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第十二話 思惑錯綜、遊園地3(その3)

4.大観覧車(神崎良)。

 佐奈ちゃんが用意してくれたくじ引きの結果。

 一組目は龍也と霧子と綾。そして、二組目は俺と佐奈ちゃんという組み合わせで分かれたのだった。

 /

「……どうして、こうなるんでしょう」

「え?」

 四人乗りのゴンドラ。それに乗り込んで向かい合わせに座るなり、佐奈ちゃんはなんだか思い悩む口調で、ぼつりとそう呟いた。

「順番を待たないで一斉にくじを引くなんて、皆さん、お行儀が悪いです。あんなの対応できません」

「えーと、佐奈ちゃん?」

「そもそもどうして綾まで一緒になって引いてるんですか。『待ってください』って言ったのに。それを聞いてくださったのが良先輩だけなんてどういうことですか……綾のばか。ばか」

「もしもーし」

 俺の呼びかけにも気付かない様子で、佐奈ちゃんはぶつぶつと何事かを呟いている。その表情は、いつものように変化には乏しいけれど、どうやら少し怒っているようだった。

 くじ引きの時、霧子と龍也と綾が「いっせーの」でくじを引いたのがそんなにお気に召さなかったのだろうか。一瞬、そう考えて「それは違うか」と俺は首を横に振る。別に順番に引こうが、一度に引こうが、それほど怒る理由になるとは思えない。

 なら佐奈ちゃんの機嫌が今ひとつよろしくないように見えるのは、やっぱり組み合わせ結果が不満なのだろうか。やっぱり綾と一緒に居たかったのか。あるいは龍也と一緒になりたかったとか。

「佐奈ちゃん、一緒になりたい人がいたの?」

「いえ、私個人は良先輩とご一緒できて嬉しいです」

 俺の問いかけに、ようやく気付いてくれたのか佐奈ちゃんは顔を上げて答えてから、そこでようやく小さく笑ってくれた。

「そうですね。せっかく先輩とご一緒できているのに、悩んでいるのは損です」

「悩んでるの?」

「はい。悩み多きお年頃ですから」

「そっか」

 うん。いつもの佐奈ちゃんに戻ってきたかな。

 その事に安堵して、そこで俺は初めてゴンドラの外に視線を向けた。ぐんぐんと高度を上げていくゴンドラ。その外に広がる光景を視界に入れて……絶句する。

「……はい?」

「……え?」

 俺の視線につられて佐奈ちゃんも外の景色を見たのだろう。目に飛び込んで着る景色に、彼女も俺と同じように呆気にとられて小さく声を零した。

「雲の……上?」

「……みたい、です」

、眼前、というより既に眼下に広がる光景は、本当に雲の上から地上を見下ろす展望に変わっている。視界に広がる綿飴みたいな雲。その雲の切れ間から除くのは緑豊かな世界樹の国の風景か。

 確かにパンフレットには「雲を貫く展望」みたいなことが書いてあったけれども……本当にこういう光景を拝めるなんて思っては居なかった。

「凄い……景色だね」

「はい。凄いです」

 雲を突くような巨大な観覧車は、実際には遊園地の敷地には存在していない。だから、これは魔法による演出であることは間違いないんだろうけれど、果たしてどこまでが現実の光景で、どこからが魔法による幻なのか。

 それを見極めようと目をこらしかけて……俺は直ぐにその行為を放棄した。こんなことを言うとレンさんには「覇気と根性と根気が足りない」と怒られそうだけど、正直、俺ぐらいの魔法使いで見抜けるような技術じゃないと思う。それに、まあ、今日この場は、そんなことは気にせずにこの展望を楽しむのが良いと思えたから。

「良い眺めだね」

「はい。乗って良かったです」

 自然と口から漏れた平凡な感想に、佐奈ちゃんも嬉しそうに口元を僅かに緩めて頷いてくれた。多分、彼女もややこしいことを考えずにこの景色を楽しむつもりなんだろう。

「佐奈ちゃんは高いところ平気?」

「はい。でも、こんな高さは初めてです」

「俺も初めてだよ。レンさんの箒に乗せてもらったことはあるけど、流石に雲の上までは行かなかったしね」

「私もです。だから、もっと高くなったら泣くかも知れません」

「泣くの?!」

「冗談です」

「だと思った」

 佐奈ちゃんとの他愛ないやりとりに、狭いゴンドラの中の雰囲気が穏やかに和らいでいく。そして、そんな穏やかな雰囲気のなか、絶景、といって良い光景を、しばし、俺と佐奈ちゃんは言葉もなく見つめていた。

「……」

「……」

 夢か現か幻か。

 眼下に見える雲すら置き去りにしてその高度を上げていくゴンドラ。地上とおぼしき風景は既に白い雲の海の中に消えて、ただ視界に映るのは空と太陽と……そして遠くそびえる世界樹の影だけ。

 現実であるはずはないのは分っているけれど、それでも本当に自分たちの世界を遙か高みから見下ろしているような錯覚を覚えてしまう。いつまでも、この感覚を味わっていたい、そんな思いを浮かべた俺の意識は、不意に「先輩」と俺を呼んだ佐奈ちゃんの声に引き戻された。

「先輩。魔力、交換して貰って良いですか?」

「え?」

「駄目、でしょうか」

「いや、いいけれど」

 佐奈ちゃんが唐突なのはいつもの事といえばいつもの事だし、最近、お互い会う機会がなかったから魔力交換自体、久しくしていない。だから、俺は彼女の要求に頷いて、佐奈ちゃんが差し出してくれた細い手に自分の手を重ねた。

 少しひんやりとした佐奈ちゃんの手。その掌を握って、魔力を集めて交換していく。だけど、それはほんの一瞬で終わった。

「ありがとうございます」

「もういいの?」

「はい、元気でました」

「そっか」

「気合いも入りました」

「気合い?」

「はい。だから、ちょっと変なことも大丈夫です」

 何が大丈夫というのだろうか、この子は。

「先輩、質問して良いですか?」

「いいけど、何を?」

 問いかける俺に、佐奈ちゃんは少しだけ目を閉じて、微かに息を吐くと、意を決したように口を開いた。

「先輩は、好きな人、いますか?」

「……え?」

「ですから、好きな人、いますか?」

「……えーと」

 佐奈ちゃんが唐突なのは、いつもの事といえばいつもの事……なんだけど。問われた内容が、あまりにも唐突すぎて、しばし思考が止まった。

「どうなんですか?」

「……いや、まあ」

 硬直する俺に、佐奈ちゃんは、じー、とまっすぐな視線を向ける。目をそらす事を許してくれない眼差しに溶かされるように、俺の硬直した思考が少しずつ、動きを取り戻す。

 ―――好きな人。

 真っ正面から投げかけられたその問いかけに、脳裏に浮かんだのは……霧子と……そして綾。その二人の笑顔だった。

 ……って、いや、待て。

 何故、今の佐奈ちゃんの質問に綾が出てくる。

「それは人としてどうなんだ」

「……先輩?」

「あ、いや、なんでもないよ」

 訝しむ佐奈ちゃんに誤魔化すように笑ってから、俺は大きく息をはいた。

 ここで綾の顔を浮かぶなんて、なるほど俺のシスコンぶりも相当な所にきているのかもしれない。そんな苦い思いが却って、動揺する心を落ち着けてくれた。

 でも、答えるべきなんだろうか。

 一瞬、そんな迷いが頭をかすめた。だけど、まっすぐに俺を見つめる佐奈ちゃんの態度に、俺は迷い浮かんだ迷いをかき消して、頷きを返す。

「うん、いるよ」

「桐島先輩……ですか?」

「……うん」

 消しきれない躊躇いに、ワンテンポ答えが遅れたけれど、俺は佐奈ちゃんの眼差しに正面から首を縦に振った。

 多分ずっと前から、友人として以上の感情を、俺は霧子に向けて抱いているって、告げながら。

「……そうですか」

 俺の返事に、佐奈ちゃんは少し目を細めて、小さく息を吐いた。

 そして、しばし二人の間に、沈黙が降りる。重苦しい、という訳じゃない。だけど、自分からは言葉を発することが躊躇われるような、そんな雰囲気の中、俺は佐奈ちゃんの意図に思考を巡らせた。

 ひょっとして、という思いと、まさか、という思いが頭の中で交差する。でも、俺がそんな思考に答えを出す間もなく、直ぐに佐奈ちゃんが目を開いて、また違う問いかけを投げかけた。

「少し話を変えますけれど……先輩は精力旺盛な方でしょうか」

「…………え?」

 佐奈ちゃんの唇から、なんだか変な単語がこぼれ落ちたような気がして俺は何度か目をぱちつかせた。

「あの、佐奈ちゃん?」

「一日、複数ラウンドでも大丈夫ですか?」

「複数……?」

「なおかつ一ラウンドにつき、複数回でも平気でしょうか」

「あの」

「さらに複数人相手でも、おーけーな方でしょうか」

「さ、佐奈ちゃん?」

 この子は、一体、何を言い出しているのか。もの凄く不穏当なことを口走っている気がして、俺は慌てて彼女の肩を軽く揺すった。すると佐奈ちゃんは、そこで初めて我に返ったように、目をぱちくりさせて俺の顔をのぞき見た。

「あ……、済みません、ちょっと取り乱しました」

「そ、そう」

「今の忘れて下さい」

「いや、そういわれても」

「忘れて下さい」

「う、うん。わかった」

 落ち着いた口調だけど、その中に有無を言わさぬ迫力を感じて俺は結局、首を縦に振る。まあ、今の発言は俺としても忘れてしまった方が精神衛生上よろしいような気がするし。

 そう納得して頷いていると、佐奈ちゃんは「では改めて」と少し居住まいを正した。

「先輩は、告白したんですか?」

「いや、まだだけど」

 我ながら情けないけれど、正直、告白ってことを考えると二の足を踏んでしまう。

 霧子が俺をどう思っているかわからないし、何より「三人」の関係を壊してしまうのが怖かった。

 俺と霧子と龍也。中等部の時に出会ってから、ずっと続いてきた俺たち三人の関係が暖かすぎて、そこから先に進むのを躊躇っている……なんていったら、レンさんには殴られそうだけれど。

「でも、まあ……いつかは告白するつもりだよ」

「桐島先輩が、速水先輩のこと好きだったらどうします?」

「あー、うん」

 痛いところを突かれて、俺の口からは呻くような声が漏れた。

 正直、それが一番怖い。もし霧子が龍也のこと好きなら、友人としては応援してやらないといけないけれど……そんなに綺麗に割り切れるような素直な心は流石にちょっと持っている自信はない。

「正直、あまり考えたくないんだけどね。でも、そのときはその時かな。それでも一度は、告白すると思うよ」

 それで三人の関係が崩れるてしまうのは、怖いけど。

 崩れてそれっきりになるような奴らじゃないって信じているし、仲直りする努力だったらいくらでもしてみせる。

「そうですか……」

 俺の返事を果たしてどう受け取ったのか。表情を押さえている佐奈ちゃんから、読み取れない。ただ悲嘆している、というようには見えなくて、ただ何かを考え込んでいる様子だった。

「……あの」

 しばらくの沈黙を挟んで口を開いた佐奈ちゃんの声は、少しだけ強ばっていた。

「三人仲良くという選択肢はないんでしょうか」

「三人?」

「はい。みんなで仲良く、です」

 それは霧子が俺と龍也の二人と付き合う、ということだろうか。つまり、一夫多妻もしくはその逆のような形。

「そうだね」

 予想外の問いかけに、どう答えるべきか、一瞬判断に迷った。時々、綾やレンさんが冗談めかして口にすることはあるけれど……今の佐奈ちゃんから、茶化す気配は感じない。だから、真剣に聞いて居るんだろうけれど。

「そういうのは、あまり考えたことはないよ」

「お母さんは上手くやっています。幸せそうですよ」

「あ、そっか」

 佐奈ちゃんのお母さんは一人で、お父さんは二人。なら、彼女にとってそういう男女の関係は、ごく自然に身近にあるもの、ということになる。

「でも、そういうのには理由が要るんじゃなかった?」

 ハーレム、なんて言葉で揶揄されることも多いけど、実際には魔法使いが生きていくために必要な場合にのみ許される家族形態だ。誰にでも簡単に許可されるようなものじゃないし、当たり前だけど、俺たち三人の対して認められるような物じゃないはずだった。

 そう言うと佐奈ちゃんは表情を変えないままに口を開いた。

「理由なんて後付でなんとでも成ります」

「いや、それはならないよ?」

「なります」

 ぴしゃり、と俺の否定の台詞を打ち消して、佐奈ちゃんは諭すような瞳で俺を見つめて言った。

「大切なのは愛です」

「愛」

「はい。あと体力と精力と経済力もあれば望ましいです」

「追加された部分で、一気にハードルが上がったんだけど」

「そっちは冗談です」

 つくづくオチをつけるのを忘れない娘だった。ちょっと感動しかけたのに。

「でも、最初の言葉は嘘でも冗談でもないです」

「大切なのは愛、か」

「はい。ウチのお母さんの座右の銘です」

「そっか……良い言葉だよね」

「はい。もう一つの座右の銘は、無理が通れば道理が引っ込むです」

「あのね」

 本当にどこまでもオチを付けないと気が済まない佐奈ちゃんだった。そんな彼女に苦笑して軽く頬を掻くと、佐奈ちゃんは胸に手を当てながら、少し目を伏せた。

「佐奈ちゃん?」

「あの……私は、先輩にハーレムを築いてくださいって言っているわけじゃないんです」

「うん」

「今のところは、ですけれど」

「……うん」

「でも、そういう選択肢もあるんだって、先輩に覚えて欲しいんです。だれか一人だけを選んじゃうことが、必ずしも幸せになる方法じゃないって」

「……うん。わかった」

 佐奈ちゃんが、どうして急にこんな話題を俺に振ったのかはわからない。だけど……最後の台詞に、彼女の本心が込められていた気がして、俺はゆっくりと首を縦に振った。

『だれか一人だけを選んじゃうことが、必ずしも幸せになる方法じゃない』

 魔法使いは一人で生きられないから、そういう選択肢も必要になるって事は、理屈では分かっている。でも、受け入れてしまうには少し重すぎる考え方でもある。

 どうして佐奈ちゃんがこんな話題を振ってきたのかわからないけれど……忘れてはいけないような気がした。

 少なくとも佐奈ちゃんは、比較的自由に魔力交換が出来る子だ。だから、こんな制約に縛られる必要ないはずなのに……それでも、その形を口にしたのは、どんな意味があるんだろう。

 その問いへの答えは、結局、佐奈ちゃんの口から出てくることはなく。

 そして、俺自身も、このときはまだ、見つけることが出来なかった。


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