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第二十一話 会長さんの方針(その3)

/3.教育方針検討中(神崎良)



「はい、そこまで」

「っ、は―――っ」

 終了を告げる会長さんの声と同時、俺は大きく息をついて、どすん、と床にへたり込んだ。会長さんたちが俺の部屋に入ってから、そして俺が会長さんの魔法を教える、という申し出を受けてから、既に二時間が経っている。その間、ほとんど休むことなく、会長さんの指示に従って魔法を使い続けていたものだから流石に限界だった。



「つ、疲れた……」

「兄さん、大丈夫?」

「な、なんとか」

 座り込む俺を気遣ってくれる綾にそうは答えたものの、流石にもう限界だった。

 昨日はほぼ徹夜で綾の魔法講座があったわけで、それに引き続いての魔法院での授業、美術部活動、そして会長さんの魔法講義、と続いているわけで、流石に辛いものがある。いや、まあ、昨日の徹夜が無くても今の会長さんの魔法講義だけでへばっていた自信はあるけれど。

 なにしろ「今の実力を見る」との事で、初歩的な流体干渉(風を起こす)、個体干渉(筆箱を潰す・戻す)、熱調節(加熱・冷却)から、やや上級な流体干渉(小さな竜巻を特定のパターンで動かす)、個体干渉(筆箱の形を動物の形に)、熱調節(氷と水と水蒸気の混合状態の維持・調節)まで。延々といろんなパターンの魔法をぶっ続けで使う羽目になったのだから、きつすぎる。



「大丈夫か? 良。しかし、中々、厳しいんだな。紅坂は」

「……ほんとに大丈夫? 無理してない」

 へばる俺に、綾に引き続いてレンさんと霧子が声をかけてくれた。二人とも……会長さんが俺に指示する様子を見守っていてくれていた訳だけど、やっぱり、この二人でも会長さんの指示は厳しいと思うらしかった。

 当の鬼教官……もとい会長さんはと言えば、へばっている俺を見下ろしながら、ふむふむ、となんだか満足げな表情で一人頷いていたりした。というか、何でこの人は平然として居るんだろうか。俺に指示を出す前には必ずお手本を見せてくれていたから、魔法を使った量は俺と同じはずなんだけれど……汗一つ書いているようには見えないんだけど。



「魔法で悩んでいる、って聞いていたから余程お粗末なのかと思っていたけれど、試験の合格点には届いているのね」

「そこから伸びないので悩んでるんです」

 会長さんの言葉に、俺はぐったりとした口調で本音を口にする。そんな俺の悩みを、会長さんを莫迦にすることもなく、いつになく優しい笑みを見せてくれた……気がした。



「そう。ふふ、向上心があるのはとても良いことね。誉めて上げます」

「え……、ええ?」

「? どうかしましたか?」

「いや、やっぱり疲れてるんですかね、俺。今、会長さんが、誉めて上げますって言ったような幻聴が……っ?」

「……神崎さん。何が言いたいのかしら」

「いえ、何も。嬉しくて舞い上がっただけです。はい」

 どうやら幻聴ではなかったらしい。そんな、あんまりといえばあんまりな俺の反応に、会長さんは深々と溜息をついて拗ねるような眼差しで俺を睨む。



「本当に神崎さんは私には意地悪なんですから」

「それは、セリアに原因があると思います」

「もう、あなたまで意地悪言わないの、鈴。それより……どう思う?」

 会長さんの傍ら、邪魔にならないように天井に浮かしてあるベッドの影の下で、篠宮先輩は腕を組んで少しだけ考え込むそぶりを見せる。ちなみにベッドだけじゃなくて、机やタンスはほとんど全て天井に張り付けてある。「部屋を片付けろ」と言われた俺と龍也が採った方法な訳だけど、おかげで全員がなんとか座れる場所を確保できていた。……まあ、見上げると机の脚が見える風景というのは、あまり見た目はよろしくないのだけれど。と、閑話休題。

 会長さんに意見を求められた篠宮先輩は、考えをまとめるように少し瞳を閉じてから、ゆっくりと彼女の見解を口にした。



「そうですね……魔法の種類による得手不得手は見受けられませんね。それが、長所でも短所に思えます」

「そうね。万能選手の可能性も無くはないけど、下手をすると器用貧乏で終わってしまうかも知れないわね」

 篠宮先輩の分析に、会長さんは大きく頷きながら、今度はレンさんの方に視線を向ける。



「先生はどう思われます?」

「そうだね……ああ、いや、止めておこう。私としてはお前達の自由な見解を知りたい」

「そうですか、わかりました」

 先入観を与えたくない、というレンさんの意見に、会長さんは素直に頷いて、今度は龍也に声をかけた。



「じゃあ、あなたの意見はどうかしら。私や鈴の見方に異論はある?」

「いえ、僕もそう思っています」

「昔から、平均的なのが良の良いところですから」

「霧子、褒めてくれてるんだよな? それ」

「……もちろんじゃない」

「何故、目をそらす」

「そこの二人。まじめな話をしてるんだから漫才しないの」

「済みません」

「ご免なさい」

 会長に呆れた視線を向けられて、普段のノリで話していた俺と霧子は二人揃って頭を下げる。そんな俺たちに龍也はいつも通りに苦笑してから、会長にまじめな視線を差し向けた。



「でも、僕は良のそう言うところ長所だと思っています。苦手な魔法がない魔法使いって少ないはずですから」

「そうね。それはその通りだと思う」

 そう言って龍也に頷いた会長さんだったが、「それでも」と言葉を続けて首を横に振る。そしてその碧色の瞳に俺を映して、告げるような口調で言った。



「私は短所が無いことよりも、まず一つでよいから長所を見つけて、伸ばすべきだと思うの」

「なるほど」

 長所を伸ばす。短所をつぶす。どちらも大切なことだけれど、どちらを優先するのかと言われればそれこそ教育方針による、という物だろう。そして会長さんは長所を伸ばすタイプらしい。



「では、会長は、何処を伸ばすべきだと思うんですか?」

 興味を湛えた瞳で、龍也が会長さんに問いかける。つい先ほど、「得手不得手は見受けられない」と評したばかりだけど、会長さんはどこに特徴を見いだしてくれたのか。

 自然、部屋にいる全員の視線が会長さんに集まるけれど、彼女のその視線をはぐらかすように小さく笑うと、俺の方に言葉を向けた。



「じゃあ、神崎さん自身に聞きましょうか。あなたが一番、得意な魔法って何かしら」

「えーと、実技の話で、ですか?」

「理論の話でも構わないわよ。あなたが魔法を行使する上で扱いやすい対象は何かしら」

「うーん。これといって無いんですけれども……強いて言えば風を扱うのは楽です。多分」

「あら、そうなの? てっきり固形物への干渉が得意なのかと思ったのだけれど」

「え? そう見えましたんですか?」

「ええ、落とし穴を掘るとかね」

 そう言って、会長さんは少し口元を緩めた。おそらくは会長さんの「槍」を落とし穴に潜って回避した事を言っているのだろう。



「……あれは緊急避難でしたからね。別に得意って訳じゃないです」

「得意じゃないのにあれだけ出来れば大した物よ」

「じゃあ、会長さんは兄さんに固形干渉の辺りを重点的に教えるつもりなんですか?」

 俺の傍ら、俺と会長さんの会話に眉をしかめていた綾が、会長さんに確認するようにそう問いかけた。



「そうしても良いのだけれど……いえ、少し方針を変えます」

 綾の問いに、そう答えてから会長さんは俺を見つめる表情を改めた。少し真剣な彼女の表情の中、碧色の瞳に仄かに紅い光が見え隠れする。



「思うに、神崎さんにまず必要なのはもう少し別の事よ」

「別のこと、ですか?」

「ええ、あなたに必要なのは……」

「……必要なのは?」

 一度言葉を切る会長さんに、再び、みんなの注目が集まる。今度はそれをはぐらかすことなく受け止めて、会長さんは俺に指を突きつけて、言った。



「あなたに必要なのは、『自信』よ」

「……じ、自信、ですか?」

「そう、そういう態度がまずいけないのよ」

「痛っ」

 会長さんの意図が分からずに俺が首を傾げた瞬間、彼女は、ぱちん、と指先で俺の額を軽く叩いた。



「あなた、魔法に関する話題になると途端に弱気になるでしょう? 言葉からしてもそうよ。「えーと」「多分」「強いて言えば」「別に」ってさっきから何回言ったか覚えているかしら」

「う、そう言われると確かに……」

 今に限らず、魔法の講義や練習中にはその手の弱気な言葉を口にすることが多いかもしれない。確認の意味を込めて周囲に視線を向けると、龍也と霧子と綾はどこか気まずそうな表情を浮かべ、レンさんはといえばなんだか感心したように何度も首を縦に振っていた。どうやら周りから見ても、会長さんの指摘は正鵠を得ている、という事らしい。



「自信がないことはそれ自体が悪循環の原因になるわ。弱気は失敗を生み、失敗は自信を突き崩す。躊躇いは綻びを産み、綻びは躊躇いの温床になる」

「な、なるほど」

「魔法とは世界の仕組みを書き換える力よ。それを弱気なままで行使するなんて駄目。まずそれを自覚なさい」

「はい……」

 知識や技術云々以前に、まず魔法使いとしての気構えがなっていない。厳しいその指摘は、流石に答える物があったけれど思い当たる節もあるわけで、俺は素直に会長さんの声に頷いていた。



「確かに、自信ってないですね、俺」

「そう。まずはそこを直すことが先決ね」

 と、そう言ってから会長さんは少し声の口調を改めて、かすかに同情するように軽く肩をすくめる。



「まあ、神崎さんの場合、自信が付かないのは仕方ないのかも知れませんね」

「……どういうことです?」

「比較対象となる家族・友人が少し特殊すぎるもの」

「ああ、そういうことですか」

 確かに俺の周囲には、レンさん、綾、龍也という天才、なんて言葉で表現されてしまう魔法使い達がすぐ傍に、しかも、複数人いる。それは恵まれすぎている環境とも言えるけれど、確かに周りと自分を比較して魔法使いとしての自信を持てたことは一度もないような気はする。



「……ちょっと待ってください」

 そんな会長さんの言葉を、こわばった声が遮った。振り向けば、綾が俺の服の袖を堅く握ったまま、睨むようにして会長さんを見つめている。



「じゃあ、兄さんの魔法が伸びないのは、私や母さんの所為だって言うんですか?」

「恵まれた環境が、ある一面では仇になることもある。そう言っているだけよ」

「でも」

「いや、なかなか的を得ている意見だと思うよ」

「母さん!」

「少し落ち着け。紅坂は問題点を上げてくれているだけなんだから」

 不満げな綾の頭を軽く撫でながら、レンさんは会長さんに向かって軽く微笑んで見せた。そうしてレンさんが綾を宥めている横から、霧子が首を傾げながら会長さんに問いかける。



「でも、具体的にはどうするつもりなんですか? 綾ちゃんや龍也を見て自信を無くすっていうのなら、会長さんだって適任じゃないってことになりますよね?」

「そうかしら」

 と、霧子の指摘を笑顔のままで受け止めて、会長さんは自信ありげな声で続けた。



「神崎さんが私を打ち負かせれば、それは彼にとって自信になるんじゃない?」

「いや、それは無茶な……って、痛て」

「言っている傍から弱気になるんじゃありませんっ」

「す、済みません」

 思わず謝る俺に、会長さんは不満げに眉をしかめてから、溜息をついて見せる。



「いつも私に突っかかってくる神崎さんはどこに行ったんです?」

「誰も好きこのんで突っかかって言ってる訳じゃありません」

「うん、そんな感じでいいのよ。こういう時は強気なのよね、あなた」

「それはそれ、これはこれでしょう。魔法とごっちゃにしないでください」

「ごっちゃにしていいの。そういう気概を常に持て、っていうことなんだから」

「う、うーん」

 わかるような、分からないような会長さんの主張に、俺は戸惑いを隠せずに頭をひねる。そんな風に悩む俺を見かねてか、霧子が再び会長さんに向かって問いを投げた。



「会長。気構えの問題はわかったんですけれど、実際問題として、良が会長に魔法で勝つって難しいって思うんです。会長さんがもの凄く教えるのが上手だとしても、一朝一夕に出来る事じゃないでしょう?」

「そうです! 兄さんが会長さんに勝てるわけ無いじゃないですか!」

「本当にそうかしら? 神崎さんが私に勝てる可能性は、本当に無いって思う?」

「無いです」

「無理です」

 会長さんの質問に、即答する綾と霧子だった。



「……いや、まあ、そうだけどな」

 確かに会長さんに勝てるなんて微塵も思っては居ないけれども。そうまで「勝てない」と連呼しなくてもいいんじゃないでしょうか。みなさん。



「神崎先生もそう思われますか?」

「条件にもよる……、と言いたいところだけどね。最大限ひいき目に見たとしても、今の良が魔法使いとしての能力でお前に勝てる要素は、ない」

「うう……そ、そうですけどね」

「ああ、ほら、凹むんじゃない」

 レンさんにまで「無理」と断言されて流石に凹む俺だったけど、そんな俺の頭をレンさんは自分の胸の中に抱え込んだ。



「れ、レンさん……?」

「さっきからお前も綾も、慌てすぎだぞ? 今は、って言っただろう?」

「わ、わかりましたけど、そのこの格好は、その?!」

「ふふ。照れるな照れるな」

 慌てて逃げようとする俺の頭を、そうはさせないとばかりに抱え込んでレンさんはぐりぐりと胸に押しつける。いつものレンさんとの魔力交換の格好と言えばそれまでだけど、みんなの前で流石にこの格好は恥ずかしすぎるわけで、案の定、周りからも慌てた声が巻き上がった。



「ちょ、ちょっと母さん!」

「か、神崎先生、何してるんですか?!」

「ん? 見ての通り、落ち込んでる息子を慰めてるんだ」

「平然と言わないでください!」

「ちょっと良! あんたも早く離れなさいよ!」

「痛、ちょっと霧子、耳を引っ張るな、耳を!」

「うるさいっ、ほら、早く離れるの!」

「母さんはこっちです!」

「痛い痛い、こら! いくらなんでも髪を引っ張るな、髪を!」

 綾と霧子の二人に問答無用で引き離されて、俺は安堵の、そしてレンさんは不満げに溜息を零す。



「むー。親子の交流を邪魔するとは」

「先生。生徒の前だって言うことを忘れないで下さい」

「いや、つい」

「つい、じゃありません」

「だって良が可愛かったモノだから。そうだ、代わりに慰めてみるか? 桐島」

「……か、代わりません!」

「……今、一瞬考えただろう?」

「考えてません!」

「先生と桐島さんも漫才を止めてくださいね」

 レンさんと霧子のやり取りを前に、会長さんは呆れたような面持ちで肩をすくめる。



「……神崎さんの魔法が伸びないのは、先生が甘やかしているからじゃありませんか?」

「うーん。そう言われると耳が痛いな。それより、話を戻そうか。紅坂は良がお前に勝る才能を持っている、と考えている訳だな?」

 仕切り直し、とばかりに口調と表情を改めるレンさんに、会長さんもまた表情を引き締めて頷いた。



「その可能性は零じゃないとは思っています」

「根拠は?」

「魔法使いとしての直感、では理由にはなりませんか?」

「いや、十分だよ。紅坂はこう言っているが、どうだ、良。何か一つ、紅坂に勝てるか?」

「無理です」

「即答するんじゃありません」

「痛い痛い痛い」

 思わず即答してしまった俺の耳を、会長さんが容赦なく引っ張った。

 いや、だって仕方ないだろう? この間から、縛られたり、槍で突かれそうになったり、散々、会長さんの魔法を目にしてきたけれど、正直言ってその一つ一つが俺とはレベルが違いすぎる。

 だけど、俺のそんな考えも会長さんは「弱気だ」として切って捨てた。



「いいですか、神崎さん。私はあなたに私なりの魔法の使い方も教えます。でもそれだけに集中しては駄目。私があなたに魔法を教える間、私に勝つ方法を考え、実践なさい。その間、弱気と躊躇いを捨てる事。特に……躊躇いは絶対に抱いては駄目よ。他の誰に対して抱いていても良いけれど、私に対してそんな気遣いは無用だから」

「躊躇いを抱くな、ですか……?」

「そう」

 俺の目を見据えたまま、それこそ躊躇いなくそう告げる会長さんに、俺は早くも気圧されて、それこそ躊躇いを抱く。



「そう言われても……そもそも勝つ方法って言われても、具体的にはどういうことなんですか?」

「それをあなたが考えるの。私に負けたと思わせれば何でも良いわよ。極論すれば、魔法以外の方法でも構わないわよ」

「魔法以外?」

「ええ」

「なるほど。思い切った方法だが、悪くはない」

 会長さんの提案に、レンさんが愉しそうに微笑んで、ぽん、と俺の肩を叩いた。



「その条件ならいけるんじゃないのか? 良」

「……どういう事ですか?」

「つまり、だ。紅坂の寝込みを襲って、を押し倒せばお前の勝ちという言うことだ。いける」

「行けませんっ!」

「何を言ってるんですか、先生は!」

 綾と霧子に再び突っ込まれるレンさんだったが、対して会長さんはと言えば、なんだか不敵に笑いながら俺の方に視線を向ける。



「ふふ、それでも構いませんよ? できるなら、ですけれど」

 言外に「命が要らないのならどうぞ」と微笑まれて、俺は慌てて首を横に振った。



「わかりました。俺なりの方法を考えてみます」

「楽しみにしているわ」

 俺の言葉に、満足したように頷いてから、会長さんはその視線を、綾の方に向けた。



「私の方針は、綾さんもそれで構わないかしら?」

「……会長さんの方針はわかりました。でも、私は私のやり方で兄さんに教えますから」

「そう。じゃあ、勝負ね。ふふ、どちらの教え方がより効果があるのかしら。楽しみね」

 挑むような綾の台詞に、負けじとばかりに会長さんも挑発的な言葉で応じる。そんな会長さんの態度に、篠宮先輩がため息混じりに諭す言葉を投げかける。



「セリア。遊びではないのですよ」

「わかってるわよ。でも、私と綾さんのどちらの主張が正しいのか勝負するのも楽しいじゃない? 教える方にも刺激がある方がいいしね」

「確かに面白いな。しかし、判断はどうする? 紅坂と綾が同時に教えるのなら、どちらの方法が効果があったのか、混同してしまうだろう?」

「本人には分かると思います。きっと」

「なるほど。それはそうかもしれないが……うん。いいだろう。じゃあ、しばらく綾と紅坂の二人が交互に良に魔法を教えるような日程を組もうか」

「ええ。お願いします」

「はい。負けません」

 いつの間にか仕切り始めたレンさんに、綾と会長さんは「望むところだ」とばかりにお互いを見つめたまま頷きをかわす。なんだか、試合直前の格闘技の選手みたいだなあ、なんていう感想が頭をよぎった刹那、俺は正気を取り戻して慌ててレンさんに詰め寄った。

「……いや、ちょ、ちょっと待ってくださいよ、レンさん」

「なんだ?」

「なんだ、じゃないですよ。なにも勝負になんかしなくていいじゃないですか!」

「そっちの方が面白いじゃないか」

「そういう問題じゃないでしょう!」

「大丈夫! 兄さんは私に任せて下さい!」

「そうです。神崎さんは黙って従っていてください」

「いや、だから」

「大丈夫」

 言い募ろうとする俺の言葉を遮って、綾が力強く俺の手を握った。



「綾……」

「私を信じて、兄さん」

「いや、あのな」

「大丈夫。私は、ちゃんと勝つわ。勝って兄さんに言うこと聞いて貰うんだから……っ!」

 なんだか燃える瞳で、ひとり決然とそう言い放つ綾だったが、その発言内容に、ぴくり、と周りの空気が揺れた気がした。



「言うことを訊いて貰う? それは、どういうことかしら」

「はい。成績が上がったら、お互いに「何でも」言うことをきくって約束したんです」

 問われて綾は、えへへ、と少し照れたように会長さんに答える。と、その答えに反応を示したのは、会長さんではなく霧子と龍也の二人だった。



「ちょ、ちょっと良?!」

「それ本当?!」

「きゃあ?!」

「うおう?!」

 いきなり綾を押しのけて俺に迫る霧子と龍也。



「何でもって、何? それ、本当なの? 良?」

「ああ、本当だけど……」

 二人の剣幕に気圧されながら、俺は質問に素直に首を縦に振った。と、その刹那。



「アホか―――っ!」

 問答無用の霧子の突っ込みが勢いよく俺の脳天に直撃し、実のところ疲労が限界にまで来ていた俺は、実に気持ちよく意識を失ってしまったのだった。



 /



 その後、俺が気を失っている間に、散々、揉めることになったらしい。

 そして果たしてどういう経緯をたどって、そういう結論に達したのかは、全く持って不明だが、俺が目を覚ましたときには、霧子と龍也の二人まで俺に魔法を教える事態に発展しており、一番、俺の成績を伸ばした人には、「どんな命令でも一つだけ俺が絶対服従する」ということまで決定されていたのだった。




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