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第九話 それぞれの試行錯誤(その3)

3.ただいま作戦変更中(速水龍也)



 ―――最早、後がない。



 放課後。ある意味で悲壮感にも似た決意を胸に、僕は高等部一年生の下駄箱の近くまでやってきていた。

 目的は、勿論、綾ちゃん―――ではない。いや、最終的な目的は綾ちゃんなんだけど、昨日、あそこまで見事にあしらわれてしまっては、流石に声がかけづらい。昨日は「眼中にない」というのは、こういうことなのか、と変な感心をしてしまったぐらいだったけれど、二日連続であの態度をとられてしまうと、しばらく立ち直れないかもしれない。



「……ひょっとして、僕。綾ちゃんに嫌われてるのかなあ」

 昨日の出来事を思い出して、そんな不安が頭に浮かぶ。とはいえ、綾ちゃんの良に対する行動を知ってから、早一週間。凹んでばかりいるわけにはいかないし、あまり暢気に構えてもいられない。なにせ、そろそろ進展を見せないと、霧子の我慢が限界に達してしまいそうだ。いや、既に限界点を超えているのかもしれない。今朝、霧子に小突かれた額をさすりながら、僕は小さくため息を零す。



「でも、暴力はよくないと思うんだけどなあ」

 まあ、確かに「僕に任せておいて」みたいな態度をとっておいて、何の進展も見せられていないのは、我ながら不甲斐ないと思うけれど。ともあれ、霧子への失敗報告はあまり回数を重ねるわけにも行かない。小突かれるぐらいならともかく、回し蹴り辺りにグレードアップされたりすると、体が持ちそうにないから。

 ということで、良のためだけではなく、僕自身の安全のためにも。今日こそはなんらかの進展を引き出そうと、僕は計画の変更を行い、そして、そのために協力を仰ぎたい人物をこうして捜しているわけだった。



 あまり不審に思われないように下駄箱からは距離を置いて、目的の人の姿を探す。終業の鐘が鳴ってから、30分。確か「彼女」は帰宅部だったから、そろそろ下駄箱に来てもおかしくはないんだけど……。



「あ……」

 見過ごしてしまったかな、と焦燥が胸に沸いた頃、僕は目的の人物の姿を視界にとらえて、慌てて声をかけた。



「佐奈ちゃん」

「……速水先輩」

 僕の呼びかけに振り向いたのは、小柄な僕よりもさらに小さい女の子。

 泉佐奈ちゃん。綾ちゃんの友達で、良が魔力交換をしている数少ない魔法使いの一人だ。僕も何度か良達と一緒に遊んだこともある。良曰く「面白い子」なのだそうだけど、僕といるときには、あまりしゃべらない子なので、それほど親しいという自覚はない。



 その佐奈ちゃんは、小走りに駆け寄る僕に、ぺこり、と丁寧にお辞儀してくれた。



「こんにちは。今、お帰りですか?」

「うん。佐奈ちゃんも今帰り?」

「はい」

 言いながらあたりに綾ちゃんの姿が側に無いことを確認する。今日はもうは生徒会に行っている、と分かってはいたけれど、念のため。



「ちょっと話、いいかな」

「? 私に、ですか?」

「うん」

 と、彼女に頷いた瞬間、ざわり、と周囲の空気が揺らいだのを感じた。その空気に視線を巡らせると、例の速水会で魔力交換をしてくれている娘たちが、何人か目についた。

 ……流石に一年生の下駄箱の前で、呼び止めたのは目立ったか。



「場所、変えた方が良いですよね」

「……そうだね」

 その空気を察したのか、佐奈ちゃんも彼女たちの方へ視線だけを動かしながら呟くように言った。





/****/





「ごめんね、時間取らせて」

「いいえ。私も先輩にお聞きしたいことがあったので」

 そして、佐奈ちゃんの提案に頷いてから、歩くこと数分。僕と佐奈ちゃんは、あまり人目につかない中庭の一角に移動していた。



「僕に?」

「はい。でも、先輩の方からどうぞ」

 そう言って佐奈ちゃんは、ちょこんとベンチに腰を下ろして、そのまま僕の顔を見上げて話を促すように黙り込む。淡々とした口調に、変化の乏しい(というと失礼かも知れないけれど)表情からは、彼女の意図は掴みにくくて、多少、戸惑いを感じたけれど、戸惑ってばかりもいられない。



「えーと、隣。いいかな」

「どうぞ」

 上から目線もなんなので、一言断ってから、彼女の横に腰掛けると、僕は間を置かずに用件を切り出した。



「あのね、佐奈ちゃん」

「はい」

「週末、どこかに遊びに行かないかな」

「私と速水先輩だけで……、じゃありませんよね?」

 表情を変えないまま、佐奈ちゃんが小首をかしげた。ほんの少し、不思議そうな表情に見えたのは気のせいではないのだろう。綾ちゃんと良つながりで面識はあるけれど、僕と彼女は直接それほど親しい、という訳でもないから。



「うん。綾ちゃんと、良と、多分、霧子も一緒に。みんなで遊びに行けないかな、って」

 そう。これが僕の修正した計画だった。綾ちゃんにまるで相手にされなかった僕としては、周りから攻めていくしかない、と判断したわけで。……まあ、我ながらちょっと情けないかなあと思わなくもないけれど。ともかく話を進めないと、それこそ話にならないのだ。

 そう判断して、僕は綾ちゃんの親友である佐奈ちゃんに協力を仰ぐことにしたのだった。佐奈ちゃんと綾ちゃんは相当に親しいってことは知っているから、僕の時みたいに綾ちゃんもあっさりと受け流すとは思えない。それに、もし僕と霧子と良と綾ちゃんの四人で遊びに行った場合、綾ちゃんと僕がペアになることが想定できるわけで。昨日の態度が延々と繰り返された場合、胃に穴があく自信があった。……いや、自信とは言わないのかもしれないけど。この場合。



「みんなで、ですか」

「うん。だめかな? 今週、予定ある?」

「……私はかまいませんけど」

 呟くように言いながら、少し考えるように佐奈ちゃんはわずかに目を細めた気がした。



「綾ちゃんは駄目そう?」

「忙しそうですから……いろいろと」

 佐奈ちゃんはそこで言葉を切ると、表情を伺うように僕の目を見つめる。



「先輩は、その辺の事情はご存じなんですか?」

「え?」

 その辺り、とはどの辺りのことなのか。淡々とした佐奈ちゃんの表情と声から、その意図が読み取れない。

 まさか、「良と綾ちゃんの事情」という意味じゃないとは思うんだけど……ひょっとしたら、佐奈ちゃんは綾ちゃんから何か聞いているのだろうか。とはいえ、彼女が事情を知らなかった場合「綾ちゃんと良の関係を知っているの?」なんていう言葉は、それこそやぶ蛇以外の何物でもない。



「えーと、綾ちゃんが生徒会に入ったことかな? だったら知ってるけれど」

「それもありますけど、それだけじゃないです」

「えーと……どういう意味かな?」

「多分、先輩が想像された通りの意味だと思います」

「えっ」

 ともすれば素っ気なく響く口調で投げかけられた佐奈ちゃんの言葉は、まるで僕の心を見透かすようで。僕は一瞬、心臓がはねて、血の気が引くのを感じた。



 佐奈ちゃんは、一体、何を何処まで知っているんだろう……?

 軽い驚きに彼女の顔を見つめるけれど、佐奈ちゃんの表情はやっぱり動いておらず、その意図は読み取れない。……うう。ど、どういう意味なんだろう。



「すみません」

「え?」

 そんな僕の戸惑いに気づいたのか、彼女は唐突に、ぺこり、と頭を下げた。



「変なこと言いました。気にしないでください」

「いや、でも」

 気にするな、という方が正直無理だと思う。そう口ごもる僕を尻目に、淡々と彼女は言葉を続けた。



「変なこと口走るのが癖なんです」

「へ、変なこと?」

「はい。おかげで、いつも綾に怒られます」

「そ、そう、なんだ」

 果たしてどこまで本気なんだろうか。本当に表情が変わらないので、やりにくいことこの上ない。一瞬、「読心」の魔法詠唱が頭をよぎりかけたけど、危険な発想に僕は慌て頭を振って自戒する。

 と、ともかく会話の主導権は戻さないと……。



「あ、えーと。ともかく、遊びに行く話なんだけどね。佐奈ちゃんはOKなんだよね?」

「ちょっと、待っていただいて良いですか?」

「え? あ、うん」

 僕の問いかけを制してから、彼女はおもむろに腕を組んで考える姿勢をとった。そして、彼女に言われるまま黙ってその様子を見守っていると、彼女は目を閉じて、そしてなにやらぶつぶつと呟き始める。



「ポクポクポク……」

「……佐奈ちゃん?」

「気にしないでください。我が家に伝わる考えるときの擬音ですから」

「ぎ、擬音?」

「はい。先祖代々、変なんです。うち。ですから、くれぐれも気にしないでください」

「そ、そう」

 つっこみどころ満載な発言だったけど、あえて突っ込むことは避けておく。突っ込んだら、突っ込んだで、まだややこしいことになりそうな確信めいた予感があったから。



(……って、この子、こういう娘だったのか……?)

 いつも綾ちゃんの陰に控えめにたたずんでいる娘だったから、あまり深く話したことはなかったけれど、こんな娘だったとはちょっと思わなかった。なるほど良が「おもしろい娘」と評する理由がよくわかった。いや、このタイミングでわかりたくなかったんだけど。

 

「ポクポクポク……、ちーん。出来ました」

 僕の当惑をよそに続けられていた謎の擬音を伴った思索。その結果に納得したのか、佐奈ちゃんはhうんうん、という風に何度か口を縦に振った。



「も、もういいの?」

「はい、お待たせしました。先輩がお誘いくださっている目的は、綾と良先輩の仲直りですよね?」

「あ……うん。まあ、そうかな」

 なるほど。綾ちゃんと良が喧嘩した……というか、綾ちゃんが一方的に良に絡んだ一件のことは聞いているらしい。でも、その事を知っているのなら、こちらとしてもやりやすい。



「ちょっと二人の関係がこじれてるっぽくてね。何とかしてあげたいんだ」

「そうですか」

「それで……ごめんね。佐奈ちゃんを利用するようなことになるんだけど」

「綾のためだったらいいです。利用してください」

 僕の謝罪に首を振って、佐奈ちゃんは平然とそう言い放った。



「私は綾を誘えば良いんですね?」

「うん。頼めるかな。僕も誘ってみたんだけど……失敗しちゃってね」

「昨日の綾は機嫌が悪かったですから、気にしないでください」

「あ、そうなんだ」

「はい。ですから、私で良ければ、出来る限り協力します」

「ありがとう、助かるよ」

 佐奈ちゃんの色よい返事に、僕は心底、安堵の息をついた。これで、霧子にも面目が立つし、遊びに行く際にもいろいろと協力してもらえるのなら助かる。

 ようやく見えてきた希望の光に僕が胸をなで下ろしていると、佐奈ちゃんがわずかに身を乗り出して僕の顔をのぞき込んだ。



「先輩」

「え?」

「私、先輩に協力します」

「あ、うん。ありがとう。本当に―――」

「ですから」

 助かる、と続けかけた言葉。それを遮って。



「ですから、先輩も協力してくださいね」

 少しだけ、語気強く、彼女は念を押すような口調でそう言った。



「え?」

「綾と良先輩の『仲が良くなること』に、です」

「あ、うん。勿論」

「良かったです」

 頷くと、そこで彼女は初めて表情を、ほのかな微笑みに変えた。ほんの少しだけど、確かに口元をゆるめて。 

 それはうっすらと咲く、花みたいな、そんな笑顔で。正直、かなりかわいい。いつも、こんな笑顔でいたら、多分、ものすごくもてるんじゃないのかな、ってくらいに。



 だから、僕はうかつにも気づかなかった。そんな見とれてしまいそうな可憐な笑顔に隠れてしまった、彼女の意図に。



「頑張りましょうね」

「うん」

「綾と良先輩が「もっと仲良くなれるように」、お互いがんばりましょうね」

「うん」

 良と綾ちゃんの「仲直り」ではなくて、二人の「仲が良くなるように」って、彼女が言っていた理由に、最後まで僕が気づくことはなかったのだった。



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