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第六話 ブラコン娘の憂鬱(その1)

0.


 神崎綾が生徒会への参加を申し込んでから三日が経過しようとしていた。


 中等部の頃から成績優秀・品行方正で通っていた彼女の申し出は、高等部生徒会でも諸手を挙げて歓迎された。

 生徒会役員の中には、綾の兄である神崎良と会長である紅坂セリアとの間にあった去年の諍いを知るものもいたが、そういった人々も綾の参加に大きな懸念を示すことは無かった。むしろ敵対者の妹をして慕わせる会長の人徳を示すものとしてプラスの方に受け止めるものがほとんどだったのだ。

 会長自身が前日に見学を勧めていたこともあり、神崎綾は会長、副会長および会計補佐の三名による推薦を申し込み当日に取り付けることに成功し、以て生徒会準役員として生徒会活動への参加が認可されることになった。(なお正役員として新任されるには、夏休み前の全校生徒による信任投票が必要となる)。

 つまり神崎綾の生徒会への参加は事実上なんの障害もなく認められ、現在の、彼女を取り巻く環境は順風満帆と言えた。


 ただ一点、神崎綾本人がこの現状に、不満を抱えている、という点を除いては。



/************************/


 魔法使いたちの憂鬱


 第六話 ブラコン娘の憂鬱


/*************************/



1.歴史学授業(神崎綾)


「魔法はいかにして生まれたのか。この問いに対する答えは、未だ用意されていません」

 授業終了の予鈴まで、あと5分。本日の授業予定が早めに終わったからか、白髪のファーラム先生は「余談ですが」と断りを入れてから、そんな問いかけを生徒に向かって投げかけた。もうすぐ定年を迎えようかという先生の声は、低くしわがれていて、それでも不思議と良く耳に届く。

 でも、今の私はそんな先生の声をどこか遠くに聞いていた。それは、胸に抱え込んだ鬱々とした感情の所為なのかも知れない。


 ……兄さん、どうしてるかなあ。

 鬱々とした感情の原因であるその人の事を脳裏に描きながら、私、神崎綾はこっそりとため息を零す。けれど、そんな私の内心と講義は当然関係ない訳で、どこか胡乱なままの私の意識に、ファーラム先生の講話が耳に流れ込んでいる。


「生命が生まれた理由、人が生まれた理由。あるいは宇宙が生まれた理由が明白でないのと同じように、です」

 ファーラム先生は車椅子に腰掛けたまま、魔法でチョークを操って黒板に大きく「理由」と書き記す。


「聞き飽きた、と思われる方も多いでしょうね。あるいは、聞きたくない、という方もおられるかも知れません」

 穏やかな声でそう言いながらファーラム先生は、私たちを見回した。つられて私も教室中にぼんやりと視線を巡らせてみる。確かに「うんざりだ」という表情や、それどころか「迷惑だ」という表情の生徒が数人居た。他にも中々に判断の難しい表情をした級友たちが居るようだった。

 ……どちらかといえば、私もこの話題は食傷気味かもしれない。なにしろ二週間に一回はこの手の「余談」を生徒たちに投げかけるのがファーラム先生の癖だったから。当の本人もそれは自覚しているのか、あまり好意的でない生徒の反応に気を悪くした様子も見せずに、先生は頭髪と同じ色に染まった顎髭を撫でつけながら頷いた。


「確かにこれはカリキュラムの範囲外です。そして安易に触れるべき話題ではない事も事実です。しかし、これは大切な問いかけです。皆さんが、魔法院の学生たるを志すならば、とても大切な問いかけなのだと、私は信じます。現時点での魔法学、そして科学で答えが導けないからと言って決しておざなりにして良い問いではありません」

 ……確かに大切な問いかけではあるのだろうけれど。

 高等部に入学してから早二ヶ月。すでに5回は聞いた先生のファーラム先生の台詞に、今の私は特に感銘を受けることもなく、教室の壁に掛けられた時計を視界の端で捉える。予鈴まであと4分。「余談」は、少なくともその時間は続くのだろう。多分、いつも通りに。


「魔法が生まれた理由。それは未だ解けない問いですが、魔法がいつ生まれたのか、については私たちは答えを用意することができますね。さて、それはいつでしょうか」

 何人かの生徒が時計に視線を向けているのに気づいていないのか、気づいていて無視しているのか。相変わらず蕩々とした口調でファーラム先生は語り続けて、「では」、と最前列の名前を呼んで、解答を求めた。

 指名されたのは背の低い丸刈り頭の男子生徒。俊敏な体育会系といった雰囲気の彼は、やや戸惑ったように声を詰まらせてから、それでも先生の視線に押されるようにおずおずとその答えを口にする。


「えーと……『空白期』です」

「そうですね。私の歴史に刻まれている『空白期』。これが魔法が発生した時期であると考えられています。現在では、常識とさえ考えられていますね」

 空白期。

 先生が繰り返した言葉に、何人かの生徒が鼻白んだのが分かった。まあ、それも無理はないんだろうなあ、ってその雰囲気を肌で感じながら、私はぼんやりとした思考のまま頷いたりした。なぜならその辺りは、学問と宗教の境界線だから。少なくとも高等部の授業で軽々しく扱うような話題じゃないんだろうと思うし、「常識」と言い切ってしまうのもいろいろと語弊があるんじゃないかな、って思う。私はあまり気にしないけれど。


「空白期とは、その名前の通り、歴史の断絶を指す言葉です。私たちの歴史は、その期間の記録を失っており、つまりは連続しては居ないのです」

 歴史は連続していない。冗談みたいな話だけれど、大まじめな話。なにしろ今一番信頼性の高い学説と考えられているらしいから。


「連続していない、という言い方は更に語弊を招くかも知れませんね。続いているのか、続いていないのか。その議論さえ、未だに決着はしていないのです」

 ファーラム先生の言葉に無意識に刺激されたのか、私はぼうっと今まで習ってきた歴史学の知識を脳裏でパラパラと紐解いた。

 歴史が連続していない、ということはとりもなおさず、その期間の記録が無い、ということ。今現在、この歴史は「世界暦」という暦で綴られている。現在は、世界暦397年。あと三年でめでたく世界暦が生まれて四百周年ということになり……そしてそれはとりもなおさず魔法が生まれてから400年が経過した、ということでもある、『らしい』。


 では、今から四百年前。今の暦、つまり「世界暦」が始まる以前には、世界はどのような暦で歴史が記されていたのか。実のところ、はっきりとした解答は用意されていない。それがファーラム先生に言わせれば「歴史は連続していない」という事になんだろうと思う。いくつかの有力な説みたいなものはあるようだけれど、現時点で一番「尤もらしい」と母さんが評していたのは、世界暦の前には「西暦」と記されていた時代があった、という説。


 「西暦」。

 世界に魔法という存在が無かった時代……という事になっている。つまり世界は純粋な物理法則のみで運営されていたという時代。まるで実感はわかないけれど、そういう時代があった可能性を示す痕跡が、世界の各地で見つかっている、との事だった。

 見つかっているものが本当に証拠たり得るのか、正直なところ私には分からないけれど。だって、母さんの話によると「西暦」の遺物と見なされる書物に記された世界地図と、今現在の世界地図ではまるで様相が違うらしいから。

 それはともかく、じゃあ、西暦の終わりに何が起こったのか。どういう出来事があったから世界暦という暦が作られたのか。科学、という名のルールのみで運営されていた世界が解れて、その隙間に魔法という名前の法則が編み込まれたのは何故か。

 これらについての答えは、ファーラム先生が穏やかに嘆いている通り、未だ用意されていない。何故、そんな事態になっているのか。詳しい理由は私に分かる良しもない。


「西暦と世界暦をつなぐ期間。そして魔法というシステムが世界に編み込まれた時間。その空白期の謎をひもとくことこそが、私たち魔法使いに与えられた大きな使命とも言えるのです」

 相変わらず、ファーラム先生の発言は穏やかだけれど、言っている内容はかなり剣呑だなあって思う。実際、クラスメートの中には、怒りに似た視線を先生にたたきつけている子もいるぐらいだから。


 そんなに怒ることでもないような気もするけれど。でも、ファーラム先生も余計なことを言うよね。「空白期」なんて本当にデリケートな話題なのに。

 私はため息混じりに、怒れるクラスメートの顔を盗み見る。想像に違わず、彼女は「信心深い」家柄の娘だった。つまり神様の領域を平然と「暴け」とけしかけるファーラム先生に、信仰心が刺激されまくっているのだろう。彼女は。


 終わりの分からない過去。始まりの分からない現在。

 その二つをつなぐ鍵を宗教……つまりは「神様」に求める、という思考は、それほどおかしなものじゃない。というか、その考え方がこの世界において大半を占める、と言っていい。


 だって、考えてみて欲しい。空白期とは何かわからない。だけれど、その時代を境界にして世界のあり方は変わってしまったのはどうやら事実らしいのだ。先ほどの世界地図がもし正しいのなら大陸の形と数さえ変わってしまっていることになる。なら、そんなことを出来るのは誰だろう? 少なくとも人間にできるような事じゃない、って言えば百人中九十九人は首を縦に振ってくれると思う。世界から時間を切り取って、そしてその中に魔法なんて言う法則を忍ばせるなんて、人間に出来るわけ無いんだから。


 じゃあ、誰が? 答えは簡単、「神様」、なのだ。


 ほとんどの人にとってそれはあまりにも自明で、至極当然のものとして受けて止められている。世界を作り替えるなんて真似ができるのは神様だけ。だから「空白期」とはすなわち、「神様が世界を作り替えた時間」って考えられて居るのは当たり前の話だって思う。

 とても単純で、明快で、誰もが受け入れる答え。だから「空白期」に対する研究は、タブーでもある。だから、そこに人間が触れて良いはずはない……世界にいくつか大きな宗教は存在するけれど、そのいずれもが神様に対する畏怖から空白期への研究を禁忌として戒めているから。


 この東ユグドラシル魔法院は、一応「宗教分離」を謳っているので、ファーラム先生みたいに「空白期」に踏み込んで研究することを諫めることはできない。でも、現実問題として魔法院内にいる全ての生徒・教職員が無宗教というわけじゃない、というか、無宗教である人の方が少数派かもしれない。だから、正直、この手の話題を授業中に振るのは止めて欲しいなあって思うんだけど。


「空白期……、かあ」

 こっそりと口の中で呟いたその単語に、私はいつもとは違う感情を抱いていた。勿論、私こそが空白期の謎を暴くのだっ、なんてファーラム先生が感涙してしまいそうな決意に目覚めた訳じゃなくて。その言葉に、今の私の境遇を重ね合わせて、ちょっと明るい未来を夢想してしまったからだった。


 空白期。

 それはその前後で大きく世界のあり方を変えるために必要だった時間。だから……


「私も、頑張らないと」

 神様みたいな力は無いけれど、それでも胸に抱いた想いなら神様にだって負けない。

 だから、今。私が兄さんとの間に置こうとしている距離が、私たちの二人の「空白期」になるのなら、この時間が過ぎ去った後、私たちの二人の関係は劇的な変化を遂げるはずなのだから―――。



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