第四話 生徒会に入ろう?(その2)
2.神崎家の食卓(神崎良)
「兄さん? どうかしましたか?」
「あ、いや何でもない。ちょっと寒気がしただけ」
「風邪か? 調子が悪いのなら早めに薬を飲んで休むんだぞ」
「わかりました。でも、大丈夫です」
……なんだろう。もの凄い悪寒が背筋を駆け抜けた。
案外、会長さん当たりが呪いの人形でも使っているのだろうかと考えて、流石に考え過ぎか、と頭を振って再び夕食を再開した。
食事当番は、本当に俺に押しつけられていたので、食卓に並ぶ品数はいつもより少ない。かつ切って焼くだけ料理が大半だったりするのだけど、その分、量は多いので良しとしよう。量が多すぎると女性陣には不興を買うのだけど、その分は自分で処理すれば問題はないわけだし。
「成長期だからといって油断してると太るんだからな」
などと俺の思考に釘を刺すように、何処か呪詛のこもった視線でレンさんが呟いているが、それを聞き流して俺は綾に顔を向ける。
「なあ、綾」
「なに?」
「結局、お前は生徒会に入るのか?」
野菜炒めを皿に取り分けながら問いかけると、レンさんが興味を引かれたように目を開いて反応した。
「生徒会? ひょっとして綾も紅坂に誘われたのか?」
「うん。今日のお昼に」
「ふうん」
綾の返事に感心したようなうなり声を上げると、レンさんは俺を横目に見ながら口元をゆがめた。
「速水、桐島に続いて綾まで勧誘とはね。随分、お前と趣味が合うんじゃないのか? あの生徒会長は」
「たまたまですよ。たまたま」
「たまたま、ね。まあ、そう思いこみたいのなら構わないが」
随分と含みを持たせた台詞を俺に向けながら、レンさんは話題を綾に戻す。
「それで、誘われた綾としてはどうするんだ?」
「んー、入らないと思う」
「ほう。理由は?」
「兄さんと喧嘩するような人だしね。あまり仲良くできそうにないかな、って」
さらり、と言ってのけて綾がお茶をすする。その妹から視線を俺に移してレンさんが首を傾げた。
「喧嘩? 良、去年のこと、綾に話してたのか?」
「いや、そういう訳じゃないですけど」
まさか「今日改めて、綾の目の前で会長と口喧嘩してました」とは言う気にならずに、俺は曖昧に言葉を濁す。が、その俺の曖昧な返事に今度は綾の方が食いついた。
「それ、ずっと気になってたんですけど。去年、会長さんと何を揉めたの? 兄さん」
「いや、ちょっとな」
「ちょっと、じゃないの。兄さんたちだけの隠し事なんてずるいよ」
誤魔化そうとする俺の意図を悟って、綾は不満げに眉を曇らせる。ちょっとばかり本気で拗ねている時に見せる表情だ。
……まあ隠しておくような事じゃないか。
妹に気圧された訳じゃない……と堅く自分に言い聞かせながら、俺は去年の顛末を少しだけ口に乗せることにした。
「去年、会長さんが龍也を生徒会に勧誘したんだよ」
「うん。それは聞いた」
「でも、龍也は嫌がってたんだ」
「そう言ってたね。でも、速水先輩がそういうの断るって意外なんだけど」
そう不思議そうに首をかしげる綾に、無理はないか、と思いながら俺はなるべく穏便な説明を頭に浮かべながら話を続ける。
「まあ、ほんとに心底お人好しだけどな、あいつ。それでも苦手な人ぐらいはいるってことだよ。それに去年は体調の面もあって、ちょっと生徒会にはいるのは遠慮したいとうことになったんだけど」
「去年、速水先輩、体調悪かったの?」
「ちょっとだけな」
正確には会長の妙な迫力だか魅力だかに当てられて魔力変調を起こしていたらしいのだけど、その辺を言い出すとややこしいので軽く流しておく。
「それで本人も断りを入れた訳なんだけど……」
「会長さんは、あきらめなかったの?」
「そういうこと。それで結構押し問答みたいなことになってさ」
「ふーん。そういうことがあったんだ……って、ちょっと待って」
一度は頷きながら、何か疑問に思ったのか綾は再び小首をかしげる。
「それって、速水先輩のことだよね? どうしてそこに兄さんが絡むの?」
「龍也に助けてくれって泣き付かれたらしかたないだろ。それに体調が悪いのも見てて分かったからな」
「ふーん。そっか」
非常に端折った説明だったのだが、一応は納得してくれたのか綾はウンウンと頷きを繰り返した。
「なるほど。じゃあ、評判と違って意外と性格悪いんだね、あの会長さん」
「いや、それは言い過ぎだと思う」
「そうなの?」
「多分」
確かに去年は喧嘩にはなったけど、全ての原因を会長さん側に負わせるのは後味が悪い。実際、龍也がある種の特殊体質でなかったら、去年の騒動は起きなかったと思うし、早い段階でその当たりの事情を説明しなかった俺たちにも落ち度はあるのだし。
その思いに押されながら、俺は彼女のフォローを試みる。
「多少の行き違いはあったから、ちょっと俺たちと会長さんの間にはしこりみたいなものはあるけどさ。基本的には面倒見のいい人だし、別にお前が会長さんを毛嫌いする必要は無いと思うぞ」
「嫌です」
「……嫌?」
にべもなく拒絶の意思を示す妹に、一瞬俺が固まると、綾は笑いながら小さく手を振った。
「うん。やっぱり、兄さんと仲良くできない人とは、私も仲良くする自信ないから」
「あのな」
人の話を聞いていないのかこの娘は。行き違いがなければ良い人だっていうフォローを完全に無視してのけた綾に、なんて言い返そうかと考える俺の真横で、レンさんはなんだか楽しそうに肩を震わせる。
「はは。なるほど、綾らしい理由だね」
「いや、納得しないでくださいよ」
全くフォローに回る様子のないレンさんに俺は内心あせりながら、次の言葉を探す。下世話な話になるが、魔法院の生徒会を務めていた、ということは内申書的にかなりのプラスになるのだ。龍也のような特殊事情や、霧子のような苦手意識がないのなら参加して損、ということにはならないだろう。元々興味があったというのならなおのことだ。
それなのに、俺の所為で辞退、というのは後味がよろしくない。
「会長さんの誘いに乗ったんだから、多少は興味あったんじゃないのか?」
そんな俺の親心もとい兄心からの言葉に、何故か綾は不満げに眉をひそめた。
「なによ。兄さんは私が生徒会に入ってもいいの?」
「いや、だから別にいいけど」
「なんでよ!」
一体、何が不満なのか、俺の言葉に、綾は憤慨して声を荒げた。
「何でいきなりキレてるんだ」
「何でって……だって、霧子さんのときにはあんなに反対したじゃない。その差はなんなのよ、差は!」
「だから、あれは本人が嫌がってただろ」
それに傍から見ていてもはっきりとわかるほどに会長さんに対して及び腰だったしな、あいつ。
「私だって嫌がってるじゃない。今」
「……いや、だからな。放課後に進んで見学に行っていたのは誰だった?」
「それは過去の話ですー」
何が不満なのか、綾の機嫌が坂道を転がるように悪くなる。
「なんでそんなに怒ってるんだ?」
「だって、最近、兄さんは霧子さんと私で扱いが違うような気がするから……」
「気のせいだろ。どちらかというとお前の方を心配してるんだぞ、俺は」
「……本当?」
「本当、本当」
「繰り返される台詞にはイマイチ誠意が感じられません」
「絡むなあ」
本当にどうしたものか。軽い頭痛を覚えながら、俺は諭す言葉を探していく。
「いや、だからな。別に霧子が心配で、お前のことは心配じゃないから生徒会入りを進めている訳じゃないんだぞ?」
「じゃあ、どういう訳?」
「それはだな……」
正直、綾をあの会長さんの側に置いておくことには不安が無くもない。放課後、会長さんと会っていたときはなるべくなら綾にも生徒会入りを遠慮して欲しい、と思ったのも事実ではある。
でも、帰り道にいろいろと俺なりに考えた結果、綾の生徒会入りには、実は割と恩恵があるのではないのか、と思いついたりしていたのだ。多分、それは俺にとっても、なにより綾にとってもプラスになる。
が、その恩恵とやらの内容を綾に直接言うと、また機嫌が急降下していくことがわかりきっているので、当たり障りのない台詞でお茶を濁す。
「えーと、あれだ、妹の将来を嘱望する兄心という奴です」
「すごーく、胡散臭い」
「ばっさりだな。おい」
もう少し優しい言葉を、兄は求めています。
ちょっと泣きそうになる兄を尻目に、妹はなお不満げに眉をつり上げる。
「そもそも今日の兄さんと会長さんのやりとりを見て、会長さんに好感を抱けっていうのは無理じゃない」
「だから、あれはレアケースだっていうのに。大体、お前の場合は、ああいう強引の人の方が相性が良さそうだし」
「ひーどーい。兄さんは私が強引に会長さんにどうにかされちゃえばいいっていいのねっ!」
どうにか、って何がだ。
「あー、もう。レンさんも何とか言ってくださいよ」
情けない話だが、最早、俺だけの言葉では埒が明かないと、観戦を決め込んでいるレンさんに水を向ける。縋る俺の視線に彼女は満面の笑顔で頷くと、自信満々の声で言った。
「何とか」
「下手すぎるぼけをありがとうございます!」
最悪すぎるボケだった。せめてもう少しひねれ。
「ノリがわるいなあ。ここは笑うところだろう?」
「絶対違います。というか仕舞いには泣きますよ、俺だって!」
「じゃあ、慰めてやろう。おいで」
「うわ、ちょっと、レンさん?!」
何を思ったのか、いきなり手を引いて、レンさんは俺の頭を胸に抱きかかえた。それは朝とまるで同じ体勢で、つまり、その後に続く綾の反応は―――。
「あー! またレンさん、ずるいです!」
想像の通り、朝に続いて、綾とレンさんの口論が始まってしまい。結局、騒ぎが落ち着いても、綾の生徒会入りの話はうやむやのまま、その日の夕食はお開きとなったのだった。