第十三話 思惑錯綜、遊園地4(その1)
/0.佐奈の決意(泉佐奈)
大観覧車から降りた今、チャンスはもう最後のアトラクションを残すのみ。その事実に私は覚悟を決めて、「天国への塔」へと向かいながら隣を歩く速水先輩の手を引いた。
「速水先輩、お願いがあります」
「え? うん、何かな?」
「……」
速水先輩の問いかけには直ぐには答えずに、私は歩幅を落して、前を歩く綾と良先輩、そして桐島先輩と少し距離をとった。あまり離れると怪しまれるだろうから、不自然ではない程度に、でも囁く声は聞こえない程度の距離を保つ。
「佐奈ちゃん?」
「速水先輩」
少し遠くなった三人の背中に、頃合いかな、と頷いてから、私は訝しむ速水先輩に声を潜めて囁いた。
「次のアトラクションで、良先輩と綾を二人っきりにしてあげたいんです」
「え?」
「だから、協力して下さい」
「え、え?」
「大きな声は出さないで下さい。三人に気付かれちゃいますから」
「あ、うん、ご免……って、そうじゃなくてっ」
単刀直入に投げかけた私のお願いに、速水先輩は目に見えて狼狽しながら、それでも私のお願い通りに声を潜めてくれた。やっぱり速水先輩は相当に人が良いみたいだ。
「良と綾を、二人きりにって……」
「協力してくださいますよね?」
大観覧車のくじ引きでは、小細工を弄しすぎて色々と目論見が外れてしまった。私的には良先輩と二人っきりになれたから、失敗というわけでもないのだけれど。でも、綾を応援する、という当初の目的からすればやっぱり失敗だった。
だから、今度は素直に、直接的に、望む状況を造り上げるために、協力を仰げる人には協力を仰ごうと思ったのだった。
「その……どうして?」
「二人を仲良くしてあげたいからです」
私の意図が掴めないのか、歯切れの悪い速水先輩に、私は簡潔に目的を告げる。
「いや、それは……」
「駄目ですか?」
「いや、あのね? その目的は良いことだって思うけど、わざわざ二人きりなんかにしなくても……ほら、現に仲良く話してるしさ」
「足りません」
「た、足りない?」
「はい。親密度が全然足りません」
仲睦まじく笑いあっている綾と良先輩の背中を指さす速水先輩の台詞を私は即座に切って捨てた。確かに「普通の兄妹」としては仲良くしているように見える。今日一日、一緒にあそんだことで、二人の間にあった微妙なしこりは隠れてしまったのかも知れない。
でも……それでは全然足りない。それでは、二人の中は元の「仲良し兄妹」に戻るだけであって、綾が望んでいる関係になんか全然届いていないから。
「二人は、もっと仲良くならないと駄目なんです」
「もっと仲良くって……佐奈ちゃん?」
多分、勘の良い速水先輩だから、もう私の意図をつかみかけていると思う。だから、私は先輩からはっきりとした拒絶が返される前に私は「約束」を持ち出す。
「私、先輩にお願いされたとおり、綾をちゃんと誘いました」
「え、あ、うん。ありがとう。感謝してる」
「じゃあ、次は速水先輩の番ですよね。先輩、二人が仲良くなるために協力してくれるって、そうおっしゃいましたよね」
「う」
それは私が速水先輩に「遊びに行かないか」と誘われたときに交わした約束。それを持ち出して、私は先輩に約束の履行を迫ってみせた。
「言ったけど……それは」
「おっしゃいましたよね?」
「あ、うん」
「じゃあ、綾と良先輩は二人っきりになるべきですよね」
「いや、でもね」
「二人っきりになるべきですよね?」
「だから、その」
「なるべきですよね?」
「こちらにも事情が」
「なるべきですよね? ……先輩?」
「……はい」
……勝った。
諦観の表情で肩を落して首を縦に振ってくれた速水先輩に、僅かな罪悪感を覚えつつも、私は小さく拳を握った。気の優しい速水先輩に対してこういうやり方は卑怯かもって思うけど、遠慮している余裕はもう無いのだ。
「でも、佐奈ちゃん。良達を二人っきりにってどうやって?」
「速水先輩が協力してくださるのなら話は早いです。あとは桐島先輩だけですから」
「そうなんだけど」
それが一番の問題だと告げる速水先輩に「簡単です」と言い切って、少し笑って見せた。
「私と速水先輩で、桐島先輩を拉致するだけですから」
「……へ?」
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魔法使いたちの憂鬱
第十三話 思惑錯綜、遊園地(その4)
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1.天国への塔(神崎良)
「おおー、凄い」
「うわ、ホントに自分の意思で動くんだね、これ」
俺と綾はそれぞれに驚きを口にしながら背中に付けられた純白の「羽」をパタパタとはためかせる。大人の腕の長さぐらいはある大きな翼が重さを感じさせることもなく、俺たちの意思に従って動いているのは中々、信じ難い光景だった。
ちなみに天使をイメージしてのことなのか、俺も綾も貸し出されたゆったりとした白の上下に着替えているのだけど、綾はともかく俺の方が天使に見えるかと言えば非常に心許ない。って、まあ、そんなことはいいんだけど。
「あまり「羽を動かす」、ということは意識して頂かなくて結構です。基本的には、ただ行きたい方向、たどり着きたい場所を意識すると、そこに向かって翼が羽ばたくように出来ていますので」
同じように背中に羽をつけた説明員さんが、俺たちに取り付けた羽の具合を確認しながら、にこやかな顔で注意事項を教えてくれる。
「それから、この羽は、外からの魔法を無効化します。ですから、「塔」を上っている最中はご自身の魔法は使えないと思って下さいね。時々ですが、風の魔法を使って急降下や急上昇をされる方がおられますが、そのような危険行為は止めて頂けますよう、お願いいたします」
「駄目だよ、兄さん。そんなことしちゃ」
「どちらかといえば、お前の方に注意が必要だと思う」
「私そんなに子供っぽくありません」
「子供はみんなそういうんだ」
「うー、ひどい」
俺と綾の他愛ないそんなやりとりを、なんだかほほえましい表情で眺めていた説明員さんは大理石っぽく見える白亜の扉を押し開きながら、言った。
「では、お気を付けて。空への旅を、存分にお楽しみ下さい!」
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「うおお、ホントに飛んでる、飛んでるぞ?!」
「うわ、うわ、凄い! ふわふわしてるよ、兄さん、ほら!」
開け放たれた扉、そこから翼で文字通り「飛び出した」俺たち兄妹は、二人してはしゃぎまくりだった。扉のある位置は、多分、二階建てぐらいの高さ。だから、地面は間近にみえる。だけど、背中につけた翼が羽ばたくごとに、その地面はゆっくりと遠ざかっていって、代わりに頭上に見えている空が近くなっていく。
その地面と空の間をつなぐのは、俺たちが飛び出してきた白い塔。一見して、雲、というより白い綿菓子の柱、という風貌の塔が、周囲にこれまた綿菓子のように見える螺旋階段をまとわりつかせながら、延々と天の頂へと続いている。つまり、これが天国への塔、ということになるのだろう。
「うわあ、なんだか、ほんとに天使になったみたいだよね」
その雲の塔に沿うようにして翼をはためかせながら、綾は目を輝かせて歓声を上げる。
「看板に偽り無し、だな。ホントに天国に行けそうな雰囲気だ」
「そうだね。うん、素敵」
俺の零した感想に綾はにこやかに頷いてから、しかし、僅かに眉をしかめた。
「でも、この格好は不満かな」
そう言いながら綾は少し不満げに、羽と一緒に渡された白いズボンを引っ張る。一応、女性用のミニスカートを履いているけれどその下にズボンを更に履いているのがいまいち不満らしい。
「どうせならちゃんと天使の格好したかったなあ」
「ちゃんとした天使の格好ってどんなのだ?」
「ほら、入り口にいた双子の天使ちゃんみたいな」
「……勘弁してくれ」
入園のときにみた双子の天使の格好を思い出す。確かに幼い天使が身に纏う衣装としてはあの純白の布みたいな服装は清楚で良いとは思うけれど流石にスカートは履きたくない。
そんな俺に、綾は小さく苦笑しながら小言を口にしながら指を振る。
「もう、兄さんは少し恥ずかしがりすぎ。こういう所では恥はかきすてだよ?」
「ものには限度があると思うんだが、どうだろう」
まあ、俺としてはこの羽根をつけた姿で妥協して貰いたい。
「しかし、お前は器用だな」
「え?」
「なんか、おれより飛ぶのが早いというか、飛び方がなめらかと言うか、そんな気がするんだけど」
「えへへ、そう?」
ちょっと露骨な話題転換だったけれど、綾の方はそれに気付いていないのか、俺の賞賛に素直に笑って、くるりくるりと縦に横にと回転して見せた……って、おい。
「……」
「どう? 凄い?」
「……いや、うん、凄い」
凄いんだけど、うん、ちゃんとズボンを履いてて良かったな、綾。普通、縦に回転したりしたらスカートがどうなるのか分りそうなものなんだけども。
「……兄さん?」
「ああ、いや、なんでもない。確かに凄いのはよく分ったけど、縦回転はやめような、綾」
「? なんで?」
「危ないから」
……いろんな意味で。
まあ、確かにズボンは履いているけれど、妹のスカートの中が見えるのは、兄の精神衛生上あまり好ましくはないのだ。
「でも、簡単だよ?」
「とにかく駄目。大体、縦回転は俺には出来ないぞ?」
誰でも空を飛べる―――というのは、このアトラクションの謳い文句だし、「羽の動かし方は意識しなくて良い」とは説明員さんの言葉だったけど、その飛び方には多少の優劣が出来てしまうものらしい。
そう言いながら、俺が首を回して背中の羽の動きを見ていると、不意に綾が俺の手を取った。
「じゃあ、私が教えてあげる。ほら」
「お、おい」
言うなり綾は俺の手を取ったまま、大きく羽を羽ばたかせた。
「ちょ、ちょっと待て! いきなり羽ばたくな、危ないだろ、こら!」
「大丈夫、大丈夫! ほら、他に人もいないんだし!」
楽しげにはしゃぎながら、俺を空へと引っ張っていく綾。そんな俺と綾の周りには確かに他の客の姿はない。要するに、雲で出来た塔の頂を目指して羽を羽ばたかせているのは、俺と綾の二人だけなのだった。
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何故、俺と綾が二人っきりになっているのか。それにはちょっとした理由があった。