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足元はピカピカの木の合板で、まるで石造りのように冷たく硬い床だった。所々に敷かれたブルーシートを避けながら通路を渡っていると、右手にそびえるラックには黄色いかぼちゃを象った一人乗りの人力車が押し込められていた。囲うように置かれた木の柵風の衝立には、騎乗用の鞍やら轡やら、様々な装具が引っかけられている。その裏側の別のラックには、切り株につき立てられた木こりの大斧が中央に据えられていた。その周りに、そのまま武器になりそうな鉄製のハンマーから日曜大工に使う小さな木工用のやすりまで、様々な大工道具がそれぞれの用途ごとに陳列されている。
「この倉庫、別に目録とかいらなくないだろうか?」
「何が置かれているか一目で分かるラック、多いんですけどね。個人とかグループで使っているところなんか、ちょっとすごいことになってますから。見てて楽しいのは変わらないんですけど、やっぱり無いと探し物は無理です」
「そんなものなのか」
「そんなものです」
その先はもう壁際で、やはり同じサイズのラックがアリーナの奥に向かって据え付けられていた。端のラックには桐の古ぼけた和箪笥の引き出しが並んでいて、その脇の衣桁には夏から秋に掛けての装い、紅葉や秋茜、桔梗や萩といった意匠の、見目も鮮やかな反物が掛けられていた。
「あれ、アカツキさん? 礼装って、和服は良いんですか?」
思わず見とれた五十鈴は足を止めたが、アカツキはちらりと一瞥しただけでもう先へと進んでいた。
「探しているのは第一条件が着やすい、だから。着付けが必要とか論外」
「動きやすい、ではなくて? ……ああ、でも着やすいくらいでないと、動きやすい服装にはならないか」
それもそうか、と小走りに近づく五十鈴に、アカツキは口元をほころばせた。
「言いそびれていたが、私が探しているのは姫様のお召し物なんだ。この世界のドレスというのは、なんというか、あまりに過酷で。見兼ねて部屋着にと服をプレゼントしたんだけれど、ホックとかファスナーとか、機能的な仕掛けにいたく感激されたんだ」
まばゆいばかりに輝く板金鎧が3セット、何やら勧進帳を演じているトルソーの前を通りながら、五十鈴は曖昧な相槌を打った。
「でもそれなら、そのままオーダーメイドした方が早かったんじゃないですか?」
「そう思って姫様とデザイナーには直接会ってもらったのだけれど、双方が譲れない点が色々と出てきて。主に長さと厚さに…… とにかく短くて薄くて」
思わず固まった五十鈴に、アカツキは目を細めて小さく笑った。
「最初はどちらも遠慮していたんだけれども。最後は中々の見物だった」
「そっかぁ。……ヴァルキリーメイルを越える理想の一着を仕立てたいっていうのも分かるけど。でも姫様の方も、軽くトラウマだって噂だし」
「だからまあ、出来うる限り、古風なデザインのものを探したいと思っている。姫様が気に入れば、デザイナーもアレンジの程度を見極めるだろうし、アイテムの類なら着付けは勿論、防護力の面でも申し分ないはずだから」
システムキッチン風のカウンターに包丁、ボウル、泡だて器といった調理器具を並べた、すでに展示ブースとしか思えないラックを通り過ぎたところで、目的地にたどり着いた。
「ここのようだけれど……」
周りと同じラックの真ん中の棚に、スチール製のロッカーが並べられていた。左寄りに5台、更衣室にあるようなものより少し背が低く、幅も狭く、その割に全体的に厚みと重量感があり、金具とビスでしっかりと固定されている。
「何か物騒な感じのするロッカーですね」
扉に穿たれた取手の裏側にはフックが付いていて、握り込んで引けば抵抗もなく開いた。見た目通りの質素なロッカーの中には、場違いなほど豪奢な、西洋のマスケット銃が立て掛けられていた。隈なく象嵌が施された銃身は白い枯れ枝のようにほっそりしているが、火縄を挟むばね仕掛けとそれを受ける火皿は、黒錆を浮かせながらも柔らかく光る、聖銀の類がたっぷりと使われている。
隣はもっとあからさまに近代的な、平らなドラム型の弾倉が特徴のマシンガンが、その弾倉を外された状態で詰められていた。真ん中のロッカーも中身はやはり銃で、今度は銃身の下にチューブ型の弾倉が付いた、それをガシャリと引いて弾を装填する、ポンプアクションと呼ばれるショットガンだ。
開いたままふさがらない口を、しばらく五十鈴はもごもご動かすしか出来ないようだった。
「こういうの、ガンロッカーっていうんでしたっけ」
「鍵もなければ固定もされていないが、まあ、そういうのだろうな。武具の類は、あるべきところに収まっていた方が安心できる」
マスケット銃を掴み取ると、アカツキはしばらくじっと銃身を見つめた後、軽く振ってみせた。
「ええと…… エルダー・テイルって、こんなに本格的な銃器が実装されているんですか? それとも、そういうことに詳しい人が作っちゃったとか?」
はっと口元を抑えた五十鈴が、慌てたように周りを見回す。
「これ、大丈夫なんですか? 知ったら消される系の機密だったりしません?」
やはり重心が甘いな、などと呟いて、アカツキは無造作にマスケット銃を五十鈴に放った。
「心配いらない。ここにあるのは全部形だけのレプリカだから。このマスケット銃は、テキストによるとアニメ化もされた小説のコラボアイテムらしい。マシンガンはFPS系のゲームで…… うん、このショットガンはホラー映画」
「コラボアイテム?」
「そう。だから造形はかなり気合が入っているけれど、そのマスケットは〈槍〉扱いだし、あとは〈杖〉…… ではなくて〈槌斧〉?」
呆れたように握った銃身を軽く弾いて、アカツキは隣のロッカーに移る。
「そのマスケットは銃剣が付けられるようになっているから、気に入ったのなら持っていくと良い。っと、これのようだ」
美麗な細身の短剣を五十鈴に放りながら、ロッカーの扉に差し込まれていた小型のナイフを確かめ、今度は押し込められていた小型のナップザックを引っ張りだして中をあらためる。
「弾倉を模した〈巻物〉に、軍用糧食の〈水薬〉か。ミリタリー系というのは意外なんだが……」
ナップザックに詰め直した小物をラックに押し込むと、アカツキは最後のロッカーの扉を開けた。中には概ね両手に乗るくらいの、青いベルベットの小さな箱が7~8個、小さく仕切られた棚に保管されていた。アカツキは一つ取り出し、開いてみる。中に納められていたのは、飾り紐に吊り下げられた、銀貨のようなメダルだった。
満足そうに素振りを終えた五十鈴が、翻ってアカツキの手元をのぞき込んだ。
「これは…… 勲章、ですか?」
「兼、階級章。その階級に応じた制服に着替えられるアイテム、とある。身に着けて念じれば良くて、しかも何度でも使えるタイプで……」
わずかに身を強張らせたアカツキが、五十鈴をちらりと見やり、そっと目を逸らした。
「軍服ですか! あ、でも、どうでしょうね。宮廷には絶対的に向かないような気はするけど、一部の方々には熱狂的に支持されそうな…… あれ、どうしました? 何か落ち込んでます?」
問われて気付いたのか、アカツキは背筋をまっすぐに伸ばし、五十鈴の顔を正面から見つめ、潔く頭を下げた。
「私が気落ちするのは筋違いだとは分かっている。だがこの目録は、五十鈴宛の贈り物が見つかるものとばかり思っていたから、その、とても残念で」
五十鈴は差し出された勲章を受け取り、それを摘んでじっと見つめると、小さく吹き出した。
「アカツキさん、それであんなに張り切ってたんですか?」
本格的に笑い出した五十鈴を、アカツキは上目で窺うが、うまく言葉に出来ないようだった。
「でも所属〈いすず〉の制式装備って、出来過ぎですよね? それはそれで気になるので試着くらいしてみようと思いますけど」
そういうオチだったかー、とひとしきり笑い終えた五十鈴は、満足そうに大きくため息をついて、アカツキに笑顔を向けた。




