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第二十七話 繋がる二人(その2)

/2.魔力交換(神崎良)



「……」

「……」

 会長さんは右手を差し出して、そのまま無言で俺の方を見つめている。俺はと言えば、そこから彼女が何をするのか分からずに、ただ無言で次の行動を見守った。



「……」

「……」

 そして、お互いに無言のまま見つめ合うことしばし。先に口を開いたのは会長さんだった。



「ねえ、神崎さん?」

「はい」

「あなた、何をしてるのかしら」

「いや、何って、会長さんの「大サービス」を待っているんですけど……会長さんこそ、何を?」

 差し出された右手と会長さんの顔を交互に見ながら俺が首を傾げると、会長さんがもの凄く爽やかな笑みを浮かべたまま、硬直する。



「……会長?」

「あなたね!」

 そして、硬直から一転、会長さんは思いっきり引きつった表情で俺に向かって詰め寄った。



「魔法使いが魔法使いに手を差し出したんだったら、意味するところは一つでしょう?!」

「え? あの、ひょっとして、魔力交換、ですか?」

「そうよ。当たり前でしょう? 他にないでしょう?」

「いや、その言われてみればその通りなんですけど」

 確かに魔法使い同士が魔力を交換するときには握手の形になるのが普通だけど。

 しかししかし、龍也のような例外はあるにしても、ごく親しい間柄でおこなわれるのが普通だ。龍也の場合にしても、速水会にメンバー達は並々ならぬ感情を抱いているわけで、親しい、という表現をしてもいいとも言える。更に会長さんは、魔力交換の相手に他の人間との交換を禁止する、なんて言うほど、人一倍、魔力交換にこだわりを持っている人なわけで。だから、会長さんから俺との魔力交換の提案があるなんて意外すぎて、想像すらできなかった。



「あ、いや、でも、俺。魔力の量は大丈夫ですよ?」

 お昼にも言ったけれど、朝にレンさんとしたばかりだから魔力量は問題ない。そう答えると会長さんは呆れたように溜息をついた。



「魔力の量を問題をしているんじゃないわよ。言ったでしょう、感覚を教えるためだって」

「あ、そうか」

 会長さんの提案に驚きすぎて、そんな直前のことすら頭から飛んでしまっていたらしい。でも、会長さんと魔力交換するなんて、本当にそのぐらい驚いても仕方ないことだって思う。特に、去年の出来事を思えば、なおさらだ。



「ほら、早くしなさい」

「でも、本当にいいんですか?」

 会長さんが魔力交換をある意味で特別に思っていることを知っている。だから、その申し出を受けることに躊躇いを覚えてしまう。そんな俺の態度に、会長さんはにっこりと、しかし、どこか引きつった笑みを浮かべて口を開いた。



「……ねえ、神崎さん」

「はい?」

「私、今まで異性に魔力交換を申し出て、断られたことはないのよ」

「そ、そうですか」

「ええ。去年、速水さんでも貴方が邪魔しなければ、受けてくれたしね」

「そう言えば、そうでしたね」

 確かに最初は、龍也も会長さんと魔力交換をしたんだった。そのうち、魔力に変調を来すようになったから、俺や霧子で止めさせたんだけども。



「言っておきますけど、私があなたに魔力交換の機会を上げるなんて、これから先のもう二度と無いかもしれないのよ?」

「お、大げさな」

「大げさじゃないわ」

 短く、でもはっきりと告げて、会長さんは俺の目を見つめた。強い意志を灯した碧眼。そこに込められた覚悟のような感情に気付いて、俺は自分の中の躊躇いを押しのける。



「わかりました。お願いします」

「最初からそう言えばいいのよ」

 ようやく頷いた俺に、会長さんは呆れたように、そして多分、ほんの少しだけ安堵したように言葉を返して、再び、その右手を折れに向かって差し出してくれた。



「じゃあ、失礼します」

「……ええ」

 そして、俺は小さく息をすってから、会長さんのその手を取った。思ったよりもずっと小さな掌の感触に、抑えきれない緊張が体の中を駆け巡る。

 果たして、上手くできるだろうか。考えてはいけないと思っていながら、拭いきれないそんな不安が脳裏を掠めてしまう。

 今まで、何度も、何人も、手を繋いで、魔力を交わそうとしてきたけれど、そのほとんどは上手くいかなかったから。レンさん、綾、霧子、龍也、佐奈ちゃん。俺がまともに魔力を交換できるのは、現在、その五人だけ。果たして俺は、ちゃんと会長さんの中の魔力に触れることができるだろうか。

 際限なくわき上がる不安。でも、それを押し殺して俺は掌に意識を集中させる。



「……いきます」

「ええ。いつでもいいわよ」

 互いに頷きあった後、俺は目を閉じて、意識を集中させる。

 霧子の時と、龍也の時と、佐奈ちゃんの時と同じように。きちんと自分の中の魔力の流れを、会長さんの中の魔力の流れへと繋げられるに、懸命に意識を巡らせる。



「ん……」

「……っ」

 掌に感じる仄かな熱。それは俺と会長さんの魔力がその場所に集まっている証拠だった。でも、その熱はそこにわだかまったままで、動かない。お互いの魔力がお互いの中へと流れ込んでいく魔力の流れが……感じられない。



「……ふむ。上手くいかないわね」

 やがて、呻くように呟いて、会長さんがそっと手を離す。瞬間、掌に籠もった熱は霧散して、俺に何度目かの失敗を告げていた。



「済みません。俺、魔力交換、苦手で」

「ええ、知っています。でも、これは神崎さんの所為だけじゃないみたいね。相性の問題もあるみたい」

 そう言いながら会長さんは顎に手を当てて、考え込むように視線を伏せた。平然としたその様子は、少なくとも俺との魔力交換は無理だ、と思っているわけではないらしい。



「少なくとも、掌じゃないのよね。神崎さん、あなた、誰とでも掌で交換してる?」

「あ、いえ。家族とはちょっと違います」

「そう。それって、昔から?」

「ええ」

「なるほど」

 何が「なるほど」なのかは分からないけれど、少なくとも会長さんは何か思い当たることがあったようだった。彼女は納得したように頷いてから、じっと自身の掌をのぞき込む。そして、今度は俺に向かって確認するように尋ねてきた。



「胸、額。もしくは首筋って所ね」

「え?」

「だから、神崎さんが綾さんと魔力交換するときに使っている場所よ。そうね……うん、ずばり首筋なんじゃない?」

「な、なんでわかるんですか?!」

 綾との魔力交換をする場所を言い当てられてて、俺は思わず悲鳴のような声をあげてしまった。流石に家族とは抱き合うようにして魔力を交換しているなんていうのは、気恥ずかしくて霧子と龍也にさえ言ったことはないのに。そんな驚きに狼狽える俺を見て、会長さんは愉しげに口元をほころばせた。



「なるほど首筋なんだ。ふふ、流石はシスコンの誉れ高い神崎さんね」

「し、シスコンは関係ないでしょう!?」

「ふーん、シスコンなのは否定はしないんだ」

「う、いや、勿論、シスコンではありませんよ?!」

「へー。ふーん」

「……と、ともかく!」

 ニヤニヤと俺の反応を見ている会長さんに、顔が熱くなるのを感じつつ俺は無理矢理に話題を変える。



「どうしてそんなこと分かるんですか? もしかして、綾から聞いてたんですか?」

「聞いてないわよ。さっき魔力の交換はできなかったけど、神崎さんの中の魔力には少し触れられたから。掌、額、首筋、胸の中央。その辺りが神崎さんの体の中で魔力の流れが強い場所に感じたのよ」

「あれだけで、そんな事までわかるんですか?」

「大体はね」

 俺の驚きをさらりと受け流して、会長さんは再び顎先に手を当てた。



「うん。じゃあ、神崎さんの場所はその中から選ぶとして、問題は私の方ね。神崎さんは、さっきの行為で私の中にある魔力の強い場所、何か感じ取った?」

「いえ、全然」

「本当に?」

「本当です」

「全然? 全く?」

「全然、全くです」

「……そう」

 我ながら情けないのだけど、ここで嘘をついても仕方がない。だから正直に答えたのだけど、その返答に、少しだけ会長さんの顔に焦りのような感情が浮かんだような気がした。だけど、それは一瞬の事で、会長さんは直ぐにいつもの自信に溢れた表情を取り戻して頷いた。



「じゃあ、もう一度、試してみましょう」

 そういって、会長さんは俺の首筋へと手を当てる。



「うっ」

「こら、動かないの」

「は、はい」

 いきなり首筋に触れられた感触に身じろぎしてしまったけれど、会長さんに窘められて、俺はなんとか姿勢を保った。



「もう一度、この状態で魔力交換をするわ。神崎さんは魔力を流そうって考えなくて良い。ただ、私の中にある魔力を感じ取るようにしてみて」

「はい」

「良い返事ね。じゃあ、始めるわよ」

 正直なところ自信なんて無い。だけど、やるしかないんだ。その思いと会長さんの言葉に背中を押されるように、俺は再び目を閉じて首に触れた会長さんの掌に意識を集中させる。

 さっき、会長さんは俺の中の魔力を感じ取ったと言った。なら、少なくとも会長さんの方から俺の中に魔力を流せる可能性は零じゃないはず。だから、あとは俺さえしっかりすれば―――。



「こら」

「うわっ?!」

 しかし、そんな俺の集中は会長さんの声であっさりと途切れる。いや、それは無理はないって思う。なにせ、声と同時に会長さんがいきなり俺の顔を両手で挟むなんていう予想もしなかった行動に出たのだから。



「か、会長?!」

「それじゃ駄目。ちゃんと、こっちを見なさい」

 目を開ければ目の前に会長さんの顔。その近さに驚きて思わず身を離そうとする俺を、しかし、会長さんは逃がさない。がっしりと俺の顔を掴んだまま、そして真剣な声で告げる。



「私を見て、ちゃんと私に意識を向けなさい」

「いや、向けてます」

「向けてない」

 言い訳めいた俺の声を、有無を言わさずに切り捨てて、会長さんは俺の顔を挟む両手に力を込める。



「神崎さん」

「は、はい」

「あなたなら、出来るはずなの」

 じっと俺の目を見つめたまま、その碧い瞳に意志の光をみなぎらせて会長さんは言う。



「だから、ちゃんと私を見なさい」

 それは、いつものように、真っ直ぐに我を通そうとする会長さんの声。とても高圧的で、逆らうことを許さない、一方的な声なのに。でも……どうしてだろうか。



「目を逸らさないで、ちゃんと私に意識を向けて」

 凜と響くその声の芯が、ほんの少しだけ、震えているように感じられたのは。



「……会長」

 ―――お願い。そんな言葉が頭の中に、浮かぶ。

 お願い。会長さんが口にした訳じゃない。だけど、会長さんの目が、そう言っているように思えて。だから、会長さんきっと何かに必死なんだって、このとき、ようやく俺は気付くことができた。

 

「私を、ちゃんと見つけなさい」

 強気な響きなその声に、それでも、祈るような響きが混じっている。俺の顔に触れた手に、ほんの少しだけ、おびえるような震えが混じっている。それは、気のせいなのかも知れない。そんな態度、そんな反応、あまりにも「会長さんらしく」ないから。でも……それは、本当に彼女らしくないのだろうか。そもそも、俺は……会長さんの「らしさ」を語れるほどに、彼女のことを知っているのだろうか。



 遊園地での不始末のお詫びだと言って、俺に魔法を教えてくれるようになった会長さん。でも、本当に理由はそうなんだろうか。

 挑発されて後に引けないからと言って、俺と魔力交換をしようとしてくれる会長さん。でも、本当に理由はそうなんだろうか。

 俺にはきっと特別な力があるはずだって、そんな事を何度も言ってくれた会長さん。でも、その理由はどこにあるんだろうか。



 いつからか、俺の方に歩み寄って手を伸ばしてくれているこの人に、俺は果たして答えようとしていたのだろうか。



「神崎さん」

「はい」

「大丈夫。あなたなら、できるから」

「……はい」

 だから俺は深く息を吸ってから、彼女の言葉に頷いて。会長さんの碧く輝く瞳を真っ直ぐに見つめた。

 逃げないように。ただ真っ直ぐに、相手を見つめて、意識を相手に向ける。試験とか、喧嘩とか、面子とか、失敗とか。そういうことはどうでもよくて、ただ真っ直ぐに手を伸ばしてくれるこの人の心を、受け止めたいと心から願った。何度も会長さんに言われているように。もう、躊躇いを、抱かないようにってそう決める。

 俺と会長さんを繋ぐ。その場所はどこだろう。彼女の目を見つめて、そして、俺の頬に触れてくれている彼女の手に、俺もまた手を重ねた。



「……あ」

 俺の掌が触れて、会長さんが小さな声をあげる。それでも彼女は手を払ったりしなかった。ただ、変わらずに俺を見つめて、そして待ってくれている。

 ああ、そうか。この人は、待っているんだ。そして私を見ろ、と何度も手を差しのばしてくれているのなら……、ぎこちなくても、ゆっくりとでも、こちらからも手を伸ばして、そして、ずっと何かを、誰かを待っているこの人を捕まえて、安心させてあげないといけない。それが俺の中に浮かんだイメージだった。

 魔力の流れを感じた訳じゃない。だから、間違っているのかも知れない。だけど、それを躊躇うことは、もうしなかった。



「会長。分かったかも知れません」

「本当?」

「はい。だから……失礼します」

「え?」

 一言そう言ってから、俺は顔に触れてくれていた会長さんの手を取って、引く。そして、会長さんの額を、俺の首筋にあてるように。俺は、彼女を抱き寄せていた。



「か、神崎さん……?!」

「……」

 流石にびっくりしたのか、狼狽えた会長さんの声。きっとあとでひどい目に遭わされるだろうなあ、なんてことを脳裏の奥で考えながら、それでも俺は抱き留めた会長さんの温もりに意識を集中する。



 自信が無くて悩んでいた俺に、手を伸ばしてくれた会長さん。その彼女は「躊躇いを抱くな」という言葉を俺に教えてくれた。じゃあ、俺が彼女のために返せる想いは一体何があるんだろう。何かを、誰かを待っている彼女に、俺が見つけてあげられるものは、なんなんだろう。



 ただ、それが知りたくて。

 だから、彼女の心に、つながりたいと、ただ願った。



 その行為が正しかったのかは、わからない。だけど、変化は確実に起こった。



「え?」

 何が起こったのか、そのときの俺には分からなかった。だけど、気付いたときには、どくん、と心臓が跳ねて。



「あ」

 小さく漏れた声が、どちらのものだったのかも分からないまま、俺の意識は途切れて、そしてどこかへと消えていったのだった。



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