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第十七話 ただ今、原因分析中(その2)

/2.神崎さん達の状況分析(神崎良)



「ということで、俺に変な力があるんじゃないか疑惑がかかってるんですけど」

「ふうん?」

 夕食後のリビングで、俺はレンさんに相談を持ちかけた。相談内容は勿論、綾のこと……ではなくて、今日の会長さんとの出来事だ。いきなり絡まれたとか、縛り付けられたあげくに魔法で突き刺されそうになった、という過激な部分はとりあえず伏せて、彼女がこだわっていた「俺が持っているはずの能力」について俺はレンさんに尋ねる。

 

「レンさん、遊園地の人からそういう事、何か聞いてます?」

「んー。まあ、大したことは聞いてないな」

 俺や綾も遊園地の人からの謝罪自体は受けたけど、あまり細かい事後報告などは聞いていない。ひょっとしたら保護者のレンさんには細かい説明があったのでは、という俺の期待を、レンさんは首を傾げながら否定した。



「一応、事故調査の経過は聞いているけどね。現時点では向こうの装置の不具合、ということで捜査は進んでいるようだよ。遊園地の態度も全面謝罪だし、向こうも良の方になんらかの原因があるとは考えていないと思うよ。まあ、そのうち技術責任者とやらが謝罪と一緒に説明に来るのかもしれないが」

 そこでレンさんは一度言葉を切って、一瞬考える表情を浮かべてから、俺に頷く。



「うん。やっぱり、それは紅坂の勘違い、もしくは勇み足、じゃないかな」

「やっぱり……、そうですよね」

 分かっていたことではあるけれど、レンさんの口から言われると「その可能性は本当にない」と諦めがついた。諦め、と表現してしまうのは俺自身、「そんな力が本当にあるのなら……」、と少しだけ期待してしまっていたからだろう。

 そんな思いが顔に出てしまっていたのか、レンさんは俺を見て少し意地悪そうな笑みを浮かべた。



「なんだ。やけに残念そうじゃないか」

「いや、別にそういうわけじゃ……」

「わかってるわかってる。男の子というのはそういう設定に憧れたりするものらしいからな」

「……なんですか、設定って」

 訳知り顔で俺の言葉を遮ったレンさんは、訝しむ俺を尻目に一人納得したように頷きながら答える。



「だから、あれだろう? 自分には隠された力あると妄想しちゃったりしたんだろう? ほら、額が疼いたり、左手が疼いたり、誰かが呼ぶ声が聞こえたり。まあ、男の子にはそういう妄想にふける時期があるのは知っているが、なるべく中等部で卒業して欲しいな。そういうのは」

「だれもそんな妄想に耽ったりしてませんよ!」

 息子を痛い学生みたいに言わないで欲しい。まあ、そういう妄想に耽ったことがないとは、言わないけどさ。……いや、本当に、今はしてないよ? 本当。



「ま、良の妄想癖はさておき」

「だから、ありませんってば」

「紅坂がその考えに至った理由は知りたいな」

 憮然とする俺の抗議を、綺麗に受け流してレンさんは腕を組んだ。



「紅坂セリアという魔法使いが何の根拠もなく、そういう話を信じるとは思えないからね。何か彼女なりの仮説があるんだろう」

「案外、無いかもしれませんよ ただ単に俺をからかいたかっただけとか」

「へえ」

 呟くような俺の言葉に、レンさんは興味を引かれたように少し目を細める。



「良にとっては紅坂セリアはそう人物に見えるのか?」

「え? いや、あまり深い意味はないですよ。でも意外と気まぐれというか、お調子者っぽい所あるじゃないですか、あの人」

「紅坂セリアがお調子者ね……ふふふ、彼女の取り巻き連中が聞いたら、泡を吹いて怒りそうな評価だね」

「い、言わないでくださいよ。そんなこと」

「言わないよ。私も彼女にはそういう側面はあると思っているしね。しかし、なんだ良。やけに紅坂の事を分かっているように言うじゃないか」

「別に、そんな訳じゃ……」

「惚れてるのか?」

「怖いこと言わないでください」

「ふふ、冗談だよ」

 そう笑いながら頷いて、レンさんは少し表情を改めた。



「確かに気まぐれな所はあるが、しかし魔法に関する限り、彼女はいい加減な態度では臨まない。という訳で、良をからかうにせよ、何らかの意図と理由があったと考えた方が良さそうなんだが……果たして、紅坂のお嬢さまは何を考えているのやら」

「レンさんでも会長さんの考えって気になるんですか?」

「気になるよ。技術、という点ではまだまだ荒いが、才覚の点では抜きん出ているからね」

 さらりと答えるレンさんに、俺は改めてその凄さを思い知らされて軽く息をのんだ。会長さんを指して「技術が荒い」と評するレンさんに、そして、そのレンさんをして「抜きん出ている」と評させる会長さんに。



「ということで私が見落している事に、紅坂が気付いているということは十分にあり得るんだ。もし、そうなら……」

「そうなら?」

「そうなら、勿論、大収穫だよ。万が一、良が「魔法消去」やそれに準ずる高等魔法を、私にも内緒でこっそり使えるようになっていた、というのなら親としても教師としても喜ばしい限りだしね」

「だから、使えませんってば」

「分かっている。少なくとも良が意識してその魔法を使える可能性はない」

 苦笑混じりの俺の言葉に、しかし、レンさんは真面目な表情で答えた。



「だから、残る可能性は、「良が無意識に高等魔法を使った」という可能性だね」

「無意識にって……そんなこと出来るんですか?!」

「理論的には不可能ではないよ。勿論、可能性としてはごくごく低いけどね」

 驚く俺に、レンさん小さく頷いてから、 教師の表情になって俺にまっすぐ視線を向ける。



「良が無意識に魔法消去を使ったのを事実としよう。良、では、その場合、お前にあるはずの能力はどんなものと考える?」

「あるはずの能力……ですか」

 問われて、俺は視線を中空に彷徨わせながら考えを巡らせた。正直、俺は無意識に魔法を使った、なんてことは事実ではないだろう。でも、レンさんの質問はそれを事実と仮定した場合の思考実験をしろ、ということ。だから、俺は現実を無視して、仮定の中で仮説を組み立てていく。あの時、翼を背中から引きはがそうとしていた俺が出来ていたはずのことと言えば……



「そうですね。あの時の俺にそんなことが出来たとしたら、呪文無しに魔法を使える能力と。それから、知らない魔法を使える能力。その二つが俺にある……ということだと思います。自分で言っても、かなり無茶だと思いますけど」

「おおむね正解。流石に理論は得意分野だね」

 我ながら無理のある回答だなあ、と不安混じりに口にした答えに、しかし、レンさんは満足げに頷いてくれた。



「尤も、良が考えるとおり二つとも無茶に思える能力だけどね。では、その両方の能力が存在しうるかどうかを考えようか。まず知らない魔法を使えるかの可能性。これについては、「本人がまったく知らない魔法が偶発的に発生する可能性」はほぼ零と考えて良い。逆に、その魔法についての素質がある、もしくは知識があるのなら可能性としては零、とは言い切れない、かな」

「……じゃあ、今回のことは発生しうる、ということですか」

 魔法消去の魔法の存在について、俺は知っていたし、レンさんや綾、そして龍也がその種の魔法を操る所を見たこともある。つまり全くの無知という訳ではない。



「そういうことだね。だから、正確には「知らない魔法を使える能力」ではなくて「知識としてのみ知っていて普段は使えない魔法を使える能力」という事になる。ふむ、こういうとますます男の子の妄想に近いものがあるね。恐ろしく万能だ」

「……本当にそんな能力なんて、あり得るんですか?」

「あくまで可能性の上ではね。魔法とはすなわち世界の再構築であって、呪文とはそれを実現するための図面だ。再構築のイメージと、そのための図面が、瞬時に脳裏に描かれることは、可能性として零ではないだろう?」

「なるほど」

 可能性として零ではないけれど、ほぼあり得ない。それでも良しとしてレンさんは話を進めているのだから、これは本当に思考実験なのか。レンさんの意図をそう受け取って、俺は頷いた。



「では、次の「呪文を使わずに魔法を行使する能力」についてはどう思う? 良」

「これまた無茶な能力ですけど……ありえる、とは思います」

「ふむ。根拠は?」

「こっちの方は現実に呪文なしに魔法を維持している例があるからです。生徒会室の鍵なんかは、魔法紋様で維持されてますよね?」

「そうだね。その考えは、半分正しい。私たち魔法使いは呪文という言葉を媒介にして世界に干渉する。それは、自らの中にある魔力の形を整え、指向性を持った力として世界に放つためにだ。つまり呪文という方法以外で、それが出来ればいいという事になる。実際、良の言うとおり生徒会室や職員室の鍵は魔法紋様で出来てはいるが……アレ自身は呪文によって生み出されるものだからね。魔法紋様による魔法は「呪文なしに魔法を使っている例」としては、完璧とは言えない」

「あ、そうか……」

 確かに紋様自体が呪文によって生み出されるのなら、結局は呪文に頼っていることになるのか。そう頷く俺に、レンさんは「目の付け所は悪くなかったけどね」と微笑んでくれた。



「稀少な例だけど、過去に、一切の言葉を使わずに紋様を紙に書くことで魔法を行使する魔法使いがいたという記録もある。これもまた理論上の話になるけれど、紙と鉛筆さえあれば魔法を使うことは可能ではあるんだよ」

「か、紙と鉛筆で、ですか」

 それはまた俺が持っている魔法使いの概念が大きく揺らぐような発言だった。



「ま、極端な例だけどね。私たちは世界へ干渉する方法を「声」、「言葉」に依存する。体内の魔力を世界に還すための器官が喉だっていわれる所以だけど、例外はあるって言うことだよ。つまり、ただ「思う」だけで魔法を使えてしまう魔法使いの存在自体は否定できないんだよ。勿論、可能性は希薄だけどね」

「レンさんにも、出来ないんですよね」

「残念ながらね。そんな神様みたいな力、院長だって持っていない」

 神様みたいな力。ちょっと不謹慎かな、と思ったけれど、確かに今、俺とレンさんが話していたような能力は人間離れしすぎているし、本当にそんな能力を持っている人がいたらきっと神様みたいな魔法使いだろう。

 少なくとも俺みたいに期末の度に実技試験で四苦八苦するような平凡きわまりない学生には、縁がなさ過ぎる能力だ。



「結局、「無意識に普段を使えない魔法を使う」なんて可能性はほぼ、ゼロってことですよね。そんな神様みたいな力があるなんて、無茶苦茶ですし」

「……さて、どうかな。神様なんて、誰の中にもいるのかもしれないよ。意外とね」

 そう答えるレンさんの口調は冗談めいていて、彼女もやっぱりそんな才能は存在しない、と思っていることがわかった。



「まあ、思考実験はこの辺ににしておこうか。それより、良」

「はい?」

「お前、紅坂のことをどう思ってるんだ?」

「え?」

「だから、付き合おうとか、玉の輿をねらっちゃおうとか、思ってるのか?」

「思ってませんよ!」

 なんて怖いことを言い出すのか、この人は。慄然とする思いで否定する俺に、何故かレンさんは不満げに唇をとがらせた。



「何故だ。はっきりいって容姿・家柄・才能のどれをとっても非の打ち所はないぞ、あいつは」

「……普通、まっさきに「性格」に対する評価がでるもんじゃないですか?」

「でも、良にはああいうサドっ気のある性格があってるんじゃないのか? ほら、桐島とかもそうだしな」

「人をマゾっ気のある性格みたいに言わないでください」

 息子をなんだと思っているのか。



「いや、しかし、紅坂と付き合うと言うことは婿養子が前提なのか。紅坂良、か。ううん、私としては神崎性の方が……」

「どれだけ話を飛躍させるつもりなんですか!」

「照れるな、照れるな。大体、やけに紅坂について理解しているじゃないか、お前。まんざらでもないんだろう?」

「だから、そういう怖いことは―――」

 不穏な発言を繰り返すレンさんに、俺は必死でそう否定の言葉を繰り出して。

 結局、その日の会話は、レンさんにからかわれるままに終了することになってしまったのだった。



 /(神崎蓮香)



「綾の魔力が原因だと思っていたが、良の方が原因か。なら……多少、話は違ってくるな」

 深夜。自室で一人、机に向かいながら神崎蓮香は、夕食後の良との会話を思い起こして、そう呟いていた。



 良に秘められた力。

 本当にそんなものがあるのかどうか、蓮香自身にも判断はついていない。少なくとも彼をひきとってから今まで、その手の特殊才能の片鱗を見たことはない。

 彼をして特殊と言わしめるとすれば、それは綾と魔力交換が出来るただ一人の魔法使いだと言う点だが、その要因はおそらく良ではなく、綾にある。つまり、特殊なのはやはり良ではなく、綾と考えるべきでだろう。



 だが―――。



「紅坂はどういうつもりなんだろうね。彼女が紅坂の魔法使いとして接触してきたのなら、少し話がややこしくなる、か」

 ひょっとしたら、自分は何かをずっと見落とし続けていたのだろうか。そう考えながら、蓮香は背もたれに、体を預けて腕を組む。そして考え込むことしばし、彼女は「考えすぎか」と呟いて、頭を振った。

 良と綾に関しての検査は、彼らが子供の時に嫌と言うほどにやっている。今更何か、新事実が見つかるとも思えない。そう判断して、彼女は思考を穏便な方向へと切り替えた。つまり、魔法使いとしての思考から、野次馬な母親としての思考に。



「……これで紅坂セリアと良の関係が進展したりすると、面白いんだが」

 呟いて蓮香は息子とセリアが手を繋いで歩く光景を想像して、苦笑した。



「綾と付き合うのとあまり苦労の良は変わらないのかも知れないね」

 彼にとって果たしてどちらが幸せなのやら、と呟きながら、蓮香は机の灯を消した。



 良について、自分が見落としている事があるのかもしれない。その想いを心の奥底から振り払えていないことに、まだ彼女自身が気付いていないままに。




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