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第二十五話 佐奈ちゃん試行錯誤(その2)

/2.ご相談フェーズ。(神崎良)



 慌てたり、動揺したり、抱きついてきたり。

 佐奈ちゃんはどうしてしまったのだろうと、心配で仕方なかったけれど、俺はできるだけ平静を装って俺は胸に抱きついたままの佐奈ちゃんの頭を撫でていた。

 思えば今日の佐奈ちゃんは、部屋に入ったときから落ち着きがなくて、いつもと少し様子が違っていたような気もする。何か心配事でもあるのか、と俺が考えを巡らせていると、佐奈ちゃんは少し落ち着きを取り戻した様子で顔をあげてくれた。



「……先輩」

「うん」

「先輩にご相談があります」

「相談?」

「アドバイスを頂けたらなって」

「うん、いいよ」

 心配している矢先に、佐奈ちゃんの口から「相談」という言葉。なら、今日の佐奈ちゃんの様子がいつもと違ったのは、やっぱり悩みがあったからなのか。そう納得して、俺は努めて優しく笑って佐奈ちゃんに頷いて見せた。どんな相談事で、果たして俺が役に立てるのかは分からないけど、相談する相手が居るだけで、少しは気が楽になったりするだろう。そう思いながら、俺は彼女に言葉の続きを促した。



「聞かせてくれるかな」

「はい、友達の話なんですけれど……」

 そう前置いてから佐奈ちゃんが口を開いた。



「実は恋愛相談です」

「れ、恋愛相談?」

「はい」

 佐奈ちゃんの口から切り出された内容に、内心で一歩後ずさってしまった。いや、そういうのは苦手分野というか、なんというか。なんたって、自分自身のことで一杯一杯なわけで、そういう相談は、龍也の方が適任なんじゃないだろうか。

 頭を過ぎったそんな不安。それが顔に出てしまっていたのだろうか、俺を見上げる佐奈ちゃんの顔に、一瞬、不安が影を差した。



「だめ、でしょうか」

「いや、駄目なことはないよ。うん」

 沈みかけた佐奈ちゃんの声に、俺は慌てて首を振った。

 まあ、恋愛相談に向いていないのは確かだけど、今日は先輩らしいところを見せる、と言ったじゃないか。頑張れ、俺。例え経験がなくても、こう言うのは一緒に悩んで、一生懸命考える誠意が大切なはずだ。……多分。少なくとも佐奈ちゃんにこれ以上沈んだ顔をさせたくない。



「俺で良かったら、相談してくれると嬉しいよ」

「姉弟のことも関係してるんです。ですから、先輩に相談したくて」

「なるほど」

 そういうことなら、少しは役に立てるかも知れない。



「その友達って言うのは……えーと、親戚でもあるんですけど、一つだけ年の離れたお姉さんがいる男の子なんです」

「うんうん」

「それで、まず質問なんですけど」

「うん。何かな」

「兄妹で一緒にお風呂に入るのは何歳までなんでしょうか」

「……え?」

「ですから、兄妹で一緒にお風呂に入るのは何歳までなんでしょうか」

「えーと」

 予想外の質問に戸惑って、彼女の顔を伺う。真顔で冗談を言うこともある佐奈ちゃんだけど、真剣なときはなんとなく分かる。だから、巫山戯ている様子はないってわかったのだけれど。それが、今日の佐奈ちゃんの変調の原因になるほどの悩みなんだろうか。いや、というか、そもそもそれは恋愛相談なのか……?



「佐奈ちゃん」

「はい」

「それが質問?」

「はい。その親戚の男の子は、自分がシスコンなんかじゃないかって悩んでて」

「ちなみにその男の子はいくつなの?」

「11歳です」

「あ、まだ初等部なんだね」

「はい。お姉さんは中等部の一年生です」

「うーん。なるほど」

 それは、なかなかに微妙な所かも知れない。尤も、その男の子自身も微妙と思っているからこそ、佐奈ちゃんに相談しているんだろう。軽く首をひねて「うーん」とうなりを零す俺の顔を、佐奈ちゃんがなんだか不安そうに見つめる。



「やっぱり、中等部になってしまうと、姉弟一緒にお風呂というのは変なんでしょうか」

「いや、変とは思わないよ。こういうのって、個人差というか、家庭差みたいなものはあるだろうから」

 初等部低学年の内から、そういうことをしなくなる家庭もあれば、大人になるまで一緒に入るような兄妹だっているだろう。まあ、後者はかなり少数派だろうけれど、でも、お互いが特に異性を意識していなければ、あくまで家族間のコミュニケーションの一環なわけだし、問題ない言えば問題ない筈だ。



「ちなみに先輩は、いつ頃まで綾と一緒にお風呂に入ってたんですか?」

「俺?」

「はい。あ、ひょっとして現在進行形だったりしていますか?」

「していません」

「残念です」

「あのね」

 苦笑しつつも、いつもの佐奈ちゃんの調子が出てきたな、と軽い安堵を抱きながら、自分の時はどうだっただろうと記憶を手繰る。あれは確か……。



「えーと……うん。ちょうど俺が中等部に上がった頃に、一緒に入るのは止めにしたんじゃなかったっけ」

「中等部ですか」

「うん」

「切っ掛けは、なんだったんでしょう。やっぱり中等部に入ったことですか?」

「うん。そんな感じだったと思う」

 それは切っ掛けの一つにはなっていた。まあ、他には理由はあると言えばあったけど。いやほら、その頃から周りからシスコン疑惑をかけられていたり。気恥ずかしくなってきたりとか、まあ、そんな感じ。『別々に入る』、と言ったときには綾は随分と駄々をこねたっけ。それこそ宥め賺すために、大変な思いを……って、今は佐奈ちゃんの事に集中しよう。

 俺が一瞬、そんな余計な思考に意識を逸らしていた時、佐奈ちゃんもなんだか顔を伏せて、なにやら考え事を呟いていたようだった。



「中等部まで、か……なるほど。それで年下の子に免疫が付きすぎたんですね。あ、ひょっとしたら私に反応してくれないのは、私が中等部程度の体型だからでしょうか……」」

「佐奈ちゃん?」

「済みません。ちょっと独り言です」

 良くは聞き取れなかったけれど、なんだかぶつぶつと淡々とした声で、でもちょっと怒っていたような感じがしたのは気のせいなんだろうか。気のせいだよな? 少なくともまた顔を上げた佐奈ちゃんの表情に、怒りの感情が覗いているようには思えなかった。



「えっと、じゃあ、先輩個人のご意見としては、中等部でも高等部でも、別に問題はない訳ですね?」

「うん。まあ、お互いが嫌がってないんだったら別に気にすることはないと思う。けど、悩み始めたんなら止めた方が良いのかもしれないね」

「そうですか」

「うん」

 色々と悩みながらお風呂に入るのは精神衛生上も宜しくない気がするし、誰かに相談するほどに悩んでいるのなら止めた方が気も楽だろう。そう告げる俺に、佐奈ちゃんは少し困ったように眉根を潜めて溜息をついた。



「でも、先輩。その子は出来ればお姉さんとお風呂に入りたいんです」

「そっか。仲が良いんだね」

「はい。その子は、お姉さんのことが好きなんです」

「うん」

「家族としてじゃなくて、異性として好きなんです」

「え、ええ?!」

 衝撃的な発言に、俺は思わず声を上げてしまう。そんな俺を見上げて佐奈ちゃんは少しだけ眼を細めた。



「そんなに驚かないでください」

「普通は驚くよ?!」

「いえ、普通は驚きません。兄弟の恋愛なんてありふれた出来事なんですから」

「いや、ありふれてなんか無いよ?!」

「いえ、ありふれています。とてもありふれています。至極ありふれているんです。私の友達の二割は兄妹間の恋愛をしています」

「に、二割……っ?!」

 なんだろう、その高確率は。いくらなんでも、冗談だろう。いや、しかし、この佐奈ちゃん平静っぷりと、断言っぷりはどうだろう。ひょっとして、俺が世間知らずなだけなのか……っ?! 実はそういう兄妹は世の中にありふれているのかっ?! いや。いやいや。いやいやいや、そんなハズはないだろう。落ち着け。落ち着け、俺。



「あの、佐奈ちゃん。二割って、本当?」

「それで、ここからが本題なんですけれど……」

「いやいや、さらりと流さないでっ」

「数字なんて些細なことです」

「さ、些細じゃないと思うんだけど」

「些細です」

 狼狽する俺に向かって、佐奈ちゃんは冗談めかして、くすり、と小さく微笑んでから、口調を改めて言葉を続けた。



「でも、そんなに驚かれるのなら、やっぱりお聞きしたいです。先輩はどう思いますか? 弟君の思い」

「そ、それは……難しいね」

 どう思う、とは勿論、お風呂の事じゃなくて、男の子がお姉さんのことを好きだ、という事についてだろう。微笑ましい話題から生々しい話題に変わってきた。やっぱり龍也か霧子を呼び出した方がいいのだろうか。そんな逃げるような感情を頭を振って追い出して、俺は答えを探して思考を巡らせる。



「うーん。俺個人か」

「はい」

「……やっぱり、止めないとダメじゃないかなって思う。年下の弟妹からの思いなら尚更」

「でもっ」

 俺の言葉と同時、佐奈ちゃんが僅かに語気を強めて、ぎゅっ、と俺の胸を掴んだ。



「でも、その子はきっともう覚悟が出来てるんです」

「それは傷つく事への覚悟?」

「はい。それから傷つけることの覚悟も、きっと」

「……そっか」

 真剣な表情で、佐奈ちゃんが告げた言葉。それを飲み込んで、俺は再び思考を綴る。

 今の答えに、佐奈ちゃんは一瞬、震えた。なら、俺の口にした言葉は彼女が望んでいる言葉じゃなかったのか。それとも、俺の考えが浅すぎたから、佐奈ちゃんにちゃんと届かなかったのか。

 なら、状況の想定そのものを改めるべきなのかも知れない。わざわざ佐奈ちゃんが俺に聞いてくれた、ということは、異性の兄弟がいる俺の考えを聞かせて欲しいということなんだろう。だから、きっと求められているのは、世間一般の常識論じゃなくて、俺個人の思いだと思う。一般論じゃなくて、自分のこととして、考えて、悩んで、答えを出すのなら―――それは。



「佐奈ちゃん」

「はい」

「要するに、綾が俺を好きになったらどうするかってことだよね? あるいは、その逆かもしれないけど」

「は、はいっ」

 俺の言葉が予想外だったのか、佐奈ちゃんは驚いたように目を開いたけれど、すぐに力強く首を縦に振った。



「はい、もし、万が一、ですけれど……そういう事になったとき、先輩はどうしますか?」

「もしそうなったら」

 もし仮に……綾が俺のことを兄妹じゃなくて、異性として好きになって。そして、お互いに傷ついてしまうことも覚悟して、それでも想いを捨てられないっていう気持ちになっているとしたら。

 ……正直に言えば、そんな想像、恐ろしすぎてしたくない。でも、佐奈ちゃんはやっぱり少し、震えている。親戚の男の子と佐奈ちゃんの関係は分からないけれど、きっと佐奈ちゃんはその子の力になってあげたいって、心の底から思ってる。それが伝わってきたら、必死で思考を回して、出せない答を無理矢理形にしていく。



「俺は……」

「はい」

「俺だったら、やっぱり妹からの想いは……受け入れちゃダメだって思う」

「……そう、ですか」

 改めて紡ぎ出した答に、佐奈ちゃんが落胆したのが、なんとなく分かった。佐奈ちゃんに相談した男の子に、恋路を諦めろ、と言っているようなものだから、仕方ないのかも知れない。そんな佐奈ちゃんの失望を見るのは辛かったけれど、でも、大切なことだと思うから、隠さずに思いを伝えようって決めて、俺は彼女に言葉を渡す。



「もし、受け入れてしまったら、結局は、どっちも傷ついちゃうから。違うな、受け入れたら、その事が一番、結果的に傷つけると思う。だから、やっぱりできないよ」

「……でも」

「うん。弟さんは傷ついて、傷つける覚悟をしてるんだよね?」

「……はい」

「じゃあ、同じだけの覚悟をお姉さんもしないといけないのかもしれない」

「同じだけの覚悟?」

「うん」

 頷いて、言葉を探す。上手く言えるかどうか分からないけれど、なんとか精一杯の言葉を探しながら、思いを言葉の形に変えながら、佐奈ちゃんに伝えていく。



「例え受け入れられなくて、嫌われても、それでも綾を……じゃない。弟さんを守るっていう覚悟」

「……そう、ですか」

「それにね、佐奈ちゃん。弟さんは好きだから、お姉さんと恋人になりたいって思ってるんだよね?」

「はい」

 好きだから結ばれたい。好きだからつながりたい。その気持ちはきっと本当なんだと思う。

 漫画の中のお話で。映画の中のお話で。あるいは実際に生きている人たちで、兄妹なのにそういう関係になりたくて、一線を越えた人たちはいるんだろう。



「でも、さ」

 これが正しいかどうかわからないし、佐奈ちゃんが期待している回答じゃないかも知れない。でも、なるべく素直な気持ちを彼女に告げる。



「兄妹っていう関係って、恋人って言う関係より、軽いのかな?」

「……それは」

 それこそ兄妹のあり方なんて、星の数ほどあって嫌いあっているような関係もあるんだろうけれど。それに何かの「関係」に優劣をつけるって考え自体がおかしいのかも知れないけれど。

 でも、自分にとっての兄妹のあり方を聞かれたんなら、それが何かの関係に劣るなんて答えは出せそうにない。そう考えてから、少し俺は頭をひねってしまった。



「って、御免ね」

「え?」

 突然謝られて、きょとんとする佐奈ちゃんに、俺は苦笑しながら少し肩をすくめた。



「自分でも言ってて混乱してきた。ちょっと論点がずれてるかも知れないね。考えすぎて、却って混乱しちゃった」

「いえ、先輩が真剣に悩んでくれて、嬉しいです」

 そう答える佐奈ちゃんは、少しだけ寂しそうだったけれど。



「それに混乱しているってことは、まだ脈ありですから」

 その笑みは、いつもと同じ、淡々としているけれどとても優しい、佐奈ちゃんの笑顔のような気がした。



「じゃあ、もう一つだけ質問です」

「うん」

「そんな風に弟さんのことを大切に思って、例え嫌われたって、守り抜くって言う覚悟を決めているお姉さんがいるとします」

「うん」

「そんな風に覚悟してしまっているお姉さんを、更に攻略するにはどうすればいいでしょうか」

「ええええ! あ、諦めないの?!」

「当たり前です」

 にこり、と笑って佐奈ちゃんは頷いた。



「傷ついて、傷つける覚悟を決めている弟君に対して、お姉さんが嫌われても、守り抜く覚悟を決めているというのなら、弟君には更にその守り抜く覚悟を打ち破って先に進んで貰うしかありませんから」

「いやいやいや、そこは打ち破っちゃだめなんじゃ」

「いえ、打ち破らないとダメなんです。弟君はそう簡単に諦めたりはしませんから」





/3.授業終了(泉佐奈)



「……ふう」

 神崎家の玄関をでた瞬間、私の口からおっきな息が漏れた。



 結局、今日の目論見は全部失敗しちゃったのかも知れない。ちょっと先走りすぎたかな。そんな不安が胸に疼いたけれど、でも、完全に失敗じゃなかったって、そう思い直すことにしてみた。

 少なくとも先輩の意識を綾に向けて貰う、という目論見は、少しは達成できたように思うし、それになにより、先輩の綾への思いに少し触れることができたから。



『俺だったら、やっぱり妹からの想いは……受け入れちゃダメだって思う』

 真剣に考えて先輩が私にくれた答え。それは予想していた言葉。だけど、予想はしていたけど……聞きたくはなかった台詞。それを聞いたとき、胸に冷たい針が刺さった気分になったけれど、でも、その針は今は溶けている。



『兄妹っていう関係って、恋人って言う関係より、軽いのかな……?』

 その先輩の台詞は少なくとも綾にとっては当てはまらないんだって思う。大切に想われていても、それでも、抱きしめて貰えないなんて、綾には辛すぎると思う。でも……



「……羨ましいな」

 姿の見えない親友に向かって、私は本音をぽつりと零した。

 先輩が綾に向けているのはやっぱり、どこまでも家族への愛情。それは綾が求めている想いとは違うけれど、それでも……それでも、こんなに想って貰ってることがやっぱり、羨ましいって素直に思えた。



「だから、きっとまだ脈はあるよね」

 そう胸中で呟いて、私は綾と待ち合わせの場所に向かうべく、歩き始めた。今日の私の失敗と、そして先輩の綾への思いの欠片を、大切な親友に伝えるために。


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