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第八話 親友たちの狼狽(その1)

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 魔法使いたちの憂鬱


 第八話 親友たちの狼狽


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1.昼休みの悩み相談(神崎良)



「という訳なんだけど」

「……」

「……」

 昨晩の綾との出来事。それを話し終わって霧子と龍也の表情を伺うと、二人とも妙に引きつった表情で固まっていた。



「な、なんだよ。そのリアクションは」

「え?」

「あ、ごめん」

「やっぱり、なんか地雷踏んだのか? 俺」

「あ、うん。そ、そうね」

「えーと、その、なんというか。うん、ちょ、ちょっと待ってね」

 呼びかける声に、固まっていた二人は肩を震わせると、揃って顔を見合わせる。二人の顔にありありと浮かぶのは、動揺の表情。その様子に、俺は不安が胸に沸くのを自覚した。ひょっとして、昨日の晩に俺は、親友二人が引いてしまうほどの大きな地雷を踏んだのだろうか……?



「ど、どこが、悪かった?」

「いや、良が悪いという訳じゃないと思うわよ」

「うん、良は悪くない。悪くないよ、多分」

「本当か?」

「うん、まあ」

「その、多分」

 二人とも否定はしてくれるものの、しかし、その返事は非常に歯切れが悪い。あげく、なんだか目を合わせてくれない。そんな態度に、俺の不安は払拭されるはずもなく、胸の中の不安はもやもやと、その濃度を増していく。



「いや、本当にはっきり言ってくれって。そんなにおかしな事したのか? 俺って」

「いや、だから問題なのはあんたじゃないんだって」

「じゃあ、なんで綾はあんなに」

「そ、それなんだけどさ」

 問いかける俺の言葉を遮って、霧子は躊躇いがちに俺の目をのぞき込んだ。



「……あのね、良」

「うん?」

「大事なことだから確認するんだけどさ」

「な、何だ?」

「今の話ってさ……、本当?」

「本当だよ。相談するのに嘘ついてどうするんだよ」

「そ、そう……そうよね」

 当たり前だろう、と答える俺に、なぜか霧子は戸惑いを浮かべたまま、落胆したように小さく息をついた。



「じゃあ、次の質問なんだけど」

「うん」

「綾ちゃんって、良に頭突きしたことある?」

「…………はい?」

 あまりに予想外の問い掛けに、俺は一瞬、霧子の意図が理解できずに間の抜けた声を漏らしてしまう。が、対して霧子は至って真剣な眼差しで俺を見つめたまま同じ言葉を繰り返す。



「だから、頭突きよ、頭突き。ヘッドバット。綾ちゃんって、お仕置き、と称して頭突きしたこと、ない? こう、両手であんたの顔を固定して、額でガツン、って」

「いや、無いけど。手を出しても頭は出さないぞ、家の妹は」

 なるべくなら手も出さないで欲しいとは思うが。ともあれ、綾から頭突きをされた記憶はない。そう告げる俺に、霧子は尚も言い募る。



「最近、格闘技に目覚めたとか」

「だから無いって」

「じゃあ、頭を掴んでからのヘッドロックに移行したりとか」

「しない! 綾にどんなイメージをもってるんだ、おまえは!」

「そりゃあ、私だって、綾ちゃんがそんなことするなんて思ってないけど」

「じゃあなんで」

 そんなことを聞くんだ、と問いかけると、霧子は少し気まずげに目を逸らした。



「だって……、そうじゃないと大変なことになるからじゃない」

「た、大変なこと……?」

 なんだか不吉すぎる言葉を零した霧子は、深く息をつきながら視線を龍也の方に向ける。それを受ける龍也の方も、戸惑ったような表情のまま、言うべき言葉を探すように視線を落ち着き無く左右に揺らしている。



 ……なんなんだろう。二人の様子を見ていると、昨日の俺と綾の喧嘩の原因はわかっているけれど、それを口にするのを躊躇っている……という風にしか見えない。そんなに、口にするのもまずいような「大変な」ことをしでかしたのか?



「いや、本当に気を遣わなくていいからさ、ずばっと言ってくれ」

「うーん。あのね」

「ずばっと、って言われても」

「頼む。何かわかったのなら、教えてくれ」

「わかったというか、その、ね」

 答えをはぐらかすような態度だった霧子は、重ねて頭を下げる俺に、やがて意を決したように表情を改めた。



「あのさ、良」

「うん」

「良は本当に悪くないと思うの」

「そ、そうか」

 真顔で告げられた言葉に、俺がほっと胸をなで下ろしたのもつかの間、霧子は気の毒そうに目を陰らせて、付け加えた。



「でも、地雷は踏んでる」

「何?!」

 悪くないのに地雷を踏んだ……って、それはどういう理不尽さか。そう思って狼狽する俺に、霧子は「落ち着きなさい」と、ぺちんと、俺の頭を軽くたたいた。



「良の行動の善し悪しと、その行動が綾ちゃんにとって地雷かどうかは別問題でしょ。ほら、正論が人の神経を逆なですることってよくあるじゃない」

「む……それは、そうだけど」

 確かに、「正しいけれど、痛いところを突かれた」なんて事はよくあるわけで、「正しいこと」が必ずしも人の心を穏やかにするなんて事はない。ない、のだけれど。



「じゃあ、何が綾の気に障ったんだ?」

 俺は悪くない、と言ってくれるのはありがたい。でも、じゃあ、綾が怒った原因はなんなのか。結局のところ、その最初の疑問は解消されていない。



「うーん。まあ、要するに……」

 その問いに、考えをまとめるように腕を組みながら霧子はしばし目を伏せて、そして頷きながら答えてくれた。



「要するに……そのね、綾ちゃんとしては、良にもっと寂しがって欲しかったのよ」

「寂しがって?」

「うん」

「いや、それはないだろ?」

「なんで、言い切れるの?」

「いや、一応「寂しい」とは答えたわけだし」

 確かに昨日、綾は俺が寂しいかどうかを気にしていた。危うく、生徒会を辞めると言い出しかねないくらいに。でも、俺としては、その時にかなり「寂しい」という言葉は口にしたつもりだった。これ以上「寂しい寂しい」と妹にアピールしろ、というのは流石に勘弁して欲しい。

 しかし、霧子の方は、 あきれた、と息をつきながら霧子はようやくいつもの調子で、俺に指を突きつけた。



「あのね。あんた綾ちゃんが重度のブラコンって事、忘れてるんじゃないの?」

「ブラコンって、おまえな。いや、多少その毛はあるかもしれないけど、重度ってほどじゃ……」

「重度よ」

「重度だね」

 疑問を呈す俺に、霧子と龍也の声が見事にハモる。

 二人の迷い無い断言っぷりに、しばし俺が気圧される間に、更に霧子は追い打ちをかけるように指を俺の額に突きつける。



「それで、あんたは重度のシスコン」

「だから、シスコンじゃなくてだな」

「自覚しなさい」

「そんな自覚は嫌だ……」

「良。治療って、まず病と向き合うところから始まるんだよ……」

 霧子の指摘に青ざめる俺の肩を、龍也が慰めるように叩いた。いや、本当に慰めているのかどうか、甚だ疑問だけれども。



「って、俺のシスコン疑惑は今はどうでもいいだろ」

「この期に及んでまだ「疑惑」なんて言葉を使うかなあ」

「疑惑はどうでもいいの! というか、寂しがってほしいっていわれても、どうすればよかったんだ? まさか、綾にすがりついて「お前が居ないと駄目なんだ」なんて台詞を吐く訳にはいかないだろ?」

「誰もそこまでしろなんて言ってないわよ……ひょっとしたら綾ちゃんは似たようなこと期待してたのかもしれないけど」

「え?」

「あ、あのさ、良」

 後半の霧子の台詞は妙に小声で聞き取れなかったが、それを聞き直す前に、龍也が会話に割って入った。



「それだけじゃなくて、ちょっとタイミングが悪かったんだと思うよ」

 龍也が頬を掻きながら、そう言った。



「タイミング?」

「うん。綾ちゃんが生徒会に入ったら、すぐに良も美術部に入ろうとした。綾ちゃんから見たら、いままで自分が邪魔で美術部にはいれなかったんだ、みたいに思ったんじゃないのかな」

「うーん」

 そうなんだろうか。

 確かに、そう考えると、「美術部に入った」といった瞬間に、綾が激昂したのも多少納得できる気がする。なら、そのあたりが綾の怒りの原因だとしたら……



「じゃあ、どうするかな……」

 妹と仲直りするにはいったいどうするべきか。流石に「綾に怒られたから美術部にはいるのはやっぱり止めにします」なんていう行動をとるのはあまりにも情けない。

 そんな考えを俺が巡らし始めると、その思考を遮るように霧子が軽く俺の額を突っついた。



「何もしないの」

「え?」

「だから、下手に何もしないの。言ったでしょ? 良は悪くないんだって」

 確かに、霧子と龍也の指摘が正しければ、要するに昨日のことは綾のワガママみたいなもので、だから俺に非はないって言ってもらえるとありがたいんだけど。



「でも、誤解ぐらいは解いた方が良いんじゃないか?」

 別に綾のことがあったから、今まで美術部に入るのを我慢していた訳じゃない。そのことぐらいは分かってもらった方がいいんじゃないか。そう言う俺に、なぜか二人は頷いてはくれず、代わりに龍也は意外な言葉を口にした。



「良。ここはあえて、放っておくのはどうかな」

「ええ……っ?!」

「ほら、兄離れしてほしいんだよね? ここで良の方から折れても良くないと思うよ?」

「うーん。それは……うーん。そうなのか。いや、しかし」

 確かに龍也の指摘は、一理あるような気もする。二人の分析が正しいのなら、昨日の綾の怒りは、あいつの我が儘みたいなものになる。なら、ここで妹のご機嫌を伺うように、俺の方から折れるのはよろしくないかも知れない。



「うん。だから、良も綾ちゃんにちゃんと怒らないと駄目なんだよ。まあ、怒らないまでもすぐに良の方から折れるのはよくないと思う」

「そっか……うん。そうだな」

 なにせ、何故か母親であるレンさんは、兄妹喧嘩に関しては傍観者に徹することが多いのだ。

 なら、妹の理不尽な行動を窘めるのは兄である自分の仕事。せめて、父さん母さんに顔向けできるぐらいには兄の責務を果たさなくてはならないだろう。ここは確かに、俺から折れるんじゃなくて綾から謝ってくるのをしばし待つべきなのかも知れない。



「でも、ずっと突き放しておくって訳にもいかないよなあ」

 なにしろ魔力交換はしないといけないのだから。まあ、昨日、たっぷり吸われたから後一週間は大丈夫だろうけれど。



「うん。だから、ちょっと時間、くれない?」

「え?」

「正直、私もまだ考えがまとまってないところがあるんだけどさ」

 考え込んだ俺を元気づけるように笑いながら、



「龍也と私で対策を考えてみるからさ」

 霧子は、そういって俺の方を叩いてくれたのだった。


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