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第十二話 思惑錯綜、遊園地3(その1)

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 魔法使いたちの憂鬱

 第十二話 思惑錯綜、遊園地(その3)

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1.前半戦終了(神崎良)

「あー、面白かった」

 小型の乗り物に乗ってレールの上を高速で滑空する「エアコースター」。そのアトラクションから出ると、霧子は晴れ晴れとした表情でそう宣った。流石に自分で推薦しただけあってその迫力を十二分に堪能できたらしい。

「死ぬ」

「もうだめです」

 そんな霧子とは対照的に、俺と綾はぐったりと呻くような声を絞り出すのがやっとだった。悲鳴を上げている三半規管に悩まされながらふらふらと霧子の後ろを歩いていると、霧子は俺たちに振り返って小さく肩を竦めた。

「なによ、だらしないわね」

「だらしないって、お前な。いくら、魔法工学の粋、とかいう謳い文句でも、限度があるとは思わないのか。限度がっ」

「そ、そうです。あれはちょっと反則だと思います……」

 寧ろ、何故霧子がそこまで平然としていられるのか分からない。最高速度が凄い、というのは霧子に聞いていたけれど、あそこまで縦横無尽にコースター(二人一組で座る小型の車みたいなもの)が空を飛ぶなんて想像して無かったし、途中で空中分解するなんて思ってもいなかった。勿論、その後、魔法で再構成されたコースターに無事に着地出来たわけだけど、問答無用で空に投げ出されたときには冗談抜きで死を覚悟したし、天国の両親が脳裏をよぎったりもした。

 それは俺の隣に座っていた綾も同じだったらしく、エアコースターでは兄妹二人仲良く並んで、ひたすらに絶叫する羽目になったのだった。

「迫力あって良かったでしょ?」

「ありすぎだ。死ぬかと思ったんだぞ、あれは」 

「あはは、あれは凄かったよね」

「でも、ちょっと気持ちよかったです」

 引きつった俺の声に答えたのは霧子じゃなくて、背後から続いて出てきた龍也と佐奈ちゃんだった。二人とも余裕ありげな表情をしているところを見ると、俺や綾ほど恐怖に戦いた訳じゃないらしい。

 ……って、ひょっとして、ふらふらなのは俺たち兄妹だけなのか。いや、普通、あそこまでぐるぐると乗り物が回転したら三半規管がおかしくならないだろうか。とはいえ、霧子だけじゃなく、龍也も佐奈ちゃんも平気だということは、俺と綾の兄妹がそろって乗り物酔いしやすい体質、ということなのかもしれない。

 俺が平然としている三人に軽く敗北感を抱いていると、それを見越したように霧子が勝ち誇る声をあげる。

「ふふふ、これで一勝一敗ね、良」

「くそう、凄く負けている気分だ」

 最初のお化け屋敷での優位がまるで夢のようだ。

 そんな事をため息混じりに考えつつ、俺は青ざめた表情で俺の腕にしがみついている綾に声をかけた。

「綾、平気か?」

「ちょ、ちょっと気持ち悪いかも……あ、でも、平気。うん、大丈夫だよ」

「そうか? 無理しなくて良いんだぞ」

「大丈夫。兄さんこそ、平気なの?」

「ちょっとふらついてる気がする。まあ、吐き気とかはないけどな」

 そう答えながら、俺は綾の顔色を探る。強がっているけれど、表情は冴えない。龍也の話では、お化け屋敷でも一悶着あったみたいだし、その直後のアトラクションがこれでは疲れが重なってしまったかもしれない。

 ……アトラクションの選択、間違ったかな。

 ちょっと反省しながら、俺は遊園地に備え付けられている時計に目を向けた。時計の針が示すのは、昼飯時、というには少し早いが、早すぎるという事もない時刻。だったら少し早めに昼食と採りながら、ゆっくりと休憩するのも良いかもしれない。

「ちょっと早いけど、昼飯にしないか? 綾はともかく俺は結構ふらふらだし」

「そうね。良いんじゃない?」

「僕もそれで良いと思う」

「賛成です」

「兄さんがいいなら」

 みんなも多少は疲れていたのか、それともふらふらな俺たち兄妹を気遣ってくれたのか。ともかく俺の提案に特に反対意見はなく、よって少し早めの昼食をとることになった。

「じゃあ、どこかお店に入ろっか。それとも何か買ってベンチかどこかで食べる?」

「そうだなあ」

 霧子の言葉に腕を組みながら、俺はしばし考えを巡らせる。

「外で食べようか。天気が良いから気分も良くなりそうだし」

 そう提案すると、みんなも特に反対はないようで、一様に頷きが返ってきた。

「ということで、パンフレット代わりの綾。どこか休めそうな場所のお勧めは?」

「えーとね。うん、少し歩いたところに広場みたいな場所があったんじゃないかな。噴水とかもあって休憩用の場所だったはずだよ」

「じゃ、そこにしようか。良と一年生組は場所の確保しといてくれる?」

「そうだね。僕と霧子で飲み物買ってくるよ」

「悪い。頼めるか?」

 買い出しを買って出てくれた霧子と龍也に、俺は素直にお願いすることにした。少なくとも今の綾を買い出しに連れ回る気にはなれないし、俺自身もちょっと休みたい。

「うん。任せて」

「なにかリクエストはある?」

「任せる。でも、軽めのモノでよろしく」

「フライドチキンとか?」

「お前にとってはそれが軽いのか」

「冗談よ。サンドイッチぐらいでいいでしょ?」

 そう言って笑うと霧子は龍也と連れだって、ふよふよと相変わらず遊園地内をたゆたっている案内板の方へと歩いていった。多分、売店の場所を確認しに行くんだろう。

「……というか、看板が一定の場所にないのはどうなんだ」

「あれは移動用の看板だよ、兄さん。おっきな奴は動かないでじっとしてるよ?」

「そうなのか」

 だとしたらますます大きい看板に羽が付いてふよふよしている意味が分からないんだけど……まあ、いいか。はねつき看板についてはこれ以上深く考えないことにして、俺は綾の方に視線を戻す。

「それより綾、ほんとに大丈夫か?」

「うん。大分落ち着いたから、大丈夫」

 そういって笑う綾の表情を、俺はじっとのぞき込む。確かに顔色は多少は良くなっている様だけれど、やっぱりどこか疲れのようなものが滲んでいる気がした。果たして、それはエアコースターだけが原因なのだろうか。

 それを見極めようと俺はじっと綾の瞳をのぞき込んで、その色を見る。

「な、なに……?」

「いや、魔力足りてるのかなと思ってな」

「え?」

「お前、お化け屋敷で結構派手に魔法使ったんだろ?」

「え? な、なんのこと?」

「しらばっくれても無駄だぞ。龍也から話は聞いてるから」

 実は、お化け屋敷から出た後、龍也はなぜかお化け屋敷の係員さんの所に頭を下げに行っていたのだ。本人は「ちょっと派手にものをひっくり返したりしたから」と誤魔化していたけれど、何かがあったことぐらいは読み取れた。それで一体何があったのかをこっそりと龍也から聞き出したのだけれど……龍也の話によれば、お化け屋敷の中で綾が「多少」魔法をつかったらしい。

 どんな魔法をどうやってつかったのかは何故か龍也は口をつぐんでいたけれど、係員さんに「お騒がせしました」と言わなくてはいけない程度には騒がしい魔法を使ったのだろう。

「ということで、魔法を使っていたのはわかってるんだぞ。綾」

「ご、ごめんなさい」

「いや、いいんだけどな。係員さんも怒ってなかったらしいし」

「そうなの?」

「そうらしいぞ。龍也によれば、だけど」

 係員さんは「流石、魔法院の学生さんだね。今後に向けて、いろいろ参考になったよ」と笑ってくれたらしい。だから、実際にはそこまで派手なことはしてないようなんだけど。

「ま、お前がお化け屋敷が苦手だって言うのはほんとだったんだな。悪い、今度からはもうちょっと気をつけるよ」

「う、うん」

「それで魔力、足りてるのか?」

「大丈夫。ちょっとしか使ってないから」

「……」

「ほ、ほんとだよ?」

「そっか。ならいいけど」

 確かに、綾の目の色はいつもどおりで魔力欠乏の兆候みたいなものは感じ取れない。なら、少し休めば午後からも大丈夫かな。そう判断して、俺は佐奈ちゃんにも声をかけた。

「佐奈ちゃんは大丈夫?」

「はい。私、平衡感覚はいいんです」

「すごいなあ。俺たちはふらふらなのに」

「誉められました」

「うう、私、こんなに乗り物酔いする質だとは思わなかった」

 俺の言葉に嬉しそうに佐奈ちゃんは目元をわずかに緩めて、綾はそんな彼女に羨むような視線と声を投げかける。

「まあ、神崎家の体質なのかな。じゃ、そろそろ行こうか」

「綾。先輩とおそろいだって。良かったね」

「うー、そんな体質でおそろいって、微妙だなあ」

 綾と佐奈ちゃんの普段通りのやりとり。二人の様子をみて「綾も調子が戻ってきたかな」と俺は軽く安堵したのだけれど。

 今にして思えば、このときにもう少し注意深く綾を気遣っておくべきだったのかも知れない。

2.状況確認(速水龍也)

「それで、綾ちゃんの様子、どう?」

「うーん」

 サンドイッチとジュースの入った袋を抱えながら、霧子が投げかけた問いに、僕はどう答えたものかと首をひねった。

 綾ちゃんの良に対する気持ち。それが本物なのかどうか。現時点で、黒か白かを判定するのなら「限りなく黒」だ。というか「真っ黒」と言った方が良いかもしれない。

 何しろ、綾ちゃんがお化け屋敷で「暴走」と言って良い行動をとったのは、良と霧子が二人っきり、という状況に反応しての事だったから。兄に近づく女友達への嫉妬、と考えるとしても、あれは「妹」として嫉妬なんてものを越えてしまっていたと思う。

 そう。ほとんど結論なんてはっきりしている……けれど。

「まだちょっとよくわからないかな」

「そうなの?」

「うん、重度のブラコンなのはよく分ったけどね。それが恋愛感情なのかどうか、まだちょっと、ね」

 結局、僕は濁した言葉を霧子に返していた。

 理由は、自分でもよくわからない。お化け屋敷で綾ちゃんが示した感情があまりに鮮明だったから、却って僕の方が怖じ気づいてしまっただけかもしれない。

「そう。まあ、あせって変に断定するわけにもいかないもんね」

「まあ、まだ午後いっぱいあるからね。慎重に様子を見るよ」

「頼むね」

 霧子の信頼の言葉に、胸がチクリ、と痛む。だけど、それを顔に出さないように僕は「任せて」と笑って見せた。

「それより霧子の方はうまくやってるみたいだよね」

「なによ、上手くって」

「だから、ちゃんと良といちゃいちゃしてるなって」

「っ、だ、誰がいちゃいちゃしてるのよ」

 見る間に赤くなって、霧子は僕の脛を蹴り上げる。

「痛い、痛いって。蹴りは止めようよ、蹴りは」

「あんたが変なこと言うからでしょ」

「はいはい。ごめんごめん」

「……全く以て誠意が感じられないんだけど」

「気のせいだよ。多分」

 お化け屋敷での件が尾を引いているのか、霧子は上機嫌のままだった。良にみっともない所を見せた、という恥ずかしさより、良とずっと一緒にいられたことのうれしさの方が多分、大きかったんじゃないかな、と思う。

 ……本当。僕から見ていると、二人の感情はわかりやすいんだけどなあ。

 良の霧子への想いも。霧子の良への想いも。互いに良い方向を向いていると思うのに、告白したりされたりする雰囲気にはなかなかならないようだった。

 ひょっとしたら、二人とも今の関係を壊したくない、というのが原因かもしれない。それは僕の勝手な思いこみかもしれないけれど、少なくとも僕自身には、そんな思いは確かにあった。

 

 だから、良と霧子には悪いけど、今まで積極的に背中を押したりすることはしてこなかったんだけど。でも、どちらにせよ、いつかは変わってしまうのかもしれない。

 そんな確信めいた思いに、僕が少し息を零した頃。

「あ、居た!」

 霧子は良たちの姿を見つけたのか、大きく手を振って足早にそちらの方へと駆けだしていった。

「走らなくても良いのに」

 霧子の背中を苦笑混じりに見送りながら、「それにしても」と僕は一人、霧子が駆けていく先にいる綾ちゃんの事に想いをはせる。

 脳裏に浮かぶのは、お化け屋敷で見せつけられた綾ちゃんの魔法のこと。学年が違うこともあって、僕は綾ちゃんの魔法を間近で見る機会はあまりなかったけれど、張り巡らされていた魔法遮断処理を打ち破って、壁に穴を開けて、あげく復元して見せたその手腕は既に一年生レベルじゃない。多分、高等部そのもののレベルを超えているんじゃないだろうか。

 もっとも魔法院には今日の綾ちゃんがやってみせたことと同じ事ができる学生は数人いる。僕もその一人だし、きっと会長さんだって出来ると思う。だけど、僕や会長さんと綾ちゃんとでははっきりとした違いが一つある。それは、綾ちゃんが良としか……、つまり、たった一人としか魔力交換をしていないということだ。

 一般論になるけれど、魔法使いとしての能力と、魔力交換の相手の数は比例することが多い。多様な種類の魔力を自己に取り込むことは複雑な魔法を行使する手助けになるし、そもそも一定数の交換相手がいないと、十分な魔力の量と質を自分の中に保てないから。良の母親であるレンさんが、良に「交換相手を増やせ」と発破をかけるのもその辺りが理由なんだと思う。

 なのに、綾ちゃんは違う。彼女は良としか魔力交換をしていないし、出来ない。だけど、今日、僕の目の前で綾ちゃんが操った魔法は、一人としか魔力交換していない魔法使いのものとは思えなかった。勿論、魔力交換相手の数と、魔法の才能が比例する、というのはあくまで一般論だし、例外があるのは分かる。だけど、それにも限度というものがあるんじゃないだろうか。

 その理由が気になって、でも、その理由が分からなくて。

「一途だから、かな」

 僕はもう一つの一般論を答えの代わりに呟いていた。

 強い感情は、強い魔法を産み落とす。それがよく知られているもう一つの一般論。とはいえ、感情が魔力に与える影響は、まだ完全に……というか、ほとんど解明されていない。でも、想いが魔法を強くする事例は、実際によく確認される。

 もし綾ちゃんが魔法使いとして、きわめて不利な体質なのに、卓越した才能を示すのが、その想いのためだとしたのなら。彼女の思いは、一体どれくらい、強いって言うのだろうか。

 そこまで考えて、僕はその考えを頭から追い出すように頭をふった。

「それは、ないか」

 言い聞かすように呟いた言葉。それに根拠なんか無いことは分かっていたけれど。でも、そう呟かずには居られなかった。だって、あそこまで強い魔法が、本当に彼女の思いで紡がれていたのなら。

 そんなに強い想いが報われないなんてことが……、寂しすぎるから。

 そして、それ以上に。それほどまでに、魔法使いとしての力を綾ちゃんが良への思いに依存してしまっているのだとしたら。

 ……今更、後戻りなんて、できないんじゃないだろうか。

 そんなことを信じたくなくて。だから、全てが僕の思いこみで、先走った考察に過ぎないって、そう思いたくて。

「考えすぎだよね……良」

 こちらに向かって手を振る親友の姿を目にして、僕は我ながら弱々しい声で、一人、つぶやきを零していた。



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