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第十一話 思惑錯綜、遊園地2(その2)

3.頼りになるはずの親友さん(速水龍也)



 綾ちゃんは、ブラコンで。

 挙げ句の果てに、良に対して特別な感情……つまりは兄妹の壁を越えて「異性としての感情」を抱いているんじゃないのか。



 今日のこの企画は、そもそも、その疑問を確認するために計画したモノであり、その点から考えると良と霧子が二人っきりで、かつ、その事実を綾ちゃんが知っている、というこの状況は歓迎すべきモノなのかも知れない。

 でも、それはあくまで「その目的だけ」を考えた場合であって……正直、今のこの状況は、泣きたいぐらいに勘弁して欲しい。



「ちょ、ちょっと綾ちゃん?!」

 悲鳴のようにうわずった僕の制止は、しかし、彼女には届かない。彼女は瞬く間に体内の魔力を脈動させて、それを形にするための呪文をその唇で紡いでいった。



「形成す糸はその力を止めよ。我が掌が紡ぐは糸を断つ波紋」

 見とれるほどの手際の良さで、流れるように紡がれる呪文。だけどその涼やかな声がもたらすのは、黙って見惚れて良いような結果じゃなかった。



「駄目! 早まらないで!」

「以て、汝、その形を消し、我が前に道を開け!」

 繰り返す制止の言葉もむなしく、綾ちゃんの呪文の終わりと同時、パシン、と乾いた音が空気を揺らす。そして、一瞬の静寂の後。



 ドン、と鈍い音と共に、古ぼけた(ように演出してある)館の壁に、文字通り風穴があいた。



「綾、凄い」

「うわああ?! な、なんてことを……っ?!」

 パチパチと手を叩いて綾ちゃんを褒める佐奈ちゃんの横で、僕は押さえきれない悲鳴を上げて頭を抱えた。



 僕が魔法を使って直線的な良と霧子の位置を突き止めさせられた……もとい、突き止める手伝いをしたのがついさっき。ただ、このお化け屋敷全体には、魔法に対する対抗処理が施されているようで、二人の位置が分かったと言っても大まかな方向しか分らなかった。当然、どんな道を辿ればいいのかなんて分からないし、二人と僕たちの間にどんな障害があるのかも分からない。つまり、ほんの気休めの情報しか手に入らなかったんだけど。



 まさか……まさか綾ちゃんが、そんな僅かな情報を元に、ここまで直接的かつ短絡的な手段に打って出るなんて。



「壁……三枚しか打ち抜けてない……?」

 愕然と頭を抱える僕を尻目に、目の前の壁に大穴をあけた張本人は、結果に納得いっていないのか、不満そうに眉を曇らせた。



「思ったより魔力遮断処理が強いの? 遊園地なのにどうして……」

 それは勿論、こうやって力業で道を開こうとする人への対策じゃないかな。

 とてもじゃないけれど口に出しては言えない台詞を心の中で呟いてから、僕はそこでようやく我に返って綾ちゃんの方へ詰めよった。



「あ、綾ちゃん! いくら何でも、やり過ぎだよ」

「大丈夫です」

「大丈夫って、あのね。流石に壊すのはまずいよ」

 『魔法院の学生が遊園地の施設を爆砕した』なんて事になったら、停学どころの騒ぎで済むかどうかわからない。最悪、退学なんていう可能性さえある。

 だけど、そんな僕の危惧をあろうことか彼女はあっさりと聞き流した。



「塞ぎますから問題ないです」

 さらり、とそう言ってのけると、彼女は自らがあけた風穴へと突き進み、くぐり抜けた。



「佐奈、速水先輩、早くこっちに。穴、ふさいじゃいますから」

「うん」

「え、塞ぐって……」

 綾ちゃんの言葉に促されて、佐奈ちゃんは躊躇いなく、そして僕は躊躇いがちに壁に開いた穴をくぐる。そして、綾ちゃんはといえば、僕たち二人が穴を通り抜けたのを確認してから、自らが破壊した壁に触れながらまた呪文を唇に乗せた。



「崩れ落ちた欠片はなお形を留めよ。我が唇が紡ぐは形織りなす糸。以て、その欠片、失い崩れた形を成せ」

「―――っ」

 再び彼女が紡いだ魔法。その内容を理解して、僕は一瞬息をのむ。

 朗々と読み上げられる呪文の羅列に聞き惚れる間もなく、彼女があけた風穴は瞬く間に塞がれて元の壁へと戻ってしまった。



「元通りでしょう? これなら問題はないと思います」

「綾……格好良い」

「いや、感心するところじゃないよ、ここは」

「でも、元通りでしょう?」

「そ、それは……そうだけど」

 涼しげに言ってのける綾ちゃんに、僕は反論しようとして、言葉を失ってしまう。だって、彼女が復元した壁は、本当に……彼女が壊す前と、全く同じ状態だっていうのが見て取れたから。物理的な意味でも、そして、魔法的な意味でも完全に直されている。



 一度壊した魔術遮断処理まで復元するなんて、本当に、学生レベルの魔法じゃない。だから、そんな芸当を目の前で見せつけられたら、僕としても反論しづらいことこの上ない訳で……って、いや、そういう問題じゃない。

 そもそも最初に壁を壊すなんて真似をしたことが問題であって、それを元通りにしたからといってその事実が無くなる訳じゃない……はずなんだけど。完全にきれいさっぱり元に戻ってしまうとやっぱり無かったことになるんだろうか……?



「いや、でも……うーん」

「速水先輩、行きますよ。本当に……一刻の猶予も無いんですから」

 一人思い悩む僕を尻目に、二人の後輩は全く物怖じせずに、二つ目の穴をくぐり抜けている。



「これならきっとすぐに良先輩に追いつけるね」

「うん」

「あ、ちょっと……二人とも待って!」

 慌てて僕も後を追った、その瞬間。



 ガタン。



「うわっ?!」

 突如、音を鳴らして、天井から青白い光が現れて、闇の中を舞う。



『魔の力振うモノ、コノ館から去れ』

 現れた光は、次第に人の形……というか、幽霊の形を整えていき、そして妙に片言の言葉を発した。低く、恨めしげな感情に満ちたその声。だけど、僕の耳に残ったのは、その声色が紡ぐ恐怖ではなく、その言葉が告げる内容だった。



 魔の力振うモノ、コノ館から去れ。

 それはひょっとして……。



「警告?」

 魔法で壁に穴を開けたことに対する警告をしているんじゃないのか。

 そう判断して、僕がひるむのを横目に、綾ちゃんはと言えばいらだたしげに目を細めて手を振っただけだった。



「邪魔する気? アトラクションの癖に」

「え?」

 それはひどく好戦的な響きを含んだ言葉で、僕は一瞬、我が耳を疑った。いつも、良の横で穏やかにほほえんでいるのが綾ちゃんの印象なのに。ここまで剣呑な響きの声は、あまり記憶にない。



「佐奈。ちょっと下がって」

「あ、綾ちゃん! だから、魔法は」

「……大丈夫です。危ない魔法なんて使いませんから」

 流石にこれ以上、綾ちゃんに攻撃的な魔法を振るわせる訳にはいかない。その思いに、何度目かの制止の言葉を上げた僕に、綾ちゃんはにこり、と涼しげに笑ってから、空を舞う亡霊に手を差し向けた。



「仮初めの戒律に枷を。虚空を満たすは魔を拒む法。以て、世に静謐を施行せよ」

「……あ」

 瞬く間に唱えられた魔法。その発動と同時に、目の前のお化けは断末魔の声さえ上げずに、消え失せた。

 彼女が使ったのは、爆発を起こす魔法でもなく、物体を切断する魔法でもなく……魔力遮断。この屋敷に施されているのと同種の魔法を、綾ちゃんはあっさりと真似して、目の前の「警告お化け魔法」にぶつけて、そして消してしまったのだ。



「これなら危なくないですよね」

「いや、そうだけど」

 確かにこれなら壁に穴を開けるよりはましだけど。



「いや、でも、お化け屋敷のお化けを返り討ちにするって……」

「何を言ってるんですか、速水先輩」

 綾ちゃんは僕の言葉を遮ると、澄ました顔で言ってのけた。



「お化け屋敷でお化けを退治するなんてあたりまえじゃないですか」

「いや、違うよ?!」

「綾の言うとおりです。障害物を排除して進むのも当たり前ですし」

「だから、違うと思うよ?!」

 少なくとも僕が知っているお化け屋敷は、出てくるお化けにきゃーきゃーと怖がるモノであって、力業でお化けを排除しながら、かつ障害物ごとなぎ倒しながら直線的に突き進むなんて代物じゃ、断じてない。ないのだけど。



「そんなことないです。ね、綾?」

「うん。それに速水先輩は心配しすぎです。お化け屋敷で女の子が恐怖のあまり取り乱しちゃって、うっかり壁を壊したりすること良くあるじゃないですか」

「うっかりお化けを返り討ちにして、消しちゃうこともよくあります」

「いや、ないから! そんなうっかりなんて滅多にないから!」

 女の子二人のあまりに危険な持論に、僕は思いっきり頭を横に振る。しかし、それが無駄だって事に、うすうすは感づいていたわけで。



「先輩?」

「あのね、綾ちゃん……」

「時間がないんです。あんまり我が儘だと、置いていっちゃいますよ?」

「……ごめんなさい」

 静かに、だけど有無を言わせぬ態度で微笑む綾ちゃんに、僕はただ頷きを返すしかないのだった。



「うう、良。もういろいろとゴメン」

 それは、起こってしまったことに対する謝罪なのか。あるいは…… 合流した後に起こるかも知れない事態への謝罪なのか、分からないままに僕は親友に手を合わせる。

 そして、それに追い打ちをかけるように、綾ちゃんが、ぽつり、と呟くように言った。



「兄さん、待っててくださいね。早まってたりしたら……許さないんだから」

 そんな彼女の言葉が耳に届いてしまった僕は、頬が引きつるのを自覚した。



『良といちゃついてくれないと駄目だよ』

 それは、昨日、霧子に言った台詞だけど。



「だ、大丈夫だよね……?」

 良に言ったのか、それとも霧子に言ったのか、はたまた神様に祈ったのか。これまた判然としないまま、縋るような言葉が僕の口からこぼれたのだった。





4.カップルさんたち再び(神崎良)



 うっすらとした人の形をした光が、恨めしげに顔を歪めながら現れて消えた。



「―――っ?!」

 痛ましい表情の亡霊に、霧子は声にならない悲鳴を上げて、目をつむったまま俺の腕にしがみつく。

 そんな霧子の様子をしばし観察するように、周囲をふらふらと揺れていた幽霊は、十分、お客を脅かしたことに満足したのか「うらめしい」なんて捨て台詞を残しながら、暗闇の中に消えていった。



「……霧子。もう消えたから大丈夫だぞ」

「うう、本当? 目を開けたときに居たら、恨むからね?」

「本当だって」

 俺の言葉に促されて、おそるおそる目を開けた霧子は、お化けが消えている事を確認すると深く安堵の息をついた。



「ほら、大丈夫だろ?」

「うん。でも……油断は出来ないのよね」

 陰鬱にそう言いながら、霧子は俺の腕に抱きつく力をわずかに強める。



「……」

 今の俺と霧子の格好は、ほとんどさっきの綾のような体勢になっている。だから、流石にちょっと……いや、かなり照れくさいのだけど、まさか振り払うわけにも行かない。幸か不幸か、明かりらしい明かりは手にしたランタンの明かりぐらいしかない。だから、多分……耳が赤くなっているのは霧子には気づかれていないだろうけれど。

 怖がっている霧子とは別の理由で、俺も妙に緊張してしまって、次第に口にする言葉が少なくなっていく。そんな俺の態度に気づいたのか、霧子が俺の顔を見上げて首をかしげた。



「……どうかした?」

「え? な、なんで?」

「何って、急に黙り込んだから……どうかしたの?」

「あ、いや、何でもない」

「そう?」

「うん」

「……」」

「……」

 そう言ったきりしばし二人とも言葉もないまま、奇妙な沈黙を保って館の中を歩く。黙り込むよりしゃべっていた方が、霧子の恐怖は紛れるのかもしれない。それは分かっているのだけれど、女の子にこうまで体を密着させられると、なんだか上手く思考がまとまらないっていうのは、我ながらちょっと、情けなかった。



 とにかく、話題、話題。霧子の気を恐怖から逸らしつつ、多少は俺の心を落ち着かせてくれるような話題は―――。



「あ、そうだ」

「……良?」

「あのさ、ああいう幽霊も、魔法の絵の具とかで描いているのかな」

「そうね……」

 言われて、霧子は考え込むように視線を伏せる。この辺は流石に美術部員、ということなのか、しばし、霧子の表情から恐怖の色が薄れていく。



「ああいう幽霊なら、絵の具だけでなんとか実現できるかな」

「そういうのわかるのか?」

「これでも美術部副部長ですから、あの手の演出の原理ぐらいは想像付くわよ」

「原理は分かっていても怖いのか?」

「……だれも怖いなんて言ってないでしょ」

「左様で」

 まあ、ここで素直に「怖い」なんて言い出すのは霧子らしくない。苦笑しながら俺が頷きを返すと、霧子は少しだけ気まずそうに視線をずらして、そしてまた抱きつく腕に力を込めて言った。



「……頭では分かっていても、ってこと、あるじゃない」

「ああ、それはあるな」

 そういうのは、何となく分かる。理屈では分かっていても、感情の方はどうにも出来ないって事は、ままあるから。どうしようもないけれど、そういうのが……多分、人間の性質なんだろうし。



「……あのさ、良」

「ん、なに?」

 ふと、考えに耽ってしまいそうになった俺の思考。それを霧子の声が引き戻した。



「綾ちゃん、いつもあんなに良にべったりなの?」

「え?」

 一瞬、何を言われたのか分からなくて霧子の顔をのぞき込む。そんな俺に、霧子は躊躇うように少しだけ口籠もってから、やっぱり口を開いた。



「だから……こんなふうに、腕くんだりとか」

「いや、流石にそういうことは―――」

 無い、と言いかけて頭をよぎった日常の光景に、俺は言葉を止める。……無い、とはまあ、言い切れない訳で。



「……あるんだ」

「いや、ほら、兄妹のスキンシップだって」

「ふうん。あるんだ」

「いや、だからな? ただの兄妹のスキンシップだぞ?」

 気づけばいつものように、あるいはいつもとは少し違うかも知れないけれど、それでも俺と霧子は気まずい沈黙からは抜け出せていた。でも、そんな雰囲気に、俺が気づくよりも先に、その事態は訪れたのだった。


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