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第二十五話 幕間 速水会の人たち(その2)

「と、ともかく!」

 私が副会長の視線の意図を考えている(殊更に曲解しようとしているとも言うけど)間に、女の子は「焼きごての刑」から無事に脱出したらしい。



「乗り換えるとかそういうのじゃないわよ! ただ、神崎君だって格好いい所あるって思うんだけどなーって。そう思わない?」

「思いますっ」

 と、焼きごての刑から逃れた焼きごて少女(という名称は流石にどうかと思わなくもないが、意外と気に入ったのでしばらく使おうと思う)に、さっきのストーキング少女が呼応した。速水君の不調の原因を誇らしげに推理した時と同じ様に、軽く頬を上気させながら彼女はその思いを口にする。



「あの、私も、私も神崎先輩って良いって思います」

「そうでしょ、そうでしょ。うんうん。わかる人にはわかるのよ」

「何を悟ったようなことを言ってるのよ。そもそもどこが良いわけ? 言っちゃ何だけど、彼って地味じゃない?」

「見た目はそうかもだけど。例えば、ほら、去年、生徒会長さんに面と向かって文句を言ってくれたのって、神崎君だけだったじゃない」

「あ」

「そう言われると確かに」

「あの時の神崎君は、格好よかったよね」

「うんうん。そうでしょ、そうでしょ」

「『こういう無理矢理なの止めてください』って」

「速水君を庇いながら、生徒会長の前に立ちふさがったのよね」

「確かにあれは良かったね」

「そうでしょ、そうでしょ。うわー、思い出しちゃった。どうしよう」

「そうですよ。あの時の神崎先輩は、その、素敵だったと思います」

 頬を硬直させてそう主張しているのは、例のストーキング少女。その様子を見ていると、どうやら彼女の「標的」が純粋に速水君であったのかどうか怪しく思える。そんなことを心の中で考えつつ、賑やかな会員たちの態度に、私は軽く肩をすくめた。



 ……なんだ。人気あるんじゃない。彼。



「まあ、神崎君にも格好良い所があるのはわかったけど……だからって、速水君から乗り換える気はないけどねっ、私は」

「だから、私も乗り換えるなんていってないってば。……でも、さ。速水君って高嶺の花じゃない? だから、現実的に彼氏にする人って考えると、神崎君って以外と現実的な候補だって思わない?」

「駄目よ。神崎君は速水君のものなんだから」

「だから男同士なんて発想は止めなさいよ」

「愛の前には性別なんて些細なものよ」

「女同士は反対してたくせに」

「だって、生産性がないじゃない。子供作れないし」

「男同士だって作れないわよ!」

「大丈夫。頑張れば、いけるわ」

「真顔で言うんじゃないわよ!」

「だって、いけるんだもの」

「誰か! 彼女に、医師の手配を!」

 ……今度、運営メンバーの総入れ替えをした方が良いかなあ。流石に不安を覚えてきて、そんなことを考え始めていた私に、不意にストーキング少女が声をかけてきた。

 

「鐘木会長はどう思います?」

「私も流石に無理だと思うなあ。子供は」

「そっちじゃないですよ! 神崎君のことです」

「あ、そっちか」

「当たり前です」

「私は速水君一筋よ」

「興味ないんですか?」

「うん。あんまり」

 少なくとも恋愛の対象として見てはいない。まあ、色々と借りはあるし、いい人だとは思うけれど。私の今の彼への感情はあくまで「いい人」どまり。

 だから、自然と素っ気なく答える私に、焼きごて少女は少し拍子抜けしたような表情を浮かべた。彼女的にはもう少し盛り上がるような反応が欲しかったのかも知れない。そんな彼女の表情がおかしくて、私は微笑みながら、じゃあもう少し別の意味で盛り上がる話題を、と彼女に忠告を上げることにした。



「まあ、あなたの好みにとやかく言う気はないけどね。でも、神崎君はやめておいた方が良いと思うなあ、わたしは」

「どうしてですか」

「だって彼、シスコンだもの」

「シスコン?!」

 私の言葉に、予想通りの反応を示してくれるストーキング少女。そして、周りの会員たちも私の言葉に刺激されて、また騒ぎ始めた。



「あ、そういえば、私、妹さんと腕を組んで歩いているのをみたわ!」

「うそ、なにそれ?! どういう事?!」

「禁断?! 禁断の関係なの?!」

「ひょっとして、血の繋がっていない兄妹とか?」

「どっちにしてもそそるわ! ああ、駄目?! 創作意欲が……っ」

 なにを創作するつもりなのか。まあ、あえては聞かないけど。微妙に興味がないこともないので、後で一冊予約しておこうかな。

 などと暢気に考えていると、ストーキング少女の方も顔をなんだか青くしながら私の方に詰め寄ってきた。



「か、鐘木会長。それ、本当の本当なんですか?」

「うん、本当。しかも重度のシスコンだからね、彼。付き合うとしたら大変だよ。きっと」

「じゅ、重度の……?! 重度ってどのぐらい重度なんですか?」

「食い下がるわね」

「そ、そう言う訳じゃないですけどっ、あの、そう! 好奇心、純然たる好奇心です」

「ふむ」

 なるほど。その好奇心とやらが発達したあげくにストーキングへと繋がっていく訳か。しかし、ストーキングするほどに興味があるのなら、知っていてもおかしくはなさそうだけど。



「そうね。仮に、神崎君が女の子とデートの約束をしたとしましょう」

「はい」

「でも、その当日に妹さんが熱を出してしまいました。その場合に、デートより妹さんの看病を優先するってぐらいにはシスコンでしょうね」

「ええっ?!」

 私のたとえ話に悲鳴のような声を上げるストーカー少女。そんな彼女の傍ら、今度は焼きごて少女が、表情を引きつらせながら私に詰め寄る。



「か、鐘木会長。なんだか、微妙に例えが生々しいんですけど……、実際にあったんですか? それ」

「……別に。ただの偏見だけど」

 まあ、実体験かどうかはおいておいて。少なくとも私の中での神崎君はそのぐらいシスコンなイメージだっていうこと。彼のお人好しが病床の妹さんを放って、暢気に遊びに行くとも考えにくいし。



「ま、ともかく、神崎君に手を出すのならそれなりに覚悟した方がよいわよ」

「やっぱり、妹さん対策ですか?」

「それもあるけどね」

 ちょっと意味深に微笑んで、告げてあげた。



「やっぱり意外と人気者みたいだからね、彼」





/2.翌日(鐘木セフィナ)



「随分、疲れてる見たいね」

「鐘木さん」

 意外な話題で盛り上がった速水会会合の翌日、私は話題の主であった神崎君が一人になるのを見計らって声をかけた。

 もっとも、学校にいるときの神崎君の周囲には、桐島さんか速水さんのどちらかが一緒にいるので、こうして彼が休み時間にトイレに行く時ぐらいしかタイミングがなかった。……おかげで男子トイレの前で、待つハメになった。まあ、いいけど。

 ともかく、そんな私の内心など知るよしもない神崎君は、私の言葉に何度か眼を瞬かせてから首を傾げた。



「疲れてる見たいって……そんなに疲れて見える? 俺」

「うん、見える。相変わらず面倒事でも抱えてるわけ?」

「いや、そういう訳じゃないよ。今度の試験に向けてちょっと頑張ってるだけ」

「ふーん?」

 今度の試験に、何か胸に期すものでもあるんだろうか。そう言われると確かに疲労の滲む顔つきではあるが……萎れてしまいそうな雰囲気、という訳じゃない。



「今度の試験って、そんなに頑張る理由があるわけ?」

「まあ、それなりに」

「会長さん絡み?」

「え?」

「最近、会長さんと仲が良いみたいじゃない」

「仲がよいっていうか……んー。まあ、そうかな。最近は、色々とお世話になってるよ」

 少し歯にものが挟まっているような口調。だけど、多分、嘘は言っていない。まあ、それはそうなんだろう。彼って基本的に嘘がつけないお人好しなのだ。……昔から。だから今もまた、その人の良さを発揮して、また面倒ごとを背負い込んでいるのだろうけれど。



「いいの? それで」

 そんな彼の姿に「まあ、いいけど」と零す気にならずに、私はそんな言葉を投げてしまっていた。



「? いいのって、何が」

「だから。会長さんにつきまとわれて、振り回されて、困ってるんじゃないのかなって」

「困ってはいないよ。まあ、確かに振り回されてはいるような気はするけど」

「ならいいけど……ホント、そういう所、変わらないわよね。初等部の時から」

「え?」

「別に。なんでもないわよ」

 軽く肩をすくめて、私は彼から視線を外す。振り回されてはいるけれど、困ってはいない。それはどういうことなのか、踏み込めば教えてくれるのかも知れないけれど、殊更、踏み込んで欲しいような理由も彼にはないだろうし……踏み込むような理由が私にもない。基本的に一途な私としては好きな人以外にあんまり踏み込んだりはしないのだ。

 うん。私が好きなのは速水君であって、それは中等部の頃から、ずっと変わっていない。だから……まあ、本題に入ろう。



「それより、速水君のこと構ってあげてる?」

「龍也のこと?」

「そう」

 そう、こっちが本題。昨日の速水会の結論では、「神崎君に速水君をもっと構ってあげるように働きかける」ことを当面の指針にしてみたのだった。これで速水君の元気が回復すれば良し、しないのなら、別の対策を私たちの方で考える、ということなのだった。



「速水君のこと、蔑ろにしてないでしょうね?」

「してないよ。って、蔑ろにしてるっていうのは、例えばどんな風に?」

「そうね。例えば、速水君を構ってあげてないとか」

「構ってあげてないというか、相変わらず、お世話になってます」

「いじめてるとか」

「あのね。あいつが本気になったら、一方的にやられるだけなんだけど」

「じゃあ、精神的な責め苦を行っているとか」

「肉体的にも精神的にも虐めていません」

 私の問いに苦笑混じりに答えていた神崎君だったけど、ふと不安げに表情を曇らせた。



「っていうか、ずいぶん変な質問だけど、ひょっとして最近の俺って周りからはそういう風に見えてるの?」

「そういう訳じゃないわよ。一応、釘を刺しておいただけ。神崎君って、最近、人気者ものみたいだからね。ちゃんと速水君との友情も大事にね、って忠告したかっただけ」

 人気者。昨今の彼の状況を見ていても、昨日の会合の様子を見ていても、多分、それは間違いじゃないのだろう。色んな意味で人気者。普段、速水君や妹さんの影に隠れてしまっているはずなのに、それでも何人かの眼を退いてしまっている。……基本地味なくせに。まあ、いいけど。私としては速水君を狙う子が、神崎君に乗り換えるというのなら歓迎すべきことなのだろうし、神崎君が速水君の不調の原因にならないように気をつけてくれさえすればそれで良いのだ。そんな思案を巡らせる私に、今度は神崎君の方が質問を投げかける。



「鐘木さん」

「ん」

「ひょっとして、龍也に何かあったの?」

「んー……まあ、何もないけど」

「……」

「嘘じゃないわよ」

 嘘だけど。でも、無言で問い掛けるのは止めて欲しい。多少なりとも罪悪感が刺激されるような気がしないでもないから。



「じゃあ、速水会でもめ事でもあった?」

「ないわよ」

 まあ、揉めたと言えば揉めたし、騒いだと言えば騒いだけれど、まあ、いつものメンバーのいつもの騒ぎだしね。そう考えつつ、ふと「実は神崎君のことを気になっているらしい女の子が速水会にいるのよ。しかも複数」なんて言ってあげたらどんな反応をするだろうか、なんて疑問が胸に沸いた。

 ……って、どんな反応をするんだろう。



「……」

「鐘木さん」

「……なんでもないわよ」

「今、変なことを考えてる顔してたよ」

「そんな事はありません」

 うん、嘘じゃない。だって、変なことは考えてはいないから。まあ、屁理屈だけど。

 しかし、そんな誤魔化しは見抜かれてしまったようで、神崎君は少し口調を改めて、私の顔を見つめた。



「鐘木さん」

「なに?」

「疲れて見えても、困ったことあるんなら、相談ぐらいは乗るよ?」

「速水君の事なら大丈夫だってば」

「龍也のこともそうだけど、鐘木さんのこともだよ」

「……私?」

「色々大変だろ? 速水会とかさ」

「別に。好きでやっていることだから、苦労なんて思わないわよ」

 うん。好きな人のために、好きな人の傍にいられるようにって、やっている事だから、苦労だなんて思っていない。それにまあ、それなりに楽しいっていうのも確かだから。



「じゃあね。私、ちょっと隣のクラスに用事があるから」

「ああ、うん。じゃあ」

 我ながら少し強引に話を打ち切ると、神崎君は少し戸惑った表情のまま、それでも頷いてくれた。

 その彼の表情に、私は自分の行動に気付いて、私は内心で小さく息をついた。……なんだって、私、神崎君に絡んだりしてるんだろうって。そう自問して、すぐにその答に気付いて、小さく頭を振った。

 何のことはない。昨日の速水会での出来事で、少し、そうほんの少しだけ……私は、焼き餅を焼いてしまっていたらしい。



「……鐘木さん?」

「ねえ、神崎君」

「なに?」

「妹さん、風邪なんか引いていない?」

「妹? 元気有り余ってるよ」

「そうなんだ。初等部の頃にはよく体調崩してたじゃない」

「ああ、そう言えば」

「良く覚えてるね」

「たまたまよ」

 嘘だけど。

 なんたって初等部の時、初恋の人と遊びに行くっていうイベントが無くなった原因なんだから、覚えたりしているのだ。……うん。我ながらこういう所は根暗だと思う。直さないとなあ。

 まあ、遊びに行くのは二人っきりじゃなくて、他の友達もいたし、そもそも本人には臭わせたこともなかったんだけど。そして中等部に入って、すぐに速水君に一目惚れしてしまって今に至ったりしているわけだけど。

 ……それでも、心のどこかで彼を特別扱いしてしまうぐらいには、まだ仄かな好意は胸の奥底に眠っていたりしたのかも知れない。まあ、ほんの些細なものだろうけれど。



「ごめんね」

「え?」

「なんか絡んじゃったみたい。でも、おかげでちょっとすっきりした」

「そう? なら良かったよ」

 よくわからないけどね、と苦笑して答える神崎君は、やっぱりお人好しで、だから、わたしは本心から彼に告げたのだった。



「ま、お互い頑張りましょ」

 きっとお互い好きで背負い込んでいる苦労なんだろうからって。なるべく優しい笑顔で笑いながら。



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