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第二十話 幕間 男二人でお片付け

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  魔法使いたちの憂鬱

  第二十話 幕間 男二人でお片付け

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/男性陣掃除中(速水龍也)



「なんだ、やっぱりあんまり散らかってないんだね」

 久しぶり(といっても、一月ぶりぐらいだけど)に入った良の部屋は、良が言うほどに散らかっているようには思えなかった。塵一つ無い、とまでは流石に言わないけれど、漫画とか教科書、プリントの類が机の上で多少散らかっているぐらい。



「綾とかレンさんが勝手に入ってくるからな。散らかしてると怒られるんだよ。……レンさんは色々と余計なモノを物色するしな」

「た、大変だね」

 何度か良から「どこに隠しても見つかるのは何故だ」とぼやかれたことがあるから、その苦労は何となく想像できている。うちの両親は、あまり干渉してこないのでちょっと羨ましいとも思ったりするけれど。……ちなみに「何が」見つかって困ってるのかは良の名誉のためにふせておこうと思う。一応。

 ともあれ、部屋自体は片付いているので、問題は掃除ではなく別のことになる。



「……さて、問題は二つか」

「二つ? 一つは、どうやって七人分のスペースを作るか、っていうこと、だよね?」

「それだよなぁ」

 僕の指摘に、良は腕組みしながら部屋の中を見回した。極端に狭い、という訳ではないけれど、それはあくまで一人部屋と考えればのこと。机に本棚、タンスなどが占めている場所を考えると、リビングに控えている人数が座れる場所を確保するのは難しいだろう。……ただ単に余計なモノを片付ける、という方法だけしかとらないならば、だけど。



「ベッドとタンスを外に出すか。それからゴミ取りして、クッションを置いたら文句は出ないだろ」

「そうだね……それなら、なんとか全員すわれるかな? でもどうやって机とタンスを動かすの?」

 会長さん達を待たせている以上、あまり時間をかけるわけにはいかないだろうし、大きな物音を立てていると好奇心をあおられた会長さん達が乱入してこないとも限らない。それに……きっと、会長さんは良が魔法で解決することを期待している。

 そのことは僕が指摘するまでもなく良も分かっているようで、腕組みしたまま更に考え込むように眉をしかめた。



「俺としてはごく普通に、二人で廊下にベットをほっぽり出すって方法を採用したいんだけどな。でも……これって、なんだか試験っぽいよな」

「そうだね。多分。魔法を使って片付けてみろ、って事だと思う」

「だよなあ。でも、そうなるとどんな魔法を使えばいいのかって話だけど……うーん」

「そうだね。いくつか方法はあるけど……どれがいいかな」

 単に「部屋に大人数が座れるスペースを作る」という目的を考えれば、執るべき手段はいくつか考えられる。

 例えば、物体構造に干渉する魔法を使う方法。ベッドや机の大きさを小さくしてしまう方法だ。あるいは逆に部屋の大きさを大きくしてしまう方法だって考えられる。最も難易度から言えば後者の方が格段に高くなる。良の部屋を大きくしても、周りには他の部屋や柱や壁があるわけで、そんなものの存在を無視してしまうと瞬く間に神崎家はあっという間に崩壊の憂き目にあう。つまり他の空間との関係が破綻しないように、この部屋の大きさを広げていく、という技術が必要になるわけで、良には……というか、少なくとも高等部二年までの学生にはハードルが高すぎる。

 といって机を小さくすることが簡単か、というとこれまたそう言うわけでもない。大きさを変える、ということは構造を隅々まで変える、ということ。風を動かすとか、地面に穴を開ける、とかいう魔法よりも必要とされる技術は一段階高いので、やっぱり簡単な訳じゃない。高等部の学生なら、一瞬だけ小さくする、ということは可能でも、それを長時間維持することは難しい。

 だから、今、解法として選ぶべき手段はそれらじゃなくて……



「まあ、場所を空けるだけならベッドを天井まで持ち上げれば良いんだよな」

「そうだね。それなら課題としては及第点じゃないかな」

 良が僕の考えと同じ答えを言ってくれたことに少し嬉しく感じながら、僕は彼に頷いた。



「問題は持続時間だよな」

「そうだね。あまり無茶な時間は設定できないしね」

 魔法は、持続時間を長くしようとするほどに難易度が上がるし、魔力の消費量も跳ね上がっていく。途中で魔法の構成が破綻したり、良の魔力が尽きたりして、みんなが集まっている最中にベッドが天井から落下してくる、という事態は避けたい。

 では、こういう場合にはどうするべきなのか。対象。範囲。持続時間。それらが魔法の何度を決める基本。良の魔力と技法が限られているのなら、一つの要素を増やすには、別の要素を減らすしかない。

 それは良にも分かっているようで、彼は呟くような声を出しながら自分の考えをまとめていく。



「持続時間を延ばすなら、対象範囲を小さくする。要するに「ベッド全体」を持ち上げるんじゃなくて……「足」の部分だけを魔法の対象範囲に絞る……とかかな」

「そうだね、それならいけるんじゃないかな?」

「そう思うか?」

「うん。出来れば一カ所に範囲を絞りたいところだけどね」

「一カ所、か。じゃあ、ベッドの中央部分か。釣り糸をベッドの中央部分に引っかけて、それでベッド全体を持ち上げるようなイメージで」

「そうだね」

 おそらくそれが対象範囲を絞って、持続範囲を伸ばすのに適した解法だろう。もっともバランス・安定感の点と、ベッド自身に物理的な負荷がかかる、という意味では絶対的な最適解とまでは言わないけれど……今の良にとってはこれが最適だろう。

 多分、会長さんもこういう思考を良が出来るかどうかを試して居るんだと思う。良に魔法を教える、というのなら彼の技量を把握するのは最初にするべき事だから。



「よし。龍也のお墨付きが出たなら安心できるな……って、何で笑ってるんだ?」

「え? 僕、笑ってる?」

「というか、にやけてる」

「う、そういう言い方はひどいと思うなあ」

 そう言いながら、確かに僕はにやけていたのかも知れない。

 良は理論については成績が良い方だから、会長さんの問題に対する解法を導き出すのは出来るとは思っていたけれど……やっぱり目の前で答えを出してくれるとなんだか嬉しくなるから。……まあ、問題を出したのは僕じゃないわけだけども。



「……あ、でも、一カ所だけに魔法をかけて、そこからベッドが壊れたりしないかな?」

「枠の部分は金属でしょ? 大丈夫だと思うな」

「よし。じゃあ、龍也、頼む」

「え? 僕がするの?」

「いや、俺がやって、途中でベッドが落ちてきたらどうするんだよ。怪我させたら不味いだろ?」

 あくまで実技に自信を見せない良に、僕は少しため息をつきながら首を横に振った。



「あのね。それじゃ、意味がないでしょ。その時は、僕か会長さんが対処するから大丈夫だよ」

「いや、そんなこと……って、まあ、出来るのか。お前なら」

「うん。任せておいて」

 通常、魔法の発動に必要な四文節。簡単な魔法ならそれを一文節にまでに縮めることはできるから、落ちてきたベッドを止めるぐらいなら一呼吸の時間で出来る。



「一回やってみたらいいよ。駄目そうだったら手助けするから」

「……わかった。じゃあ、机とタンスはその方法で浮かべてしまうとして……あとは人数分のクッションは必要なのか」

「あ、それもついでに魔法で解決しようか。そっちは僕がやってみるね」

「どうやるんだ?」

「ん、まあ、見ててね」

 言いながら僕は、中空に手をかざして頭の中に魔法を構築していく。脳裏に描くのは、空気のクッション。

 部屋を流れる空気を捕まえて、小さな四角の箱に閉じこめる。クッションが適度な弾力を持つように空気の量を調節して、流れと構造を整える。あと透明なのは扱いにくいので、淡い赤の光を空気に混じらせて散らすようにしてみる。



「集い留まれ」

 そんな風と光の魔法を、一文節の言葉で紡いで僕は良の目の前に、空気のクッションを作り上げて見せた。



「おおっ! ホントに一文節でやりやがった」

「うん……こんな所かな? どう?」

「いや、確かにクッションだけど……なんか楽しそうだな? 龍也」

「こういう工夫って好きだもん。良は楽しくない?」

「仕掛けを考えている内は楽しい」

「あはは」

 冗談交じりの良の言葉に、小さく笑いながら僕はぽんぽん、と作り上げたクッションを叩いて良に手渡した。



「あのさ、良」

「うん?」

 受け取ったクッションをぽんぽんと手でもてあそぶ良。言って良いのか、訊いて良いのか。僅かな迷いが頭を掠めたけれど、それを押し切って僕は胸の疑問を口にした。



「……無理、してない?」

「無理?」

「うん」

「無理って、何に?」

「その……最近のこととか。色々」

 僕の問いかけに、良は一瞬、面食らったような顔をして、それから軽く笑って頷いた。



「そりゃ、多少はしてるよ。会長さんに突っ込みを入れたい衝動を我慢しているっていう意味なら」

「怒らないの?」

「まあ、ここで喧嘩したら色々と台無しになりそうだし」

「……そう、だね」

 会長さんの態度に疑問を覚えることはあっても、彼女が良と和解しようとする意図で行動していると僕たちは思っている。だから、短気を起してしまう訳にはいけない。それはわかる。分かるんだけど……。



「……でも」

 でも、きっと。それは、良自身のためじゃない。

 僕や霧子は何故か会長さんに対して気圧されることが多いけど、良は会長さんに対してきちんと反対を口に出来る人間だから、会長さんに言いように弄ばれて、「怒れない」ということはないはず。でも、彼は「怒っていない」。それは何故なのか。

 それは例えば、綾ちゃんのため。彼女が生徒会で居場所が無くならないように。それは例えば、僕や霧子のため。また会長さんに強引に勧誘されたりしないように。良は一人で無理をして居るんじゃないのか。

 そんな想いに言葉を詰まらせる僕に、良は苦笑して軽く僕の頭を叩いた。



「流石にそれは考えすぎだって」

「え?」

 僕の思考を見透かすような良の言葉。それに驚いて僕は軽く目を瞬かさせる。



「えーと、僕、何も言ってない……よね?」

「そこまで責任を感じてる顔をされると嫌でも分かる。どうせ俺がお前とか霧子とか綾のために無理して会長さんと仲良くなろうとしてる……とか思ってるだろ」

「……何で分かるの?」

「だから、顔に出てるっての」

「わぷっ?!」

 苦笑した良は、何を思ったのかいきなりクッションを僕の顔に押しつける。



「ちょ、良? 何するんだよ!」

「お前がなんだか悲観的な顔してたから活を入れてみた」

「活って、あのね。もうちょっと別の方法はないのかなあ」

「張り手の方が良かったのか? 拳でも良いけど」

「……クッションで良いです」

 僕はそんな体育会系のノリじゃないのだ。そうやってやや憮然とした声で答える僕に、良は「悪い悪い」と大して悪いとも思って居なさそうな顔で笑ってから、少しだけまじめな声で言った。



「ま、誰とでも仲良くなれる訳じゃないけれど、仲良くなれる切っ掛けがあるなら拒む理由なんて無いだろう? 俺たち、一応、魔法使いなんだからさ」

「……まあ、そうだけど」

 繋げる絆があるのなら、繋ぐ。それは魔法使いとして当たり前のことなんだけど。でも……やっぱり、それだけが理由じゃないって思う。



「なんかまだ不満そうだな」

「そんなこと無いよ。良に諭されるなんて珍しい経験だから、ちょっと戸惑ってるだけ」

「お前なあ」

「あはは。冗談、冗談。あ、それよりも、良。会長さんと魔力交換ってした?」

「いや、試しても居ない。というか、そんなの申し出たら吊されそうだ」

 なるほど。やっぱりまだそこまでの関係にはなっていない、ということらしい。



 ……今はまだ。



「ねえ、良」

「ん?」

「……交換しても良い?」

「え?」

「ほら、これから会長さんの特訓になるんだよね? 多分」

「うっ……そんなに厳しいと思うか?」

「会長さんの性格を考えると」

「だよなあ」

 僕の指摘に、これからの事態を想像したのか、良はちょっと顔を青ざめさせてから、軽いため息と共に僕に向かって手を差し出した。



「悪い。頼めるか」

「うん。任せて」

 差し出された右手。その手を握りながら、僕は少しだけ、昔のことを思い出す。

 実を言えば―――出会ったとき、僕は良のことが嫌いだった。それだけじゃなくて、良と大喧嘩したこともある。今では笑い話にして良と霧子と時々、思い出しては笑うこともあるけれど、あの時は「魔力交換もまともに出来ないくせに」って良のことをバカにしていたぐらいだったから。……今にして思えば、本当にひどいことを言ったモノだって思う。



 だけど……いま、こうして僕は良の手を握っている。

 だから、会長さんも、あの時の僕と同じように、良のことを嫌って。そして……いつか、こうして良の手を取ることになるんだろうか。



 そんなことを想像して、僕はこっそりと心の中でだけため息を零した。



 もし、そうなった時、会長さんは、こうして良と魔力交換をするぐらいで満たされるのだろうか。会長さんは、こうして良が他の誰かと、魔力を交換することを許すんだろうか。もし、そうなら……僕たちの関係は、きっとこのまま穏やかなまま保たれるけど。もし、そうじゃないのなら―――?



 それが、飛躍しすぎた考えで、杞憂だって笑われる考えだって、自分でも分かっている。会長さんが良のことに興味を持ち始めているのはわかっているけれど、それが恋愛感情に発展するなんて事、流石にちょっとありえないとも思うから。そう、だから、それは杞憂で、心配するだけ馬鹿馬鹿しいことなんだけど。



 でも、その不安を「杞憂」だって笑い飛ばすことが、僕自身にはまだ出来そうになかったのだった。

 もし、本当に今の会長さんがあの時と僕と同じなら。良はきっと彼女に手を差しのばしてしまうから。



 その時に、彼女が差し出された手に、どんな感情を抱くのか。例え杞憂だって笑われても、その事を考えてしまう自分を、僕を押さえることが出来ていなかった。




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