表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/100

第十九話 それは私の役目ですっ(その1)

/0.



 果たして、今日の放課後、綾に何があったのか。



「今日から私が兄さんに魔法を教えます」

 夕食後、俺の部屋に乗り込んできた妹は、兄に向かってそう宣告したのだった。



/**************************/

 魔法使いたちの憂鬱


 第十九話 それは私の役目ですっ!

/*****************************/



/1.放課後の生徒会(神崎綾)



 会長さんと一緒に登校したおかげで、騒々しかった一日の終わり。篠宮先輩が淹れてくれた紅茶の香気を挟む形で、私は会長さんとソファーに腰掛けて向き合っていた。それぞれの隣には篠宮先輩と鏡花ちゃんが腰を下ろしている。ここ最近、私にとって当たり前になった放課後の風景。だけど会長さんと対面している私は心持ち緊張していた。



「今朝はごめんなさいね、綾さん。変な騒ぎになったみたいで」

「あ、いえ。会長さんの所為じゃありませんから」

 謝ってくれる会長さんに返した言葉は本心だったけれど、私の胸の中には晴れない感情がグルグルと渦巻いている。それは勿論、今会長さんが謝ってくれた今朝の騒動のことが原因だった。アレは本当に、会長さんの謝意から来た行動なんだろうか……?

 そんな疑念が頭の隅っこに引っかかったまま離れない。そんな思い悟られないように紅茶に口をつけていると、隣から鏡花ちゃんが羨む声を上げた。



「いいなあ、綾ちゃん。会長と一緒にあんな車で登校できるなんて。私のクラス、今日一日、その話で持ちきりだったよ」

「あら、そうなの?」

「はい! それは勿論、会長のことですから!」

「目立つ時間帯に目立つ車で乗り付けてしまいましたからね。本当に申し訳ありません、綾さん」

「あ、いえ。私は気にしてませんから」

 自分の責任のように表情を曇らせて、篠宮先輩は丁寧に頭を下げてくれる。その篠宮先輩に、私は慌てて手を振って口を開いた。



「あんな車に乗せて頂いたのは初めてでしたから。戸惑いましたけれど、楽しかったです」

「そうですか」

「そう言ってくれると嬉しいわ。ありがとう、綾さん」

「いえ。こちらこそ」

 あらためてお礼を言われて、私もまた小さく頭を下げる。会長さんに「楽しかった」と返した言葉は、少しの社交辞令は混ざっていたけれど、私の本音でもあった。浮遊車、と呼ばれる高級車に乗ったことは生まれて初めてだったし、後の騒動のことさえなければ、楽しい経験だったから。

 でも、やっぱり私の言葉に気遣いを感じたのだろう。篠宮先輩が咎める視線を会長さんに向けて息をついた。



「セリア。やはり、今後は車を使うのは控えた方が良いと思います」

「そうね。しばらくは控えましょうか。ふふ、でも鏡花さんが残念そうな顔をしているから、その内にまた使うかもしれないけれど」

「わ、私、顔に出てましたかっ?!」

 会長さんの悪戯っぽい声に、鏡花ちゃんが顔を赤くして狼狽える。そんな彼女に、残りの三人は口元を緩めて、ほぼ同時に頷いた。



「ええ。『綾ちゃんが羨ましいなー。私も乗りたいなー』って大きく書いてあるもの」

「卯月さんは隠し事ができない人なんですね」

「素直なのは良いことだよね。うん」

「うう。そんな一斉に攻撃しなくても……」

 呻くように呟いて、鏡花ちゃんは耳を赤くしたまま顔を伏せる。その鏡花ちゃんに、会長さんは「冗談よ」と軽く笑いながら、ふと考えるように唇に軽く手を当てた。



「でも、今まで鈴とあの車を使ったことはあったけれど、ここまで騒ぎにはならなかったわよね」

「それは、その……会長が神崎先輩とご登校されたからだと思います」

「あら、やっぱり、そうなの?」

「はい。私だって、その……気になっちゃいましたから」

 そう。鏡花ちゃんの言葉の通り、今朝の出来事が一日中噂になったのは、会長さんが兄さんと……つまりは男の人と一緒に登校したことが理由だったと思う。魔法院の中で会長さんが生徒会の男の人と一緒に歩いている風景は珍しくはないらしいけれど、一緒に登校する男子生徒はいなかったらいい。

 だから、みんなが好奇心を刺激されるのは分かるのだけれど……会長さんの噂の相手が兄さんだというのは、私としては非常に面白くないわけで。思わず引きつりそうな表情を誤魔化すように私はまた紅茶に口をつけて、ちらりと会長さんの表情を伺う。当の会長さんは、鏡花ちゃんの台詞に頷くと、少し考え込むように口元に手を当てた。 



「あまり騒ぎが続くのは困るわね……でも、まあ、見慣れてしまえば、飽きるわよね」

「え?」

「はい?」

 呟くような会長の言葉。それを耳にして私と鏡花ちゃんは同時に声を上げて、そして目を見合わせた。思わず反応してしまったのは会長さんの台詞に混じっていた『見慣れる』、『飽きる』という言葉に不吉な事を想像してしまったから。



「あ、あの、会長?」

「何かしら?」

「ひょっとして、兄さんとの登校を今後も続けるつもりなんですか……?」

「ええ。そのつもりだけれど」

「え、ええっ?!」

「か、会長?!」

 恐る恐ると問い掛けた私に、会長さんは平然とした表情で答える。その返事に、鏡花ちゃんが悲鳴のような声を上げていた。



「あ、あの、会長! その、どうしてそういう事になるんでしょう?」

「あら、鏡花さんには言ってなかったかしら? 今回の件はお詫びだから、きちんと謝意が伝わるまでは続けないといけないのよ」

「い、いえいえ! あの、お詫びならもう十分にして頂いていますからっ!」

 何を言い出すのか、この人はっ!

 その思いに、私は慌てて会長さんの言葉に割り込んで、その申し出を辞退する。ありがた迷惑―――とまで言ってしまうと、失礼だとは思うけれど。朝の貴重な私と兄さんの時間を、奪って欲しくはないし、噂を増長するような真似は止めて欲しい。

 その思いに慌てる私に、会長さんはややわざとらしく息をつき、そして視線を伏せて哀しげに呟いた。



「そう……やっぱり、綾さんにはご迷惑なのね。そう、そうよね。あんな騒動に巻き込まれて不快に思わない訳はないわよね」

「いえ、そういうことじゃないんですけれど……」

 私が巻き込まれるのが迷惑なんじゃなくて、兄さんが会長さんと噂になるのが嫌なんです。

 なんて台詞は流石に言えずに一瞬口籠もっていると、会長さんはしおらしい表情で私を見つめて、頷いた。



「わかりました。残念ですけれど、綾さんとご一緒するのは諦めます」

「え? そ、そうですか?」

「ですから、明日からは、お兄さんだけお迎えに行きます」

「だ、ダメですっ! だから、なんでそうなるんですかっ!」

 私を除いて、兄さんだけが会長さんたちと登校なんて……そっちの方が何倍も性質が悪い。そんな会長さんの提案に私が目眩すら感じていると横からせっぱ詰まった声で鏡花ちゃんも反対の声を上げてくれた。



「わ、私も反対ですっ!」

「あら、どうして?」

「ど、どうして……って、その、あの……」

 まさに蛇に睨まれた蛙、とでも言えばいいのか。会長さんが真っ直ぐに視線を向けて微笑むと、鏡花ちゃんは途端に狼狽えて言葉を失ってしまった。でも、そこは中等部生徒会長経験者とでも言うべきか、ただ俯いて黙り込む、なんてことはせずに、鏡花ちゃんは赤い顔のままなんとか反対の理由を口に乗せる。



「ですから、その、会長と男の人が、その、あの……し、篠宮先輩も反対ですよね?!」

 ……結局は、会長さんに押し負けてしまった鏡花ちゃんは、さながら泣きつくように会長さんの傍で静かに紅茶をすする篠宮先輩に声かけた。確かに、この場で会長さんに意見できるのは篠宮先輩ぐらいしかいないので、すがる相手としては適任なのだけれど……しかし、その結果は残酷だった。鏡花ちゃんの言葉に、篠宮先輩は申し訳なさそうに首を横に振ったのだった。

 

「神崎さんの事に関しては、セリアが決めた事ですから、私には反対は出来ません。妬けないといえば、嘘になりますけど」

「そ、そんなぁ」

 頼りの綱、だったはずの篠宮先輩の賛同を得られなくて、ますます鏡花ちゃんは泣き声を上げる。そんな彼女を慰めるように、篠宮先輩は優しく微笑んで見せた。



「大丈夫ですよ、鏡花さん。今回のことはちゃんと理由があってのことですから。そうですね、セリア」

「ええ。だから、そんなに慌てなくて大丈夫よ」

 篠宮先輩に促されるように、会長さんは鏡花ちゃんにそう言って微笑みかけてから、私の方に向き直る。



「あのね、綾さん。今回のことはお詫びの意味合いもあるわ。だけど、それ以上に仲直りの意図があるの。去年のことは聞いているんでしょう?」

「あ……はい」

 去年のこと、とはつまり速水先輩の勧誘を巡っての兄さんと会長さんのトラブルのことだろう。



「あれ以降、神崎さんとの関係は良好とは言えなかったけれど、いつまでも引きずるのは良くないと思ったの。綾さんも生徒会に入ってくれたことですしね。なら、上級生の方から歩み寄るのが当たり前でしょう?」

「それは……そうですけれど」

 確かに理由としては十分だ。

 兄さんだって会長さんと仲直りしたい、みたいなことは言っていたし、妹として、そして生徒会の一員として、会長さんの「仲直り」の申し出を否定理由はない。

 ない、はずなんだけど……。



 『会長さんは、兄さんに興味を持っている』



 この前、会長さんを待つ間に篠宮先輩が私に話してくれたそんな台詞が脳裏に浮かぶ。会長さんが兄さんに抱いている興味。それがいったい何なのか、まだ私には分かっていなくて。だから、それが胸の中の不安に拍車をかけてしまう。

 ただ単に、喧嘩相手に対する興味だったら良いんだけれど。もし、そうじゃなかったら……?



「だから、少しの間ご一緒させてもらえないかしら?」

「……っ」

 躊躇う私に向かって、会長さんは優しい声のまま言葉を続ける。穏やかな口調のその声に、しかし、私は息が詰まるのを感じて言葉を返せない。



 なんだろう、この感覚。いつもの会長さんの態度より、むしろ高圧さは感じないのに。さっき鏡花ちゃんのことを「蛇に睨まれた蛙」なんて言ったけれど、多分、今の私も同じようなもので―――。



「勿論、嫌でなければ綾さんもご一緒してくれると嬉しいのだけれど」

「…………そういうことなら。わかりました」

 押し負けた、とは思いたくないけれど、私はしばしの逡巡を挟んで、頷いてしまった。ここで妥協しないと、なんだか本当に兄さんだけを拉致して登校してしまうんじゃないのかって不安があったから。

 それに……まあ。兄さんにとっても会長さんとの関係は改善した方がいいのだろうから……今は、私の我が儘で、邪魔、しちゃいけないって思う。兄さんと他の人が噂になんかなって欲しくないっていう気持ちはあるけれど。



「そう、ありがとう。綾さん」

「でも、あまり兄をからかわないでくださいね。ただでさえ、いじられやすい人ですから」

「あら、お兄さんをからかうのは妹の特権なのかしら」

「そうです」

 答えながら、私は少し気持ちが楽になるのを感じていた。それは私を揶揄する会長さんの声に、私が危惧している感情は感じ取れなかったからなのかもしれない。

 まあ、正直、考え過ぎなのかもしれない。だって会長さんと、兄さん。正直に言って釣り合いがとれていないと思う。勿論、才能とか容姿とかそういう事じゃなくて、性格とか考え方とか……合っていないような気がする。うん、だから大丈夫。

 そう自分に言い聞かせるように私が頷いていると、会長さんは一度紅茶で唇をしめらせてから、再度、私に対する「お願い」を口にした。



「ところで、綾さん。もう少し、お願いがあるのだけれど、いいかしら」

「あ、はい。なんでしょう」

「お兄さんの事、教えて欲しいの」

「兄のこと、ですか?」

「ええ。何でも良いのよ。お兄さんの好き嫌いとか、趣味とか。普段何をして過ごしているのか、とか」

「……」

 何、これ。何なんだろう、この台詞は。

 先ほど安堵した気持ちが一転、凛々、と心の中で再び警戒音が鳴り響き始める。果たしてどういう意図か、と会長さんではなく横目で篠宮先輩の顔を伺うと、篠宮先輩は小さく頷いてから優しい声で意図を説明してくれた。



「セリア本人は、お兄さんと仲直りをしたいと思っているのですが……セリアの場合、そのための歩み寄り方に問題があるのです」

「歩み寄り方、ですか?」

「ええ。これ以上、セリアが好き勝手に行動するよりも、お兄さんの趣味趣向を考慮して行動の選択肢を絞り込んだ方が、また騒動になることを避けることができると思いませんか?」

「……なるほど」

 確かに会長さんの思うがままに行動されてしまうと、意外な行動に出られてしまうかも知れない。今朝だって現にあんな高級車を引っ張り出してきたりしたわけだし。会長さんに全く常識がない、とまでは思ってはいないけれど……不安の原因は少ないに越したことはない、かな。



「……なんだか、随分な言われようね、私」

「セリアは少し黙って。反省していてください」

 篠宮先輩の言葉に、警戒心が少しだけほつれた。正直、「兄さんのことを他の女の人に教える」なんて抵抗があるけれど……考え過ぎ。考えすぎだよね?

 そう再び自分に言い聞かせながら、そして「兄さんのため、兄さんのため」と頭の中で繰り返しながら、私はゆっくりと言葉を口に乗せていった。



「そうですね。部屋ではよく漫画とか読んでます。放送とか、映画とかはあまり見ないですね」

「ふーん、漫画、ね」

「会長は漫画とか読まないイメージですけど」

「そうね。あまり読まないわ」

 頷きながら会長さんは困ったように眉根を寄せる。



「他には? 演劇とか演奏とかダンスとか、そういった趣味はないかしら」

「……えーと。多分ありません」

 どれだけお嬢様な趣味なのか、それは。

 私にだってそんな趣味はない。まあ、演奏といえばちっちゃな時は少しだけピアノを習っていた事もあるのだけれど、お稽古の時間には兄さんと一緒にいられなかったのがつまらなくて直ぐに止めてしまったのだった。閑話休題。



「あとは、やっぱり魔法の練習を良くしてます」

「あら、意外と努力家なのね」

「はい」

 意外、は余計ですけど、と心の中だけで呟いて、私は言葉を続ける。



「本人は「やりたくてやっていないんだけどな」って良くぼやいてますけど」

「どういう事?」

「プレッシャーが凄いらしいです」

「……なるほど」

 母さんや、速水先輩、ついでに言えば私も魔法の成績は上位だ。だから、兄の威厳にかけて、多少はあがいて見せないと、というのが兄さんの弁。



「先生に、綾さんに、速水君に囲まれてるんですものね。それは確かに大変でしょうね」

 私の説明にそう頷いてから、会長さんは一瞬考え込んでから、やがて軽い頷きと共に手を打った。



「……それ、使えるかもしれないわね」

「え?」

「だから、仲直りのことよ。うん。それなら……」

 うん、と一人納得して頷いている会長さんに、いい知れない不吉な思いが胸を突く。そして、篠宮先輩もその不吉を感じたのか、私の言葉を先取りするように、会長さんに向かって問い掛けた。



「セリア。まさかと思いますけれど、神崎君の勉強を見るとか言い出すんじゃないでしょうね?」

「流石、察しが良いわね、鈴。その通りよ」

 篠宮先輩の台詞に、しかし会長さんは晴れやかな笑みのまま頷いて、



「神崎さんには、私が勉強を教えてあげることにします」

 それがまるで決定事項であるように、断言口調で、会長さんはそうのたまったのだった。



「って、ちょ、ちょっと待って下さい!」

 突拍子もない会長さんの提案に、私は驚きを押さえられずに声を上げる。



「あの、勉強を教えるって、会長さんが、兄さんに、直々に、ですか?」

「ええ。良い考えでしょう?」

「ど、どうしてそうなるんですか?!」

 慌てて声を上ずらせる私に、会長さんは不思議そうに小首を傾げた。



「良い考えだと思うのだけれど……いけないかしら?」

「いけないもなにも、その、そんなの必要ないです!」

「どうして?」

「どうしてって……」

「伸び悩んでいる下級生に手をさしのべるのは上級生の役目でしょう。そんなにおかしな事じゃないと思うのだけれど」

「そ、それはそうですけれど」

 世間一般ではそうなのかもしれませんけれど! 兄さんに魔法を教えるなんていう美味しい役目は私の役割であるべきであって、そこに他人の介在する余地はあって欲しくない。



「会長に、そんなご迷惑は掛けられません。それに魔法を教えるんだったら、母さんだっていますから」

 何より私だっているんだし。

 言葉と内心でそう告げる私に、しかし会長さんは平然と答えを返す。



「そうね。普通に考えれば差し出がましいとは思うけれど……でも、現にお兄さんは伸び悩んでいるのでしょう?」

「うっ」

 痛いところをつかれて私は思わず口籠もった。

 別に兄さんの成績は悪い訳ではない。でも、「良い」かと言われるとそうとも答えられないわけで。そしてそれは今まで母さんや私が傍にいた上での結果でもある。



「ずっと傍にいるから見落としている事って、意外とあるんじゃないかしら」

「……そんなことないです」

 会長さんの台詞は、多分、正論だって思うけれど。でも、それに私の声は、思わず否定の声を返してしまっていた。

 だって、少し、カチン、と来たから。

 兄さんの何もかも知っているって思えるほど、傲慢じゃないけれど。それでも、兄さんの何もかもを知りたいって、ずっと思ってる。それなのに、「見落としていることがある」なんて指摘されて、素直にうなずけるほど、私は素直なんかじゃないんだから。



 そんな想いに我ながら尖った声。でも、それを受けて会長さんは怒るどころか、どこか優しげな微笑みを浮かべて、言った。



「お兄さんのこと、よっぽと好きなのね、綾さんは」

「え?」

「私は兄と仲が良いわけじゃないから、そういうの羨ましいわ」

「あ、え、はい。そうですか……?」

 不意打ち気味に放たれた台詞。その言葉の意味が掴めずに戸惑う私に、会長さんはくすり、と笑みを零して小さく手を振った。



「いずれにせよ、選ぶのは神崎さんですものね。ここで私と綾さんが喧嘩をしても仕方ないわね。そうでしょう?」

「それは……そうですけど」

 会長さんの正論に思わず頷いてしまってから、私は内心で悲鳴を上げた。選択権が兄さんだけにあることを認めてしまっては、私がいくら反対しても意味がない。



 そう。もし、兄さんが会長さんに是が非でも教えて欲しい、なんて言ってしまったら……?

 

(……そんなの、絶対)

 絶対駄目。



 だから、兄さんに釘を刺さないと。

 できるだけおっきな釘を……五寸釘の十倍は大きな釘を、深く、ふかーく、刺しておかなきゃ、とそう心に決めて、私は生徒会室を辞したのだった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ