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第二十一話 会長さんの方針(その2)

/2.台所で密談中(篠宮鈴)



「泉さんはよくこのお家に来られて居るんですか?」

 泉さんは慣れた手つきで、台所を行き来して手際よくお茶の準備を整えていく。どうやら台所の何処に何があるのかをほとんど把握しているようだった。そんな彼女の様子に、私は準備を手伝いながら問いかけていた。



「はい。勝手知ったる他人の家、です」

 私の問いに、淡々と答えるその表情は先程までと変わらない……ようにも見えるが、その実、少し和らいでいる気がした。やっぱりセリアを前にしている時は多少なりとも緊張していた、という事なのだろう。尤もそれは仕方のないことだとは思う。カウル様の言葉を借りるのなら、「セリアを前にして、ある種の威圧感を感じ取るのは、魔法使いとしての本能のようなもの」らしいから。

 

 だから、誰もがセリアを前にして身構える。例えセリア自身が、本当は、それを望んでいなくても。



「篠宮先輩」

「……はい?」

 一瞬、物思いに耽りかけた私は、泉さんの小さな呼びかけに意識を引き戻した。そして、声に振り向いた視線のさき、じー、と泉さんが落ち着いた瞳で私の顔を見つめていることに気付く。



「どうかしましたか? 泉さん」

「ひとつお聞きして良いでしょうか」

「ええ、どうぞ」

「篠宮先輩は良先輩のこと、好きなんですか?」

「……」

 先程までの何気ない話題を口にするときと、ほとんど変わらない言葉の響き。だから、一瞬、何を言われたのか掴めなくて、そして彼女の問いかけの意味を理解した瞬間、私は呆れとも感心とも付かない溜息と共に、小さくない笑みを浮かべていた。



「いきなり大胆なことを聞くんですね」

「先手必勝とか、単刀直入がおかーさんの教えなんです」

「なるほど」

 彼女のお母さんは、かなり行動的な人なのだろう。それが良いことなのか悪いことなのかは意見が分かれるだろうけれど、少なくとも泉さんはそのお母さんの教育方針に沿って成長してきたらしい。その教育の成果に敬意を表して、という訳ではないけれど、私は彼女の問いに素直に答えを返していた。

 

「私は特に、神崎さんに恋愛感情を抱いている、という訳ではありませんよ」

「……そうですか」

 答える私の瞳をのぞき込み、泉さんは一拍の沈黙を挟む。まるで、そこに嘘がないことを確認するようなその作業の後、泉さんは小さく頷いた。まるで私を試すかのようなその態度には、少し抵抗を感じたが、しかし、次の瞬間に彼女が見せた安堵の表情が、私から毒気を抜いてしまった。それは気を抜けば見落してしまいそうな、あまりに儚げな笑みに見えたから。



「わたしは……良先輩が好きなんです」

「そうですか」

「同じくらい綾の事も大好きなんです」

「そうなんですか?」

「はい。二人とも大好きです」

「……なるほど」

 泉さんの訥々とした口調の告白に頷きながら、私は彼女の意図に思い当たった。彼女が、わざわざ台所に私を呼びこんだ理由。それはつまり、私に釘を刺すため、ということなのだろう。「神崎さんと綾さんに手を出さないで欲しい」と。そう私に、そして間接的にセリアに伝えたかったに違いない。



 『泉さんは、本当に物怖じしない人なんですね―――』



 思わずそう口を突きかけた言葉。それを私はすんでの所で飲み込んだ。私を見つめる彼女の瞳。微かに震えるその瞳の奥には、ほんの僅かな恐れのような感情が見えたから。だから、きっと、物怖じしない、という形容は正しくないのだろう。

 最上級生に対してあまりにも不躾な問いかけを、非礼と承知しながら、なおも問いかけたのは、きっと畏れがない訳じゃなくて、勇気を振り絞った結果なのだろうから。



「理由を聞いても構いませんか?」

「理由、ですか?」

 私の言葉が意外だったのか、泉さんは、きょとんとした表情で小首を傾げた。その仕草が可愛らしくて、私は少し口元が綻ぶのを感じながら彼女に頷く。



「ええ、あなたは神崎さんのどういうところに惹かれたんですか?」

「それは……内緒です」

「それは私が、神崎さんの事を好きなったら困るからでしょうか」

「はい」

 しれっと頷く泉さんに、今は畏れのような感情は見えていない。中々に一筋縄ではいかない一年生のようだ、と私は小さく苦笑して肩を竦めた。



「泉さん? 普通は、そう言われると却って気になってしまうものですよ」

「あ、ダメです。気にならないでください」

「そうですね。泉さんのお願いなら、なるべくそうします」

 少しだけ泉さんに意地悪をしてから、私は努めて優しく彼女に向けて微笑んで見せる。



「頑張ってください。……泉さんの気持ち、神崎さんに届くと良いですね」

 本当は「私に出来ることなら協力します」とでも言いたかったのだけれど。一瞬、脳裏をかすめたセリアの笑顔が、その言葉を口にすることを私に躊躇わせてしまった。しかし、そんな私の躊躇いは、泉さんに気付かれてしまったようだった。



「会長さんは……、良先輩のこと、好きなんですか?」

「それは私が聞いてみたい所です」

 泉さんの問いに苦笑混じりに答えながら、私は深く溜息を零す。セリアが神崎さんのことを本当にどう思っているのか。私にはまだ、わからない。……あるいは。ただ私が「分かろうとしてない」だけなのかもしれない。



 だって、その事を考える時にチクリと胸を刺す痛みに、私はまだ耐えられていないから。セリアに対して、対等に言葉を交わせるようになるまでに、私が払った時間と努力。その全てをあっさりと乗り越えていける人がいるなんて事を、あまり考えたくはないのだから。



 本音を言えば……、私は神崎良という人物に嫉妬を覚えて始めているのだと、思う。遠慮無く喧嘩をして、それでも心を許せる、という関係にセリアと彼が収まってしまうことが、堪らなく怖くて。だから、本当はセリアが彼に関心をもって欲しくはなくて、彼にもセリアに近づいて欲しくない。それがきっと偽ることのない私の本音。

 でも。

 でも、同時に。彼とセリアにそうなって欲しいって思う気持ちも、私の中には確かにあった。そんな関係は、きっと今までのセリアの中にはほとんど無かったはずのモノだから。



 ……何のことはない。分かっていないのは、セリアの気持ちじゃなくて、私自身の感情なのか。



 そんな自嘲めいた呟きは、私の表情に出ていたのか分からない。でも。



「済みません、お役に立てなくて」

「……篠宮先輩は」

「はい?」

「とても優しい方なんですね」

 でも、私を見つめるおとなしげな風貌の少女は、とても優しい微笑みを浮かべて私にそう言ってくれていた。




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