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第十六話 興味の理由(その2)

/2.中庭(神崎良)



「何のことか分からない、って顔ですね。神崎さん」

「ええ、まあ」

 呆れたような会長の声に、俺は落第生の気分になりながらも素直に首を縦に振った。



 高等部の中庭。人気のない一角で、俺は会長さんと並んでベンチに腰掛けながら、遊園地で起きた転落事故について彼女から説明を受けていた。だけど、せっかくの好意だというのに、その内容が俺には今ひとつ理解できていない。

 会長さんによれば、俺はあの時、「翼」の魔力構造をバラバラに裁断することでその機能を無効化したらしい……のだが。正直なところ、何のことなのか分からない。いや、いくら俺でも魔法を無効化する魔法があることぐらいは知っている。実際、レンさんや龍也、それに綾だってその類の魔法を使う所を見たこともある。でも、俺の知り合いの中で無効化の魔法を使えるのはその三人だけ。要するにかなり高度な魔法なのだ。言うまでもなく魔法実技の成績がなんとか平均点、という俺に使えるような魔法じゃない。

 そもそも魔力構造が「破裂」していたんじゃなくて「裁断」されていた、とか言われても何がどう違うのか。会長さんに言わせれば「裁断」している方が凄いことらしいのだが、何がどう凄いのやら、さっぱり分らない。

 だから、自然と顔に疑問符を浮かべてしまった俺に、会長さんは呆れ混じりの息をついた。



「……事の重大性がわかってないのね」

「重大性ですか?」

「そう。あなた、「翼を力任せに引っ張って壊した」んでしょう?」

「ええ、まあ」

 あの時は、落ちていく綾を見て、本当に無我夢中だったから、ただただ力任せに「翼」を引きはがそうと引っ張っていただけだった。そう頷くと、出来の悪い生徒を見る目をしながら会長さんは、軽く頭を振った。



「それがどれだけ大事なのか、本当にわからない? 呪文も無しに、魔法を壊す魔法を使ったってことよ」

「……それって、俺が魔法を使ったっていうのが確定事項になってませんか?」

 確かに呪文の詠唱もなしに魔法の行使をしていたのなら大事だ。それぐらいは俺にだって分かるけれど……そんなこと出来るはずがない。そもそも遊園地で羽が機能を失ったのは俺が魔法を使った結果じゃなくて、ただただ物理的に「羽」が壊れた結果じゃないのか。

 そう告げる俺に、会長さんは「違う」と首を横に振った。



「あれは「羽」の自壊が原因ではないっていう点では、紅坂の研究機関と、警察の見解は一致しています。少なくとも外部からの「魔法の無効化」、もしくはそれに類する魔法が作用したのは、間違いないの」

「でも、俺、そんな魔法使えないんですよ? 本当に」

「いいえ、そんなはずはありません」

 困惑しつつ「勘違いじゃないですか」と繰り返す俺の言葉をにべもなく一蹴すると、会長さんは何故か嬉しそうにその指先を俺の眼前に突きつけた。



「神崎さん。いい加減、本性をお見せなさい」

「え?」

「ですから、もう惚けるのは止めになさいと言ってるんです」

「惚けるって……何をです?」

 意図を掴みかねて首をかしげる俺に、彼女は何故か挑戦的な笑みを口元に浮かべた。



「ふふ。以前から不審に思っていたんです。神崎蓮香先生の息子、神崎綾さんの兄、速水龍也と桐島霧子の親友。これだけの魔法使い達のいわば中心にいる貴方がただ平凡なだけなはずがないって」

「……平凡で悪かったですね、平凡で」

 多少なりとも気にしている事実を指摘されて、俺は思わず憮然とした声を零す。しかし会長さんはそんな俺の様子を意に介さずに、一人、おかしな持論を展開し続けていた。



「しかも、ことある事に私に反抗して、あげくに「速水会」なんて対立組織まで作り上げるなんて真似は、普通の学生なら絶対やりません。つまりあなたが普通であるなんてことは論理的に矛盾しているんです」

「論理的に矛盾って」

「考えてみれば、今までだって状況証拠は十分だったのよね」

「……あのですね」

 会長さんの物言いに、俺は軽い目眩を覚えて額に手を当てた。

 俺だって好きで会長さんに反抗している訳じゃないし、「速水会」だって会長さんへの対立組織じゃなくて、龍也関連のトラブルを少しでも抑制するために考えた結果だ。加えて言うのなら言い出しっぺは俺だけど、設立に尽力したのは霧子や鐘木さんだ。要するに会長さんの発言は、彼女の言いがかりに他ならない。ないのだけど……流石にそれをそのまま口にしたらどうなるかぐらいは想像ができるので、俺はどうしたものかと考えながら言葉を探す。



「えーと、ですね。会長、済みませんが少し落ち着いてください」

「私は落ち着いています。だってそうでしょう? あとは確たる証拠を掴むだけ。慌てる必要はないもの」

「……訂正します。落ち着いてください、じゃなくて人の話を聞いてください」

「ふふ。その挑戦的な物言い。いいでしょう、受けて立ちます」

「いや、あのですね」

 一体何を受けて立つ気なんだろうか、この人は。なんだか、今日の会長さんは、おかしな方向にスイッチが入ってしまっているらしい。こういう時の彼女が人の話を聞かないということは骨身にしみている俺は「とりあえず逃げよう」と決めて、ベンチから僅かに腰を浮かせた。しかし、その瞬間。



「あら、今更逃げようなんて思わないでくださいね。神崎さん」

 にっこり、と場合が場合じゃなければ見惚れてしまいそうな笑みを浮かべて、会長さんが俺の行動に釘を刺した。



「いや、逃げるとかそういうことじゃなくてですね」

「往生際が悪いですよ、神崎さん。おとなしくあなたの本気をお見せなさい」

「本気って言われましても」

「そうね……、うん、とりあえず私の魔法を無効化をして貰おうかしら」

「……え?」

 会長さんの台詞に、猛烈に嫌な予感が背筋を駆け抜ける。

 会長さんの魔法を無効化しろって、まさか、この人、この場で―――俺に魔法を放つつもりじゃないだろうか。多分、その当たると痛いような類の魔法を。

 

「大丈夫です。加減はしてますから」

「そういう問題じゃないでしょう!」

 果たして俺の予想は当たっていたようで、会長さんは危険な笑みを浮かべたまま、ベンチから立ち上がる。



「だから、本当に魔法の無効化なんてできないんですって!」

「わかりました。手加減されると本気にならないんですね」

「なんでそういう話になるんですかっ!」

 駄目だ。何をどういったところで、悪い方へ悪い方へと解釈されてる……っ!

 曲解に付く曲解を繰り返す会長さんに半ば絶望的な気分で俺は悲鳴を上げる。ああ、日頃の人間関係って大切だな、なんて頭を掠める諦観の気持ちを追い払って、俺は別の思考を巡らせる。とにかく、会長さんに何を言われようと、この場から逃げ出すしかない。そう決めた俺だったけれど、その決断は遅すぎて、そして、会長は俺の行動を読み切っているようだった。



「その形を結ぶ力はその手を解け。堅き大地を戒めの縄へ。持って、彼の者の脚を呪縛せよ」

「うおぅ?!」

 危機感に後押しされて、俺が逃げだそうとした途端、足下の土が触手のように蠢いて俺の脚に絡みつき、そしてベンチへと縛り付ける。

 

「ふふ。私から逃げられる人なんていませんよ?」

 捕縛の魔法を鮮やかに紡ぎあげた会長さんは、剣呑な光の宿る視線を俺に向けて微笑んだ。その危険な笑みに俺は無駄だと分かりつつも、引きつった声で抗議の言葉を張り上げる。



「せ、生徒会長がこんなことしていいんですか?!」

「ええ。だって生徒会長ですもの」

「理由になってない! っていうか、問題発言ですよ、それ!」

 前々から思っていたことではあるが、実は権力を持たせてはいけない類の人なんじゃないだろうか。そんな思いを抱きつつなんとか逃げようと身を捩る俺に、会長さんは愉しげに口元を揺らした。



「あら、この期に及んでまだ魔法を使わないつもりなの? 随分と余裕ですね。流石ですわ、神崎さん」

「だから、勘違いですって!」

 魔法で対抗できないって分かっているから必死で身を捩っているだけなのに、会長さんは更に危険な解釈を積み上げる。その視線にますます危険が降り積もっていくのを感じ取って、俺は必死で首を左右に振りたくった。



「俺の成績って、知ってるんでしょう?! 魔法の無効化ができるとか、そんな凄い力あるんだったら、もっと授業の成績いいにきまってるじゃないですか!」

「ですから、隠してるんでしょう?」

「隠す理由なんて無いでしょうが!」

「あります」

「え?」

 俺の悲痛な訴えに、会長さんは自信満々、といった風に頷いて答えた。



「その方が、格好良いからでしょう?」

「アホか―――っ!」

 秘密の力を持つのが格好良いから、という理由で学校の成績を下げるほどに俺は人生投げてない! その想いに、思わずつっこむと、会長さんのこめかみが何故か、ひくり、とひきつった……ような気がした。



「ふふ、本当に神崎さんは、面白い人ですね」

「はい?」

「私、他人から「あほ」なんて言葉かけられたの、生まれて初めてです。ふふ、感動のあまり少し魔法に力が入ってしまいそう」

「ああ、ごめんなさい、言い直しますから!」

「言い直し? それは、もう一度罵声をぶつけるということかしら。本当に愉しい方ですね、神崎さんは。私、どうにかなってしまいそうです」

 どうやら「あほ呼ばわり」は会長さんにとっては地雷をだったのかもしれない。今後は気をつけよう。

 そう固く誓った俺だけれど、会長さんの表情を見ている限り「今後」が俺に訪れてくれるのかはひどく心許なかったりする。なんだか、半ば諦観の想いが脳裏をよぎりはじめた俺に、会長さんはその端正な唇に呪文の言葉を乗せはじめた。



 ひどく不吉な言葉の混じる呪文を。



「宙を舞う力はこの手に集え。我が掌に形成すは螺旋の槍」

「―――や、槍?!」

 それが何の魔法を形にするものなのか、知らないし、分からない。だけど、なんだ、その「槍」って言葉はっ?!

 物騒すぎる言葉の羅列におののく俺を置き去りにして、会長さんの掌に空気を軋ませるような「圧力」が生まれていく。見ているだけで冷や汗が滲む、その威圧感を手中に弄びながら、悠然とした態度で俺を見る。



「そうそう。遺言があるのなら聞いて置きます。あくまで聞くだけですけどね」

「本気で容赦ないですね、あんたって人は!」

「では、お手並み拝見です。神崎さん」

「だ、だから!」

 ほとんど無駄だと分かりつつも口にした制止の言葉。しかし、予想通りその制止が彼女に届くことはなく。



「―――螺旋の槍。持って、咎人の罪を裁け」

 

 世界を作り替える法則の記述を持って、その「槍」の魔法は俺に向かって解き放たれたのだった。



 /



 会長が放った魔法は仄かな青い輝きを放つ小さな槍のような光だった。その「槍」は周りの空気を巻き取るように回転しながら、俺に向かって一直線に進んでくる。恐らくは故意に速度を落しているのだろう、その歩みは風に舞う羽みたい遅い。遅いのだけれど……問題は、そこじゃなかった。



 魔法使いとして会長さんより格段に劣る俺だけれど、それだけにはっきりと分かることはある。

 それは会長と俺の圧倒的な実力差だ。俺に向かってくる槍と、俺の足をつなぎ止める呪縛。その二つの魔法が俺の魔法とは段違いなレベルだっていうのが理屈じゃなく、直感として分かった。会長が言っていた魔力構造が見えている訳じゃない。そんなものが見えなくても、会長が放った魔法は圧倒的な迫力はただ平凡な魔法使いである俺にその差を痛感させる。



 そんな実力差があるっていうのに、あの槍が当たったら、どうなるのか。



「……くそっ!」

 短く言葉を吐き捨てて、泣き言は後だと、俺は思考を切り替える。

 はっきりしていることは二点。

 一つ、俺の力じゃあ会長の魔法を消せない。会長さんがなにを以て俺に魔法を消せる力があると思いこんでいるのかしらないけれど、そんなの無理だ。仮に俺が「魔法を消す魔法」を使えるとしても、会長さんの魔法を打ち消せるなんて、思えない。

 二つ、あの螺旋の槍が胸に当たったら、多分、骨折ぐらいじゃ済まないということ。つまり行うべきは、ベンチに大地の触手で縛り付けられたまま、飛んでくるあの槍を避ける、ということ。



 それを達成するための手段は、あるのか。考えて咄嗟に思いついた方法は一つ。上手くいく保証なんてないけれど、1m程にまで迫った槍の矛先を目にして、流石にもう考えている時間はない。

 でも、中庭を荒らしたら停学になるんじゃないだろか?

 そんな良識の声が頭を掠めたりもするけれど、背に腹は代えられない。緊急避難の名の下に弱気を心に押し込めて、俺は苦し紛れの魔法を放つ。



「その形を結ぶ力はその手を解け。堅き大地を虚ろな空へ。我が四方に虚空の堀を。持って、この大地を地に誘えっ!」

「……あら、そう来たのね」

 会長さんの呟きを耳にしながら、俺が放ったのは「落とし穴」の魔法だった。中庭の土を砂に変えて、空洞に。つまり俺の足元に大きな落とし穴を作るように世界の法則を書き換えていく。

 落とし穴の魔法範囲はベンチの周辺全部。会長さんの束縛の魔法と、支配領域が重なるから発動するかどうかは賭だ。でも体がベンチから動かせない状態で、槍を避けようというのならベンチごと避けるしかない。そんな単純な発想にすがって、俺はベンチごと地面の中へと落ちる、っていう方法で回避を試みたのだが……果たして、効果はあるのか。



「うおっ!」

 呪文の詠唱から一拍を置いて訪れた浮遊感に、声が漏れる。その声を置き去りにして、視界が勢いよく縦に流れた。そして間髪を置かずに体を襲う衝撃に、俺は穴に落ちたのだと理解して、慌てて視線を上げる。

 穴を作れたところで、深さが足りなければ結局、槍は頭に当たるのだ。その不安に槍の位置を探すと、苦し紛れの魔法はなんとか功を奏したのか、会長の放った凶刃はさっきまで俺の頭があった空間に達しようとしている所で―――。



「……あれ?」

 螺旋の渦を巻く槍は、しかし、その空間に達する前に霧のようにほどけて虚空へと消えていった。って、あれ?



「本当に当てるって思ったんですか?」

 頭上から降り注ぐ声に視線を向ければ、会長さんが、心外だ、という表情で深々と息をついていた。



「生徒会長が魔法院内で暴力事件を起こすわけにはいかないでしょう」

「……魔法院内でなければ構わないって聞こえるんですけど」

「暗い夜道には気をつけなさい」

「冗談に聞こえませんよ」

「……」

 何故そこで否定せずに薄く笑うのか、この人は。背筋に冷たい汗が流れるのを感じていると、会長さんは軽く指を鳴らした。途端、俺の脚を縛っていた土の触手がほつれて、地面へと落ちた。それと同時に、俺の視界がゆっくりと上昇をはじめる。俺の「落とし穴」の持続時間が尽きたのだ。

 ゆっくりと元の位置へとせり上がる地面。その表面は多少はひび割れているが、大きくは壊れていない。そのことに俺が安堵の息をつくと、呆れ半分、といった様子で会長が微笑んだ。



「随分、思い切ったことをしたわね。中庭に穴を掘るなんて、ちゃんと戻らなかったら先生に怒られますよ?」

「誰の所為だと思ってるんですか、誰の!」

「勿論、私の魔法に過剰反応した神崎さんの所為ですね。魔法の効果範囲を見誤るなんて勉強が足りない証拠です。猛省を要求します」

「勉強不足はともかくとして……猛省という言葉はそのまま会長に返します」

「あら、私は常に反省しながら生きていますもの。今更、そんな言葉はいりません」

「いえ、会長はその言葉の意味を分かってない気がします」

「でも、どういうことなのかしら。聞いていたのと違うわね」

「あと、人の話はちゃんと聞いてください。というか、聞け」

「構造に干渉するには、今のじゃ無理よね」

 俺の言葉をあっさりと無視して、会長さんは再び俺の隣に腰を下ろした。そして考え込むように首を傾げてよく分からない言葉を呟く。そんな会長さんに、俺は怒りを押殺すようにため息をつきながら、問い掛けた。



「……会長。どうしてそんなに拘るんですか? 本当に何かの間違いですよ。俺にそんな凄い力なんて―――」

「どうして?」

「なにがですか?」

「だから、どうして拘らないの? ひょっとしたら自分の中に才能が眠っているかも知れないのに」

 会長の声から、さっきまでの稚気めいた響きが消える。改まったその口調と視線に、少し気圧されながら俺は首を横に振った。



「いや、だってそんな才能が眠ってるなら、レンさん……もとい母さんが見逃すとも思えませんよ」

「神崎先生も万能という訳じゃないでしょう。見逃すこともあるはずよ」

「それは、まあ。そうですけど」

 とはいえ、レンさんが俺や綾のことを見落とすなんて事あるなんて思えなかった。レンさんの魔法使いとしての実力は知っているし、それになにより両親が死んでからずっと、俺と綾のことを見守り続けてくれた人だから。

 その思いに再度首を振る俺に、会長さんは尚も諦めずに言い募った。



「神崎先生さえも見落としている可能性がある才能なら、尚更、気にならない?」

「会長は、本気で俺にそんな力があるって思ってるんですか?」

「わからないわ。でも、そうだったら、面白いと思ったの。だから確かめたいのよ」

「面白いって……どういうことですか?」

「どうしてって……そうね」

 戸惑いを感じながら問い掛けると、会長さんはこくり、と小首を傾げて一度言葉を切る。そして黙考することしばし、言葉を選ぶように答えを口に乗せていった。



「そうね。あなたに特別な才能があるのなら」

「あるのなら?」

「あなたを天敵と認定して、叩きつぶすのに容赦しなくて良くなるからじゃないかしら」

「……えーと」

 真顔で「天敵」だの「たたきつぶす」だの言われても、正直、反応に困る。本当に、一体どこまでが本気なのやら。俺ではまだまだこの人の底は見通せないようだった。

 そんな俺の戸惑いを感じ取ったのか、会長さんは軽く肩をすくめると、すっとベンチから立ち上がった。



「まあ、今日の所はこのぐらいにしておいてあげます」

「……会長。それ、悪役の台詞ですよ」

「そうね。でも今日の私は悪役だったから、いいんじゃないかしら」

 俺の指摘に、しれっと答える会長さん。どうやら今日は最初からあんな喧嘩をふっかけるような真似をしようって決めていたらしい。そこまでして、「羽」の壊れた原因を追及したかったのか。半ば関心しながら俺は深々とため息をついた。



「まあ、会長が研究熱心なのはわかりましたけど。でもあのやり方はやり過ぎですよ」

「そうね。でも、失敗をおそれて二の足を踏むなんて真似は嫌いなの。やり過ぎるぐらいでちょうど良いのよ」

「……」

 俺の苦言に、何に迷いもなく、会長さんただまっすぐに断言する。

 そこに迷いはなくて、ただ自信と決意が満ちあふれているようで。



「……」

 ……ひどい目にあったけれど。いや、現在進行系で酷い目にあっている最中なのかもしれないけれど、不覚にも、俺は少しだけ見惚れてしまった。



「あら、どうかしましたか神崎さん」

「え?」

「私に見惚れていたようですけれど」

「……会長のその無駄に旺盛な自信と、はた迷惑な決断力はどこから溢れてくるのかなと考え込んでいただけです」

「本当に神崎さんは、いじわるですね」

「人を拘束したあげく魔法の槍で突こうとした人に言われたくないです」

そう心からの言葉を投げる俺に、会長は不満そうに眉をしかめて見せる。



「神崎さんって基本的に八方美人の癖に、どうして私には愛想を振りまいてくれないんです?」

「会長だって、基本的に外面だけはいいのに、なんで俺には絡んでくるんですか?」

「……そうね。上級生を敬わず、生意気な口ばかりきくからじゃないかしら」

 またも会長さんとの口論を繰り返しながら、それでも、気分がそれほど悪くないことに気付いていた。

 それはきっと、ここ最近、ずっとウジウジと考え事をしている俺には、会長さんのその凛とした声と態度が、眩しく見えていたから。



 /



 

 ……だから、という訳ではないけれど。

 このとき、俺は会長さんの声に潜んでいた好奇が色あせていなかったことにも、その理由にも気付いていなかった。



 俺が繰り出した「落とし穴の魔法」。それは本来、会長さんの「呪縛の魔法」に阻まれて発動できないはずだった、ということを会長さんから教えて貰うのは、少し後のことになる。




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