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第二十話 集合(その1)

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 魔法使いたちの憂鬱

   第二十話 集合


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/1.休み時間の教室にて(速水龍也)



「それで、今日は専用車での送迎はなかったわけね」

「今日は普通に徒歩だったよ。まあ、相変わらず注目浴びまくりだったけどな」

 一限目が終わった後の休み時間。いつものように教室の片隅に陣取っている僕たちだったけれど、霧子に頷く良の表情には疲れが浮かんで見えた。その様子に、僕は思わず気遣う言葉を良に投げる。



「大丈夫? 凄く疲れてるみたいだけど」

「大丈夫だよ。一応は」

 そう言って良は軽く笑って手を振るけど、どこか少し無理をしているように感じた。やっぱり、会長さんと並んで登校なんていう注目度抜群の事をしてしまうと気疲れが凄いんじゃないだろうか。僕がそれを指摘すると、良は苦笑混じりに頷いた。



「まあ、会長さんが悪い訳じゃないんだけどな。あそこまで周りからじろじろ見られると、流石に気疲れする」

「あの人、注目度抜群だもんねー」

「人間とは、普通に、平凡に、地味に生きていくのが一番じゃないかと俺は思うんだがどうだろう、霧子」

「何を悟ったようなことを言ってんのよ、あんたは。まあ、気持ちは分からなくもないけどね」

 呆れ半分、同情半分といった口調で答える霧子に、良は軽く呻いてからぱたり、と机に突っ伏す。そんな良の様子に、僕は霧子と顔を見合わせて「どうしたものか」と首を捻った。

 確かに騒いでいるのは周りの人間達だから、会長さんを責めるわけにはいかないと思う。会長さんに問題があるとすれば、彼女が異様に注目を浴びる存在であるにも関わらず彼女自身が注目を浴びることに対して抵抗を覚えていない、という点だろうけれど……。

 とは言え……会長さんに対して「あなたは目立つんですから、もう少し控えめに行動していただけませんか」なんて言葉を口にする勇気は僕にはなくて、そして仮に言ったところで、素直に頷いて貰えるなんて、とてもじゃないけれど思えない。そんな思考を僕が巡らせている傍ら、同じような表情で首をひねっていた霧子が、ふと気付いたように目を開いて、ぽん、と良の肩を叩いた。



「あ……でもね、良」

「ん?」

「今朝、あんたが注目を浴びたのって会長さんの所為だけじゃないんじゃない?」

「なんでだよ。会長さんじゃなくて、俺が目立つようなことをしてたっていうのか?」 

「あんた……綾ちゃんと腕を組んで登校したらしいじゃない。どういうつもり?」

「う。何故ソレを……」

 腕を組み、咎める視線を向ける霧子に、良はばつが悪そうな表情で呻いた。

 僕も霧子も直接目撃した訳じゃないけれど、神崎兄妹が仲良く腕を組んで登校した、という噂はクラスメートから聞いていた。今の良の反応を見る限り、どうやら噂は真実らしい。



「綾ちゃんは可愛いから目立つのよ? 腕なんか組んで登校したら、更に目立つんだって分からない?」

「いや……でも、まあ、兄妹のことだしさ」

「妹離れするんじゃなかったの? お兄ちゃん」

「うう……ご免なさい」

 霧子が投げる言葉の針を、ぐさぐさと身に受けて良がみるみる萎れていく。そんな良をみて思わず慰める言葉が口をつきかけたけれど、僕はすんでの所でそれを、ぐっと飲み込んだ。

 ……うん。霧子にいじめられる良を見るのは忍びないけれど、ここは良に「妹離れ」のことを意識して貰うのはもの凄く大事だと思うから、口を挟みたくなるのを堪える。……ごめんね、良。ここは僕も心を鬼にしないと行けないと思うから。

 何故なら、綾ちゃんが「良と腕を組んで登校」なんていう行動をとったのは、きっと会長さんの突然の行動に、綾ちゃんが危機感を募らせたのが原因だろうから。そして、もし会長さんが「良との関係修復」を目指して、今後も良に対する行動を続けるのなら、対抗心から綾ちゃんの行動が過激化することも想定されるのだ。だから、きっと霧子もここぞとばかりに、良に釘をさしているのだろう。……まあ、少しだけ楽しそうに虐めているようにも見えるのだけど、それは言わないでおこう。



「あー、でも、綾のことなんだけどさ」

 そうやって、しばし、大人しく霧子に虐め……もとい諭されたいた良が、少々、気まずそうに口を開いた。



「反省した?」

「反省はしたんだけど……綾に魔法を教えて貰うことになってるんだ」

「……はい?」

「……え?」

 予想していなかったその言葉の中身に、僕と霧子は声を上げ、一瞬、視線を交差させてからほぼ同時に良の目の前の机をぱしん、と叩いて彼に詰め寄った。



「良、それ、どういうこと……っ!?」

「うん。僕にも分かるように説明して欲しいな」

「えーと、だな」

 周囲を憚って潜めた声で問いかける僕たちに、良は一度辺りをうかがってから少し声を潜めて事情を話してくれた。

 会長さんが良に魔法を教えようとしていること。そして、何故かそれに対抗意識を燃やした綾ちゃんが、良に魔法を教える約束を取り付けてしまった……いうこと、らしい。



「で、昨日はさっそくほぼ徹夜で特訓させられた訳なんだけどな」

「……あのさ。良、確認なんだけど」

「うん」

「それって深夜、良の部屋で、綾ちゃんと二人っきりだっていうことよね……?」

 良を問い詰める霧子の声は押し殺したようでも、僅かに震えている。恐らくそれは怒りのためなのだろうけれど、そんな彼女の感情に良も少しは気付いているのか、しかられた子供のごとく恐る恐るという表情で首を縦に振った。



「……えーと、まあ、そうなんですけれども」

「何を考えてんのよ! あんたはっ!」

 素直な、あるいは潔い返事に、霧子は間髪いれずに良の耳を掴んで、引っ張った。



「痛たたた、って、こら、耳を引っ張るな、耳を!」

「うるさい! ほんとーに危機感がないのよ、あんたは」

「き、危機感って……っ、いや、それは大げさじゃないのか?」

 激昂する霧子に、良は少し戸惑ったような表情を浮かべる。良からすれば「妹離れ」はする、といったもの、それは「今すぐ、迅速に、確実に」行わなくてはいけないもの」という類の認識ではないのだろうから、彼の戸惑いは理解できた。きっと今は近すぎる兄と妹の距離を、少しずつ適度に離していけばいい……と思って居るんだと思う。

 でも、それはあくまで良の認識であって、僕や霧子からしてみれば、良の妹離れと綾ちゃんの兄離れは「今すぐ、迅速に、確実に」行ってくれなくてはいけないものなのだった。何しろ、綾ちゃんの良に対する気持ちが本物だってことを、僕たちは二人の育ての親である神崎先生から聞いているのだから。友人としては、そんな悠長な気構えでいられては困るのだった。

 だから、「夜中に、良の部屋で、長時間、良と綾ちゃんが二人っきりになる」なんていう事態は言語道断なわけで、その辺は、本当に良にもっと危機感を持って欲しいんだけど……でも、それもまた難しい問題なのだった。なにしろ「綾ちゃんが良に抱いている感情」を良に直接教えてしまうこと」は危うすぎて、出来ないから。それを教えられない自分がひどくもどかしい。

 だから、霧子も少し大げさなぐらいに怒ってお説教しているのだと思うけれど。



「全然、大げさじゃないの! 反省しなさい、反省」

「うう、いや、だってな」

「言い訳は聞きたくないの。シスコン」

「ぐお」

「シスコンを卒業するんでしょ? 違うの?」

「……違いません。違いませんが……ってか、ちょっとはこっちの言い分もだな」

「反省の念が見えないわよね」

「だから、耳を引っ張るなっ」

 ……なんというか。

 さながら浮気が発覚した夫婦のような会話だよなあ、なんて感想を頭の片隅に浮かべつつ二人のやり取りを見守っていると、不意に「コツコツ」と何かが窓を叩くような音がした。



「……え?」

 僕たち三人が集まっているのは、教室の後ろ。それも窓側の隅だから、その物音は僕たちの真横から聞こえた訳で、だからほとんど何も考えずに窓の方へと目を向けて、僕は、硬直した。



「うわっ?!」

「な、なに?!」

 僕が硬直した一瞬の後、夫婦漫才をしていた良と霧子も窓の外に目を向けたのか、二人の悲鳴のような声が耳をつく。



「か、会長?!」

「こんにちは、神崎さん」

 そう。良が引きつった声で呼びかけたとおり、窓の向こうには、晴天を背景にしてこちら側をのぞき込む会長さんの姿があったのだった。驚きに、呆然とする僕たちを尻目に、会長さんは平然とした微笑みを浮かべて、もう一度、軽く窓を「こつん」とノックする。



「悪いけれど、窓を開けてくれないかしら。流石に割って入ると目立ってしまうから」

「開けます! 開けますから割らないで下さい」

 冗談めかした会長さんの台詞に、良が慌てて窓を引き開ける。すると、そこから会長さんはひらり、と軽やかに身を翻して教室に降り立った。長い金色の髪が、風にはためいて一瞬、僕の視界を奪う。刹那、僅かに香った花のような香りに、頭の芯が揺れるような錯覚を覚えて、僕は慌てて頭を小さく左右に振った。

 生徒会長、紅坂セリアさん。

 去年、僕に向かって手を差し伸べて……僕も一度は思わずその手を握ろうとして、でも結局は、その手を握ることが出来なかった人。その手には教師の持つ指示棒のようなものが握られていて、おそらくはそれに腰掛けるようにして空を飛んできたのだと、知れた。



「ごきげんよう、神崎さん」

「ごきげんよう、じゃありませんよ! どこから登場するんですか、あんたは!」

「窓からだけど」

「『見て分からない?』みたいに答えないで下さいっ! なんだって空から来るんですか?!」

「凄いでしょう?」

「凄いですけど! それとこれとは話が別でしょうが!」

 声を引きつらせて抗議する良だったけれども、会長さんは悪びれた様子もなく、そんな良の態度を却って楽しげに見ている……ような気がした。だけど、会長さんの様子を細かに観察している余裕は、僕には無くなった。当然といえば、当然だけど注目度抜群の人物が、注目度抜群の方法で登場したものだから、教室内の全員の注目が会長さん……と、それを取り巻いている僕たち三人に一手に集中してしまったから。

 

 ……面倒な騒ぎになるかも知れない。

 そんな予感に、僕は少し血の気が引いた。気恥ずかしい限りなんだけれど、速水会、なんていう名前がつけられている僕と魔力交換をしてくれる人たちの集団がある。そのまとめ役をやってくれている鐘木セフィナさんをはじめとして、その速水会の中心メンバーはこのクラスには多いわけで、会長さんに必ずしも好意的じゃない感情を抱いている人もいるはずだから。



「……」

 そんな緊張を抱いて、身を固くした僕の予想とは裏腹に、教室を包んでいるのはざわめきじゃなくて静寂であり、会長さんに向けられている視線は、敵意じゃなかった。いや、正確には敵意も警戒心も勿論、会長さんに注がれているとは思う。だけど、それだけじゃない。今、彼女に降り注いでいるのは、興味であり、好奇であり、羨望であり、憧憬であり、尊敬であるように、僕には思えていた。

 いろんな感情がさざめいて揺れている視線。そんな息の詰まりそうな視線の群れを受けて、でも、会長さんは狼狽えることもなく、涼やかに笑顔で会釈した。



「こんにちわ、皆さん。お騒がせしてごめんなさい」

 気負い無い、でも、凜とした態度の挨拶。ただそれだけで、集まる視線の圧力を押しのけて、彼女は僕たちの方へと視線を戻す。刹那、紅坂の名前とは対照的に青みを帯びた瞳が、一瞬、僕の目を覗く。



「……っ」

 柔らかなはずの会長さんの眼差し。それでも僕は、その瞳に捉えられた瞬間に、体が強ばるのを自覚した。ドクン、と心臓が高鳴って、俄に汗が手のひらに滲む。それは、あるいは僕が感じただけの錯覚だったのかもしれない。だけど、そんな僕の様子に気付いてくれたのか、良と霧子が、僕を会長さんの視線から遮るように素早く立ち位置を変えてくれていた。



「えーと、それで何のご用でしょうか。会長」

「心配しなくても大丈夫よ、神崎さん。速水君じゃなくて、あなたに用があるんですから。だから、桐島さんもそんなに怖い顔しないで欲しいのだけれど」

「……す、済みません。信用していない訳じゃないんですけれど」

「気にしないでいいわよ。その点は私にも責任があるから」

 良と霧子の行動の意図を汲み、それでいて気にしていない、と答えた会長さんは、ほんの少しだけ声の調子を落として告げた。



「でも流石に、悪のりが過ぎたかしら?」

「……おおっ」

「……なんですか、神崎さん。その感嘆の声は。まさかとは思うけれど「会長でも自戒することがあるんですね」なんて思っているんだったら、埋めるわよ?」

「物騒な台詞だけ小声で囁かないでください。怖いから」

「物騒かしら。神崎さんを埋めたら、綺麗な花が咲きそうなんだけど」

「真顔で言うな」

「冗談よ。神崎さんが意地悪なことを言うからいけないんじゃない」

 良を楽しげにからかってから、会長さんは少し表情を改める。



「でも、そうね。少し騒がしくなっちゃったから……神崎さん。今日の放課後、何か用事があるかしら」

「放課後ですか? 今日はちょっと都合が悪いんですけれど」

「あら。そうなの?」

「ええ、部活動があるんです。まだ体験入部中なんですけれど」

「なるほど……うん。なら、それはそれで都合が良いかもしれないわね」

「はい?」

「分かりました。部活動、勤しんで下さいね」

 都合が悪い、と良が答えたにも関わらず、会長さんは「都合がよい」なんて正反対の台詞を呟いてから、くるり、と踵を返して扉の方に歩を進め始めた。



「って、いや、会長?! だから、放課後は都合が悪いんですけれども?!」

「ええ。ですから部活が終わる時間には迎えに行きます。待っていてくださいね? 勝手に帰ったりしたら、許しませんよ」

 慌てて呼び止める良に、事も無げにそう命令して、会長さんは呆気にとられる魔法使い達のなかを悠々と割って歩いて、教室から姿を消してしまった。

 唐突に現われて、唐突に去っていった会長さんの後ろ姿を呆然とした気持ちで見送っていたのは、多分、僕だけじゃなくてクラスメートの大半がそうだったと思う。そして、結局の所、ほとんどの人が抱いて居るであろう感想を、呆然としたままの表情でぽつりと良が呟いた。



「……なんだったんだ。一体」

「意外と子供っぽいのかも知れないね、会長さんって」

「ああ、そんなとこあるけど。何も窓から現われなくても」

 僕の指摘に頷きながら、未だ良は、呆気にとられている。そんな良の横顔を見ながら、さっき僕が言った意味と、良が頷いた意図は少し違うんだろうな、って僕は気付いていた。

 良の言う子供っぽいは、単純に会長さんが悪戯のような行動を好むという意味での稚気であり。僕の意図はつまり……好きな子の気を惹こうと意地悪する。そんなとても幼く、そして……どこか必死な感情の発露のことだったから。




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