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第二話 とある魔法院の風景(その1)


国立東ユグドラシル魔法院。


初等部から大学まで、魔法使いたちを対象に一貫教育を行う施設である。

生徒数はのべにして五千人を超え、国中から一流の魔法使いを夢みて子供達がその学園に足を踏み入れる。


そんな人知を超えた領域を目指すための学舎は、朝から賑やかな喧噪に包まれていた。



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 魔法使いたちの憂鬱


 第二話 とある魔法院の風景


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1.朝の風景


「速水先輩、おはようございますっ」

「おはよう」


「速水くん、あのね」

「あ、うん。ちょっと待ってね」


「なあ、速水。ちょっといいかな?」

「はいはい」

 朝の喧噪と言って済ませてしまうには、少々毛色の違う感情の声。言ってしまえば女の子たちの黄色い声が、講義室の中に満ちていた。

 教壇を中心に、すり鉢状スロープ状になっている講義室。100人を収容する講義室に満ちる騒々しいざわめきの中心は、まさにその教壇に佇む一人の少年だった。次々に訪れる熱い目をした少女たち……たまに男も混じっているようだが……に、その少年は優しい笑みを投げかけながら、次々と握手を交わしている。


 一応断っておくなら、今日はあくまでも平日であり、ここは魔法使いたちの学校であり、教室だ。有名人のサイン会場という訳ではない。その証拠に、握手をする方もされる方も、紺と白を基調としたブレザー姿。右胸に施された世界樹を意匠化した緑の刺繍が、彼らが歴とした魔法院の学生たちであることを示している。


 要するに一人の学生に、多数の学生が群がって握手を求めているだけの「ありふれた風景」。でも、そんな日常の光景を講義室の最後尾からぼんやりと見下ろしながら、俺、神崎良はこっそりとため息をつくのだった。


「……なんというかさ」

「なによ」

 ぼやくように零した声に答えるのは、俺の前の机に座りながら、ぺらぺらと教科書をめくるポニーテールの女の子。僅かに青みがかった彼女の黒髪を視界の端に捉えながら、俺は言葉を続けた。


「世の中って、不公平に出来てるよな」

「朝から僻み全開? そういうのは格好悪いよ、良」

 彼女はくくく、と笑いをかみ殺しながら、何故か愉しげに頬杖をつくオレの頭をポンポンと叩く。


「何故に、うれしそうなんだ、お前は」

「そうね、あんたの不幸は、視ていて楽しいから……かな?」

「本気で楽しそうだな」

 言いながら俺が手を払いのけると、彼女は髪と同じように仄かに青みがかった瞳を細めて肩を竦めた。


「冗談だってば。大体ね、あれは魔力交換でしょ。うらやむようなことじゃないって知ってるくせに」

「まあ、そうだけどさ」

 魔力交換。

 人が酸素を取り入れて、二酸化炭素を排出する必要があるように、魔法使いたちは自分の中の魔力と定期的に、外部の魔力と交換する必要がある。長く体内にとどまり続けた魔力はよどみ、心身に悪影響を与えることがあるためだ。しかし、魔力という代物は基本的に生体の中にしか存在しない。加えて、誰かと交換できるように魔力に形を与えられるのは、いわゆる「魔法使い」という人種に限定されてしまうのだ。


 故に、魔法院に在籍するもののほとんどは魔力を交換する必要があり、かつ魔力の交換対象となる資格もあるわけで、学生同士が互いの魔力を交換するなんて言うのは見慣れた光景であり、かつ、必然に迫られてのことでもあるのだが……。

 ああも人気が集中する人物がいると、中々複雑な気持ちになったりするのは、男として真っ当な感情なのではあるまいか。


「はいはい、そう拗ねないの。らしくないよ。良」

 そんな俺の気持ちを見透かしたのか苦笑混じりに、俺の頭を叩く女の子の名前は桐島霧子きりしま・きりこ

 俺の級友であり、中等学校からの友人だ。初等部時代のあだ名は「キリキリ」だったらしい。尤も、今はそう呼ばれると烈火のごとく切れるので、滅多なことでは誰もそう呼んだりしないけれども。あだ名に違わない、少しきつい目つきが印象的だが、その実面倒見はよく「姉御」なんて呼ばれていたりして、とりわけ同性からの人気が高い奴だった。


「まあ、龍也も大変なんだから。大目に見てあげなってば」

「大変なのは同情するけどさ。それでも、あいつが異様に持てていることは変わらないだろ。お前あの中の何人が、本当に魔力交換目的なのか知ってるか?」

「まあねえ」

 呟きながら、彼女は俺と教壇の男との間で視線を往復させる。そしてなんだか気の毒そうに、僅かに視線を伏せて、ひと言。


「男は顔が全てじゃないよ。きっと」

「お前、なんて惨いことを……]

 しかも気の毒そうな顔で言われるとダメージも倍加するだろう。まあ、顔の造形が優れているなんて自覚はないけどさ。


「何気に残酷だな、お前」

「だって良って、平凡じゃない。身長、体重ともに平均。髪型だって至って平凡でしょ? 長くもなく短くもなく」

「まあなあ……」

 不満げな声で頷いては見せたが、平均って言葉は、それほど嫌いじゃなかったりする。あまり目立たずに、埋もれられるのは割と良いことのような気もするわけで。


「あ、ちょっと髪が銀色がかってるのは特徴といえば特徴かな。その色、私は好きだよ?」

「おお、褒められた!」

「いや、褒めたのは最後だけでしょうが。そこで喜ぶかなあ」

「いいだろ、そのぐらいは」

 霧子の突っ込みに答えながら、俺は再び教壇の中心に視線を戻す。とぎれない喧騒。その光景の中心にいる友人の姿に、少し心を痛めながら俺は一人頷いた。


「……まあ、やっぱり人間、平凡が一番だよな。流石にあそこまでいくと大変そうだ」

 全く羨ましくない、なんて言うつもりはないけれど。正直、あんな生活を続けていく自信なんて無い。今朝の綾の言葉じゃないけれど、ハーレムなんて言う言葉は自分にとってはあまりにも縁遠い言葉なんだろう。きっと。


「覇気がないなあ……まあ、あんたらしいけど。それより、あんたはどうして朝から机でのびてる訳よ」

「そりゃ、朝から全力疾走してきたからな」

 準備運動もなしにあの坂を駆け上がるのは少々無謀だったかもしれない。


「全力疾走って、なんで? あんた、私より早く来てたよね?」

「レンさんより、早く学校に着かないといろいろ雑用を回される羽目になってさ」

「それで、遅刻でもないのに学校まで全力疾走してきた訳?」

「そう」

「あんた、アホでしょう」

「うるさいな。せめて「大変だね」ぐらい言えよ」

「大変だねー」

「うるせえよ」

 まったく気持ちが籠もっていない返答に、俺は唸って、再び机にへばりつく。そんな俺の頭をポンポンと叩きながら、霧子は苦笑混じりの声を落とした。


「しょうがないなあ、ちょっと魔力分けようか?」

「……いいよ。お前が疲れるだろ」

 健康に生きていく上で、魔法使いの必須スキルともいえる「魔力交換」。実は、これが下手なのだ。俺は。相手に魔力を渡す方は人並みに出来るのだが、受け取る方が上手く行かない。故に疲れが取れるぐらいの魔力を受け取ろうとすると、必然的に相手に大きな魔力を要求してしまうことになる。逆に「相手を疲れさせないように」と遠慮をしながら魔力交換をすると、必然的に俺が受け取る魔力の方が不足するハメになって、疲れることが多いのだ。


 まあ、言ってしまえば自分の未熟が招いた自業自得な訳で、そのツケを友達に回そうって言う気には中々なれない。


「別に気にすること無いのに。変なところで遠慮するよね、あんたって」

 呆れたような、それでも優しい声で霧子は笑う。その淀みない笑顔に、少しだけ目を奪われると、その刹那。


 ピーッ、と高い笛の音が突如と響いた。

 始業開始の合図―――というわけではなく、始業開始前の「解散の合図」だ。


「……終わったか」

「みたいね」

 俺と霧子が笛の音に顔を向けると、腕章をつけた女の子が、声だかに群衆に向かって解散を告げていた。


「はーいっ! 今朝の握手会は終了でーすっ! 各員速やかに教室に、もしくは席に戻ってくださーい」

「はーい。じゃあね、速水君」

「今日もありがとうございました、先輩!」

「うう、早いよぅ」

 口々に、件の少年に別れを告げながら―――中には不満を零すものもいたが―――、それでも全員が速やかに解散していくのは、いつみても見事だ。速水龍也ファンクラブ。その団結力と結束力は、魔法院の中でもトップクラスだとかなんとか。何に比較してトップなのかは深くは考えないけれど。

 瞬く間に散会していく群衆の中から、その騒動の中心人物は、一度大きく背伸びをすると、俺と霧子の姿を見つけて、笑顔で駆け寄ってきた。


「良、霧子。おはよう」

「お疲れ様」

「おはよ。朝から大変よね、あんたも」

「あはは、心配してくれてありがと」

 俺と霧子の挨拶に、安堵の表情で頷く彼に、俺は席を一つ右にずらして、龍也に奥の席を譲ってやった。俺の左隣、そして綾の真後ろ。講義室の最後尾の左隅が、彼―――速水龍也の指定席だ。


 速水龍也。霧子と同じく、俺の中等部時代からの友人だ。

 線の細い顔立ちは、よく言えば中性的、悪意を込めて言えば、女みたいな造形。柔らかそうな栗毛色の髪とほっそりした体型とも相まって、後ろ姿なんかは良く女の子と間違えられるらしい。実際、女装してしまうと、正面からでも、そんじょそこらの女の子より可愛く見えるというまこと難儀な男である。その人気のほどは、さっきの光景が物語る通りなのだが、何しろ本気で「男女を問わず」人気があるため、気苦労が絶えない人生を送っているようだった。

 不幸中の幸いと言えばいいのか、龍也本人が、高い頻度で魔力交換が必要な体質なため、ああして握手のたびに誰かの魔力を分けてもらえるのはありがたいと言えばありがたいらしいけれど。


「でも、やっぱり大変だな。言ってもしかたないけど」

「うん、僕のことわかってくれるのは良だけだよ。愛してるよ」

「さよか。でも、そのぐらいの愛じゃ、まだ性の壁を越えることはできないぞ?」

「うう、厳しいなあ」

「あんたら、そういう会話が誤解を招いていることを自覚しなさいよ?」

 霧子の指摘に、俺の横顔に何とも言えない感情の視線が突き刺さっているのを自覚したが、もう慣れたものだった。

 それに、「速水会」という何のひねりもない……いや、失礼、簡潔きわまる名称のファンクラブに所属する女の子たちは、こちらに羨望の眼差しを向けながらも、しかし俺たちの会話に割って入ってきたりはしない。


 『始業開始の笛から、放課後までは、極力、速水君に干渉しないこと』。それは抜け駆け防止、かつ混乱防止のために、決められた取り決めであり、現在の所、厳粛にそのルールは守られているようだった。

 ……まあ、それでも油断が出来ないから、こうして俺と霧子で龍也を守るような体勢になっているわけだけど。




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