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第十八話 おわび? それとも仲直り?(その1)

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  魔法使いたちの憂鬱

  第十八話 おわび? それとも仲直り?

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/1.朝の訪問者たち(神崎良)



 朝。

 玄関を開けると、目の前に会長さんがいた。



「……え?」

「ごきげんよう、神崎さん」

 降りそそぐ朝の日差しの中、金色の髪を風にそよがせて爽やかに微笑むのは、間違いなく東ユグドラシル魔法院の生徒会長、紅坂セリアさんその人だった。



「……」

 ひょっとしたら俺、寝ぼけているのだろうか。その思いに何度か目を瞬かせたけれど、目の前にあるその姿は消えることもなく、悠然と俺の前に佇んでいる。どうやら、夢ではないらしい。



「えーと……」

「ごきげんよう。とても良い朝ですね」

「あ、はい、そうですね……?」

 うん。とても良い朝だ。日差しは柔らかく、吹き抜ける風はさわやかで優しい。本当に、「良い朝」という形容にふさわしい朝なんだけれど。そうなんだけど……なんで。会長さんが、ここに?

 状況がさっぱり飲み込めないまま生返事を返す俺に、会長さんは俄に眉をしかめて溜息をついた。



「随分と気の抜けた返事ね、神崎さん。朝に弱いのかしら? でも、東ユグドラシルの生徒たるもの、もうすこしシャンとして頂かなくては困ります」

「えーと、はい、その……済みません」

 戸惑いながらも、会長さんの指摘に頭を下げていると、背後からトテトテと軽い足音と抗議の声が追いかけてきた。



「もう、ちょっと待ってよ兄さん! せっかく、今日は一緒に行けるんだから―――って、あれ?」

 俺への不満を口にしながら玄関から姿を見せたのは、当然ながら妹の綾だ。その綾も、会長さんの出現は予想していなかったのか、その姿に一瞬、きょとんと目を見開き、そして驚きの声を上げる。



「か、会長?」

「綾さんもごきげんよう」

「お、おはようございます」

 俺と同じように惚けていたものの、会長の挨拶に、綾は一瞬で我に返り、慌てて頭を下げた。その綾の態度に、会長さんは柔らかく頷いてから、俺の方を見て物言いたげに目を細める。



「綾さんは本当にきちんとしていますね。お兄さんの方はちゃんと挨拶も返してくださらないのに」

「あ、すみません。おはようございます。会長」

 その指摘に、俺は慌てて挨拶を返した。確かに惚けたような言葉を返していただけで、きちんと朝の挨拶はしていなかった。そんな俺の遅まきながらの挨拶に頷いてから、会長は片手の指を立てて、小言を口に乗せ始める。



「いいですか、神崎さん。魔法院の生徒たるもの―――」

「セリア。その辺りで」

 会長さんが生徒会長らしく蕩々と魔法院の学生たる心構えを説き始めたその刹那、彼女の背後からその言葉を遮る声があがった。声の主は、会長さんのお目付役と目される篠宮鈴さん、その人だ。

 言葉を遮られて少し顔をしかめる会長さんの背後から、姿を現した篠宮先輩は、俺と綾の二人にぺこりとお辞儀をしてくれた。



「おはようございます。神崎さん、綾さん。朝からお邪魔して申し訳ありません」

「おはようございます」

「おはようございます。篠宮先輩」

 今度は即座に挨拶を返した俺たち兄妹に、篠宮先輩は穏やかに微笑んでから、傍らの会長に諭すような声で呼びかけた。



「セリア。目的を忘れてはいませんか?」

「わかっています。でも、それはそれ。これはこれよ。態度を注意するのは上級生の役目でしょう」

「そうですね、正論です。でも、急にお邪魔したのは私たちですから。お二人が驚かれるのも無理はありません。そこを咎めるのは少し酷だと思います」

「それは……そうだけど」

「篠宮先輩。済みません。惚けていたのは俺が悪いですから」

「あら、神崎さんも素直なところがあるのね」

 なんだか、珍しく篠宮先輩と会長さんが口論になりそうな気配がしたので、慌てて割って入ったものの、返されたのはそんな会長さんの憎まれ口だった。

 ……まったく、この人は。



「確かに、鈴の言うとおり、急にお邪魔したのは私のミスです。ですから、五月蠅くは言いませんけれど、臨機応変に物事に対処できるのも魔法使いとして大切な才覚です。忘れないでくださいね」

「はい。ご指導ありがとうございます」

「ふふ、素直でよろしい。こういう後輩らしい神崎さんは初めて見るかもしれないわね」

「あ、そういえば、俺、会長さんに会長らしいこと言われたの初めてかもしれません」

「……それ、どういう意味かしら」

「いえ、そのまんまの意味です」

 何故か、会長さんとは会う度に、いつも喧嘩のような流れになるので、まともに上級生としての指摘をされた覚えがない。そんな、きわめて自然な感想を口にしたのだけれど、途端、会長さんの笑みに、不吉なものが混じり始めたように思うのは気のせいだろうか。



「ちょ、ちょっと兄さん」

 言い過ぎだよ、と俺の失言を窘めながら、綾は、話題を逸らすように篠宮先輩の方に言葉を向けた。



「あの、篠宮先輩。今日は朝の生徒会はないんですよね?」

「はい。今週はありません」

 綾の問いかけに、どこか申し訳なさそうな表情を浮かべて篠宮先輩が頷いた。つまり会長さんも篠宮先輩も、綾を連れに来た、という訳でもないようだが……じゃあ、いったい何なのか。



「それでは一体、なんのご用でしょうか」

 ただ単に一緒に登校するために尋ねてきた、訳じゃないだろう。少なくとも俺と会長さんたちはそんな間柄じゃないし、綾ともそんな関係だとはまだ思えない。

 そう思って尋ねた俺に、会長さんは「あら、決まっているでしょう?」と事も無げに答えてくれた。



「学校までご一緒しようと思って」

「……はい?」

 一瞬何を言われたのかわからずに、俺は言葉を止める。

 いや、聞こえなかった訳じゃない。言われたのはごくごく短い文章だから、そりゃ意味ぐらいはわかる。だけど、その意図が俄にはつかめずに、俺は確認するための言葉を何とか喉からひねり出していった。



「ご一緒するって……誰がです?」

「私が」

「誰とです?」

「あなたと」

「……」

「……」

 つまり、会長さんが、俺と一緒に、登校したい、と。そういう訳なんだろうか。



「えーと」

 一体、何の冗談だろうか。それは。

 果たしてどういうつもりなのか、と俺は会長さんではなく篠宮先輩の方に視線で問いかける。が、その瞬間、向けたはずの視線は、「ごぎり」と鈍く首の骨が鳴る音と共に、強制的に会長さんの方へと引き戻された。



「ぐえ」

「あら、面白い鳴き声」

「鳴き声じゃなくて悲鳴です!」

 頬をつかんで、無理矢理、人の首をひねったあげくに、鳴き声よばわりとは……っ。俺を人間扱いしていないんじゃないだろうか、この人。



「いきなり何をするんですか!」

「人と話しているときにいきなり視線を逸らすからです。本当に神崎さんは一度とことんまで指導しないといけないようですね」

 なんだか空恐ろしい台詞を口にしながら、会長さんは責める視線を俺に向ける。



「まったく。目の前の私に直接聞かずに、横の鈴に尋ねるなんてどういう了見なのかしら」

「どういう了見も何も……こういう時、会長に聞くと話がややこしくなるからです」

「ふふ、本当に神崎さんは面白い人ですね。どんな風にややこしくなるのか参考までに教えてくださるかしら」

「現在進行形で、ややこしくなってるでしょうが……って、痛い痛い痛い、痛いですって!」

 ぐりぐりぐりと、今度は、耳をひっぱられて悲鳴を上げる。



「ちょ、ちょっと会長」

「セリア。やり過ぎです」

 流石に、そんな俺と会長さんのやり取りを見かねたのか、綾と篠宮先輩が俺たちの間に割って入ってくれた。流石の会長さんも二人に同時に窘められて、俺の耳から手を放してくれたが、悪びれるどころか、不満げな表情を俺に向ける。



「まったく……そもそも、神崎さんは態度がなっていません」

「態度ですか?」

「女性からのお誘いに、そんな惚けた反応を返すのは感心しないと言って居るんです。猛省なさい」

「会長が俺への理不尽な態度を改めてくれるのなら、考えます」

「何が理不尽なのかしら」

「……」

 本気で言ってるんだろうなあ、この人。

 真顔で答える会長さんに、俺は一瞬、目眩を覚えたりしたが、そんな俺を見かねたのか横合いから綾が口を挟んでくれた。



「あの、会長。その、どうしてわざわざ兄さんを誘いに来ていただいたんでしょう?」

「そうね。お詫びの意味もあるんだけれど……」

「お詫び……ですか?」

「ええ。神崎さんだけじゃなくて、綾さんにも、ですけどね。「天国の門」で、危ない目に遭わせてしまったみたいだから」

「? あの、遊園地の件で、どうして会長が謝らなくちゃいけないんですか?」

「あそこは紅坂の資本で運営されている場所です。それに技術責任者は私の身内なんです。その責任者にはきちんとお詫びに来させますけれど、私も関係者としてお詫びします」

「あ、いえ、そんな」

 折り目正しくお辞儀をする会長さんに、慌てた様子で綾が首を振る。



「怪我もありませんでしたし……その、兄さんに助けてもらえましたから」

「そう。でも危ない目に遭わせてしまったのは、こちらの責任ですから」

「いえ、寧ろ、ああいうシチュエーションならもう一度くらい……」

「綾?」

「あ、ううん? 何でもない!」

 何か綾が、不穏なことを口走った気がして呼びかけると、綾は元気よく、首を横に振りたくった。そんな綾の様子に、会長さんは少し口元を緩めながら、もう一度、きちんと頭を下げてくれた。



「お二人に怪我がなかったのは不幸中の幸いですけれど、きちんと責任は果たしますから安心してください」

「ですから、もう気にはしてませんし―――」

「罰として担当者はちゃんと埋めておきましたから」

「え?」

「う、埋めた……っ?」

 会長さんが口にした物凄く不穏当な言葉に、俺と綾は声を上げて、目を見合わせる。そして「冗談ですよね?」と視線で篠宮先輩に問いかけると、何故か彼女は気まずそうに視線を外した。

 って、まさか?!



「ほ、本当なんですか?!」

「冗談に決まっているでしょう。本当、反応が楽しい人ですね」

 ちょっと裏返った声で問いかける俺に、会長さんは楽しげに微笑んで首を横に振った。

 ……そういう心臓に悪い冗談は本当に止めて欲しい。なにせ、会長さんならやりかねないのだから。



「神崎さん。あなた、今、とても失礼なことを考えてはいないかしら。「私ならやりかねない」、とか」

「……ご想像にお任せしますけれど、昨日のご自分の行動内容を反芻しみてください」

「何も問題ありません」

「即答しないでくださいよ!」

 少しぐらいは自己を省みるということはないのだろうか、この人は。と、思わず声を上げた俺に、傍らで綾が少し息をのんだ。

 

「昨日って……? 兄さん、昨日、会長さんと何かあったの?」

「え? ああ、ちょっとだけ」

 昨日、俺と会長さんの間で一悶着あったことを察したのか、綾の視線に少し険が籠もる。その表情になにか危険な予感を覚えて、俺は慌てて言葉を補った。



「いや、俺も昨日、一足先に謝ってもらっただけだぞ? ほら、遊園地の事故のこと」

「それだけ……?」

「それだけ、それだけ」

 正直に、「縛られたあげくに串刺しにされそうになった」とは言わないで置いた。俺だけならともかく、妹まで会長さんと悶着を起こすのは勘弁して欲しい。

 その俺の態度に、会長さんも少しは感じるものがあったのか、綾に向けて申し訳なさそうな口調で詫びる言葉を繰り返してくれた。



「昨日は私の勇み足で、神崎さんにも少し迷惑をかけてしまったの。ごめんなさいね?」

「そう……なんですか」

「そうそう」

 会長さんにではなく俺に確認する綾に、俺は首を縦に振った。まあ、「少し」という形容詞に些か物言いをつけたい気分ではあるが、それを指摘すると事態が悪化しかねないので、ぐっと喉の奥にその思いを飲み込んでしまう。



「ということで、遊園地の件と昨日の件。その二つのお詫びとして今朝はお邪魔させて貰ったんです」

「そうなんですか」

 そこでようやく会長さんの朝からの自宅訪問の意図がつかめて、俺は大きく頷いた。ひょっとしたら、また朝から昨日の放課後のようなやっかいな事態になるのでは、と危惧したりしていたけれど、「お詫び」として来てくれたのなら、そういう事態にはならないだろう。

 ……まあ、会長さんや篠宮先輩と並んで登校なんていう目立つ真似には多少の抵抗はあるけれど。これをきっかけに、関係改善が進むのなら、そのぐらいは我慢しよう。そんな風に俺が一人で納得して頷いているのを尻目に、会長さんは篠宮先輩に向かってなにやら指示を出していた。



「では、鈴。車を」

「はい」

 会長さんの指示に、頷いて篠宮先輩は視線を道の向こう……一番近くの曲がり角のあたりに向け、そして軽く手を振って合図めいたものを送った。

 一体何をしているのだろうか。その疑問に、俺と綾が軽く目を合わせた、その瞬間。道の向こうから、黒塗りの乗用車がこちらに向かってくるのが視界に入った。



「え?」

「な、なに?」

 音もなくこちらに向かってくるのは、タイヤの無い大型の「浮遊乗用車」。あまり車に興味がない俺や綾でも一見して「高い」としれる有名メーカーの高級車だった。磨き抜かれた黒曜石のような輝きを放つ車体は、いかにも空気抵抗が少なそうな流線型の形状をしている。かといって車高が低いわけではなく、むしろ高い。というか、普通の車より明らかに体長が長く、後部座席にはさぞや豪勢な設備が備えられて居るんだろうなあ、なんていうことが容易に想像できた。

 そんな車を運転している誰かに向かって篠宮先輩が再び小さく手を振ると、地表を滑るようにして進んできたその車は、音もなく俺たちの目の前で停車して着地した。……正真正銘の運転手付きの高級車。その車に向かって、篠宮先輩は一度うなずくと、俺たちに向かって微笑んで、告げた。



「紅坂家の浮遊車です。どうぞ」

「ど、どうぞって……」

「え、え、え?」

 篠宮先輩の言葉に、しかし、俺と綾の兄妹はそろっておびえたような声を漏らす。いや、だって。こんな如何にもな高級車にいきなり乗れ、と言われても一般庶民としては気後れするのが当たり前なわけで。



「の、乗って良いんですか?」

「一緒に登校するんですから、あたりまえでしょう?」

 気後れする俺と綾に、会長さんは事も無げにそう答えると、改めて俺たちに乗車を促した。



「あ、ちなみに、本当にこれは特別車なの。鈴以外で、私がこの車に誰かを乗せるのは初めてなんですから……覚えておいてね」

 果たしてそれはどういう意図だったのか。

 そういって微笑む会長さんは、とても楽しげで……少しだけ、照れているように見えたのだった。



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