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第十九話 それは私の役目ですっ(その3)

/3.朝の神崎家(神崎良)



「……眠い」

 翌朝。玄関に向かいながら欠伸混じりに呟くと、後ろから綾が少し怒ったような調子でため息をついた。



「もう。兄さんは気合いが足りません。ちゃんと睡眠時間は確保してあげたのに」

「確保って……3時間だろ」

「無いよりマシでしょ?」

「まあ、それはそうだけどな。無茶して倒れたら意味がないだろ」

「そのときは私が看病してあげるし、枕元で魔法も教えてあげるから大丈夫」

「魘されるから止めてくれ」

 呻くような俺の言葉に、しかし、綾は悪びれた様子もない。というか、綾も睡眠不足の筈なんだけど、その瞳は眠気どころか生気に満ちあふれていた。

 そう言えば俺に魔法を教えてくれているときも、もの凄く生き生きとしていたけれど……



「なんで、そんなに元気なんだよ。お前」

「え? だって、そんなの勿論―――」

「勿論」

「えへへ……内緒」

 俺の問い掛けを小さく笑って受け流すと、綾は「えい」とばかりに俺の腕を両手で抱え込んだ。



「……おい」

「何?」

 俺の腕に抱きついたまま、綾は問い掛ける俺を不思議そうに見上げる。



「いや、「何?」じゃないだろ。なんで腕なんて組んでるんだ?」

「えーと……愛情表現、かな」

「暑苦しいから離れてくれ」

「照れなくても」

「照れてないから離れてくれ」

「嫌です」

 ため息混じりの俺の言葉に、綾は小さく唇をとがらせる。



「嫌って、お前」

「嫌ったら嫌なの。今日は学校までこのまま行きます」

「はい?」

「だから、学校まではこのままなの。いいでしょ?」

「いい訳あるか!」

 一体、何を言い出すのか、この妹は。

 そりゃ昔から、綾はこうやって抱きついてきたりしているいけれど、それはあくまで家の中での話だ。流石に、この格好で登校、なんて真似ができるほど俺は度胸は据わっていない。しかもシスコン疑惑が、周囲から、そして自分の中からも沸き上がってきている昨今なのだ。こういう態度は非常によろしくない。



「あのな、綾」

「……ごめんね」

「え?」

「でも……、お願い」

 なんとか諭そうとした矢先、俺の言葉に被せられたのは予想していなかった謝罪の言葉だった。腕に込める力を少し弱めて、綾はすがるような感情を目に込めて、俺の顔を見つめる。



「魔法院までじゃなくて、途中までで良いから……こうさせて欲しいの」

「……理由があるのか?」

「……うん」

 俺の問いかけに頷きを返すと、綾は軽く目を伏せ、そして独り言のように呟いた。



「兄さんへの優先権とか、所有権とかが誰にあるのか、はっきりと示すべきだって思ったの」

「……優先権?」

「あ、ごめん。今の気にしないで?」

「気にするなって、お前」

 今、なにかもの凄く不吉な単語を口にしなかったか。優先権だの所有権だの、そういうおかしな単語を。

 

「いいから! 気にしないでったら」

「何が良いんだ、何が」

「いいのっ! お願いだから、今日は私の言うことを聞きなさい」

「いや、だからな?」

「お願い……駄目?」

 勿論、駄目に決まっているのだけれど……綾の顔をみてしまうと否定の言葉が出てこなかった。そのせっぱ詰まった表情を見ると、無碍にできないって思ってしまう。

 まあ……いいか。

 シスコン・ブラコン呼ばわりされたとしても、あくまでそれは兄妹の範疇の訳であって、そこまで気に病むことではないのかも知れない。いや、霧子と龍也にまた怒られてしまうそうなんだけど……昨日おそくまで熱心に魔法を教えてくれたわけだし、多少の我が儘ぐらいは聞いてやらないと罰があたりそうだ。



「……今日だけだからな」

「うん! ありがとう」

 そう言って喜色に顔を輝かせる綾に観念して、腕を組みながら玄関の扉をあける。と、その瞬間、綾がぽつり、と呟くように言葉を零す。



「……ところで兄さんは、何も思わない?」

「何が」

「だから……その、ドキドキしたりしない?」

「ドキドキ?」

「あ、うん。ほら、こうして女の子が腕を組んでるわけだし」

「妹相手に、どきどきはしない」

「うー、そんなに断言しなくても良いじゃないっ」

「いや、普通はしないだろ?」

「世の中には、そういう背徳感に酔いしれる人もいるんだよ?」

「残念ながら、俺は普通なの。そういう歪んだ価値観はもってません」

 いや、最近ちょっと危なかったけど。でも、妹は妹だし、腕を組むこと自体にそこまで抵抗は感じない。素直にそう告げると、我が妹さんはひどく不機嫌そうに眉をしかめた。



「うー、なによ、それ」

「なんで怒ってるんだよ。でも、それよりいいのか?」

「え? 何が?」

 俺の問いかけの意図がわかっていないのか、綾は小首を傾げる。



「だから、こういう所を誰かに見られてもいいのかって。お前、好きな人いるんだろう?」

「…………」

 そう。今のところ、その相手が誰なのか、教えて貰っては居ないけれど、遊園地で確かにこいつは「好きな人がいる」と言ったのだった。だから、それを気遣う言葉を口にしたのだけれど……何故か、綾が目に見えて不機嫌になった。



「綾?

「……っ」

「痛い痛い痛いっ」

 無言になったかと思うと、綾はいきなり二の腕をつねる。



「って、痛いだろ! いきなり、何を怒ってるんだよ」

「別に」

「いや、怒ってるだろ」

「いいえ。怒って、なんか、いません」

「……怒ってないのに、人の腕をつねるのか。お前は」

「今のは教育だから良いの」

 憮然とした表情で呟きながら、綾は更に強く俺の腕に抱きついた。



「……まったく。昨日からちょっと変だぞ、お前」

「どーせ、私は変ですよーだ。良いもん、変で」

「いや、変なのは良くないだろ」

「いいの。兄さんに責任取って貰うんだから」

「兄におかしな責任を背負わせるな……」

 果たして機嫌は直ったのか、直っていないのか。よく分からないままに、それでも二人腕を組みながら俺たちは玄関を抜け、そして家の外に出た。

 そして、その瞬間。



「ごきげんよう。朝から兄弟で仲がよいのね、神崎さん?」

「―――うっ。おはようございます」

「会長。お、おはようございます」

 昨日と同じように、門の前に佇んでいた会長さんが、にこやかな表情で朝の挨拶をしてくれた。半分、予想していたことではあったが、それでも会長さんが迎えに来てくれているような状況に慣れなくて、俺の口からは小さな呻きのような声が漏れた。そして、それはどうやらきちんと会長さんの耳に届いていたようで、会長さんは笑顔のまま、ぴくり、と僅かに米神のあたりを引きつらせる。



「……神崎さん。なにかしら、今の嫌そうな「うっ」っていう声は」

「いえ、癖です。あまり気にしないでください」

「あらそう? そんな奇怪な癖はお困りでしょう? 直してあげましょう」

「何故、そこで笑顔で手を振り上げますか、あなたは」

「あら、知らない? 女性の顔をみて「うっ」なんて呻く癖は、思いっきり殴打すれば治るんです」

「満面の笑顔で嘘をつかないでください」

「最初に嘘をついたのはあなたじゃないですか」

 いつものようにいつもの如く……と言ってしまうのはもの悲しいものがあるのだけれど、それでもいつものように口論になりそうな雰囲気は、今朝は篠宮先輩が打ち消してくれた。



「……セリア」

「あ」

 横合いから篠宮先輩に呼び掛けられて、会長さんは「コホン」と咳払いをひとつする。そんな会長さんの横目に、篠宮先輩は折り目正しく折り目正しくお辞儀を俺と綾に向けてくれた。



「おはようございます、神崎さん。綾さん。今日も朝からご迷惑を」

「おはようございます、篠宮先輩。いえ、こちらこそ済みません」

「鈴。今日「も」ってどういう意味かしら」

「そのままの意味です」

「……鈴のいじわる」

 篠宮先輩の台詞に、会長さんは少し拗ねたように眉を寄せたが、すぐに気を取り直したのか、俺と綾の方に向かって小首をかしげた。



「ところで、いつもそうして歩いているの? あなた達」

「いや、いつもは―――」

「ええ。いつもこうしてるんです。私たち」

 否定する俺の声を、素早く遮るのは当然のことながら俺にしがみついている綾だ。っていうか、なんでそこで平然と嘘をつくかな、お前は。

 俺がそんな妹の嘘を指摘するより前に、会長さんはなんだかひどく感心したような面持ちで首を縦に振っていた。



「なるほど。神崎さんと綾さんの兄妹仲が良い、というのは聞いていたけれど、本当だったのね」

「ええ。とっても仲良しですから、私と兄さんは」

 そう言いながら、綾は更に強く、俺の腕を抱きしめる。……ってか、胸が思いっきり押しつけられてるんだけどな、綾。いくら兄相手でも、そこまで無防備なのはどうかと思うぞ。

 内心でそう呟きつつ、かつ、腕に押しつけられる感触を極力意識しないように努めながら、俺は会長さんに言葉を向けた。



「まあ、仲は良いですよ。いつもじゃないですけど」

「いつもです」

「……だそうです」

「ふーん。そうなの」

 俺の投げやりな返事に、頷きながら会長さんは、何故か、じー、と俺の腕を凝視する。



「会長?」

「こうかしら」

 その視線の意図を計りかねて、俺が呼びかけるのとほぼ同時、会長さんはいきなり腕を絡めてきた。開いている方の俺の腕に、綾と同じように、しがみつくような形で。



「え?」

「エスコートされる感じじゃないわね。流石に少し恥ずかしいかな」

 なにやら会長さんが右側でぶつぶつと感想を述べておられるが、予想もしていなかった行動に、俺は完全に不意をつかれて、意識が白くなる。

 っていうか、腕に当たる柔らかな感触は、ようするに、つまり、会長さんのアレな訳で、会長さんって、綾に負けず劣らずというか、綾よりもあるんだな―――って、いや、違う?!



「か、会長?!」

「セリア?!」

「ちょ、ちょっと兄さんに何をしてるんですかっ?!」

「何って、綾さんの真似をしてみたのだけど」

 裏返った声をあげる面々に、会長さんは「何か問題があるのか」と不思議そうに小首をかしげた。



「……いけないの?」

「いけません!」

「駄目です!」

 訝しむ会長さんに、篠宮先輩と綾が声をそろえて首を横に振る。そんな二人の勢いに押された……のかどうかは分からないが、会長さんは「そう」と素直に頷くと、すっと俺から体を離してくれた。



「神崎さんとの友好を深めようと思ったのだけど……少し、勇み足だったかしら。ご免なさいね、綾さん。神崎さん」

「は、はあ」

「じゃ、いきましょう。生徒会のメンバーが遅刻しては示しがつかないものね」

「え、あ……はい」

 そういって何事もなかったかのような涼しげな顔で会長さんは、一歩前に踏み出した。その背中を見送りながら、俺はバクバクとなったままの心臓に手を当てる。



「び、びっくりした……」

「………………兄さん?」

「え? あ、どうした?」

「どうしたじゃないわよ…………っ」

「? 何が?」

「なんで、会長さん相手だとそんなにドキドキするのよ……っ!」

 小声で怒鳴りながら、綾が思いっきり俺の腕をつねったのだった。



 /



「セリア。やりすぎですよ」

「ふふ。少し綾さんに意地悪したくなっただけよ」



「例の件は言い出さなくて良いのですか?」

「今言うと、綾さんが怒っちゃいそうだしね。休み時間に教習するのも面白そうじゃない? ふふ、速水君と桐島さんにも久しぶりだしね」


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