第十話 思惑錯綜、遊園地1(その1)
0.
アミューズメントパーク「天国への門」。
娯楽施設としてはストレートというか、あるいは開き直ったというか、期待感と不安感をそこはかとなく刺激してくれる名称の遊園地は、東ユグドラシル魔法院から列車で1時間ほどの場所にある。
創業から2年を経た現在でも、幸いなことに不慮の事故などで「天国への門」をくぐった人はおらず、良い意味で「天国」に近い楽しさを提供する施設として老若男女から幅広い支持を集めている。
現在の所、目玉となっているアトラクションは、これまた天国の名前を冠した「天国への塔」という代物。背中に魔力で制御可能な「天使の羽」と取り付けることで、誰でも簡単に空を飛び、雲の上の景色を展望できるといったもので、魔法使いでない人や、浮遊や飛行といった魔法が不得手な魔法使いを中心に大きな人気を博している。だけど、その人気に比例するように、そのアトラクションの優先入場券はなかなか手に入りにくい事で知られていた。
そんな入手困難な優先入場券を手に入れた、との連絡が龍也から入ったのはつい先日。そこで、みんなで遊びに行こう、という話になったのだが。
……そこにいろんな思惑が錯綜していることに、神崎良が気づく由もなかったのであった。
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魔法使いたちの憂鬱
第十話 思惑錯綜、遊園地1
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1.入園前(神崎良)
「うわー、凄い。見て見て、良。凄いから、ほら!」
重力制御方式(線路と列車本体の間に反発する魔力を流して列車本体をわずかに浮遊させる方式)の急行列車に乗ること1時間弱。遊園地「天国への門」の最寄り駅の改札を一歩出るなり、霧子が眼前の光景に歓声を上げた。
視界いっぱいに映るのは、広々とした丘。そして、その上にそびえ立つ『空白期』以前に存在した(という説がある)お城をイメージしたという建造物群だ。見た瞬間、時間と世界がずれたような印象を抱かせるテーマパークの光景に、霧子だけでなく俺も一瞬、目を奪われる。だけど、停止する思考はすぐに霧子のはしゃぐ声に呼び戻された。
「ほら、良。あれ。みんな、ほんとに飛んでるよ。ほら」
「飛んでるって、何が」
青色の瞳を軽い興奮に輝かせる霧子の視線。その先にあるものを追って、俺も目をこらした。
『飛んでいる』という形容の仕方からして、霧子が見ているのは例の目玉アトラクションのことだろう。そう見当をつけて、それらしい建造物を探してみると……あった。いや、正確には探すまでもなく、「天国への門」の入場門の背後、文字通り天まで届くんじゃないだろうかっていうほどの巨大な薄水色の塔がそびえていた。文字通り天まで届くようなガラスもしくは水晶で出来た塔。そして、更に目をこらせば、その中を飛び交う無数の黒い影のようなものが確かに見えた。
「……あれって、ひょっとして、人か?」
「ひょっとしなくても人だってば。あんた視力いくつよ」
「両目とも1.0だけど」
「どこまでも平均的スペックが好きな奴よね。あんたって」
「人の視力にまでいちゃもんをつけるな。っていうか、アレが人だったら、あの塔の高さって何メートルあるんだよ」
ここからあれだけ小さく見えているのが人影だとしたら、なおかつあの幅と高さを保っている塔の大きさはいったいいくらぐらいになるのか。
俺が、そんな疑問とも感嘆ともつかない言葉を漏らすと、後ろから隣に並んだ龍也が小さく笑いながら答えてくれた。
「運営側の公称値では幅500メートル、高さ1000メートル」
「1000メートル?!」
「うん。本当だとしたら、建築法に引っかかる高さだよね……って、良。パンフレット読んでないの?」
渡しただろ? と目で問いかける龍也に俺は肩をすくめて視線を後方へと投げた。視線の先には、俺たちと同じように、やや興奮した目でそびえ立つ「塔」を見上げている綾と、いつもどおり淡々とした表情をやっぱり少し楽しそうに緩めている佐奈ちゃんの姿。その二人の姿を眺めつつ俺はぼやくように龍也に答える。
「もらったけどさ。独り占めして渡してくれないやつがいたんだよ」
「う……っ、だって「貸して」って言ったら、兄さんが「いいよ」って言ってくれたんじゃない」
俺の視線と声に気づいたのか、綾は一瞬、気まずそうに目を伏せてから、そんないいわけを口にする。
「お詫びに案内から解説までばっちりするから。何でも聞いて。ね?」
そういう問題でもないと思うんだけど。一瞬、そう突っ込みかけたけれど、せっかく遊びに来て初っぱなから文句ばかり、というのも雰囲気に水を差してしまう。
「まあ、そういう事で手を打つか。しっかり案内よろしくな」
「うん! まかせて!」
はにかむように笑って、綾が大きく頷いた。
こういう無邪気な笑顔は、例の件から久しく見ていなかった気もするから、胸の中のもやもやが晴れていくのを感じて自然と俺の頬もゆるんでいく。
「じゃあ、綾。さっとくあの塔の解説よろしく」
「うん。あれは「天国への塔」っていうアトラクション。見ての通り大きなガラスの塔って感じの施設で、大きさはさっき龍也先輩が言ったとおり「公称値」で幅500メートル、高さ1000メートル。この国で一番の巨大建築物……っていう設定になってるの」
「設定?」
「うん。だって、本当にそのサイズだったら、これまた龍也先輩が言ったみたいに建築法違反になっちゃうから」
本当にパンフレットを読み込んできたのか、すらすらと流れるように解説を述べる綾は、そこでいったん言葉を切って俺の顔をのぞき込んだ。
「だから、どういう事だって思う? 兄さん」
「んー。ということは、その「公称値」は嘘ってことなんだな?」
「うん。それはあくまでアトラクション内部での体感指数なんだって。実測値は公表されていないけれど、幅はともかく高さは結構低めに出来てるらしいよ。今私たちが見ている光景だって、あの塔から一定範囲の人だけに届くように調節された幻なんだよ」
「へえ……なるほど」
ようするに外観の所為でアトラクションの体感というか迫力を削がないように工夫している、ということなのか。俺が感心した声を漏らして綾の講釈を聞いていると、綾の親友の佐奈ちゃんが綾の隣に進み出て俺を見上げた。
「先輩はああいうの、好きなんですか?」
「うん。楽しそうだし、興味あるよ。なにせ自分で空を飛べるようになるまでには、まだまだ時間はかかりそうだしね」
答えながら頭の中で「魔法使いなら空ぐらい自分で飛びなさい」なんていうレンさんの声が聞こえてきたりもするけれど……まあ、精進しよう。そんな俺の内心はさておき、俺の返事に、佐奈ちゃんは、なんだか少し嬉しそうに目元を緩める。
「わたしも当分、飛べそうにないですから。仲間ですね」
「仲間だね」
「あ、じゃあ、私も仲間かな。まだ飛べないし」
「……兄さん。佐奈。霧子さんも。そういうので仲間意識は持たないでよ」
「大丈夫、浮遊はコツをつかんだらそんなに難しくないよ」
飛べない同士で頷き合う俺と霧子と佐奈ちゃんに、綾と龍也の優等生コンビから呆れたような突っ込みが入った。
「だまれ。お前らの意見は参考にならん」
「うん。あんたたちは規格外だし、参考になりません」
「そうです。仲間はずれです」
「佐ー奈ー」
「冗談だよ」
「……半分ぐらいは本気だった気がする」
「あたり」
「あたり、じゃないのっ!」
綾の言葉の矛先が俺から佐奈ちゃんに、ずれた。その機会に俺は龍也を少し手招いて、耳打つように気になっていたことを聞いてみる。
「でも、龍也」
「何?」
「こんなに連れてきて大丈夫だったのか? 優先チケットがあるって言ってたけど……」
みんなの反応を見ている限り、あの「塔」に興味津々なのはよくわかる。だから人数分の枚数がないとちょっとまずいことにならないだろうか。そう危惧する俺の声に、「大丈夫です」と答える声は、龍也からではなく背後から聞こえた。
「枚数には問題ないです」
「佐奈ちゃん?」
「ちゃんと私が手に入れておきましたから」
「佐奈ちゃんが?」
「はい」
驚きに目を開くと、佐奈ちゃんは、その小さい体をそらして、少し誇らしげに胸を張った。
「凄いですか?」
「うん。凄い」
「褒めてください」
「うん。ほめる。凄い、偉い、ありがとう佐奈ちゃん」
賞賛と感謝の意味を込めて、彼女の求めるままに俺は、佐奈ちゃんの頭をぐりぐりと撫でる。綾よりも頭一つ背が小さい彼女だから、非常に撫でやすい位置に頭があったりするので、撫でやすいことこの上ない。いや、あまりにも子供扱いがすぎるかなー、と思ったりもするけれど、こうすると佐奈ちゃんはほんのわずかに頬をゆるめるのがわかってるので、多分、本人もいやがってはいないと思う。
事実、今回もその例に漏れず、佐奈ちゃんは少しだけ口元をゆるめてくれた。
「褒められました」
「褒められ足りなかったりしない?」
「ちょっとしますけど、現時点ではこの辺で納得します」
そういうと佐奈ちゃんはぺこりとお辞儀をして、とてとてとした足取り(の割には動き自体は俊敏なんだけど)で、綾の方へ向かう。
うん。やっぱりおもしろい子だ。佐奈ちゃん。
「良。そろそろ行こうよ。解説は済んだでしょ?」
「そうだな」
早く中に入りたい。そんな気持ちにじれているような霧子の台詞に頷いて、俺は「天国への門」へと視線を向けた。
親子連れやらカップル、あるいは観光客らしき団体さんまでぞくぞくと、「天国への門」へと向かっている。そんな列を目にして、俺はふとした思いに動かされて、綾に振り向いて呼びかけた。
「綾」
「なに?」
「あのさ」
「うん」
「今日は……あれだ、目一杯遊ぼうな」
「……うんっ!」
龍也や霧子が、いきなりどうしてこんな企画を立ち上げてくれたのか。その意図は正確にはつかんでいないけれど。
少なくとも、今日はもやもやした気分なんか、感じないほどに。そして感じさせないほどに。妹と友人たちと凄そうって決めって、俺たちは「天国への門」への道を進むのだった。