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第十五話 お兄さん葛藤中(その3)

4.放課後(神崎良)



「うう。胃が重い」 

 放課後になってもまだ重い胃をさすりながら、俺は中庭のベンチに腰掛けた。あの後、結局、霧子と綾の二人の弁当を食べる羽目になったのだから、まあ胃がもたれるのは仕方ないだろう。

 しかし、なんだってああいう事態になるのか。霧子に弁当をもらえたのは、まあ、嬉しかったけど。何故に綾が乱入してきて、あげく龍也まで俺におかずを食べさせようとするのかその理由が分からない。俺を肥え太らせたって得をする奴は居ないだろうし。



「……なんなんだろうな。一体」

 ちょっと、自分の不甲斐なさが嫌になる。散々、綾のことで友達に頼っておいて、その友達の様子がおかしいときに、何も出来ないなんて情けないにもほどがあるから。



「あー、くそ。しっかりしろよ」

 ぱん、と頬を叩いて気合いを入れ直す。ウジウジと考えていたところで埒なんかあかない。

 落ち着いてちゃんと考えをまとめるために、今日は美術部にも行かずにこうして一人になれる場所にやってきたんだから。だから、ちゃんと考えないと。霧子のこと、龍也のこと、そして綾のこと、を。



「……綾のこと、か」

 そもそも冷静に考えれば、綾の事については、ここまで……そう、ここまで思い悩む事なんて無いはずなんだ。

 ……いや、まあ、そりゃあ。キスされたことは物凄く衝撃的で、それがここ最近の俺の挙動不審につながっている訳だけど。でも、考えを綾自身の事に絞ってみれば、そう心配する事態ではないんじゃないかって思う。昼休みに霧子たちにも言ったけれど「アレ」は体を張って助けようとした俺への感謝の気持ちだった、って思えば説明は付くし、最近、妙に綾の機嫌がよいことにも別の説明は用意できる。

 先日の遊園地、例の塔の上で綾は俺に「好きな人がいる」って言った。つまりあれからその「好きな人」との関係がうまくいって、その所為できわめて上機嫌になっている、と考えるのが自然じゃないだろうか。少なくとも「俺とキスしたから綾は上機嫌じゃないのか」なんていう考えよりも可能性としては非常に高いと思う。

 ……いや、まあ。少しでも後者の可能性を考えてしまった自分自身に目眩を覚えたりもするのだけれど。



 それはともかく綾が好きな人との関係がうまくいって上機嫌、と考えるのなら問題は「綾が好きな人は誰か」という事に移る。綾は確かに「俺が知っている奴」だって言っていたから、可能性が一番高いのはやっぱり龍也じゃないかと思うんだけど。



「それだと、話がつながる……のか?」

 つまり、綾と龍也の関係が進展するなにかの出来事が遊園地の後にあった。そう考えれば、綾の機嫌が良くなった時期と、龍也の様子が変になった時期が一致することに説明がつく。龍也が俺との距離を測っているように感じるのも、綾を奪っていく事への罪悪感めいたモノからだと考えれば、つじつまが合わないこともない。無いのだけれど―――。



「都合よく考えすぎかな。流石に」

 呟いて俺は頭を振った。さっきウジウジと考えていても仕方ないと言ったところなのに、再び自分勝手な想像を巡らせていた事に小さく自嘲して、軽く頭を掻いた。今のままだと、こうして勝手な想像をするぐらいしかできないのだから、結局の所、きちんと話をしなければ始まらないんだ。

 そう。きちんと……綾と話をした方が良いに決まってる。



「それは、わかってる……つもりなんだけどな」

 呟いた瞬間、ふと、唇にあの時の感触が蘇る。ついさっき「綾なりの感謝の気持ち」だって結論づけたはずの行為の記憶。それが、俺の心にブレーキをかけてしまう。

 本当に……本当に、アレはただの感謝の気持ちだったのかって。そんな気持ちが俺の臆病さを、刺激してしまうから。



 本当に、綾は龍也のことが好きなのか。確かめなければならない事はわかっていても、そのことを確かめることが、少しだけ、怖いのだ。

 今日だって、特に龍也にアプローチしていた様子はなかった。霧子と張り合って俺の口におかずを放り込むことにご執心だったしな。あいつ。だからって訳じゃないけれど、つい、考えてしまうことがある。



「まさか……なあ」

 いくらなんでも、それはない。そりゃあ、小さいときからずっと一緒にいたし。ブラコン、シスコンと揶揄される俺たちだけど。



 でも……。



 ほんの少し、捨てきれない迷いが胸の中にあった。

 もし万が一。本当に、万が一。ついさっき考えて捨てた「俺とキスしたから綾は上機嫌じゃないのか」なんていう我ながらあまりにシスコン過ぎるその考えが、間違いじゃなかったとしたら―――?



「流石に自意識過剰かなあ、これは」

「誰が自意識過剰なんですか?」

「え?」」

 自嘲まじりの呟きにかけられた声。凜としたその声に顔を上げれば、そこには訝しげな表情で俺を見下ろす端正な女性の顔があった。



「……会長?」

 整った顔立ちに、意志の強そうな蒼の瞳。見間違えるはずもなく、生徒会長の紅坂セリア先輩その人だった。



「こんにちわ、神崎さん」

「こ、こんにちわ」

 長い金髪を僅かに揺らしながら会釈する会長に、慌てて挨拶を返しながら俺は内心で身構える。今までの経験上、会長の方から俺に話しかけてきて穏便に済んだことはあまりないのだ。

 しかも、会長が俺に近づいてくるとき、その用件はほとんど龍也や霧子に関することだから、更にもめやすい。その事を意識しながら俺は会長に断りを入れる。



「えーと、龍也と霧子はいませんけれど」

「そんなことは見れば分かります」

 わかりきったことを聞くな、とばかりに慇懃に俺の言葉を切り捨てた会長は、そのまま黙ってその宝石みたいな瞳でじっと俺を見つめる。……いや、見つめると言うより観察しているような、そんな雰囲気だ。



「あの、会長?」

「別に変わったところは見えないけれど……どういうことかしら」

 どういうことか、とはこちらの台詞なのだが、下手にそんな言葉を口にすると逆鱗に触れてしまいそうなので、俺は黙って周囲に視線を配る。

 放課後の屋上には人気はなく、そしていつも会長の側にいるはずの篠宮先輩の姿もなかった。激昂した会長を宥めることが出来る希有な人物である篠宮先輩が居ないことに俺は軽く目眩を覚えながら、俺を値踏みするように見つめる会長に覚悟を決めて問いかけた。

「会長、えーと、その何かご用でしょうか」

「ええ。勿論」

 用もなくお前に話しかけるハズがないだろう、と態度で告げられて、俺は内心小さく息をつく。相変わらず俺に対する態度は攻撃的なまま、去年のお怒りは未だ抜けていないらしい。



「綾のことでしょうか」

「それもありますけれど。塔でのことをお聞きしたいんです」

「……塔?」

「天国への塔。先週、行ったんでしょう? 神崎さん」

「ええ、まあ行きましたけれど」

 会長の言葉に頷きながら、俺は首を傾げて問い返した。



「でも、なんで会長がそんなこと知ってるんです?」

「アレの設計者は、紅坂の関係者ですから」

「そうだったんですか?」

「そもそもあの遊園地自体が紅坂資本です。ご存じなかったかしら」

「初耳です。知りませんでした」

 というか、普通の学生はいちいち、どこどこの遊園地はどこの資本、とか気にしていないと思う。思うのだけど、当の会長はそんな俺に「不勉強ですね」と呆れたように息をついた。



「まあ、神崎さんでは仕方ありませんけれど」

「どういう意味ですか、それは」

「そのままの意味です」

「あのですね」

 思わず『わかりました。要するに喧嘩を売りに来たわけですね?』と言ってしまいそうになったが、その台詞をすんでの所で飲み込んで、俺は小さく息を吐く。



「……それよりも、その塔がどうかしたんですか?」

「単刀直入に聞きますけれど、神崎さん。あの時なにをしたんです?」

「あの時?」

「羽を壊したときです」

「はい?」

「ですから、どうやってあの羽を壊したんです?」

「いや、こうやって引っ張っただけですよ? そしたら、こうバキ、って」

 壊れて外れたんです、とあの時のことを説明すると、会長さんは不機嫌そうにその眉をしかめた。



「神崎さん。私は嘘をつかれるのが嫌いです」

「嘘なんてついてませんけれど……」

 確かにあの時は興奮状態だったし、大ざっぱな説明しか出来ていないけれど、少なくとも嘘は言っていない。そう答える俺に、なお会長は不機嫌さをあらわに首を横に振った。



「それが嘘です。あの羽は、腐っても……ええ、本当に腐ってますけれど紅坂の魔法使いの手によるものなんです。引っ張って壊れるような代物じゃありません」

「腐った紅坂の魔法使い?」

「そこに突っ込むんじゃありません」

 ぴしゃり、と俺が零した疑問を切り捨てると、会長は僅かに唇をとがらせてから、少し憂鬱そうに溜息をついた。なんとなく拗ねているような、そんな雰囲気を漂わせる会長は、首を小さく振りながら諭すように言葉を続ける。



「神崎さん。隠し事は為になりませんよ」

「本当に隠してないんですって。そもそも事故のことなら、ちゃんと遊園地の人に説明しましたよ」

「……わかりました」

「え?」

「私には素直に言えない、ということですね」

 俺の返事に、会長はやれやれ、という様子でため息をつく。そんな態度と返事に、流石にカチンと来た俺は、答える声を尖らせた。

「いい加減にして下さいよ。嘘なんかついてません。あの羽はひっぱったら、本当にとれたんです」

 ひょっとして紅坂の関係者の製品を俺が壊してしまったから怒ってるのだろうか。確かに、あんなことしなくても綾は助かった訳だし「余計なことを」と怒りたくなる気持ちはわからなくもない。でも元はといえば、綾を危険な目に遭わせた施設の方にも問題がある訳で、そっちを無視して俺を責めるって言うのは納得いかない。

 そんな気持ちで尖らせた声に、対する会長もむっとした表情で、更に刺々しい声で言い返してきた。



「いい加減にするのは貴方です。引っ張っただけで魔力構造を裁断するなんて芸当、普通の魔法使いにできるはずないでしょう」

「……魔力構造を裁断?」

 なんだ、それ。耳慣れない言葉に、俺が疑問符を浮かべて首を傾げると、会長は怪訝そうに声を潜めた。



「ひょっとして、それも聞いていないんですか?」

「初耳です」

「……あの人は。被害者に対する事情説明なんて、最優先事項でしょうに」

 俺の返事に会長は、頭痛を堪えるように額を抑えながら、誰かに向かって毒づいた。そして顔を上げると、



「……ご免なさい」

 今までの態度から一転して、俺に向かって頭を下げてくれた。……って、え?



「か、会長?」

「まさか、本当に説明を受けていないとは思いませんでした。事故を起こしたこと、その後の説明の不手際。紅坂の人間としてお詫びいたします」

「い、いいですよ、そんな」

 まさか会長が俺に頭を下げるなんてことが起こりうるなんて。あまりにも想定外の事態に、俺は慌てて手を振っていた。



「別に会長に責任があるわけじゃないですし。謝って貰わなくても」

「あら、そうですか」

 ……この人は。あっさりと表情をいつもの済ました表情に戻した会長さんに、俺は軽く頭痛を覚えて軽く額を抑える。そんな俺の態度に、この日初めて会長さんは、少しだけ表情を和らげて笑った。



「相変わらず、面白い人ですね。神崎さんは」

「だから、俺で遊ばないでください」

「あら、あなたと遊ぶのはこれからが本番なんですよ?」

「え?」

 どういう事か、と声を上げた俺に、会長さんは意味ありげな台詞を投げかける。



「だって、ひょっとしたら神崎さんは私が思っていた以上に、面白い人かも知れないですから」と。

 まるで、遊び相手を捕まえた子供のような笑みを浮かべながら。




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