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第十九話 それは私の役目ですっ(その2)

/2.夜の神崎家(神崎良)。



「ということで、会長さんの代わりに私が兄さんの勉強を見ることにしました」

「……何が「ということ」なのか、さっぱりなんだが」

 会長さんとの出来事を説明して、改めて「俺の勉強を見る」と宣言する綾に、俺は溜息混じりにそう答えた。



「今の話だと、会長さんが俺に魔法を教えてくれることになったんじゃないのか?」

「なってませんっ! そもそも、そんなこと出来るわけ無いでしょっ?!」

「だから、なんで? 会長さんが俺に勉強を教えると何か拙いのか?」

「マズイに決まってるじゃない!」

 ばし、と俺のベッドを殴打して綾が声を張り上げる。一体どういう訳か、この妹は会長さんが俺に魔法を教えるのがひどくお気に召さないらしい。



「ていうか、何? 兄さんはどうしても会長さんに勉強を教えて貰いたい訳……?」

「いや、そこまでは言わないけど。まあ、確かに会長さんと一対一で勉強なんて教わったら普通に死にそうだしな」

 何せ、俺の資質を試すためだけに束縛の魔法を使うような人だ。魔法の教えを受けるような事になったらどんな過酷な教育方針が掲げられるのか想像するだけで血の気が引く……のだけど。

 その俺の返事に、綾は「そうでしょう、そうでしょう」となんだか満足げに頷きながら言葉を続けた。



「そうでしょう。そうでしょう。困るよね、そういう事になったら。だから、会長には私からちゃんと断って―――」

「いや、それはしなくていい」

「どうして!?」

「うおう?!」

 俺の返事に綾はばしーん、と壁を叩いて憤慨する。



「さっき、『会長さんに教えて貰うのは嫌だ』って言ったじゃない!」

「言ってないだろ!」

 コロコロと表情を変える妹に、正直戸惑いながらも俺は理由を口にした。

 さっきのは「会長さんにどうしても教えて欲しいのか」という問いに対する返事だ。確かに会長さんに対する苦手意識は消えてなんか居ないけれど、でも、彼女に対する苦手意識よりも、魔法使いの端くれとして、紅坂の魔法使いの手ほどきを受けてみたい、という欲求は抑えるのは難しいわけで。会長さんがどんな風に魔法を他人に教えるのか、興味がないって言ったら嘘になる。



「大体、綾だって興味あるだろ? 会長さんがどんな風に他人に魔法を教えるのか、とか」

「う。それは、まあ……あるけど」

 俺の問いに、綾は、しぶしぶ、といった態度で頷いた。



「そもそも、せっかくの会長さんの好意なんだし断るのも悪いだろ?」

 さっきの綾の話によれば、今朝のことだって会長さんから差しのばされた和解の手だった訳だし。それならなおのこと、好意を無碍にすることは出来ない。

 そう言う俺に、綾は少し拗ねたように唇を小さく尖らせる。



「うー。そうだけど。そうだけどっ。でも、限度ってものがあるじゃない」

「限度?」

「そうよ! その「好意」がどんどん過激になっていったらどうするの? まさか、兄さん、会長さんにあんなこととか、そんなこととか要求つもりなの?!」

「落ち着け。頼むから」

 こいつは兄をどんな人間だと思ってるんだ。っていうか、あんなことって何なんだ。



「なんか勘違いしてないか、綾」

「勘違いって何よ」

「だから、会長さんだって別に家庭教師のようなことをやるつもりなんてないだろ? あの人、いろいろと忙しそうだし」

「それは……多分、そうだと思うけど」

「だったら、教わるのなんてせいぜい一回や二回ぐらいだろ? だったらそんなに大げさな話じゃないんじゃないのか?」

「うー。そうかも、だけど……だけどっ」

 なんだか不満そうな表情で、しかし、綾は直ぐには反論を返してこない。「理解はしているが、納得はしかねている」という表情だろうか。

 しかし、こいつはなんだってそんなに会長さんが俺に魔法を教えるのを嫌がるんだ? まさか本当に俺が会長さんの謝意につけこんで、不埒な要求をすると思ってる訳じゃないだろうけれど……。



「なあ、綾。お前こそどうしてそんなに嫌がるんだ?」

「それはっ……」

「それは?」

「だって、私だって兄さんに魔法教えて上げる事なんてそんなにないのに」

「え? そうか?」

 予想していなかった指摘に俺が首をかしげると、綾はますます不満げに頬をふくらませる。



「そうだよ。兄さん、魔法のことだったらレンさんとか速水先輩に訊いちゃうじゃない」

「ああ、そう言えばそうだよな」

 綾の指摘に俺は「確かに」と頷いた。綾の魔法の実力が俺より上、というのは周知の事実なわけだけど、実際の所、綾に魔法を教わる、ということはあまりなかったかもしれない。

 きちんと魔法を教わるのなら母親にして教師のレンさんがいるわけだし、それ以上に龍也や霧子と一緒に勉強している方が、なにかと気兼ねが無くて良い。……あと流石に妹に頻繁に教えを請う、というのは抵抗があったりするわけで……。



「私だって……兄さんに魔法教えてあげたいのに。兄さんに魔法を教えるのは私の役目だって決まってるのにっ」

「いやいや、待て。いつからそんなのがお前の役目になった」

「だから、私の役目なのに、今まで私の役目になってないことが変なの! おかしいの! 不満なの! もう、そんなことぐらいわかってよ、兄さん」

「わかるか!」

「大体、お礼だったら私もしないといけないでしょ? いくら会長さんでもそこは譲るわけにはいかないの!」

「お礼?」

「そうだよ。会長さんは遊園地の件のお礼、って言ってくれてるけれど、それだったら、私の方が、ずっとずーっと大きなお礼を兄さんにしないといけないのに」

「あのな」

 綾の言っている「お礼」とは、要するに例の遊園地の一件のことだろう。でも、あの件については正直、俺は何も出来ていなかったわけだから、綾から「お礼」なんて貰うのは筋違いだ。とはいえ、綾の様子を見ている限りは、そんな事を言っても聞き入れるようには思えない。

 

「えーとだな。いいか、綾。兄が妹を助けるのなんて当たり前なんだから、そんなこと気にするんじゃない」

「じゃあ、妹が兄に魔法を教えるのも当たり前だから、今日から私が兄さんの魔法を教える役になるね」

「いや、それは当たり前じゃないから」

 普通は妹や弟は、兄や姉に魔法を教えません。そんな俺の指摘に、なおも綾は不満そうに頬をふくらませた。



「……そんなに、私じゃ駄目なの?」

「え?」

「兄さん。そんなに、私より会長さんの方がいいの……?

「そこはかとなく誤解を招く物言いは止めなさい」

 なんだってこの妹は、そんなに兄に魔法を教えたがるのか。まあ、好きなことを人に教えるのは楽しい、っていうことなのかもしれないけれど。そんなことを考えながら、俺は「さて」と内心で呟いて腕を組んだ。なんだか今日の綾はひどく感情的に見える。さっきの綾の話を聞いていると生徒会では会長さんに良いように言いくるめられたみたいだから、その辺も関係しているのかも知れないけれど……どうしたものか。

 と、そこまで考えた所で、別の考えが頭に浮かんだ。そもそも、これは、あまりややこしい話じゃないかも知れない。



「わかった。じゃあ、こうしないか。綾も俺に魔法を教えてくれ」

「え? いいの?」

「うん。まあ、そろそろ中間試験の時期でもあるし、教えてくれるのなら正直ありがたいしな」

「本当?!」

 俺の提案に、綾の表情に喜色があふれる。そこまで喜ばれるとは思っていなかったので、ちょっと驚きながらも俺は言葉を続けた。



「でも、条件が二つある」

「条件って、何? その……いけないこと?」

「ち・が・う。会長さんにも教えて貰うけど、それに文句を付けないこと」

「えーっ! なんで? 私が教えるのに?」

「それはそれ、これはこれ」

「そんな……っ! 兄さんは、自分の彼女に堂々と浮気を見逃せっていうの?!」

「なんで魔法を教えて貰うのが浮気になるんだ」

 何故か悲鳴のような声を上げる綾に、俺はため息混じりに首を横に振った。複数人から魔法を教わることが浮気になるのなら、魔法院は大変なことになってるだろうが。

 ……あと今、なにげに彼女とか変なこと言うんじゃありません。



「ともかく、別に会長さんに教えて貰うのと、綾に教えて貰うのって同時に出来ない訳じゃないだろ? 単に時間ずらせばいいだけだしさ」

 そうなのだ。さっきも言ったように、会長さんだって忙しいだろうし、そんな毎日、ずーっと俺なんかに構っている暇はないだろう。つまり教えて貰えるとしても時間にすれば僅かな時間。そのほかの時間に、綾に魔法を教えて貰うことに何ら支障はないはずだ。



「そうだろ?」

「それは、まあ……そうだけど」

「あともう一つ、自分の勉強の方を疎かにしないこと」

 これは兄としての最低限のけじめ。流石に、自分の成績のために妹の成績を落とすような真似は出来ない。そう言うと、こちらの方の条件には綾は「わかった」と素直に首を縦に振ってくれた。



「よし、じゃあ、そういう事でお願いできるか?」

「うー。でも、なんだか兄さんは私に積極的に教わる気がないような気がします……」

「そんなことはないぞ? 多分」

「多分、ってなによ! その辺から既にやる気なさげなんだけど」

「そう言われてもなあ……」

 話は付いた……と思ったのもつかの間、今度は俺のやる気についてご不満な様子だった。とはいえ、いきなり兄の部屋に押しかけてきて、魔法を教えさせなさい、と宣う妹に対して、「是非お願いいたします」と誠意とやる気に満ちあふれた返事を返せ、というのはいささか酷なように思うのだけれど、どうだろう。というか、未だに、何で綾がそんなに会長さんに対抗心を燃やしているのか掴めていない訳で、こちらとしてはやる気よりも、困惑の方が先立ってしまう。

 そんな俺の内心を知って知らずか、俺の顔を「じー」と不満げに見つめていた綾だったが、不意に目を開くと「ぽん」と両手を胸の前で打ち合わせた。



「そうだ! じゃあ、私に魔法を教えさせてくれたら……ご褒美を上げる」

「ご褒美?」

「うん。何でも一つ言うこと聞いてあげる」

「それはまた豪気な」

 確かにやる気を出させるのにご褒美っていうのは有効だけど……、しかし、こういう場合は、教えて貰う方がそういう台詞を吐くものじゃないんだろうか。なんで教える方がご褒美を与える側になるんだろうか。



「それでも、駄目? やる気でない?」

「いや、やる気というか、なんというか」

「私にして欲しい事って無い?……何でもするよ?」

「何でも、ってお前な」

 妹に言われたんじゃなければ、酷く意味深な台詞なんだろうけれども。でも、教えてくれる側の人間にここまで言わせておいて、断るなんて言うのも流石にできない。

 なんで綾がここまで必死なのか分からないけれど―――その理由が分かるまでは、綾のペースに付き合っても良いか、と思う。まあ、魔法を教わることは別に悪い事じゃないし。



「わかった。じゃあ、ご褒美を楽しみに頑張る事にするよ」

「ホント?!」

「本当」

「ほ、ホントに何でも良いからね?! この際、倫理的な問題も無視しても良いから」

「あのな」

「……寧ろ無視して欲しいし」

「何?」

 今、なんかおかしなことを言われた気がするけれど……まあ、いいか。



「でも、普通は逆だよな」

「逆?」

「お礼なら俺もしないといけないんじゃないのか?」

「え? じゃあ、兄さんが何でも言うこと聞いてくれるの?!」

「そんな危険な約束はしません」

 もの凄い勢いで目を輝かせる綾の言葉を、俺は冷たく切って捨てる。



「えー!」

「えー、じゃない」

 何を要求するつもりだったんだ、こいつは。なんだか悲痛な声をあげた妹は、しばし考え込むような表情を見せてから、すぐにまた名案を思いついたとばかりに目を輝かせて俺の顔をのぞき込んだ。



「じゃ、じゃあ、こうしない? お互い相手の言うことを何でも一つだけ聞くっていうのは……どうかな?」

「……ふむ」

 そう言われて、俺は暫し考え込んだ。正直なところ「何でも」という辺りに、そこはかとない不安を感じなくはない。さっきの綾の様子から見て、俺に対して何か要求したいこともありそうだし。

 でも、「互いに」ということなら綾もそこまで無茶な要求はしてこないんじゃないだろうか。俺に対する要求が高ければ、自分にも跳ね返ってくる訳だし。



「いいよ。それでいこう」

「ほ、本当?!」

「まあ、お兄さんは妹さんの良識に期待します」

 まあ多少の品ならアルバイト入れれば何とかなるだろうし、とそんな気持ちで頷いた瞬間、綾が勢いよく立ちあがると、大あわてでドアの方へと向かっていった。



「綾?」

「待っててね! 今、勉強道具用意してくるから!」

「今からするのか?」

「勿論! 今夜は寝かせないからね、兄さん」

 そう言って、綾は元気いっぱいに、自分の部屋へと戻っていったのだった。



「……いや、ホントになんなんだろうな?」

 思わず呆然と呟いてしまった、こんな兄を残して。


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