 首、痛くなったりしてないか?」

「うん、大丈夫。あっ、でも別の姿勢もお願いしちゃっていいのかな……?」

「いいけど」

「本当?!」

「本当。正面から抱きしめる、とか、そういうのじゃなければ」

「……っ」

 俺の返答に、綾は打ちひしがれたような表情を浮かべて、一瞬浮かせた頭をまた俺の膝枕の上に落とす。そして、俺から顔を背けるようにして、わざとらしく両手で顔を覆った。どうやら「正面からだっこして欲しい」という要望は本気でするつもりだったらしい。

「うう。ひどい……期待させてから、突き落とすなんて……ひどい」

「そこ、嘘泣きはしない」

「ふーんだ。兄さんの意地悪」

「はいはい。ごめん、ごめん」

 また膝の上で姿勢を変えて、今度は兄の腹の上で「のの字」を書き始めた妹に苦笑しながら、俺はあやすようにまた頭を撫でつける。本当、俺のシスコンぶりも相当だけど、というか、魔力交換云々を抜きにしても、綾の兄離れも課題山積だと思う。

「だっこぐらい良いと思うのに」

「まだ言うのか。そもそも、だっこって、そういう年じゃないだろ」

「じゃあ、抱擁」

「誰も言い方の話をしていません。そういうのは、ちゃんと恋人作ってからやりなさい」

「むー、兄さんだって彼女とか居ないくせにー」

「それを言うな」

 痛いところを突かれて、軽く指先で綾の額をつつく。その指先を追っていた綾の瞳に、不意に、一瞬、影が差した……気がした。

「……綾?」

 どうかしたのか、と問い掛ける前に、綾は少しだけまじめな声で「兄さんは」呟くように口を開いた。

「兄さんは、平気なの?」

「平気って?」

「だから」

 刹那、綾が声に微かに揺れる。

「だから、私が別の男の子とそんなことしても平気なの?」

「そんなの」

 平静を装っていて、でもやっぱりかすかに揺れている綾の声と瞳。それが多分、不安の所為だと気付いて、だから、俺は間を置かずにはっきりと告げる。

「当たり前だろ。全然平気」

「あ-、ひどい! 即答しなくても良いじゃない!」

「はいはい。ごめん、ごめん」

 唇を尖らせる綾をあしらいながら、俺は即答できたことに内心で安堵の息をつく。今のは、綾が何を言い出すのかが途中でなんとなく想像できたから、あしらう返事を口にできたんだけど。例えば、もし不意に、綾が他の男とこんな事をしている所を見たら、そこまでいかなくても、手をつないだりしている光景を不意に目撃したら……やっぱり狼狽えるんだろうなって思う。だから「全然平気」っていうのは、嘘だけど。でも、そうのは露骨に態度に出してはいけないとはずだから。……少なくとも、妹に兄離れを願っている身としては。

「まあ、独り身同士、お互い頑張ろうって事で」

「私は、頑張ってるもん」

「そうなのか?!」

「あ、今、狼狽えたでしょ」

「っ、いや、そんなことは断じてないぞ?」

「いーえ、狼狽えました。体が、「ビク」って震えたもん」

「くっ」

 膝枕している以上、動揺が体をモロに伝わったらしい。ああ、もう。動揺を見せたら駄目だって、考えている傍からこの為体とは、我ながら情けない。そんな俺の様子が、なんだか面白かったのか、綾は軽く微笑んでから、俺の膝から頭を起した。

「ん。もう良いのか」

「うん。ありがと。十分のんびりできました」

「そっか」

「兄さんが「全然平気」じゃないのもよくわかったし」

「うるさい」

「えへへ」

 軽口を叩きながら、綾はベンチからも身を起こすと、うーん、と軽くのびをする。そして「さて」と仕切り直すような声と一緒に、手を下ろした。

「じゃあ、次の目的地に出発」

「駅に戻るのか?」

「そうじゃなくて、この公園の中だよ。正確には森の中、だけど」

「森の中?」

 そう言われて、俺は背後を振り返る。そこには歩いてきた道と、それを包み込むように立ち並ぶ緑の木々。

「ひょっとして、草木をかき分けて進むつもりか?」

「大丈夫。ちゃんと道はあるから」

「そうなのか」

「うん。多分」

「多分、ってお前な」

「いいから、いいから」

 なんとなく曖昧な綾の言葉に、そこはかとない不安に襲われたけれど、でも結局の所。

「とっておきの場所だから。期待しててね」

 そういって微笑む妹の笑顔に、文句の言葉は口から出てはくれなかったのだった。

/4.それでもまだ偵察中(桐島霧子)

「あ、移動するみたいです」

「そうみたいね」

 良と綾ちゃんの二人が移動を開始したのを確認してから、私と会長さんは身を潜めていた草陰から抜け出した。うう、ずっと身をかがめていた所為か、体がちょっと痛い。隣では会長さんも、ようやく狭い所から抜け出せた開放感からか大きく伸びをしてから、ふう、と大きく息をついていた。

「でも、結局ここではご飯を食べて、膝枕しただけだったわけね」

「ええ、まあ……」

 どことなくつまらなさそうな、それでいて、少し安堵したような会長さんの声。その声に頷きながらも、私は内心、気が気じゃなかった。盗み聞き、もとい、盗聴、じゃない、ええと、とにかく二人の会話を聞いていた限りでは、かなり危うい会話が飛び交っていたのだから。正直、いつ、綾ちゃんが告白に踏み切るのかとヒヤヒヤものだった。

「……良の奴。ホントに危機感が無いんだから」

 安堵の息を付く私の口からは、良に対する文句も一緒に零れていた。だって、綾ちゃんとのデート中していること自体が危ないって言うのに、更に自分から「恋人つくれ」とか、その手の話題を振るなんて自殺行為にもほどがあるんじゃないだろうか。そんな風に私が思わず良に対して毒づいている傍らで、会長さんが思案を巡らせるように、あご先にかるく指を当てていた

「良さんは、わざとやってるのかしら」

「わざと?」

「そう。わざと無警戒な話題を振ることで綾さんを異性として意識していない、という意思表示をしているとか」

「良はそんなに器用じゃないですよ」

「そうね。それは流石に考えすぎよね」

 あっさりと答えた私に会長さんは苦笑混じりに頷いてから、今度は別の話題を口にする。

「それにしても、とっておきの場所、か。どこなのかしら」

「この場所じゃなかったんですね」

 そう良いながら私は展望台の方へと視線を向けた。視線の先に広がるのは、住み慣れた街の、見慣れない風景。東ユグドラシルの町を一望できるこの光景だって「とっておき」と言えるぐらいに綺麗だって思う。だけど、綾ちゃんにはここ以上の隠し球があるらしい。果たして、それは、どんな場所なのか。

「森の中って言ってましたけど。何か特別な物がある場所なんでしょうか」

「そうね。きっと、綾さんにとっては特別な何かがある場所なんでしょうね。それが形のある物なのかどうかはわからないけど」

 そう言うと会長さんは一度言葉を切って、少し考えてから何気ない口調で言葉を続けた。

「そこで告白するつもりなのかしらね。綾さんは」

「え?」

 零された会長さんの言葉に、とくん、って心臓が強く鳴る。思わず硬直してしまった私に気付いて、会長さんは少し不思議そうな面持ちで小首をかしげた。

「あら、別に驚く事じゃないでしょう? 今日の綾さんの意気込みを見ていれば、わかることじゃない」

「それは……そうですけど」

 会長さんの言うとおり。その事は、つまり綾ちゃんの意気込みは、今日、尾行を始めた頃から気付いていた。服装やお化粧もそうだけど、どことなく決意めいたものが遠くから見ている私たちにも見て取れたから。気付いていないのは当の良ぐらいのものじゃないだろうか。そう、気付いていたんだけれど。でも、どうしたらいいのか、まだ私は決められていない。

 我ながら流されるままに、今の状況に至っているなあと反省しつつ、私は傍らの私を連れ回している人物へと視線を戻した。

「あの、会長はどうして平然としているんですか?」

「どうしてって……どうして平然としていたらいけないの?」

「だって、このままじゃ」

「あのね、桐島さん」

 私の言葉を遮って、会長さんは諭すような口調で私に向かって指を振った。

「いい? 問題は、綾さんが告白するかどうかじゃないの」

「いえ、それは大問題だと思います」

 即座に突っ込む私の声に、しかし、会長さんは少しも動じた様子を見せずにごく平然と首を横に振る。

「いいえ、問題じゃないわ。問題は、その時に私はどうするのか。そして、あなたはどうするのか、よ」

「それは……そうですね」

 確かに、そうなんだけど。それは、きっと正論なんだろうけれど、それでも、妹が実の兄に告白しようとしているのを「問題じゃない」と受け流せるほどに、私は達観してなんかいない。というか、そこはきっと達観したら駄目な部分だと思う。いろいろと。

 そんな私の考えを読んだのか、会長さんは人差し指を、くるり、と回しながら諭すように続けた。

「だからこそ、自分がどうするのかが大事なの。妹が兄に告白すること自体が駄目だって言うのなら、どこかで妨害をしないと駄目っていうことでしょう?」

 それは確かにその通り。全くその通りだってわかっているんだけど、そんな風に割り切れるなら、今、私はこんな風に迷ってなんか居ない。

 このまま尾行を続けて、もし本当に「その場面」を目にすることになったら……私はどうしたらいいんだろう。そもそも、その場面をのぞき見てしまうことなんて、許されるんだろうか。女の子の告白を邪魔なんてしたらいけないっていう思いと、でも、兄妹でそんなことになったら駄目だって言う思いと。そして、それ以上に……あいつが誰かに告白されているシーンなんて、見たくない。そう、見たくないのに。でも、私の気持ちは「回れ右」を命じてはくれない。

「ねえ、桐島さん」

 そんな逡巡に言葉を失っている私に、会長さんは少し息をついてから、別の質問を口にした。

「そもそも良さんは綾さんの告白を断れるって思う?」

「……それは」

 真正面から投げかけられた問い。その内容に、私は思わず口籠もる。それは何度も何度も私が想像して、そして結局、答えを出せない問いかけだったから。

 良が綾ちゃんに対して、ちゃんと「兄」でいようと思っていることは知っているし、わかってる。だから、良が綾ちゃんの「そういう感情」を受け入れることは無いって思う。でも、魔力交換のことがあるから簡単に断れない。心が良が綾ちゃんを拒絶して、もし、綾ちゃんが良とすら魔力交換ができなくなったら。きっとそのことを良はなによりも畏れているから。それが誰よりもきっと綾ちゃんのことを大切にしているから良をがんじがらめにしてしまっている、鎖。

 でも……でも、良なら、きっと。

「……はい。断れるって思います」

 しばしの黙考の後、私は結局首を縦に振っていた。

 

「そう」

「だけど、正直なところ、絶対の自信があるわけじゃないです」

「綾さんの魔力交換のことがあるから?」

「はい」

「それって私が綾さんと魔力交換出来ればいいのよね」

「で、出来るんですか?!」

 思わず驚きの声を上げた私に、会長さんは平然とした表情で頷いた。

「良さんに出来ているんだもの。私に出来ない訳が無いじゃない」

「で、でも、神崎先生でもできないんですよ?」

「でも、良さんにはできているんだもの。だったら、私にだってできるわよ」

 そう自信満々に頷くのだった。

 でも、今の言い方は少し気に障った。そりゃ、会長さんの実力は凄いけど、でも、それだからって良ができることを全部できるみたいなことを言わないで欲しい。と、私が思わず気色ばんだのを見て会長さんが「あら」と呟いてから、また別の質問を投げかけてきた。

「桐島さんは、独占欲が強い方?」

「え?」

 予想もしていなかった問い掛けに、私は思わず気の抜けた声を零してしまう。独占欲に関して会長さんに尋ねられるとは思っていなかった。だから、直ぐには答えられずに、どういう意味かと視線で問い掛ける私に、会長さんは小さく頷いてから言葉を付け足してくれた。

「だから、良さんが他の誰かと付き合うのは嫌? それとも相手が綾さんだから、止めたいだけ?」

「それは、えーと……」

「要するに良さんがハーレムを作るのは許せる? 許せない?」

「は、ハーレムですか?」

 確かに、一応、ハーレムなんて呼ばれる一夫多妻、多夫一妻制度があるわけで、ちゃんとお互いの同意の物できちんとした関係をその中で気付いている人たちがいることも知っている。でも、素直な心情としては……、嫌かもしれない。好きな人には、自分だけを見ていて欲しい。そう願うのは、多分、当たり前の感情だって思う。

 でも、どうしてそんなことを今聞くのだろうか。私がその疑問を口にするより前に、会長さんはごく平然と、その答えを返す。

「だって、良さんのことが好きなのよね? あなた」

「え……ええっ?! い、いきなり、な、な、なにをっ」

 あっさりと心の奥を指摘されて、瞬間、私は耳と頬が熱くなるのを自覚した。

「ど、どうして、そんなこと」

「それはわかるわよ。あなたの良さんへの態度を見ていればね。今だって、良さんが下に見られたと思って怒ったんでしょう?」

 慌てふためく私を愉しげな視線で見つめながら、会長さんはあっさりとそう告げた。どうやらこの人は、綾ちゃんと同じように、私の気持ちも態度から読み取ってしまっているらしい。

「うう……」

 駄目だ、落ち着かないと。多分、今、会長さんに対して引いてしまっては駄目だ。落ち着け、と自分に言い聞かせて、私は大きく息を吸う。これは私の気持ちの問題で。だから、相手が会長さんでも引っかき回されたままで良いわけなんてない。そう自分に言い聞かせて、私はゆっくりと会長さんに頷きを返す。

「……はい。私はあいつが好きです」

「そう」

 だけど、私の答えに会長さんはさして慌てるでもなく、ごく平然と受けて止めていた。

「それで、良さんがハーレムを作るのは嫌?」

「それも嫌です」

「そう」

 短い私の言葉に、でも、会長さんはなんだか嬉しそうに微笑んでくれた。

「ちなみに私も嫌よ。私が作るのならいいけども」

「知ってます」

「あら、そうなの?」

 自覚はなかったのか、この人。あるいはわかっていて惚けているのか。

 半ば呆れながら息をつく私だったけど、気分は不思議とすっきりとしていた。会長さんの問いに振り回された結果だけど、でも、しっかりと自分の気持ちを口にしたらからだって思う。だから、いじけかけていた心が気持ちが軽くなっていた。

 そんな私を見て、会長さんは満足そうに頷いてからパン、と軽く手を打ち合わせる。

「じゃあ、そろそろ行きましょうか。見失わないうちに」

「あ、はい」

「ふふ。桐島さんの元気も出たみたいだしね」

「……ありがとうございます」

 からかうような会長さんの言葉に、それでも私はお礼を言って頭を下げた。本当に傍若無人で、自己中心な会長さんだけど、どうして人を引きつけているのか、その理由が少しわかった気がした。

 嫌われることを怖がっては居ないから。嫌われて、自分が傷つくことを怖がっていないから。そして、その強さが周りを、巻き込んでしまうから。それが悪い方向に働くと、去年みたいな騒動になるんだろうけれど……今は、きっと良い方向に働いてくれたんだって思えた。

「あの会長」

「なにかしら」

「会長は、良のこと、好きなんですか?」

「どうかしら」

「そこははぐらかすんですね」

「ふふ」

 微笑んではぐらかす会長さんの笑顔。その笑顔を見ながら、今は、少しだけ巻き込んでくれたことを感謝していた。うん、でも、少しだけど。

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