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第三話 魔法院高等部 生徒会長(その2)

3.


 魔法院の生徒会は、その権限と責任において、ある意味では教師に比肩するものを与えられ、そして求められる。そのため生徒会室の造りというものは、一般教室とはことなり、職員室どころか校長室に近い格式の門が用意される、ということらしい。


 ということで、目の前にあるのは講義室の安っぽいドアとは異なり重厚な造りの木のドア。言い知れない雰囲気を醸し出すそのドアに、俺は多少緊張しながら指先を伸ばした。触れるのは、ドアの中央に禁で刺繍された校章。全校生徒、教職員の魔力に関する情報が刻み込まれた魔法陣の一種だ。生徒会の人間が「鍵」をかけていない限り、魔法陣に登録されている人間が触れると、ドアの鍵が外れるという仕組みになっている。

 

「照合」

 金箔の感触を指先に、俺が呟いた言葉は呪文ではない、本当にただの「言葉」。しかし、その言葉を契機に、校章は仄かな燐光を帯び、次の瞬間にカチ、と鍵の外れる音がした。


「―――、はい。どうぞ」

 鍵の外れる音から遅れること数瞬。ドア越しに良く通る女性の声が返された。


「う、やっぱり居るのか」

「……居るね」

 気品すら感じるその声の響きに、俺と霧子の額に軽く汗が滲むのは、その声の主が、あまり出会いたくない人物の物だから。

 一瞬の躊躇に俺と霧子は目を見合わせたが、どちらからともなく頷き会うと、俺は意を決してそのドアを引きあけた。


「……失礼します」

「失礼しまーす」

 一礼して、俺達は生徒会室に足を踏み入れる。その途端、目に飛び込むのは刺繍入りのカーテンを背にした重厚な事務机。どこの重役の机だ、と突っ込みを入れたくなるほどの重厚な机は、もちろん生徒会長専用の執務机だ。その前には、応接用のテーブルが置かれ、それをコの字型に挟む形で、これまた高価そうな黒のソファーが三つ配置されている。

 一体ウチの学校は何を考えて、生徒にこんな部屋をあしらえているんだろうか。そんな疑問は、既に数回この部屋に足を運んだ後でも、未だに脳裏を掠めてしまう。そんな無駄に豪華な(と俺には思える)生徒会長の机には、今は人影はなく、その代わり手前のソファーに二人の人物が向かい合って座っていた。


 そして、その瞬間、俺と霧子は、ソファーに腰掛けている人物の姿に、意表を突かれて、一瞬言葉を失った。


「え?」

「あれ?」

「……あ」

「あら」

 二人の内の一方は、他でもない魔法院高等部生徒会長こと紅坂セリアさん。背中まで伸びた金髪に、吸い込まれそうな青色の瞳。凜とした雰囲気は、生徒会長としての威厳が醸し出すのか、あるいは名家の血筋が作り上げるのか。

 何回も顔を合わせてはいるけれど、気を抜くと思わず見蕩れてしまいそうになる―――そのぐらい、綺麗な人だった。


「まあ、桐島さん!」

 容姿、性格、家系とどの角度から見てもいわゆる「お嬢様」然とした彼女は、霧子の姿を目にすると、その目を喜びに輝かせながら立ち上がった。


「ようこそ、生徒会へ。お越し頂いて嬉しいわ」

「あ……こんにちは。会長」

 屈託のない華やかな笑顔を正面からぶつけられて、霧子は、やや気圧された様子で、それでも笑顔で会釈を返す。


「あの、今、失礼しても宜しいですか?」

「勿論です。丁度良かったですわ。実は……」

 霧子の言葉に笑顔のまま頷きながら一歩を踏み出した会長は、そこでようやく霧子と自分の間にいる人物―――つまりは俺に気付いたように、僅かに眉を揺らした。

 正直、霧子の前に俺が立っているわけだから、俺の方に先に気づくはずなのだが、この人のことだから、あるいは本当に俺のことは眼中に入らなかったのかもしれない。……まあ、恐らくは殊更無視してくれたんだろうけれど。


「あら、神崎さん」

 俺を見る目に、一瞬滲んだ何かの感情。しかし、それは一瞬で消える。彼女は瞬く間に、よそ行きの笑顔を造り上げると、穏やかな口調で俺にも微笑みを投げ掛けてくれた。


「あなたもいらしていたのですね」

「ええ」

 最初からあんたの目の前にな。とは流石に口に出せずに、俺もまた笑顔を顔に貼り付けて会釈を返す。


「ようこそ生徒会へ」

「お久しぶりです」

「そうですね。二ヶ月ぶりかしら。ふふ、このタイミングで来られるなんて、縁とは重なる物なのですね」

 会長は意味ありげに微笑むと、その視線をソファーに座るもう一人の人物に向け、つられて俺と霧子の視線もその人物に注がれた。

 会長が腰掛けていたソファー向かい側。高級そうなソファーに腰掛けたまま、俺と霧子にパタパタと呑気に手を振っているその人物は―――。


「やっほー。兄さん」

「やっほーって。お前」

 そう、他でもない。俺の妹、神崎綾だった。


 『なんで、こんな所に?』。

 俺がその言葉を形にするより前に、会長さんは零れる笑いを隠すように、指先を口元にあてた。


「私がお招きしましたの。ふふ、やっぱり妹さんが心配でいらしたのかしら? 神崎さんは優しいお兄さんなのですね」

 どうやら綾と俺が兄妹であることは知っているらしく、小さく笑いながら会長さんは、軽く揶揄する言葉を口にする。上品な笑いに、他愛ない冗談。嫌みを感じさせないその雰囲気の中に、それでも僅かに苦い感情を感じるのは、俺が過敏になっているだけだろうか。

 一方、俺と会長の間に漂う微妙な雰囲気には気づいていない様子の綾は、呑気に俺の顔を見上げて、こくりと小首を傾げていた。


「兄さんは、どうしてここに? 生徒会に入ってたっけ?」

「入ってないよ」

「じゃあ、入会希望?」

「いや、そういう訳でもない」

 悪い冗談は止めて欲しい。生徒会に入るのには、少なくとも現役員の推薦が必要なのだ。生徒会の主である会長およびその取り巻きの方々にきっちり嫌われている俺に、そんな推薦など得られるはずもない。


「ふふ、神崎さんたちは面白い人材ですから、生徒会に入っていただければ嬉しいのですけれど……残念ながら神崎さんは生徒会がお嫌いのようですから」

 私の人徳が足りないのでしょうね、と呟く会長の表情が、笑顔の形のまま僅かに陰る。実際は心にもない台詞を言っているはずなのに、本気で哀しげに見える辺り、つくづく恐ろしい人だと思う。何も知らない人なら、まるで俺が会長を一方的に嫌っているように思ってしまうだろう。


「……兄さん。生徒なのに生徒会を嫌うなんて駄目だよ?」

 ほら、ここにころっとだまされている奴がいるし。会長さんには哀れみの視線を、そして自分の兄には非難の視線を向けてくる妹に軽い頭痛を覚えながら、俺は綾に問いを向けた。


「……それよりお前は、どうしてここに居るんだ。お前こそ生徒会に入ったのか?」

「ううん、まだだよ。今日のお昼に、一度見学に来ないかって誘って頂いたの。会長さん直々に」

 それが嬉しかったのか、口元をほころばせる綾を見ながら、俺は「なるほど」と納得して頷いた。こう言うと自慢以外の何者でもないけれど、ウチの妹は高等部の一年ではトップを誇る才女である。エリート集団である生徒会がスカウトに走ることには何の不思議もなかったし……会長さんの「悪い癖」を刺激するには、格好の逸材だろう。

 いい知れない嫌な予感に、目眩を覚える俺を横目に、会長さんは、霧子と俺にソファーを勧めた。


「どうぞ、お二人ともおかけになってください。今、人が出払っているので大したおもてなしも出来ませんけれど」

「……失礼します」

「失礼します」

 進められるまま俺と霧子は綾の対面のソファーに腰を下ろし、そして会長さんは会長机の前、一番上座のソファーに腰掛けた。


「では、ご用件を伺いましょう……と、その前に神崎さんがお二人おられますから、妹さんの方は綾さん、とお呼びしても構いませんか?」

「あ、はい」

「お兄さんの方は神崎さん、でよろしいですね? それともお名前でお呼びした方がいいかしら」

「神崎、で結構です」

 正直、会長に名前で呼ばれるなんて事態は、いろんな意味で想像だにできないし、居心地が悪すぎる。その思いに、即答してしまった俺に、軽く苦笑しながら会長さんは頷いた。


「それでは、お兄さんの方は神崎さんとお呼びしますね。お名前で呼べなくて少し残念ですけれど。では、改めてそちらのご用件を伺ってもよろしいかしら」

「あ、はい」

 会長に促されて、俺は霧子に目を向ける。彼女の手元には、合宿の申請書が入った書類。本当はソファーに腰掛けるまでもなく、これを手渡ししてお終いだったはずなのだが―――、綾の存在にすっかり調子が狂ってしまった。

 ともあれ、目的をさっさと果たそうと、俺は霧子から書類を受け取って、それを会長に差し出した。


「ええとですね、部活の合宿の申請書を―――」

「却下です」

「……はい?」

「お話はお終いですね。では、お引き取り下さい。出来れば、神崎さんだけで」

 さっさとお前は失せろ、と満面の笑顔のまま言外に告げてくる会長。


「え?」

「へ?」

「はい。わかりました―――って、そんな理不尽な対応で、引き取れるわけないでしょうが!」

 あっけにとられる綾と霧子を尻目に、思わず素でのり突っ込み突っ込んでしまったが、会長さんに対しては今更だ。対する彼女は声を荒げた俺に悪びれることもなく、相変わらず余裕ありげな笑みを絶やさない。


「冗談です。相変わらず愉快な反応をなさいますね。神崎さんは」

 俺達の反応が愉しかったのか、口元を隠しながら会長さん僅かに肩を揺らす。


「そういう冗談は止めてください」

「ふふ、ごめんなさい。でも、どうして神崎さんが美術部の書類を? 入部されたのですか?」

「いえ、ただ単に霧子の付き添いですよ」

「まあ、それは仲睦まじくて結構ですね」

 微笑みは絶やさぬまま、しかし、俺を見る会長さんの目が意味ありげに僅かに細められた。


「てっきり、神崎さんの方は綾さんの勧誘を妨害しにこられたのかと思いました。違いましたのね」

「違います。そんな理由はないでしょう。大体、綾が今日ここに来ていることだって知らなかったんですよ、俺は」

「そうですわね。ふふ」

 俺の台詞に、素直に頷く会長さんだが、その笑顔に僅かな皮肉を感じるのは、龍也絡みの一件があるからだろうか。

 ……何とはなしに胃が痛い。あまりこういう関係を持続させたくないので、一応、誤解を解いておこうと俺は軽く首を振った。


「あのですね、会長。俺だって本人が嫌がっていないのなら、止めたりしませんよ」

「そうかしら」

「そうです」

「でも、速水さんも、桐島さんも嫌がってはおられませんでした。そうでしょう? 桐島さん?」

「え?」

 と、会長さんに言葉の矛先を向けられた、霧子は一瞬、俺の顔を見てから、躊躇いがちに答えを口にする。


「えーと……少しは困ってました」

「ほら、ご覧なさい」

「いや、だから「困ってた」って言ってるじゃないですか!」

 きっちりと嫌がってるだろうが。だが、そんな俺の突っ込みを柳に風と受け流し、会長さんはまた被害者の表情で哀しげな呟きを零す。


「神崎さんは……速水さんや桐島さんには過保護なのに、どうして私には意地悪なんでしょう……」

「だから、聞けよ、じゃなくて聞いてくださいよ。人の話」

「兄さん……意地悪してるんだ……」

「頼むから、お前は兄を少しは信用しろ」

「良いんです、綾さん。全て私が至らない所為なんですから……」

「そんな、会長さん」

「お前らな」

 いい加減、突っ込みから敬語が消えつつある俺だった。それに気付いたのか、傍らの霧子が少し慌てた様子で俺の代わりにソファーから身を乗り出した。


「あの、会長……とりあえず合宿願いの提出自体は問題ないんですよね?」

「はい、勿論です」

 霧子の声にけろりと表情を戻すと、会長は俺の手から書類を受け取り、軽く内容に目を通す。

 ……本当に、この人は。


「……確かに。特に不備は無いようですね。内容に問題がないようでしたら、明日にでも許可の連絡を部の方に回します。問題があれば、別途連絡を取らして頂きますが、構いませんね?」

「はい。部長か、私のどちらかに連絡いただければ対応します」

「わかりました。ご用件はこれだけですか?」

「はい」

「では、私の方から少しよろしいかしら」

 俺達……正確には霧子に席を暇を与えぬ、とばかりに会長さんは間髪入れずに次の話題を持ち出してきた。駄目、とは言わせぬ雰囲気で微笑む会長さんに、霧子がちらりと横目で俺を見る。

 ……今更、逃げられないか。

 そう判断して霧子に頷き返すと、彼女のまた会長さんに頷きを返した。その霧子の反応に、何故かやや不満そうに眉をしかめた会長さんだったが、それをすぐに消し去って、持ち前の笑顔で霧子に言葉を切り出した。


「桐島さん」

「はい」

「今、綾さんにもお願いしていたのですけれど、あなたも生徒会に参加してくださいませんか? 新学年が始まってもう一月でしょう? そろそろ生徒会にもあたらしい人材が欲しいと思っていましたの。これから人手が足りなくなりそうですし、貴方のような方に手助けして頂ければ、とても助かるのですけれど」

 再び、にこりと微笑みをかける会長。透き通るような微笑みに、しかし、言いしれない重圧を感じるのか、霧子は言葉を濁して狼狽える。


「え、あの……でも、何度もお断りしてますし……」

「気にする必要はありません。誰でもその時々の都合という物がありますものね。過去の拒絶が、今を閉ざすなんてことはありませんわ」

「いえ、ですから、今も」

「正式に、でなくとも構いません。時間が空いたときにお手伝いして頂く形でいいのです」

「は、はあ……」

 完全に会話の主導権を握って、会長さんは霧子に言葉をたたき込んでいく。その様子を流石に見て見ぬふりは出来なくて、俺は二人の会話に割って入ることにした。


「あの、会長」

「………………なんでしょう? 神崎さん?」

 爽やかな微笑みの中に「余計な口出しをするな」と殺気を込めて睨まないで欲しい。本当に、怖いから。

 しかし、この種の圧力は、去年さんざん浴びせられたので、多少の免疫は付いている。だから、俺は口をつぐむことなく彼女に尋ねた。


「人手不足って……そうなんですか?」

 確かに部屋を見回しても、会長さん以外の生徒会役員の姿は見えないが、副会長、書記、会計がそれぞれ二人はいたはずだった。この部屋の奥、会長机の隣には会議室兼作業室へと続くドアが見えているので、あるいはそこに皆さん控えているのかもしれない。


「部活動を掛け持ちしているメンバーも多いですから。完全に生徒会活動に専念できるメンバーは私を含めて三人しかいないのです。ですから、桐島さんが美術部と掛け持ちしていただいても一向に問題はないのです」

 俺の質問に答えながら、しかし、会長の視線は霧子に注がれ続けていた。


「今は年度始めの行事が終わって小康状態ですけれど、だからこそ今のウチに新しいメンバーを勧誘しておかないといけないのです。後々、人手が足らなくなることは明白ですから」

 だから、綾と霧子と勧誘している―――という訳か。それは理由としては別段おかしなものではないだろう。下級生女子を中心に人望のある霧子に、成績優秀な綾。会長職として、彼女が二人を勧誘する至極全うに思える。

 そういう事なら変に俺が反対する理由はない……はずなんだけど。それはあくまで本人が望むなら、という条件の下であり、かつ会長の悪癖を俺が知らない場合の話だ。例えばこんな風に―――


「桐島さんの人望の厚さは、よく知っていますから。あなたなら生徒会に入ることに異論は出ないでしょうし、私が出させません。安心してくださいね?」

「えーと、あの、ですから」

 ……こんな風に霧子が嫌がっていたり、躊躇っているのなら友人として勧誘を断る手伝いぐらいはしてやらないといけない。それに―――本音を言うのなら、会長さんのそばに霧子や龍也、加えて言うのなら綾を置いておくのは、俺の精神衛生上もあまりよろしく無いのだ。


「会長」

 だから俺はやや語気を強めて、今度こそ彼女の勧誘を断ち切るつもりで口を挟んだ。


「ですから、嫌がっている人の勧誘は止めてください」

「私は神崎さんにではなくて、桐島さんにお伺いを立てているのですけれど」

「口を挟むな、ですか? でも、友人が困っているのなら、助け船を出すのは当たり前でしょう」

「あら、心外です。桐島さんを困らせているつもりはありませんわ」

「会長にそのつもりがなくても、現に霧子は困っています」

「どうして、断言できるのかしら?」

「見れば分かります。友人ですから」

「ふふ。相変わらず、友人思いなんですね神崎さんは。でも、時として「差し出がましい」という結果にもなりかねませんよ?」

「ご忠告痛み入ります。「押しつけがましい」人間にならないように、注意したいと思いますよ」

「ふふ、そうですね」

「はは、そうですね」

「ふふ」

「はは」

 互いに敬意の欠片もない声で笑い合う内、会長さんの上品な笑顔の下から、そろそろ怒気めいた感情がのぞき始めた気がした。


 ……ちょっと言い方がまずかったかもしれない。


 怒りの感情を覗かせ始めた会長を前に、少なくとも下級生として上級生に対する態度ではなかったかなあ、なんて軽い後悔が頭を巡るが、同時に今更引けるか、という思いも湧いて来る。

 まあ、どのみち、嫌われているのなら変に遠慮する必要はないわけで―――。


「……あ、あの」

 やや自棄めいた感情に押されて俺が更に剣呑な台詞を投げかけようとした瞬間、躊躇いがちな綾の声が、二人の諍いに割り込んだ。


「綾」

「綾さん?」

「あの、会長さんは……」

 俺と会長さんの顔を交互に見比べながら、綾はおそるおそる、と言った様子で口を開き、言った。


「会長さんは……、ひょっとして、兄のことがお嫌い、なんですか?」

「はい」

「おい」

 ……即答したよ、この人は。さっきまでは俺が一方的に嫌ってるかのような雰囲気を演出してた癖に。


「そ、そうなんですか」

「ふふ、冗談です」

 あまりの即答ぶりに思わず硬直する綾に、一瞬の間をおいてから、会長さんは柔らかに微笑みかけた。


「神崎さんのリアクションが楽しいのでついついいじめてしまいたくなるだけですわ」

 嘘をつけ、嘘を。少なくとも今のは反応を楽しむような会話じゃなかっただろう。怒ってたくせに。

 と、俺が散々内心で突っ込みを淹れる傍ら、


「ああ、それは分かります」

「分かる分かる」

「分かるな。お前ら」

 何故か俺の内心とは裏腹に、会長さんの言葉にうんうん、と同意を返す馬鹿が二人いた。

 ……何を考えてるんだろうか、こいつらは。特に霧子。誰のために会長さんと言い合っているか忘れてないか、お前?


「だって、兄さんいじると楽しいから」

「だって、良で遊ぶのは楽しいから」

「ハモるな。そして、黙れ」

「やっぱり仲がいいのですね、あなた達は」

 頷く二人に僅かに表情を緩めていた会長さんは、微かな溜息を零すと哀しげな視線を俺に向けた。


「霧子さんや綾さんとはそんなに仲良しなのに。どうして、神崎さんは私が同じようにお二人と仲良くしようとする邪魔をなさるのですか?」

「……いや、そういう訳ではなくてですね」

 会長の責めるような視線に、少し気圧されながら、それでも俺は首を横に振る。


 気に入った人間を多少強引にでも自分の側に置こうとする、彼女のやり方。それが気に入らないから龍也や霧子への勧誘を邪魔している―――という訳では、実は、ない。

 それだけなら、きっと俺はここまで彼女を否定しないと思う。好きな人、仲のいい人に側にいて欲しいと思うのは誰しもが持つ感情だと思うし、魔法使いならその欲求はひときわ大きいと分かっているからだ。ただ、俺が彼女に対して抵抗を覚えるのは、彼女の「悪癖」。つまり―――


「前にも言ったじゃないですか。会長さん、こいつらが生徒会に入ったら独占しちゃうつもりでしょう?」

「……」

 俺の指摘に、無言で応じる会長さん。それはつまりは、肯定の意思表示だ。

 そう。彼女の悪癖とは、気に入った相手の魔力交換相手を「自分に限定」させようとする行為だった。嫌がっている人間を、誠意をもって生徒会に勧誘する、までならある意味美談として通る。が、そこに入った相手に「自分だけを見ろ」と強要するのは、魔法使いとしてはやってはいけないハズの行為なのだ。


 去年のこともふまえて、諭すような口調で告げる俺を、しばらくじっと見つめ返していた会長さんだったが、数瞬の沈黙の後、何故か拗ねたような口調で「ズルイです」と呟くように、そう言った。


「……はい?」

「ですから、神崎さんの方こそ、ズルイですわ」

「………………なんで、そうなるんでしょうか」

 なんだ、その言いがかりは。謂われのない非難に俺が顔をしかめると、会長ははっきりと不満の感情にその眉根を寄せた。


「だってそうじゃないですか。龍也さんに霧子さんに、綾さん。神崎さんこそ、この方々を独占したいから生徒会入りに反対しているのではないですか?」

「独占?!」

「ええ。しているでしょう?」

「言いがかりです。別に独占してません」

 独占しているなら「速水会」なんておかしな組織を作ったりしないだろうに。しかし、感情のスイッチが入ってしまった会長さんにそんな抗議の言葉は届かなかった。さながら駄々っ子のように、彼女はただ俺の言葉を否定する。


「いーえ。してます」

「だから、してません」

「してます」

「してません」

「しーてーまーす」

「しーてーまーせーん」


「……子供だ」

「……子供がいますね」

 

「う」

「あ」

 不意に横合いから呆れたような口調で突っ込みを受けて、俺と会長さんは同時に言葉を止めた。声の先に視線を向ければ、そこには霧子の呆れた表情と、綾の驚きの表情があって、俺と会長さんは目を見合わせて、そして同時に顔を赤くした。……うう、何をしてるんだ、俺たちは。


「……こほん。今日の所は止めにしましょうか」

「そ、そうですね」

 咳払い一つで何事もなかったかのように口調を元に戻した会長さんに、慌てて同意しながら、俺は席を立った。……まあ、まだ顔が熱いのはお互い見て見ぬふりをしよう。


「今日は口論に来られた訳じゃないのでしょうし、新しいメンバーのお兄さんと友人でおられる方をあまり虐めるものではありませんものね」

「……そうですね」

 確かに俺も綾や霧この前で喧嘩なんかしたくない。だから、先に折れてくれた会長さんに軽い感謝の気持ちを込めて、頭を下げた。まあ、すでに二人が生徒会に入ることを確定事項にしている辺りは、流しておくべきだろう。蒸し返すとまた子供じみた言い争いを演じかねないし。


「あの、会長」

「はい」

「言い過ぎた部分は謝ります。先輩に対して、その……」

「気になさらないでください。お互い様ですし……私と神崎さんの仲ですもの。それに私は神崎さんのそう言うところ、嫌いじゃありませんから」

 それは喧嘩し合う仲と言いたいのだろうか。なんだか微妙に宣戦布告された気持ちだった。


「綾さん?」

「はい」

「ごめんなさいね。変なところを見せてしまって」

「あ、いえ。その……ウチの兄は、融通の利かないところがありますから……その悪気はないんです、本当に済みません」

 会長さんの謝罪に、ウチの妹は、ぺくり、と深々と頭を下げる。

 どうやらこいつの頭の中では本気で「会長=いい人。俺=悪い人」の図式が出来当たっているのかもしれない。……あとで、矯正しておこう。拳で。


 そう俺が内心で決意を固めているのを横目に、会長は更に綾に言葉をかけていた。


「あなたにも是非、生徒会に入って欲しいと思っています。でも、返事はいつでも構いませんから、一度、検討してくれませんか?」

「は、はい」


 優しい声と言葉に、緊張を伴った声で応える綾に、会長さんは、くすり、と笑って悪戯っぽく微笑んだ。


「できれば、お兄さんとよく相談してお決めになってくださいね」、と。俺の方を挑発するように眺めながら。



4.


「あははは、「しーてーまーす」、か。ああ言う会長さんみたの久しぶり。やー、良い物見れたよねー」

「……お前、聞かれたら殺されるぞ?」

 生徒会室を辞した後、俺と綾と並んで歩きながら、霧子は開放感に満ちあふれた表情で楽しげに笑った。その霧子の台詞に、傍らの綾もコクコクと首を振りながらやや興奮気味に同意していた。


「でも、本当に意外ですよね。本当に「清楚なお嬢様」っていう印象しかなかったから……あんな口喧嘩するなんてイメージと違いすぎです」

「そうよねー。私だって、そうそう見ないもん。そう言えば前にみたときも喧嘩の相手は良だったよね?」

「そうなの?」

「嫌なことを思い出させるな」

「いいじゃない。みんなの知らない会長さんを知っているって。優越感に浸れない?」

「浸れるか!」

 確かにまあ、あの会長がそうそう他人にあんな態度を取るわけがないので、綾がギャップに戸惑うのも無理はないのだろうし、貴重な体験と言えば貴重な体験なんだろう。しかし、まあ、だからといってこちらは喧嘩の相手にされているわけで、優越感なんてを感じるわけがない。


「あー。やっぱり、良がついてきてくれて良かったわ。ありがとうね。助かったわ、本当」

「そうか? 正直、俺がいなかった方が、話がスムーズに進んだ気がしてならないんだけどな」

「だって、良を連れて行くと矛先がそっちに向くから。私にはあまり被害が及ばなかったでしょ?」

「……あのな」

 霧子の台詞に、俺は会長さんとのやりとりを思い起こして、軽い自己嫌悪に思わず頭を押さえた。

 今日は、会長さんと揉めるつもりはなかったのに、どうて口論になってしまうのか。今日のことが霧子や龍也におかしな影響を与えなければいいんだけど。


「あーほら、沈まないの。本当に感謝してるんだから、ね。私一人だったら、会長さんに押し切られてたかもしれないし」

 陰鬱な感情が顔に出ていたのか、霧子はぽんぽんと俺の肩を叩きながら、努めて明るい笑顔で笑いかけた。


「まあ、それならいいけどさ……でも、本当にお前、会長さんに弱いのな」

「うう」

 俺の指摘に、霧子は陰鬱にため息をついてうなだれる。普段、快活なこいつが、あそこまで人にのまれてしまうのは正直珍しい。そう告げると、霧子はこれまた憂鬱そうにため息をついてうなだれた。


「自分でもよく分からないんだけどさ……、あの人の雰囲気に飲まれるというか、圧倒されるというか、蛇ににらまれた蛙状態になるというか……よく分からないけれど、苦手なのよ」

「まあ……相性って言うのはあるからなあ」

 どうやら心底、会長さんが苦手なような霧子に憐れみの視線を向けていると、綾が「私も」と手を挙げた。


「え?」

「だから、私も何となく分かります。霧子さんの言う雰囲気って言う奴」

「お前も?」

「うん……ほら、お昼に誘われたって言ったとき、なんだか断れなくて。勿論、嬉しかったんだけど」

「ふーん……?」

 一説によると紅坂の家系は、人を惹き付ける妖精の末裔、なんていう噂もあるくらいだ。なんとなく逆らいがたいものを感じることもうなずける。……噂はあながち、ほら話でもなかったりするのだろうか。


「なんで、良は平気なのよ」

「別に平気じゃないぞ。言っただろ、苦手だって」

「その割には対等に口論してたよね、兄さん」

「そうそう、会長さんにあそこまで言える人間って中々居ないんじゃない? 実は、良と会長さんは相性がよかったりして」

「なんでそうなる」


「そうですね。それに意外と仲良さそうにみえました」

「だから、なんでそうなる。一方的に俺が絡まれてただけだろ?」

 あそこに愛情を感じられるほど、被虐体質を備えていないぞ、俺は。

 心外すぎる指摘を、憮然と否定する俺だったが、霧子と綾は何故かその仮定に思うところがあるらしく、更に言葉を続けてきた。


「だってさ、会長さんも言ってたけど、会長さんが勧誘したのって全員、良の魔力交換相手じゃない。龍也に、綾ちゃんに私でしょ? ほら、趣味趣向も似ているんじゃない?」

「そんなのたまたまだろ?」

「そうかなー」

「そういうのって、あまりないと思うよ? 兄さん」

「そうか? 大体、それ以前にお前ら、自分が高等部でも目立つ存在だって自覚してるのか?」


「う」

「それはそうですけど」

 お互いに自身が有名人という自覚はあるのか、俺の指摘に軽く首を縦に振った。しかし、まだ微妙に納得していないのか、霧子は俺の顔を覗き込んで空恐ろしい台詞を放つのだった。


「でも、やっぱり良と会長さんは好みがあうんじゃないかな。良って、意外と会長さんと魔力交換できるかもよ?」

「え?!」

 霧子の台詞に、綾が驚きの声をあげて、慌てて俺の顔を振り仰ぐ。

 いや、なんだってこいつがこんなに驚いているのかは定かではないが、「それはない」と霧子に言いながら俺は綾の頭に軽く手を置いた。


「考えたこともなかった提案をありがとう。即座に却下させていただこう」

「なんでよ」

「交換するたびにストレス過多で死にそうだから」

「あはは、そうかもね」

 そう笑って軽く流した所をみると、本人もそんな深い意味で言った台詞ではなかったのだろう。


 だから、俺もそんな物騒な提案は、すぐに頭の隅に追いやってしまおうとして―――でも、少しだけ考えた。

 もし。万が一。

 彼女と俺の関係が改善されれば……少なくとも魔力交換相手を誰かに限定させる、なんていう悪癖を止めるように説得できるような仲にまで近づければ、あるいは去年からの確執とかも無くなって、もっと気楽な環境が出来るのかもしれないって。


「……良?」

「兄さん? 何を呆けてるんですか?」

「あ、悪い。なんでもないよ」

 二人の声に我に返って俺はそんな思考を、ひとまず頭の隅にしまい込み、そして、少し距離の開いてしまった二人に追いつくべく、歩く速度を少しは止めた。



  『せっかくこんな場所(魔法院)にいるんだ。いろんな人と触れ混じることはマイナスにはならないよ。

   魔力の質を高める意味でも、勿論、それ以外の意味でもな』



 昼に聞いたレンさんの台詞。

 それが、何となく押し込めた考えに被さるように、頭の何処かで響いていることに気付かずに。


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