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第三十話 神崎家の兄妹(前編)(その2)

/3.尾行する人たち(桐島霧子)



 そんな二人の後ろ姿を、私は公園の物陰からのぞき見ていた。



「もう、良の奴……何を自然に腕を組んでるのよ」

「あら、兄弟仲がいいのは微笑ましくていいんじゃないかしら」

「良くないですよ。もう」

 確かに兄妹仲は良いに越したことはないだろうけど、それでも限度というものがあるって思う。そうぼやくと、私の隣で隠れている会長さんも「そう言われるとそうね」なんて感心した面持ちで首を縦に振った。



「でも、腕を組み慣れてるわよね、あの二人」

「会長さんはお兄さんとああいうことはしないんですか?」

「あの人と腕を組むぐらいなら、もぎ取るわね」

「もぎ……っ?!」

「しっ。声が大きいわよ、桐島さん」

 顔色一つ変えずに言い放った会長さんの台詞に、私は戦慄を覚えて軽く身震いした。あまり彼女の兄の事には触れない方が良いらしい。って、まあ、それはいいんだけど。



(……なんで私、こんなことしてるんだろ)

 腕を組み、仲むつまじく歩く神崎兄妹。遠くなっていく二人の後ろ姿を視界に映しながら、私は内心で深々と溜息をついた。一方、傍らの会長さんとは言えば、妙に張り切った様子で私に尾行の継続を促すのだった。



「さあ、桐島さん、行くわよ。惚けてたら見失っちゃうわ」

「……本当に尾行するんですか?」

「勿論。あの二人を見送るためだけに、わざわざあなたを呼び出したと思ってるの?」

「それは思ってませんけれど」

「じゃあ、行きましょう。あ、見つからないように慎重にね」

「会長なら、魔法で姿を消したりできるんじゃないですか?」

「できるけど、それって軽犯罪になるわよ? 他の人に見えない状態で道を歩いたりしたら危ないじゃない」

「あ、そうですよね」

 確かに会長さんの言うとおりだった。そう言えば、場所によっては透明化および盗聴を防止する魔法装置が設置されていることもあるんだっけ



「だから、少し離れて「遠視」の魔法を使います」

「……そっちは良いんですか?」

「単なる視力補助だもの。問題ないわ。行くわよ」

「は、はい」

 妙に生き生きとした会長さんの言葉に結局逆らうことが出来ずに、私はこそこそと気配を殺しながら会長さんの後に続いて、神崎兄妹の後を尾行する。……そう、現在、私こと桐島霧子は、良と綾ちゃんを、尾行しているのだった。

 どうして私が、二人を尾行しているのか。しかも、会長さんと二人で尾行しているのかと言われると、昨晩、電話で会長さんに誘われたのだ。「明日、あの二人を監視します。桐島さん、手伝ってね」と。そして集合場所と集合時間だけを簡潔に告げられて、電話は切られてしまった。

 いったいどういう事なのか、とよく事情が飲み込めないままに公園に来てみれば、いきなり会長さんに物陰に連れ込まれたあげく、良と綾ちゃんのデート現場を目撃して、今に至る、という訳なのだった。いったい何がどうなっているのか。事情を飲み込もうとして私は会長さんに小声で問いかける。

 

「あの、会長」

「なにかしら」

「今日は篠宮先輩は?」

「勿論、誘ったんだけど……」

 言って、不満そうに会長さんは唇を少しとがらせた。



「怒られたのよ。「そういうことをするのは悪趣味です」って」

「そういうことって、この尾行のことですよね?」

「そうよ。良さんと綾さんを尾行して、監視するって、正直に言ったの。そうしたら」

「そうしたら?」

「もの凄く怒られたわ」

「……そうですか」

 確かに篠宮先輩なら、そう言って怒るだろう。尾行して、観察するなんて言ったら「会長にも紅坂家のお嬢様にもあるまじき行為」って、それはもの凄く怒ると思う。



「って、怒られたのに、どうしてやるんですか」

「だって気になるんだもの。仕方ないじゃない」

「……」

 問いかけに、会長さんは何の躊躇いも見せずにそう言い切った。はっきりとした迷いのない声だけど、でも、何が、そしてどうして気になるんだろう。

 そんな私の疑問を、先に感じ取ったのか。私より先に会長さんが口を開いた



「あなただって気になってるんでしょう?」

「何がですか?」

「だから、あの二人のことよ」

 あくまで視線は良と綾ちゃんから話さないまま、会長さんはあっさりと言ってのけた。



「綾さんは、良さんの事が好きなのよね?」

「な……っ」

 あまりに率直な物言いに、私はしばし言葉を失った。



「ちょ、ちょっと、会長?!」

「声が大きいわよ、桐島さん」

「で、でも……っ」

「良さんに気づかれちゃうじゃない」

 慌てて周囲を見回したけど、幸いに誰かに聞かれた様子はない。そのことに軽く安堵してから、私は慌てて会長さんに向き直る。



「会長! 変なこと言わないでくださいっ」

「あら、そんなに変なことかしら」

「変なことです! もう、なにを言ってるんですか?」

「綾さんの態度を見ていれば瞭然でしょう?」

「それは……」

「違う?」

「……そう、ですけど」

 確かに。ここ最近の綾の様子を間近で見ているのだから、彼女が実の兄に抱いている感情が、一線を越えていることに気づいてもおかしくはないだろう。特に会長は、いろいろと目聡い人だから感づいても仕方ないのかもしれない。

 でも、だからといって軽々しく口にして良い内容ではないはずだった。だから、私は会長さんの目を見据えて、静かに告げた。



「会長。他の人には、その事、言わないでください」

「……そうね。気をつけるわ」

 ご免なさいね、と素直に頭を下げてくれた。普段の会長さんの態度から考えれば、びっくりするぐらいに素直な態度に、少し驚きながら、私は言葉を続ける。



「だから会長は……止めに来たんですか」

「止めに?」

「ですから、綾ちゃんが、そういうことに踏み切らないように」

「うーん」

 当然、「そうよ」と肯定の返事が返ってくるものだと思っていたが、しかし、会長さんはふと口をつぐむ。



「どうなのかしら」

「……はい?」

「気になって、放っておけないって思っているのは確かなんだけど。どうしたいのかってと聞かれると自分でもよくわからないのよね」

「……」

 どういう事なんだろう。少なくとも、とぼけているとか嘘をついている様には感じられなくて、私は返す言葉を見つけられずに口ごもる。



「あら、あの二人、駅に向かってるわね」

「え?」

「急ぐわよ。同じ列車に乗れなかったら、見失っちゃうわ」

「会長?!」

「ほら、早く!」

「は、はい!」

 ……本当に。なにしてるのかなあ、私。



「良の馬鹿。そもそもどうして、綾ちゃんとデートなのよっ。もう」

「? 何か言ったかしら」

「独り言です」

 我ながら、流されているとは思うけれど。

 どちらにせよ、会長さんを一人にするわけにはいかないだろう。そう観念して、私と会長さんという組み合わせで、良と綾ちゃんへの尾行が始まったのだった。



 

/4.自然公園にて(神崎良)



 しばし列車で揺られた後、綾につれられて着いたのは、郊外にある自然公園だった。豊かな緑に彩られ「公園」というよりは「森林」といった風情のその場所は、木々がはき出す清涼な空気に満ちている。



「おー。空気が綺麗な気がする」

「うん。気持ちいいよねー」

 大きく深呼吸すると木々から放たれる濃い緑の香りが、胸の中を心地よく満たしていく。



「綾ってここによく来るのか?」

「内緒」

「なんで内緒なんだよ」

「内緒ったら、なーいしょ。ふふふ」

 何を企んでいるのやら、綾は俺の問いかけをはぐらかすように笑う。ここに着くまでの綾の態度から察するに、来たことがあるようには思えないんだけど……まあ、いいか。



「兄さんはどうなの? ここ、来たことある?」

「んー。あんまり来たことないよ。小さいときぐらいかな」

 魔法院から一時間強でたどり着ける場所ではあるのだけど、あまり訪れることの無い場所。たしか魔法院の初等部で、遠足に来た記憶があるのだけど、それ以降に来た事ってないはずだった。

「そうなんだ。ちょっと意外」

「そうか?」

「兄さんって、こういう場所好きかなー、って思ってたんだけど」

「そう言われると、そうかもな」

 たしかに、緑の中で日差しを浴びるのは、好きだけど。そもそも魔法院の施設に森林地区があるので、魔法院の学生が森林浴をしたいのなら自然とそちらを利用することが多くなる。でも、そう考えるとまずます綾はどうしてここに来たのだろうか。綾は、あまりこういう空に近くて緑が多い場所は好きじゃなかったと思ってたんだけど……ひょっとして無理に俺の嗜好にあわせてくれてたりするんだろうか。

 そんな疑問が顔に出ていたのか、綾は小さく笑ってから答えをくれた。



「えーとね。ここを選んだ理由は幾つかあるんだけど、重要なポイントはね」

「重要なポイントは?」

「ここなら、あんまりお金がかかりません」

「……お気遣い感謝します」

「どういたしまして」

 悪戯っぽく笑う綾。冗談半分、本音半分という感じだろうか。ごめんな、甲斐性なしの兄さんで。



「兄さん? どうかした?」

「ん。なんでもないよ。それより、行こうか」

「うん!」

 暖かな日差しの下、俺と綾は手を取り合って、緑の森の中へと歩き始めたのだった。



 /尾行組(桐島霧子)



「結構、気づかれないものなんですね。尾行」

「きっと、私たちの尾行が上手なのよ。桐島さん、隠れるの上手だし」

「……そんなの、自慢になりません」

「そう? 別に謙遜しなくても、特技は誇ってもいいのよ?」

「なんで私の尾行が特技なんですかっ!」

「だって、手慣れてる感じがするもの」

「手慣れてません! もう、変なこと言わないでください」

「ふふ、冗談よ」

 ユグドラシル市立自然公園。そんな文字の記された看板の影に身を潜めながら、私と会長さんは相変わらず良と綾ちゃんに対する尾行を継続しているのだった。途中、列車に乗られたときには、どうしようかと思ったけれど、結局の所、今まで気づかれずに尾行が成功してしまっている。だけど、断じて、私が尾行に「慣れている」なんてことはない。……ホントだってば。



「どっちかと言うと、良が鈍いだけじゃないでしょうか」

「ああ、それはあるかもしれないわね。良さんって、その手の警戒心は薄そうだもの」

 疑惑を晴らすための私の指摘に、会長さんは素直に手を打って頷いてくれた。そして会長さんは視線を良からその傍らで微笑む綾ちゃんへと移してもう一度頷いた。



「綾さんは鈍い方ではないと思うけど……あの調子じゃね」

「そうですね。あの様子じゃ、綾ちゃんも周りが見えてませんよね」

 会長さんの指摘に今度は私が頷きながら、私と会長さんは目を合わせて、そしてどちらともなく深く息をついた。



「……兄妹仲が良いのは良いと言ったけど」

「ええ、言いましたけど」

「それにしても……」

「ええ。本当に……」

「ひっつき過ぎよね」

「ひっつき過ぎですよね」

 そうなのだ。あの二人、ずーと手をつないだままなのだ。駅前の公園から、列車に乗っている間も、そして今も、すーと。腕を組む姿勢は時折崩れたりもするのだけど、それでもつないだ手はきっと一度も離していない。



「もう良の奴……少しは、周りを気にしなさいよ」

 兄妹だってわかっているけれど、それでも綾ちゃんの気持ちもわかっちゃっているから、胸の中のもやもや刻一刻とその密度を増していって。でも、良の気持ちもわかっちゃってるから。飛び出していって、二人を引き離すことはできそうにない。



「……ばか」

「桐島さん?」

「あ。何でもないです」

 会長さんに指摘されて、私は急いで口を閉じる。耳が赤くなるのを誤魔化すように、私は慌てて別の話題を口にした。



「でも自然公園とは、ちょっと予想外の場所でしたね」

「そうね。もうちょっと賑やかな場所に遊びに行くのかと思っていたのだけど」

 てっきり繁華街あたりに出かけるのかと思っていただけに、意外だった。確かに綺麗な場所だけど、市内にある自然公園の規模としては大きくない……というか、結構地味な場所だった。規模だけで言うのなら魔法院の森林区画の方が大きいような気もする。



「綾さんの好みなのか、良さんの趣味なのか。どちらなのかしらね」

「どちらかと言えば良の趣味のような気がしますけど」

 とはいえ、わざわざ列車をのりついて自然公園に遊びに来るほどにアウトドアな趣味は良にはないような気がするけれど。そんなことを考えるうち、別の理由がふと脳裏を過ぎった。



「あ、ひょっとして……」

「理由がわかったの?」

「お財布に優しいとか」

「……なるほど」

 綾ちゃんなら、良の懐具合を予測してこういう場所を選んだのも頷ける。市立の公園なので、入場料は無料だし。



「今日は良さんがお礼する立場なんでしょうしね。綾さんの気遣いなのかしら」

「私の勝手な想像ですけどね。他に理由があるのかもしれませんけど」

「そうね。まあ、私たちとしては尾行はしやすいから、ありがたいけど」

「そうですね」

 自然公園、という場所柄、当然のごとく周りに木は沢山ある。というより、森の中を道が通っている、という形容が近い場所なので、身を潜める物陰には事欠かない。そんな事を考えていると、不意に会長さんが「あっ」と小さな声を上げて、口を押さえた。



「会長?」

「ひょっとして、それが理由なのかしら」

「? なにがでしょう」

「ここって人混みを避けて二人っきりで、という意味ではなかなか良い場所じゃない?」

「ああ、なるほど」

 確かに。

 綺麗な場所だけど、町中に比べればどうしても人口密度は格段に下がる。魔法院の森林区画のように知り合いに会う可能性も低い。つまり必然的に二人っきりに慣れる場所も機会も多くなるわけで……って、あれ。それって、要するに。二人っきりになれる機会は格段に増えるという訳で。



「……」

「……」

 果たして会長さんも同じ事に思い当たったのか、ふと私の目をみて頷いた。



「どうなのかしら。二人っきりって言っても、あの二人は同じ家に住んでいるわけだし」

「でも、綾ちゃんとしては「デートで二人っきり」という状況が大事なのかも知れません」

「……」

「……」

「行くわよ」

「はい」



 綾ちゃんには悪いって思いながら、私と会長さんの尾行はまだ続くのだった。

 



 /兄妹二人(神崎良)



「わあ、見て見て、兄さん! ほら」

「おおっ、よく見えるな」

 公園の入り口から歩くこと、小一時間ほど。開けた場所に作られた質素な展望台からは市内が一望できた。青空の彼方、遠い世界樹の影の下に、俺たちの暮らす風景がそこにある。



「魔法院は……あれかな」

「あ、そうだね。じゃあ、家はあの辺かな?」

「そうだな。あー、でも、ここからじゃ、流石にはっきりとは見えないか」

「ふふ。そうだね」

 二人並んで、慣れ親しんだ町並みを見下ろす。ただ、それだけの行為に綾は心底嬉しそうに笑ってくれている。というか、今日は待ち合わせの場所からずっと、上機嫌な妹だった。

 ちょっとテンションが高すぎる気もするけれど、この所、勉強とかで面倒をかけ続けていたから、こうやって綾が喜んでくれているのは俺としても嬉しい。



「良い場所だな、ここ」

「そうだね。人もあまりいないし……二人っきりになれるし」

「ああ。そう言えばそうだね」

「ね? 良い場所だよね。二人っきりになれるし」

「そうだな」

「……むう」

 綺麗で落ち着く場所なんだけれど、あまり人気はないようで人影はまばらだった。公園の入り口からこの展望台にたどり着くまで、すれ違った回数も数えるほどしかない。まあ、規模としては「天国の門」とは比べるまでもなく小さいし、遊ぶ場所としては不人気なのかもしれない。

 でも、その割には時折、妙に視線も感じたのだけど……気のせいだろうか。ちくちくというか、ぐさぐさというか、妙に突き刺すような、そんな感覚を覚えたのだけど、単なる自意識過剰だろうか。ちらり、と背後に茂る木々の影に視線を送ってみるけれど、特段、誰かが居るような様子はない。



「兄さん? どうかしたの?」

「ん? あ、いや、なんでもないよ。ちょっと自然と一体化してただけ」

「それって、ぼーっとしてたって事だよね?」

「そうとも言うかもしれない」

「そうとしか言いません。もうっ」

 俺の返事に、綾は少し怒ったように頬を膨らませて、でも、すぐに笑顔に戻って握ったままの俺の手を振った。



「じゃあ、兄さんを現実に連れ戻すために、ここでお昼にします」

「ああ、うん。そうしよっか」



 /尾行組



「今のは少し危なかったかしら」

「良の奴、こういう時に限って鋭いんだから」

「これ以上、近づくのは危険ね」

「でも、ここからじゃ様子がわかりにくいですよ?」

「大丈夫よ。遠視から透視の魔法に変えるから」

「……透視は不法行為じゃないんですか?」

「街中なら、ね。こんな開けた、公の場所で盗撮も何もないでしょう?」

「そうかもしれませんけど」

「それに見えないところで、何かが起こるかもしれないでしょう?」

「……透視。お願いします」

「ふふ、その思い切り、好きよ。桐島さん」



 /兄妹二人



「……ん?」

 木造の展望台。その一角に備え付けられた古びた木のテーブルに綾が弁当を広げている。少し離れて、その様子を眺めていると、また背後になにやら気配を感じた気がして振り向いた。が、振り向けた視界の中には、やっぱり誰の姿も映らない。

 こんな人気のない場所でまさか泥棒とか強盗って訳じゃなだろうけど……ひょっとして、動物かなにかだろうか。ここで弁当を食べる人たちのおこぼれを狙っているとか、そういう感じの。少し気になって、少し木々の間を覗いてみようかと考え始めた俺の思考を、綾の元気な声が引き戻した。



「兄さーん。準備できたよー」

「あ、わかった。すぐ行くー」

 やっぱり、気にしすぎか。そう自分に頷いて、綾の元に向かって、俺は広げられた弁当の豪華さに一瞬、息をのんだ。



「お前、こんなに作ってたのか。って、こんな材料、ウチにあったっけ」

「ふふふ。秘密」

「いや、秘密って」

「秘密ったら、ひ・み・つ」

 にっこりと笑ったまま、答えを隠す綾だった。でも、なんとなく、想像はつく。きっと佐奈ちゃんの協力を仰いだんだろう。俺自身は、あまり手の込んだ料理をするわけじゃないけど、目の前に並んでいる料理のいくつかは、少なくとも前日からの仕込みが必要になるって事がわかった。だから、綾は神崎家以外の場所で料理を行っていたと言うことになるわけで、そう言うことに協力してくれるのは、きっと佐奈ちゃんだろう。



「じゃあ、頂きます」

「はい。じゃあ、あーん」

「自分で食えます。そして自分で食え」

「えー」

「えー、じゃない」

「いじわる」

 唇をとがらせて、綾がむくれてみせる。だけど、その目は笑みを湛えたままで、総じて機嫌は良いようだった。その事に安堵しながら、綾の料理を口に入れる。瞬間、口の中に広がった味に、俺は思わず声を零していた。



「あ、うまい」

「本当?」

「うん。これはお世辞抜きに上手いよ」

「えへへ。よかった」

 綾の手料理なんて普段から食べ慣れているけど、こういう「余所行き」な感じがするのは新鮮だった。その味に素直に感心しながら、俺は妹の手料理に舌鼓をうつ。揚げ物にしても、煮物にしても、一つ一つに手が入っていて、いかに綾が気合いを入れてくれてくれたのかが伺える品々だった。



「いや、ほんとに上手いな。作るの大変だっただろ?」

「頑張りました」

「そっか。ありがとな。綾、こう言うのも作れるんだな」

「いくつかは新しく練習したんだよ。えへへ、どう? 見直した?」

「うん。見直した。凄い凄い」

「じゃあ、その……惚れちゃった?」

「ああ、それはない」

「何でよ! もう」



 /尾行組



「綾さん、料理上手なのね」

「びっくりです。あんなに上手だって、知りませんでした」

「良さんも随分と美味しそうに食べてるわね」

「綾ちゃんなら、良の好みは知り尽くしてるでしょうから」

「……」

「……」

「……私たちもお昼にしましょうか」

「尾行しながらですか?」

「はい。スポーツドリンク」

「……頂きます。って、あ!」

「あっ、今」

「ええ、いま、あーんってしてましたよ?!」

「……結局、良さんは綾さんのお願いに勝てないみたいね。もう」

「……もう。押し切られてるんじゃないわよっ。ばか」





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