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第二十一話 会長さんの方針(その1)

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  魔法使いたちの憂鬱


  第二十一話 会長さんの方針



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/1.女性陣待機中(篠宮鈴)



 一体、セリアは何をするつもりなんだろう。



 神崎さんと速水さんの二人組が仲良く連れ立って、階上に姿を消した後、私はセリアの意図を推し量るために思考を巡らせていた。神崎さんとの関係を改善するために魔法を教えに来た、という事は勿論分かっているが、果たしてセリアは今のこの状況を予想していたのだろうか。そう思いながら私はリビングの中で視線を巡らせる。

 女性陣だけが残されたリビング。そこには、どこか薄い緊張感のようなものが漂っていた。中でも一番ぴりぴりとした雰囲気を醸し出しているのは綾さんだ。しかし、桐島さんの緊張度合いも負けてはいないように思える。二人とも表面上は平静を装っているが、互いを、そしてセリアの様子を伺っているのは見て取れた。

 対するセリアはと言えば、相変わらず悠然とした態度のまま、リビングにかけられた小さな額縁に目を遣っている。彼女のことだから綾さんや桐島さんの視線に気付いていないわけは無いだろうが、それに気付いていない素振りを見せている所をみると彼女たちがどんな行動に出るのかを愉しんでいるのかもしれない。



 ……本当に気ままなんだから。

 私は胸中でそう溜息を零しながら、綾さんの隣に腰掛けるもう一人の一年生の方に視線を向けた。綾さんの友達だという彼女は、あまり感情の読めない表情で紅茶のカップを両手で抱えたまま、中空に視線を漂わせている。ぼんやりとした雰囲気を感じさせるが、上級生三人を目の前に緊張した様子を見せていない辺り、なんだか不思議な印象を抱かせる下級生だった。



「そういえば、自己紹介がまだでしたね」

 互いが互いの出方を伺うような沈黙。そんな空気を不意にセリアの声が打ち破る。彼女は今まで見ていた絵画から視線を外して、綾さんの隣に佇む一年生へと向けて、優しい口調で微笑みかけた。



「いきなり押しかける形になってご免なさいね。あなたは綾さんのお友達なのかしら」

「はい。泉佐奈っていいます。綾ちゃんとクラスメートで親友です」

「そう。よろしくね。私は紅坂セリア。そして彼女が私の親友の篠宮鈴よ」

「篠宮です。よろしくお願いします」

「はい、こちらこそ、よろしくお願いします。先輩方」

 セリアと私の挨拶に、泉さんがぺこり、と丁寧にお辞儀を返してくれた。その振る舞いは礼儀正しいが、しかし、萎縮してはいない。そんな泉さんの様子に私は軽く舌を巻く。初対面でセリアに直接声をかけられて動揺も萎縮もしない下級生というのは中々に珍しいからだ。ひょっとしたらただ単に内心を表面に現わしていないだけなのかもしれないけれど、もしそうだとしても、その自制は大した物だと思う。

 泉佐奈さん、か。私が軽い感心と共に彼女の名前を脳裏に刻むと同時、今まで口を閉ざしていた綾さんが意を決したような面持ちでセリアに向かって口を開いた。



「それで……、会長さんはどういったご用件でしょうか」

「やっぱり綾さんは、焼きもちをやくタイプなんですね」

 ほんの少し尖った声での綾さんの問いかけに、セリアは少し口元を緩めてそんな答えを投げ返す。はぐらかすようなセリアの言葉に、綾さんが少し鼻白んだように眉を軽くしかめた。



「それは、どういう意味でしょうか」

「私の用件なんてわかっているのに、殊更にそうやって問いただすんですもの。だってあなたには直接言いましたものね? 私」

「う」

 セリアに図星を指されて、綾さんは僅かに頬を赤らめて言葉を詰まらせる。そんな彼女の言葉を継ぐように、桐島さんが横合いから代わりに問いを投げかけた。



「用件って、良に魔法を教える、ってことですか?」

「ええ。そのつもりなんですけれど……桐島さんは、どうしてそのことを?」

「あ、良から訊いたんです」

「そう。ふふ、じゃあ、そのことはきちんと神崎さんに伝えてくれたのね。綾さん」

「それは……、はい」

 流石に「仕方なく」とは言わなかったけれど、彼女の態度がそう告げていた。先日、セリアが彼女の前で「神崎さんに魔法を教える」と言い出したときにも、綾さんは「必要ない」というような態度を示していたが、その思いはまだ変わっていないようだった。

 セリアもそれは感じ取ったのだろう。少し首を傾げながら、確認するように綾さんに声かけた。



「神崎さんはその話を聞いて反対したのかしら?」

「いえ、そういう訳じゃないですけれど」

「そう。よかったわ」

「あ、でも、それなんですけれど……私も兄さんに魔法を教えることになりました。というか、もう教えています」

「あら、そうなの?」

「はい」

「……」

 綾さんの台詞を耳に、私は少し眉をしかめた。彼女は、セリアが神崎さんに魔法を教えるつもりだという事を知っていた。その上で、セリアより先に神崎さんに魔法を教える、という行動に出たという事になる。つまり、綾さんは、セリアの申し出をどうしても拒絶したい、という事なのだろうけれど……。それは一体何故なのか。

 セリアの強引な行動に反感を抱いたのか。あるいはそれ以外の理由があるのか。綾さんの意図を私が想像する傍らで、当のセリアはと言えば気分を害した様子も見せずに、事も無げに頷いて見せていた。



「そう。それは、いいんじゃないかしら」

「え?」

 そんなセリアの様子に、綾さんは少し拍子抜けをしたような声を漏らす。ぱちぱちと何度か瞬きを繰り返した彼女は、ゆっくりと確認するようにセリアに問いかけた。



「……いいんですか? 私が教えちゃっても」

「ええ。実際、綾さんなら神崎さんより実力はあるでしょうしね。適任だと思うわよ」

「じゃあ、会長さんは」

「色んな人から教えを受けるのは、悪い事じゃないと思うし」

「はい?」

 セリアの意図がつかめなかったのか。一瞬、気の抜けた声を漏らした綾さんは、次の瞬間には慌てた様子でセリアの顔を見つめていた。



「え? あの、私が教えるんだったら、会長さんはもう手を引くってことじゃないんですか?!」

「どうしてそうなるのかしら」

「どうしてって、兄さんには私が教えるんですよ? だったら……」

「別に神崎さんに魔法を教えるのは一人でないといけない訳じゃないでしょう?」

「そ、それはそうですけどっ! でも、兄さんだって二人に教えて貰うとかになると時間の都合が」

「時間のことなら心配しなくても大丈夫よ。私も毎日付きっきりで教えられる訳じゃないもの」

「で、でも……」

「それに、その辺りのことを決めるのは結局、神崎さんですものね。ここで議論しても仕方ないんじゃないかしら」

 あくまで自分の提案を取り下げるつもりはない。言外にそう告げながら、笑顔のままでセリアは綾さんの意図を退けてのけた。綾さんの方はと言えば、セリアの言葉に反論する余地を見つけ出せていないのか、目に見えて表情を曇らせて口ごもる。そんな綾さんの態度を見かねて、私はセリアに向ける視線を少し強めた。



「セリア。程ほどにしてください。後輩をからかうのは感心しませんよ」

「だって、綾さんったら神崎さんの事になると、とても可愛い反応をするんだもの」

「セリア」

「わかったわよ。怖い顔しないの」

 私が声を強めると、セリアは軽く肩をすくめてから、綾さんに向かって小さく頭を下げた。



「綾さん、気を悪くしていたらごめんなさいね。綾さんがかわいらしかったから、つい意地悪を言ってしまいました」

「え?……からかってたんですか?」

「半分はね。でも、半分は本音よ。だってまだ神崎さんに提案もしていないのに、綾さんに門前払いされるのは悲しいもの」

「でも」

「だから、焦らないの。決めるのは神崎さん自身に任せれば良いんじゃない?」

「……わかりました」

 諭すようなセリアの言葉に、少しの間を挟んでから、綾さんはゆっくりと首を縦に振った。納得した……という風には見えないが、結局「神崎さん自身に任せる」という部分に頷かざるを得なかったのだろう。どうやら本当に、綾さんにとってお兄さんは最優先の事柄になるらしい。



「本当に……、綾さんは、お兄さん思いなんですね」

「はい、勿論です」

 思わず漏らした私の言葉に、綾さんは躊躇することなく頷いた。どこか誇るような綾さんの態度に、それを見るセリアの瞳がほほえましいものを見るように少し細まった。



「あなたたち兄妹は本当に仲が良いのね、羨ましいわ。家の兄も引き取ってくれないかしら」

「会長もお兄さんがいらっしゃるんですか?」

「ええ。変なのが」

「へ、変なの……ですか?」

 セリアの物言いに、綾さんが戸惑うように視線を泳がせた。まあ、いきなり「変な兄が居る」と言われても反応に困るのは仕方ないだろう。尤もこの場合、セリアの発言が不適切だというわけではない。彼女が言っているのは十中八九、カウル様の事だけど、あの方を形容するのに一番適している言葉は、確かに「変な人」だろうから。



「そうだ。綾さんは年上に興味はないかしら」

「え? あの、どういう意味ですか?」

「家の変な兄を引き取って欲しいんです」

「え、ええ?! 引き取るって、その……?!」

「変な人だけど 魔法使いとしては優秀よ? どうかしら。まあ、全ての長所を差し引いてマイナスにするぐらいに変人だけど」

「いえ、結構です」

「遠慮ならしなくて良いのよ?」

「遠慮なんかしてませんっ!」

「そう。残念」

 綾さんの拒絶に、セリアは少なからず落胆した様子を見せながら、小さく息を零した。ひょっとしたら冗談ではなく、本当にカウル様を綾さんに紹介しようとしていたのかもしれない。

 確かにカウル様は独り身で、親しい女性がおられる、という話は聞かない。だから妹として不安になる気持ちは分からなくはないけれど……。それにしてもカウル様はもうすぐ四十代になられるのではなかっただろうか。いくら何でも綾さんに勧めるのは年齢が離れすぎているように思う。まあ、紅坂の方々の中には二十歳以上の年の差があるご夫婦も少なくはないのだけれど。



「じゃあ、桐島さんはどう?」

「遠慮しておきます」

「そう、残念ね」

 桐島さんの拒絶に頷きながら、しかし、セリアはふと思いついたように目を開いて、桐島さんを見つめた。



「そう言えば、一度、桐島さんに聞いておきたかったのだけど」

「何でしょう」

「桐島さんは女の子にしか興味はないという噂は本当なの?」

「だ、誰がそんな噂をしてるんですかっ?!」

 セリアの言葉に、桐島さんは見る間に頬を赤くして、慌てた様子で首を横に振る。



「私は至って普通ですから。そんな趣味なんて無いです」

「そうなの? でも、慕ってくれる娘は多いんでしょう?」

「それでも、私にそう言う趣味はありませんっ!」

「あら、勿体ない」

「そういう問題じゃないです!」

「あの……霧子さん?」

「な、なに?」

 必死に否定を繰り返す桐島さんに、横合いから綾さんがなんだか真剣な面持ちで口を挟んだ。



「本当に違うんですか?」

「違います! もう、綾ちゃんまで変なこと言わないでよ」

「あはは、そうですよね。ご免なさい……ふう」

「……なんで、残念そうなの?」

「え? そんなこと無いですよ? ただもしそうなら色々と問題が解決するというか何というか」

「綾ちゃん?」

「こほん。なんでもないです」

 訝しげな桐島さんの視線に、綾さんは誤魔化すような咳払いを一つしてから、今度はセリアの方に言葉の矛先を向ける。



「でも、それだったら、会長さんこそどうなんですか?」

「私?」

「はい。会長さんこそ、その……女の子にしか興味がないんじゃないかっていう噂ありますよ」

「あ、私もそんな噂、聞いたことある。その辺、どうなんですか?」

 綾さんの問いに、反撃とばかりに桐島さんも身を乗り出してきた。そんな二人に、セリアは小さく微笑みながら首を傾げるような仕草で応じる。



「そうね。その噂は私も聞いたことはあるのだけれど……どうなのかしら。そう言われると、確かに好きになる子は女の子ばかりかしら。ね、鈴」

 そういってセリアは意味ありげに私の方へ視線を向けて微笑んだ。……ここで私に振られても困るのだけれど。



「問題なのはセリアのことでしょう?……私に訊かれても困ります」

「あら、私のことは鈴の方がわかってるじゃない」

「そんな事実はありません」

「あの……えーと、お二人はその、本当にそういう関係なんですか」

 私たちのやり取りに本当に興味がわいたのか、綾さんが少し頬を赤らめて問いを重ねてきた。そんな綾さんの態度がおかしかったのか、セリアは軽く口元を隠して微笑みながら、はぐらかす言葉を彼女に返す。



「その辺はご想像にお任せするわ」

「私とセリアは友人です」

「む。随分、つれないのね、鈴」

「セリアは余計なことを言わないで下さい」

「はいはい。あ、でも、男性に興味がないという訳じゃないわよ? ね、桐島さん」

「何で、私に振るんですか?」

「だって貴方も関係者だもの」

「関係者って……、それ、龍也のことですか?」

「ええ。あんなに一生懸命男性にアプローチしたのは初めてのことだったのに」

「え? じゃあ、会長さんは龍也のこと……?」

「どうかしら」

 桐島さんの問いかけに、セリアはあご先に手を当てて少し考えるように視線を伏せた。



「手元に置きたいと思ったのは確かだけれど、恋愛感情とまでは行っていない気はするわね」

「あの、お聴きして良いですか?」

「? ええ、どうぞ」

 不意に、会話に割り込んできた声は、今まで黙って話を聞いていた泉さんのものだった。感情の読めない、曖昧な光が揺れる眼差しでセリアを捉えたまま、彼女は淡々とした口調でセリアに問いかける。



「会長さんは、どんな男性が好みなんでしょうか」

「……」

 率直な問いかけ。その物言いに私は少し感心した。正直、セリアに向かってこの手の問いを正面から投げかける人物は少ないのだけれど……この娘は物怖じはしない性格なのだろうか。

 そんな私の感想をよそに、綾さんと桐島さんもこれ幸いとばかりに身を乗り出して、泉さんの問いかけに食いついた。



「あ、それ、知りたいです」

「私も興味あります」

 ただの好奇心、というには、二人の瞳に覗く光は真摯なものを帯びている気もする。おそらくは、セリアの好みが彼女たちの意中の人と一致するかどうかを、見極めようというのだろうけれど。さて、セリアはどう答えるつもりなのだろう。

 熱を持って自身を見つめる三対の視線に、セリアは一瞬、考えるそぶりを見せてから、ゆっくりと答えを口に乗せた。



「そうね……強いて言えば、見るべきものがある人、かしら」

「……それは、一芸に秀でている、ってことですか?」

「ええ。言い返せば、普通の子にはあまり興味はないの」

「なるほど……」

「そうなんですか」

 セリアの返事は曖昧だったが、それでも綾さんと桐島さんの表情には一瞬、安堵の色が浮かんだように見えた。おそらく神崎良という人物がセリアの好みの範疇から外れていると判断したからだろう。確かに神崎さんに関しては、際だった才能がある、という情報はないから彼女たちが安堵する気持ちはよく分かった。

 尤も、それで安堵するのは早計かも知れないけれど。だって今現在、セリアは「神崎さんは普通ではない何かを持っているのでは」と予測、あるいは期待しているのだから。



「ですから、残念ながら神崎さんには、恋愛感情は抱かないわね」

「そうですよね。うん、兄さんって普通ですもんね」

「ええ。普通よね。今はまだ」

「……はい?」

 含みを持たせたセリアの言葉。その意図を感じ取ったのか、機嫌良く頷いていた綾さんの首の動きが、瞬く間に硬直した。その彼女の反応が面白かったのか、セリアは僅かに目を細めると、笑いを堪えるような表情のまま続けた。



「だって、私が魔法を教えるんだもの。だったらいつまでも「普通」の範疇に居て貰っては困るでしょう?」

「え、ええ?!」

「そうね。神崎さんに魔法を頑張って教えれば、その内、綾さんに「お姉さん」って呼んで貰えるようになるのかしら」

「なりません! そんなの、頑張らないでください!」

 そんな綾さんの悲鳴のような言葉が、リビングに響いた刹那。



「なんだ、頑張らないのか?」

 ドアの開く音と共に神崎蓮香先生が、姿を見せた。



「あ、母さん。お帰りなさい」

「先生。こんにちは」

「お帰りなさい、先生」

「お邪魔しています」

「大勢で押しかけて申し訳ありません」

 口々に挨拶して慌てて腰を浮かせる私たちに、神崎先生は「座っていて良いよ」と気さくに笑いかけて、自らもソファーにぽすん、と腰を下ろす。そして先生は、セリアの方に向かって確認するような言葉を口にした。



「紅坂は今日から、うちの息子に魔法の手ほどきをしてくれるのか?」

「はい。神崎さんが良ければそのつもりです」

「え? あれ? なんで知ってるの? 母さん」

「ん? ああ、例の事故の件で丁寧に謝りに来てくれたからね。そのときに、そっちの申し出も訊いた」

「それって何時?」

「今日の休み時間だよ。それより良はどうしたんだ? 速水も居ないみたいだが」

「兄さんは部屋を片づけにいってます。速水先輩はそのお手伝い」

「ほう」

 綾さんの返事になんだか感心したような声を漏らすと、神崎先生は意味ありげに口元を緩めてからゆっくりとした口調で言った。



「ということは、今、二人っきりというわけだな。良と速水は」

「……」

「……」

 ただ事実を確認するだけのどうということもない台詞。だというのに、綾さんと桐島さんは途端に言葉を失って、そして互いに顔を見合わせる。そして彼女たちが焦った様子でソファーから腰を浮かしたのはほぼ同時のことだった。



「あ、えーと、私、様子を見に行ってきます」

「わ、私も行こうかな」

 そういって慌てて二階へと向かおうとする二人を目にして、セリアは好奇に塗れた瞳を私の方へと向ける。



「……ねえ、鈴」

「はい」

「神崎さんと速水さんはそういう関係なの?」

「その手の噂なら訊いたことはあります」

「そ、そう……」

 私の返事に、セリアは少しだけ驚いたように声を詰まらせた。そんなセリアの様子に、神崎先生が愉しそうに目を細めて笑う。



「おや、紅坂もその手の話には食いつくのか」

「食いついてはいません。でも、そうですね。綾さん達が行くのなら、私もそろそろ、神崎さんのお部屋にお邪魔しようと思います」

「ああ、構わないよ。階段を上がって突き当たりが良の部屋だ。まあ、騒がしいだろうから直ぐに分かるだろう」

「はい。では、失礼します」

 先生には「食いついてはいない」、と答えていたセリアだったが、やはり好奇をくすぐられていたのか、いつになく足早に綾さん達の後を追っていった。そんな彼女に苦笑して、私も後を追おうと腰を浮かせる。と、そのとき。



「あの、先生」

「うん?」

「台所をお借りして良いですか? 紅茶を入れ直していきたいんです」

 一人、ソファーに腰掛けたままの泉さんが、神崎先生にそんなことを申し出ていた。



「ん? それなら私が……いや、そうだな。頼めるかな、泉」

「はい。ありがとうございます、先生」

 一度は断ろうとしていた神崎先生だったが、泉さんの言葉に何かを感じ取ったのか、口に仕掛けていた否定を取り消して、代わりに頷きを返す。そして泉さんは神崎先生の了解を受けてから立ち上がると、今度は私の方に物言いたげな視線を向け、そして言った



「あの、篠宮先輩。申し訳ありませんが、よろしければ紅茶の準備、お手伝いをお願いできませんでしょうか」と。




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