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第二十六話 家庭教師達の昼食会(その2)

/2.食事後。(神崎良)



「でも、本当にそういう状態になるものなのね」

 レンさんが加わった事もあって、一際、騒々しかった食事の後。授業まではまだ少し余裕があるという時間に、会長さんが不思議そうな、というか、感慨深げな声でそう呟いた。



「そう言う状態って、俺の……肺が痙るって状態ですか?」

「ええ」

「ああ、そうか。紅坂は「肺がつる」という状態になったことはないのか」

「はい。そうなんです」

 レンさんの言葉に、会長さんはあっさりと頷く。



「ええ?」

 その事が信じられなくて俺は思わず驚きの声を漏らした。いや、驚いたのは俺だけじゃない。霧子や佐奈ちゃんも同じように「え?」という声をあげて目をむいている。繰り返しになるけれど「肺がつる」という症状は「魔法使いの筋肉痛」とも言われることもある。だから、だれだって経験はあるものだと思っていたんだけど……。



「ふむ」

 会長さんの反応、そして俺たちの反応。その二つを見比べて、レンさんはしばし顎先に手を当てて、何かを考えるよう素振りを見せてから、やがて授業中の時のようにみんなを見まわしてから良く通る声で言った。



「この中で、肺がつったことがあるのは?」

 レンさんの問いかけに、ぱらぱらと手が上がる。手を挙げた、つまりは経験がある、と答えたのは俺、霧子、綾と佐奈ちゃん、それに篠宮先輩の5人。対して会長さんと龍也は、その手を挙げていない。



「って、本当になったことないのか?! って、いてて」

「ちょっと、良。落ち着きなさいよ」

 驚きのあまり発した声に、収まっていた胸の強ばりが少しぶり返した。霧子はそんな俺の背中を再び撫でてくれながら、驚きの隠せない声を龍也達に向ける。



「でも、龍也。あんた本当に肺が痙ったことってないの?」

「えーと、うん。まあ」

「桐島さん。鍛え方が足りないのじゃないかしら」

「セリア。あなたを基準にしてはいけませんよ」

 気まずげな龍也に対して、平然たる態度の会長さん。そんな会長さんの台詞に、篠宮先輩は溜息混じりに首を横に振った。



「普通は経験するものです。頑張って魔法を学ぶ人なら、なおのこと」

「確かにそうだね。魔法使いなら経験するのが普通だろう。まあ、紅坂と速水は例外だ。魔力の総量が他人とは違うんだろうな」

 篠宮先輩の言葉に笑いながら頷いたレンさんだったけれど、ふとその表情から笑みが消えた……ような気がした。



「……やはり共通点はないか。近いというのなら、むしろ速水の方だろうけど」

「レンさん?」

「ん? ああ、独り言だよ。気にするな」

「そうですか」

 なんだか、一瞬、考え込むような表情を浮かべたのが気になったけれど。でも、俺が問いを重ねるより先に、レンさんが先に口を開いていた。



「まあ、紅坂と速水は使える魔力の総量が生まれつき大きいんだろう。だから、肺がつらなくても不思議じゃないよ」

「ええ。でも、少し意外ですね。綾さんも、きっと経験ないと思っていましたけれど」

 そう言って綾の方を見つめる会長さんに、綾は少し考えてから首を左右に振る。



「よく分からないですけど、わたし、昔は体が弱かったですから、肺が苦しいことは良くあったんです」

「そうなの?」

「そうだったんですか」

 綾の説明に、会長さんだけでなく、篠宮先輩も気遣わしげに少し目を細めた。そんな先輩たちの様子に、綾は慌てて言葉を付け足した。



「あ、でも、今は平気なんですよ? 兄さんのお陰で、すっかり元気になりましたから」

「そうですか。それはよかったですね」

 本当に安心してくれたような篠宮先輩の様子に、ちょっと胸が熱くなる。この人は本当に綾のことを心配してくれたんだってわかったから。生徒会に、篠宮先輩がいてくれることは本当に良かったと、兄としてしみじみ思うのだった。

 よく考えれば、篠宮先輩は「あの会長さん」と長年つきあっているのだから、それはもう聖母のような心の広さがないと耐えられないのじゃあるまいか。



「神崎さん? なにかとても失礼なことを考えていません?」

「気のせいです、気のせい」

 鋭い会長さんの突っ込みに、我ながらわざとらしく視線をそらしながら、俺は霧子の方に言葉を向ける。



「霧子はちゃんと肺がつる経験はあるよな?」

「まあね。って、なによ、その顔。なんでそんな露骨に安心するのよ」

「いやあ、霧子が同じで嬉しいなって」

「なによ、それ。どういう意味よ」

「いや、この中で成績的に一番追いつけそうなのはお前だし」

「ほほう。先生に向かって言うじゃない」

「先生?」

「魔法の勉強教えてあげてるでしょ」

「いや、それは分かってるけど、でも、教えあってるのは同じだろう? だったら、俺だってお前に関しては先生にならないか?」

「そうだけど。でも、私の方が偉いのよ、多分」

 などと、凡人同士のやり取りを繰り広げていると、レンさんが不意に感心したような声で会話に入ってきた。



「教えあってる、か。なるほど。桐島はそういう教え方をしているのか」

「あ、はい。そうですけど」

 頷いてから、霧子は少し不安そうな眼差しで、レンさんの表情を伺う。



「そういうのは、だめ、でしょうか」

「いや、良いと思うよ。人に教える、というのは自己の知識を整理するのにとても有効だからね」

 そう答えてから、レンさんは俺の方を見て意味ありげに笑って見せた。



「それにお前達は誰が良に上手く魔法を教えられるかで勝負中なんだろう? なら教え方には個性が合った方が面白い。その方が白黒がはっきりするしね」

「ええ。それはその通りです」

 レンさんの発言に、会長さんが自信満々と言った態度で頷いた。



「私も、勝敗ははっきりさせたいですから」

「そうだね。なにせ、今回は良の嫁を決める勝負だしな」

「ええ、それは……はい?」

 またも自信満々に頷きを返そうとした会長さんだったが、流石にその言葉が途中で止まる。って、何を言い出してるんだ、この人は。



「レンさん!」

「ちょ、ちょっと、母さん! 変なこと言わないでよ!」

 同時につっこみの声を上げる俺と綾に、しかし、当のレンさんは何だか不思議そうな表情を浮かべて小首を傾げる。



「ん? 何か違ったのか?」

「何もかも違います!」

「そうですよ! 兄さんの嫁って、な、な、なんだって、そんな話しになってるんですかっ!」

 綾は、なんだか真っ赤になってぶんぶんを首を左右に振りたくる。そんな綾の様子に、会長さんが小さく笑いをかみ殺しながら、レンさんに向かって声をかけた。



「先生。あまり綾さんをからかっては可哀相ですよ」

「そうは言われてもなあ。可愛い子はからかいたくなるものだろう」

「それは分かりますけれど」

「分からないでください!」

「良もからかうと愉しいしな」

「それも分かりますけど」

「そっちも分からないで下さい」

 なんだか息が合っているレンさんと会長さんだった。そんな二人にぐったりと突っ込みを入れる俺に、会長さんは「冗談よ」と愉しげに言ってから、レンさんに向かって首を横に振って見せた。



「神崎先生。ともかく、少なくとも私には神崎さんのお嫁さんになる権利を争っている、という認識はありません」

「ふむ。そうなのか」

「ええ。神崎さんのお嫁さんになる権利ではなく、神崎さんを……そうですね、下僕にできる権利の争奪戦というのが正しいでしょうか」

「そっちも正しくないですよ! なんですか、下僕って」

 また無茶なことを言い出した会長さんに、俺は再び悲鳴を上げた。が、当の会長さんは先程のレンさんと同じように心底不思議そうな表情を浮かべて小首を傾げた。



「何と言われても……。そうね、何でも言うことを聞く人の事よ?」

「誰も「下僕」っていう言葉の意味を聞いてる訳じゃありませんよ! なんだって俺が下僕になるんですか?!」

「だって、そういう条件だったでしょう?」

「いやいやいや、違います。なにか言うことを一つきく、というだけでしょう」

「同じ事じゃないかしら。神崎さんに「以後、私の下僕として生きなさい」とお願いすればいいわけでしょう?」

「そ、そんな事を命令するつもりだったんですか?」

「ふふ。冗談よ」

 戦慄を覚えて声を震わせる俺に、会長さんはそう笑って手を振ったけれど。何故だろう。その目が笑っていないような気がするのは。いや、気のせいだよな。うん、冗談だよな。……冗談だと、いいなあ。

 

「あの、会長」

「あら、なにかしら」

 そんな会長さんの恐ろしい要求内容を、流石に見かねたのか、横から霧子が口を挟んでくれた。



「もう一つ大切な条件が抜けてます。『お互いに』いうことを一つきく、って事だったでしょう」

「そうだったかしら」

「そうだったんです」

「そうだったっけ」

「そうだったの。って、何であんたがそんな大事なことを忘れてるのよ!」

「面目ない」

 そう言えば、そうだった気もする。いや、綺麗さっぱり忘れていた、という訳じゃない。ただ、俺としてはその取り決めは俺と綾との間だけだと思っていた。そもそも教えて貰っている立場なのだから、その上で何かを要求するなんて、あまりに厚かましいと思っていたのだけど。しかし、こと会長さんに関して言えば「こちらも命令権を持っている」ということにして置いた方が良いかもしれない。そうしないと、一体、どんな要求が飛んでくるかわかったものじゃない。

 と、俺がそんな風に考えていると、レンさんがなにやら「良いことを思いついた」とでも言わんばかりの良い笑顔で、ぽん、と手を打った。



「なんだ。そういう条件なら、良が一言「嫁に来い」と言えばいいだけじゃないか」

「あのですね……」

「そうか、なるほど。つまりこれは、良に一つ言うことを聞かせつつ、かつ、良から「嫁に来い」と言って貰える権利の争奪戦だったわけか。ふむ」

「ふむ! じゃない!」

「あら、そうだったのね。神崎さんって、強欲なのね」

「わざとらしく納得しないで下さい。会長」

 なにを納得してるんだろうか、この人は。

 なにをどう解釈したら、そういう結論に至るんだろうか。が、あからさまに俺をからかって遊んでいる会長さんを尻目に、レンさんは何やら急に神妙な顔つきで黙り込んだ。って、なんだかまた変なことを言い出しそうな予感がして、俺は自然と身構えながらレンさんの表情を伺った。





「レンさん?」

「……ふむ。美味しい」

「いや、美味しいって」

「……私も参加しようかなあ」

「駄目ですっ!」

「駄目です!」 

 呟くレンさんに、綾と霧子が何故か同時に突っ込んだ、本当に間髪入れない突っ込みに、流石にレンさんも驚いたのか、しばし目をぱちくりと瞬かせると、訴えるような眼差しで俺の方を見つめる。



「良。嫁と娘がいじめる。もしくは一号と二号がいじめる。なんとかしてくれ」

「せ、先生! 一号、二号ってなんなんですか!!」

「そうですレンさん! どっちが一号なんですか?! どっちが嫁なんですか!」

「綾。そこは自信を持って私が一号で嫁ですって言わないと」

「……お前らな」

 綾。突っ込むところが、凄く変だぞ? っていうか、綾。霧子がレンさんの娘と言うことはないので、必然的に嫁は霧子の方だと思う。あと、佐奈ちゃんも綾に変なことを囁くのは止めて欲しい。



「まあ、綾で遊ぶのはさておき」

「かーあーさーん!」

 ひとしきり、俺と綾で遊んで満足したのか、レンさんは今度こそ本当にまじめな視線で俺の方を見つめた。



「しかし、冗談抜きで、良の疲労もそろそろ限界かな。中等部までならともかく、高等部で肺が痙るのは、負担をかけすぎてる」

「そうですね」

「確かに」

「私もそう思います」

 レンさんの指摘に、霧子に龍也、そして佐奈ちゃんがほぼ同時に頷いてくれた。そんなみんなの視線の先にあるのは龍也とレンさんが用意してくれた流動食。流石に食事がつらくなってくるのは、疲労のピークと考えて良いだろう。



「そろそろ一日ぐらい休憩を入れた方が良いんじゃない?」

「そうだね。あまり無理をして、倒れても仕方がないし」

 そう言って霧子と龍也の二人は顔を見合わせて頷いてくれた……のだけど。



「駄目よ」

「駄目です」

 だがレンさんと親友達の温情提案に、しかし、揃って否定の言葉を投げた人達が居る。一人は会長さんであり、もう一人は我が妹こと綾である。

 現在の俺の講師陣の中でとりわけ厳しい、もとい指導熱心な二人だ。綾は最初から、会長さんは回を重ねる事に、その指導に熱が入ってきていて、現在スパルタ度合いで一位と二位を激しく争ってくれている。鬼め。いや、教えて貰っている立場で言う台詞ではないかも知れないけれど。でも、言わせてください。鬼め。鬼達め。



「いや、でも、会長。この様子を見てくださいよ」

「そうです、無理をしたら元も子もないですよ」

「甘いわ」

「甘いです」

 なおも「無理だ」と言ってくれる霧子と龍也の言葉を、鬼教官二人組はきっぱりと拒絶する。



「神崎さんは叩かれないと伸びない人よ」

「兄さんは頑張ったら出来る人なんです」

 微妙にニュアンスは違うけれど、ともかく二人とも厳しくいく方針に代わりはないらしい。



「でも、良ってご飯を食べるのもつらそうですよ? 流石に……」

「あれだけ突っ込む元気があるうちは大丈夫です」

「……あのですね」

 誰も好きこのんで突っ込みを入れているわけじゃないんだけど。まあ、龍也とレンさんの栄養食のお陰か、確かに会話する元気は戻ってきているから、もう少し休めば、今日の魔法講義ぐらいは耐えられるかもしれないけれど。

 果たしてそんな俺の体調すら見通してしまっているのか、会長さんは霧子と龍也に諭すような口調で指を突きつけた。



「そもそも桐島さんと速水さんは、甘すぎます」

「そ、そんなことないと思います」

「そうです。あの僕たちだってちゃんと教えてますよ?」

「そうね、きちんと教えているのはわかります。でも甘すぎるの。というより、優しすぎるのよ、あなたたちは」

 教えている、との二人の抗議に直接の否定を返さずに、それでも会長さんは二人のやり方に「優しすぎる」と首を横に振る。



「私と綾さんの後には疲弊している神崎さんが、貴方たちの後では回復していますからね」

「う」

「それは」

 確かに霧子と龍也の二人は、綾と会長さんほどに厳しくない。

 霧子とは教えあう、という形式上、こちらの魔力をフル回転させていなくても良い場合もあるし、龍也の場合も色々と休憩を挟んでくれる。だから、二人に教えて貰った後は、疲れていないわけではないけれど、それでも疲労感は少ないのは確かなのだ。でも、それで二人から教えて貰っていることが意味がないとは思わない。

 だけど、俺がその思いを口にする前に、会長さんの言葉に怯みかけていた霧子が、それを堪えて会長さんに向き直っていた。



「で、でも! 疲れさせることが正しい教え方とは限らないです」

「疲れさせないことが正しい教え方とは限らない、とも言えるわね」

「だったら……どっちが正しいか分からないのなら、少なくとも良の体調を優先すべきだと思います。休息は絶対に必要です」

「休息は必要だし、体調管理も大事ね。でも、それは今じゃないわ」

「あの、霧子。会長。俺だったら」

「セリア。桐島さん。少し落ち着いて下さい」

 平行線を呈する二人の議論に、俺と篠宮先輩がほとんど同時に口を挟んだ。そして篠宮先輩は俺の方をちらりと一瞥してから、会長さんの方に向かってゆっくりと首を横に振る。



「セリア。神崎さんに無理をさせることに意味がある、というのなら、根拠を示す方がよいと思います」

「根拠?」

「ええ。神崎さんが叩かれれば伸びるとセリアが断言し、頑張れば出来る人と綾さんが胸を張る理由です。そうでもしないと桐島さんは納得しないでしょうし、今のままでは平行線のままです」

 口喧嘩になりかけていた二人の議論に、篠宮先輩はそんな提案をしてくれた。確かにそんな根拠があるのなら、霧子だって納得するかもしれない。その篠宮先輩の提案に、会長さんは「そんなことで良いの?」と拍子抜けしたように呟くと、自信満々に俺の方を指さして、言った。



「そんなの見ればわかるでしょう? ねえ、綾さん」

「はい。そうです。一目瞭然です」

「一目見てわかるのは、神崎さんが疲労困憊でいつ倒れてもおかしくなさそうということだけです」

「……」

「……」

 ぴしゃり、と篠宮先輩に言われて、流石の二人も言葉に詰まった……ように見えた。というか、会長さんにここまで冷静に突っ込みを入れられるのは篠宮先輩ぐらいだろうなあ、と思わず感心してしまう。

 だが、当の綾と会長さんは感心してはいられないようで、まず綾の方が縋るような視線をレンさんに向けた。



「母さんならわかるよね?!」

「んー。さて、どうだろうねー」

 綾の問いかけに、しかし、レンさんはわざとらしく目をそらしながら平坦な声で答える。



「どうせ私は息子に教えることも許されない駄目教師だしな−。優秀な家庭教師の先生方の成果を推し量るような真似はできないかなー。ふーん」

「母さん、拗ねないでよう」

「拗ねてないぞ。全然拗ねてません。つーん」

「うー」

 な、なんて分かりやすい拗ね方を……。どうやら綾と霧子に参加を拒否されたことで、ちょっとご機嫌斜めらしい。って、まあ、実際はそんなことじゃなくて、ただおもしろがっているだけなんだろうけれども。その証拠に、そっぽ向いているレンさんの口元がちょっと緩んでるし。しかし、レンさんに判定をゆだねられなくなった綾と会長さんは互いに視線を交わして、溜息を零していた。



「ふう。どうやら神崎先生は協力して下さらないみたいね」

「もう。兄さんはちゃんと伸びてるのに……」

「こうなったら、直接みてもらうしかないのかしら」

「直接、ですか?」

「ええ。論より証拠というものね」

「……」

 ……なんだろう。

 鬼教官二人、もとい、会長さんと綾の間で交わされる会話に、またひしひしと嫌な予感がしてきた。より正確に言うのなら、会長さんの目つきがまた物騒なことを考え出しているような目つきになっている。



「あのさ、龍也、霧子」

「うん」

「何?」

「あの二人が何を考えているか、わかるか?」

「えーと、多分、この場で良自身に証明させる、ってことなんだろうけど」

「でも、どうやって? はっきりいって、今の良に魔法を使わせたら死ぬわよ」

「……」

「……」

「……」

 まあ、流石に死にはしないだろうけれど、これ以上に胸を押さえて呻く羽目になるのはあまりに容易く想像できた。



「逃げた方がいいかな」

「逃げた方がいいんじゃない?」

「逃げた方がいいよ」

 俺と霧子と龍也。二年生組の見解が見事なまでに一致した、その瞬間。



「逃がしません」

 そんな無慈悲な生徒会長さんの声が降り注いだ。どうやらこっちの思考はお見通しらしい。腕組みをしたまま、俺の前にたつ会長さんは、おそらく何の事情も知らない生徒から見れば、恐ろしく慈愛に溢れているように見えるであろう優しい微笑みを浮かべたまま、告げる。



「大丈夫よ。神崎さんの魔力限界は確実に上がってきているんだから。多少無理しても死にはしません」

「いや、ですから、もう肺がつってるんですけど。今、魔法を使ったら死にます」

「我慢しなさい。男の子でしょう?」

「無理です」

「しなさい」

「無理です。死にます」

「死にません」

「死にます。ぱたりと」

「むー」

 会長さんの言葉にことごとく首を横に振る俺に、会長さんは少しだけ頬を膨らませて不満げに唸る。



「もう。神崎さんはいじわるなんですから」

「この状況のどこをどうみれば、俺が会長さんにいじわるしていることになるんですか」

「セリア。今のところはあなたが意地悪しているようにみえてしまいますよ」

 ここでまた俺と会長さんの口論を見かねたのか、篠宮先輩が俺たちの間に割って入ってくれた。



「鈴も神崎さんに無理をさせるの、反対なの?」

「ええ。それぞれの方針はあるでしょうけれど、やっぱり無理をさせては元も子もないと思います」

「あの、僕も反対です」

「やっぱり会長さんの教え方は厳しすぎるんじゃないでしょうか」

 篠宮先輩に続いて、龍也と霧子もここぞとばかりに会長さんに向かって反対する言葉を投げかけていく。流石に篠宮先輩に重ねていさめられる形になった会長は、少し困ったように眉をしかめて首をひねる。



「そんなに厳しくしているつもりはないのだけれど……そもそも、それを言うのなら、私より綾さんの方でしょう?」

「え?」

 会長さんから急に話の矛先を向けられて、綾が戸惑いの表情を浮かべた。



「あの、どうして私なんでしょう……?」

「あら、言わないとわからないかしら。綾さんが担当した次の日、神崎さんの疲弊具合が普通じゃないからです。それこそ「見れば分かる」ぐらいに」

「あの済みません。最近、誰に教えて貰っても疲弊してます。俺」

「神崎さんは黙ってなさい」

 混ぜっ返すな、と目と言葉で釘を刺されて、思わず首を竦める。そんな俺を一瞥してから会長さんは綾の目を見据えた。



「綾さんの当番の後は、神崎さんの魔力の量だけじゃなくて、質が目に見えて落ちています。自分でも分かっているでしょう? 綾さん」

「で、でも会長さんの後だって兄さんは疲れてるじゃないですか。それに無理はさせるべきだって」

「私はこれでも加減をしています。無理はさせても無茶はさせないように、ね。綾さんは無理を承知で無茶をさせているでしょう? 方法だけではなく、時間も含めて」

「それは……」

「神崎さんに無理は必要だけど、それでも限度はあるの。綾さん、あなたはそこを踏み越えているんじゃないかしら?」

「……それは」

 会長さんの指摘に、綾が少し気まずげな表情を浮かべて言葉を詰まらせる。

 正直、会長さんの言う「無理」と「無茶」の違いが俺にはよく分からないけれど……まあ、時間に関しては綾は無理というか無茶をさせる傾向にあるのは確かだろう。綾に教えてもらった後には、なにせ睡眠時間が足りてないし。



「でも、でもでも! 会長さんは本当に無茶はさせていないって言うんですか?! 本当に、会長さんのやり方だけで成果はでているんですか?」

「ええ」

「う」

 自信たっぷりな会長さんの態度に、再び綾が言葉を詰まらせて狼狽える。



「だ、断言しちゃってますけど、根拠はあるんですか、根拠はっ」

「ええ。勿論」

 済みません会長。そこまで自信たっぷりに断言していただいてなんな何ですけど、その、成果と言われると厳しいのでは。そう言おうとして、再び会長さんの「余計なことを言わずに、黙ってなさい」という視線に気圧されて口を閉じる。



「そもそも神崎さんが成長しているのは貴方だって実感しているんでしょう? 綾さん」

「そうですけど……でも、どうしてそこまで自信満々なんですか? 兄さんが会長さんに勝つようなことがあった訳じゃないですよね?」

「そうね。それは―――」

 と、そこまで言って会長さんは、ちらり、とこちらの方に視線を向けた。



「……う」

 その視線に会長さんを押し倒してしまったときのことを思い出して、じわり、と耳が熱くなる。



「兄さん……? なんで赤くなってるの?」

「そ、そんなことないぞ?!」

「ええ、そうよ。そんなことはありません。とにかく今からテストしてみましょう。中間結果ということで神崎さんの成長をみるにはちょうど良い機会ですからね」

「……私は、反対です」

「あら、綾さんまで?」

「はい。兄さんには無理とか、無茶をさせたくないですから」

 どうやら拗ねてしまったのか、綾は前言を翻して「無理をさせない派」に鞍替えしてしまった。そんな綾の様子に頷いてから、篠宮先輩が会長さんに向かって説得するように言った。



「セリア。やはり、今日は止めにしておいた方が良いのではないですか?」

 そう言いながら篠宮先輩が視線で指し示したのは霧子、龍也、綾、佐奈ちゃん、そしてレンさん。つまりはそれが「反対派」の面々という訳だけど、これに篠宮先輩を加えれば、この場にいるメンバーの中では会長さんと俺以外の全員が、俺のこれ以上の魔法の行使に反対を示した事になる。多数決で考えるのなら、圧倒的な情勢だった。しかし、だからといってこの状況で会長さんが自分の意見を曲げるとは思えない。むしろ、こういう状況になればこそ、会長さんなら自分の意見を通すための手を打ってくると思うのだけど。

 少なくとも俺にはそう思えるし、そんなことは、篠宮先輩も当然分かっているとは思うんだけど……



「わかりました。条件を出しましょう」

 そして予想した通り。会長さんは四面楚歌の状況下で狼狽えることもなく、平然とした様子で一同を見回すと、ぴん、と指を一本立てながらそう言った。



「もし神崎さんの成長が証明できなければ、私の負けで良いわよ」

「負け?」

「ええ。神崎さんを下僕にする権利を返上します」

「ほ、本当ですか?」

「ええ。逆に、神崎さんの成長が証明できても、この時点で私の勝ちにしなくてもいいわ。どうかしら」

 あまりに気前の良い提案に、みんなは驚きの表情を浮かべて目を見合わせる。ここで会長さんの提案をのんで試験をしても、会長さん以外に損をする人はいない、という事になるのだから。だが、しかし。



「あの、会長?」

 会長さんの提案に、俺の方が動揺にしてしまった。いや、なんだってこんなに自信満々なんだろうか、この人は。

 いや、会長さんの教え方が決して悪いわけではないのだけれど、今のところ、会長さんの教育方針は良くも悪くも教科書的なのだ。基本に忠実に、丁寧に、そしてしっかりと基礎を体に叩き込み、染みこませる。そのおかげで一歩一歩と、着実に力が付いてきたような気はするんだけど……その反面、そこまで急速に魔法使いとしての能力が伸びている実感はないわけで。少なくとも、今ここで「成長の証」を見せろ、と言われても「無理です」としか答えようがないのに。そんな俺の心配をよそに、会長さん本人は自信に満ちあふれた表情で一同を見回し得て胸を張っている。



「どう? 良い条件だと思わないかしら。これでもテストには反対?」

「に、兄さん!」

 会長さんの再度の提案に、綾が興奮した様子で俺を呼ぶ。なんだか爛々と輝いている瞳に、ひしひしと嫌な予感を感じつつ、俺は「なんだ」と綾に問いかけた。



「大丈夫。ちゃんと付きっきりで一晩中、手厚く手厚く看護してあげるから! だから、わかってるよね?!」

「お前なあ……」

 まさかとは思うが、無抵抗に串刺しにされろとでもいうつもりじゃないだろうな。そんな恐ろしい命令を暗黙の内に告げてくる妹とは対照的に、霧子と龍也の二人はなおも会長さんに食い下がってくれていた。



「会長。でも、良の体調は……」

「やっぱり私は、反対です。今のコイツに魔法は無理だと思います」

「大丈夫よ。危ないことはしないし、無理はさせないわ。それに……」

 霧子と龍也にそう言って会長さんは意味ありげに目を細めて、俺に向かって笑って見せた。



「それに神崎さんだってやる気なんですから。ね?」

「……はい?」

 一瞬、何を言われたのかわからずに、俺は間の抜けた声を上げてしまう。そんな俺に、会長さんはもの凄く良い笑顔……もの凄く悪い予感のする笑みを浮かべて言った。



「神崎さん? 私の試験を拒否した場合、綾さんと桐島さんに、神崎さんが私にしたことを包み隠さず話してしまいます」

「ええ?!」

 いきなり何を言い出すのか、この人は。それって多分、あの時の……挑発に乗って、押し倒してしまった時のことだよな?



「だから、頑張れるわよね?」

「あ、あんたなあ」

 なんて恐ろしいことを言い出すのか、この人は。脅迫する気か。



「こら、良! なんで、そこで動揺するのよ!」

「兄さん、会長さんに何をやったのよう!」

 俺の悲鳴に何を感じ取ったのか、霧子と綾の二人の顔色が変わる。そんな二人に俺は慌てて弁明の言葉を口にした。



「いや、何もやってない……ことはないけど!」

「ええ?!」

「やったの?!」

「いや、ともかくやましいことは何もしてない!」

「やましくないのなら、今この場で言いなさいよ」

「そうです、兄さん。やましくないのなら、今この場で言いなさい」

「……いや、それはだね」

 やましくないんだけど。確かにやましくないんだけど、やっぱりあれは軽率だったわけで。綾に聞かれると怒られるだろうし、霧子にはできれば聞かれたくないなあ、と。

 うああ、俺のバカ。会長さんの挑発にのって押し倒すなんて、やっぱり軽率すぎた。まさか、まさかこんな事になるとは……。しかし、後悔先に立たず。どう説明すればよいかと俺が考えを巡らせる内に。



「ちなみに神崎さんの成長が証明できない場合、今の会話の内容も教えてあげます」

「わかりました。やりましょう」

「ええ、私も賛成です。是非、良が何をしでかしたのか聞きたいですから」



 ……今日の放課後、神崎良の成長具合を確認する機会が持たれることになったのだった。



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